第9997話 月送り ファミレス強談(限定公開)

 よく冷房の効いた公共図書館に駆け込んできた学生服の不良少年は、ドタバタと走りぬけて一番奥の学習コーナーで目当ての人物を見つけた。

 黒髪がウェーブしており、目つきが悪いことを除けば周囲で勉強している学生たちとなんら変わりない。

 半袖のカッターシャツは学校指定の既製品だし、黒い学生ズボンもややこだわったベルトと革靴を除けばまったく違和感はなかった。

 参考書や問題集を見ながらノートに何かを書き込んでいる。

 

「ガ、ガルダさん大変です!」


 配下の不良少年に大声で名前を呼ばれ、ガルダはボールペンを動かすのを止め、顔を上げた。

 周囲の学生たちは自習の手を止め、半数は場違いな不良少年に、残りはガルダに視線を向けている。


「……うっせぇよ」


 ガルダは配下の少年を小声でしかりつけた。

 この場所で知り合い、時々は言葉を交わすようになっていた勉強仲間たちとの縁もこれで切れてしまうかもしれない。

 可愛い子もいたのに!

 ガルダは渋い表情を浮かべる。


「は、すんません。でも大変なんすよ!」


 そうだろうね。

 ガルダはよっぽどのことがなければここに来るなと釘を刺していた。

 ため息を吐いて立ち上がり、机の上の荷物を全部トートバッグに納める。


「ほら、外で聞いてやる。行くぞ」


 ※


 図書館の外は夏の日光が眩しい。


「よお、おまえがガルダか?」


 横柄な態度の少年の、ジーンズと頑丈そうな登山ブーツがまず目についた。

 癖の強い顔の、真っ赤なシャツを着た男は夏の陽光が似合っていた。

 ガルダの率いる一党に喧嘩を売って回っている男がいることは報告を受けており、写真も見たことがある。

 年齢はガルダの二つ下で中学三年であるが、筋肉質の一九〇センチ、一一〇キロ。アメリカ帰りのレスラー然とした肉体を引っ提げて笑っている。こんなガキがいてたまるか。大人と子供ほども違う体格差にガルダは顔を引きつらせて毒づいた。


「はぁ、みんなヤラレちゃったわけね」


 ガルダの配下たちは青い顔をして男の周囲に立っていた。

 顔や見えるところは腫れていないので、腹や足などを攻撃されたのだろう。

 いずれも喧嘩自慢の不良少年たちであったが、その巨躯を見てしまえばたかが中坊に、などと笑う気にはならない。

 その特徴的な、獰猛な顔立ちは視線だけで向かい合う者を怯ませるだろう。


「そう。あと残ってるのはアンタだけ。とりあえず場所を変えようか」


 顎をしゃくって後ろを振り向いた男の背に向け、ガルダは足音もなく走り出した。

 胸ポケットのボールペンを腰だめに構えて突進する。

 しかし、たどり着く直前で男はクルリと振り返って足を伸ばした。

 後ろ蹴り。

 予備動作もなく、無造作に出された足にガルダは吹き飛ばされた。

 体重差という要素は殴り合いにおいて絶対的である。

 

「気配の消し方は流石だが、配下連中の教育がまだだな。そいつらの視線が奇襲を教えてくれてたぜ」


「テメ……コノヤロ!」


 打撃によって呼吸が乱れ、ガルダは涎を垂らしながらうなった。

 

「もういいや、面倒くせえ。ここでやろうか」


 男は楽しそうに笑って両手を叩いた。

 ガルダは身に隠す幾つかの暗器を思い返して悔やむ。

 小物じゃダメだ。せめて拳銃でも持ち歩いているべきだった。

 しかし、後悔はいつも先に立たない。


「今回は一つ、貰っとこうか」

 

 飛ぶように間合いを詰める男の、快活に言う声とともに衝撃を感じ、ガルダの意識は途絶えた。


 ※


 目が覚めると、見慣れた椅子に座らされていた。

 図書館の近くにあるファミレスである。図書館が閉まった後、よくここで勉強していた。

 目の前でステーキを食っている男に文句を言おうとして、ガルダは痛みに顔をしかめる。

 ペーパーナプキンに口に溜まった血を吐くと、中に歯の欠片も混ざっていた。


「オマエ、カルコーマだろ」


「ビンゴ、やったね」


 男は肉切ナイフをガルダに向けた。


「はっはっは、単に変なニックネーム名乗ってるイタいヤツだったらどうしようかと思ってたね。まあ、あんな危ない目つきはなかなか見ないし、旦那に間違いないとは思ったけどよ」


 危ない目つきはお互い様だとガルダは思った。

 あんな野獣みたいな表情を浮かべる人間はそういない。

 

「そう思うんなら殴るんじゃねえよ」


「面白いことを言う。アンタも俺が誰だか察しがついてて刺しに来ただろうが。正当防衛だぜ」


 野太い声だ。

 こんなガキがいてたまるか。思いながらガルダは舌で口腔内を探る。

 歯が二本、折れていた。

 

「どうせ、アンタのことだ。ノラの大将に見つかりやすくしようって、名前を売ってるんだろうけどよ」


 狙いを看破されてガルダは舌を出した。

 

「引っかかったのはデカいバケモンだったけどな」


「俺がいて、アンタがいる。こりゃ、ひょっとしてどっかには大将もいるかもな」


 そういってカルコーマは屈託なく笑う。


「いりゃ、いいけどな」


「なんだよ、不貞腐れんなって。どうせ、いないとしても探し続けるんだ。それならつるんでやっていこうぜ。俺は格闘家とかやって名を売るから、アンタはマネージャーだ。どうにか渡りをつけて俺を王座挑戦まで待って行ってくれ。この世界、悪事で名を成せば捕まっちまうし、名を売るのに犯罪はまったく割に合ってないからな」


 ガルダも全く同意見であった。

 近所の不良と揉めている内、いつの間にか頭目に祭り上げられたものの、悪事のみに傾倒しているわけではない。便利なので、多少の利用はしていたが、それだけだ。

 とりあえず大学に進み、人脈と名前の売り方を検討しようと思っていたところであった。

 

「なら、それでいいけどよ。その飯代、たかるつもりなら、金持ってねえぞ」


「……じゃあどうすんだよ。中学生の少年に八千円なんて大金は支払えねえぞ」


「ファミレスで八千円って、なに食ってんだよ」


 相変わらずの健啖家だ。

 ガルダは文句を言いながらも口元を歪めた。

 

「ハンバーグ、ミックスグリル、フライドポテト、サーロインステーキと、なんだったかな?」


 カルコーマは天井を睨みながら指折り数える。


「ああ、サラダバーとスープバー、それにドリンクバーか。旦那さ、高校生のお兄ちゃんなら中学生の可愛らしい少年に飯くらい奢れよ。じゃ、こうしよう。アンタ、店員に謝って皿洗いでもやってくれ」


「アホか」


 ガルダは血の付いた舌を長く伸ばして毒づいた。

 カルコーマが可愛いならヤクザの事務所だってファンシーなテーマパークになる。


「じゃ、さっきの配下ども呼び集めて千円ずつ出させろよ。それなら俺ももう一品頼める」


「悪事はやめろって、オマエさっき言ったばかりだぞ」


「アホ。旦那が借りた金を返すかバックレるかどうかまで俺が知るかよ」


 大きく切り分けたステーキを口に放り込みながら笑い、店員呼び出しボタンを押すカルコーマにガルダもバカバカしくなって笑った。

 カルコーマはやって来た店員に対し、スマートに焼魚御膳を追加注文すると、立ち上がってサラダバーに歩いていく。

 こんなガキがいてたまるか。大皿にドサドサと山の様に野菜を詰め込むカルコーマの姿に、ガルダは顔を引きつらせて毒づくのだった。

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