「虎の子」水処理膜、東レ・三菱レが国際規格で防衛戦
人口の増加や産業の発展に伴い、世界的に重要視されている水資源の確保。海水淡水化や下水の再利用に欠かせないのが東レや三菱レイヨンなど日本企業が得意としてきた水処理膜だ。だが、新興国勢の台頭で日本の水処理膜の存在感が急速に薄れつつある。国内各社は虎の子の膜を守るべく、国際規格作りに動き始めた。
安価な現地製品でトラブル頻発
水不足に加え、水質汚染が深刻さを増している中国。2つの問題を一気に解決する手段として、処理水を再利用できる高度な水処理の商機が拡大するとの期待は大きい。膜を使った処理もその1つ。日本の膜メーカーも現地で攻勢をかける。
しかし気になるうわさを耳にした。「膜を使った水処理を嫌がる顧客が増えている」。ある水処理関連企業で中国駐在経験を持つ営業担当者が打ち明ける。
下水を微生物により分解処理した後、膜によるろ過を組み合わせた「MBR(膜分離活性汚泥法)」は処理水の水質が良い。工業用水などへの再利用ができる。すでに中国で稼働しているMBRプラントの処理能力を合計すると日本の40倍、1日あたり400万トンにも達する。それなのに「MBRが使えないという評価が下りつつある」(前出の営業担当者)。
その原因は、鳴り物入りで稼働したプラントで頻発するトラブルだ。これらのプラントでは安価な現地製の膜を採用するケースが多い。市場拡大にもかかわらず、日本勢はMBRに使う精密ろ過(MF)膜や限外ろ過(UF)膜の世界シェアをかつての2割超から1割台に落としている。一方、中国製の膜は穴の大きさや円の形状などの精度が低い。すぐに目詰まりを起こし、プラントの運転を止めざるを得なくなってしまうのだ。
再生水プラントの世界市場は2012年の約5000億円から16年には8000億円を超えるとの試算もある。トラブル続きでMBRに見切りを付けられてしまえば「本来あるべき市場が無くなる」。MBR向けの膜を手掛ける三菱レイヨンでアクア技術統括室担当部長を務める下野達観氏はこう危機感を募らせる。
そこで膜メーカーが着目したのがMBRプラントの運転維持管理方法や、膜の使用方法を国際標準にしてしまう手法だ。トラブル防止を理由にして、一定以上の品質を持つ膜でなければ、MBRプラントに使うことができないよう規格化するのだ。日本の膜メーカーにとっては伸び盛りの市場を囲い込む材料にもなる。
1月23~24日、東京で開かれた「水の再利用」に関する国際標準化機構(ISO)の専門委員会。3つの分科委員会(SC)のうち1つは、日本が提案する「リスクと性能評価」を議論する場となった。日本主導による国際規格を3年程度で作りたいという。
規格作りに携わる膜分離技術振興協会の大熊那夫紀排水・再利用委員長は「再生水で先行して水処理膜の規格を作れば、海水淡水化など他の分野で規格ができる場合にも、先行した規格として影響を及ぼすことができる」と話す。
ISOへの提案、年1000件超す
有利な国際規格作りで先手を打ち、自国の産業を守ることは世界的な常識でもある。みずほ情報総研の遠藤功コンサルタントによると、1995年以降、ISOに提案されている件数は年500件程度だったが、ここ4~5年は1000件を超えているという。「新興国が成長の原動力になるなかで、先進国が主導して製品のルールを作ろうとする狙いは欧・米・日で一致している」(遠藤氏)
最近では中国も国際規格の重要性を意識し始めており、ISOで具体的な規格作りを進める技術委員会の幹事や議長などの役職を積極的に取ろうと動いている。今回の水の再利用の国際規格化を巡っても中国は1つのSCの幹事国を務める。
今のところ、日本と中国はそれぞれが幹事を務めるSCで協力していく方針。ただ中国が今回のSCに提案し幹事となっている再生水の都市利用というテーマは、もともと日中韓の3カ国で議論していたものを中国が単独提案で、ISOに出した経緯がある。国際規格作りはまさに生き馬の目を抜く世界だけに、交渉は容易ではない。
100兆円規模に拡大するとされる世界の水ビジネス。存在感が薄れたとはいえ、2ケタの世界シェアを持つ水処理膜は「虎の子」と呼べる存在に違いはない。自らに有利な国際規格を作れるかどうか。今後の交渉は海外での事業拡大を目指す水処理業界だけでなく、厳しい国際競争にさらされる産業界にとっても注目すべき内容になる。
(菊池貴之、宇野沢晋一郎)
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