【一旦保留措置】ゴヲスト・パレヱド — 濡れ衣で勘当されたけど居候先の妖怪屋敷で最強退魔師目指します —
夢咲ラヰカ
第1話 ようこそ、魅雲村へ!
人間も、妖怪も、この世界には当たり前のように存在している。人間にとって妖怪はフィクションではない。彼らは当たり前のように暮らしていた。
江戸中期より人間との共存を選んだ妖怪は、長い時間をかけて理解を得て、今日の信頼関係を築き今に至る。その道のりは決して平坦ではなく、山あり谷ありと忙しいものであったが……互いの理解しようと歩み寄っていく姿勢が、あらゆる障壁を乗り越えた。
それでも未だ人間と妖怪の交わりが浅い土地が存在する。人間多数の大都会や、妖怪が管理する自然の土地など。
今向かっている場所も、ここ四半世紀でようやく人間が出入りするようになった山間部の秘境であった。
「お客さん、見えてくるよ」
運転席の男性が、バックミラー越しにそう言った。その真後ろに座る少年以外に乗客はおらず、バスの中は閑散としていた。
「あれが、
トンネルを越えた先に待っていたのは、太陽を反射してキラキラ輝く青い湖。その沿岸にあるのが魅雲村だ。
村、とは言っているがその発展具合は地方都市ほどはあり、人口も二万を超すという。うち八割が妖怪であるらしく、人間の法律が初めて持ち込まれたのは五十年前。定着し始めたのが二十数年前なのだった。
妖怪は野蛮な蛮族。そう信じる人間は多い。実を言えば少年も——
最近までは人間が多い都会で暮らしていたのだから当然と言えば当然だが、そう言った考えは今後持っていられない。
それに、妖怪にだって法はある。理解できるし、尊重も、遵守もする。至高のプロセスに違いこそあれ、彼らもまた一つの心ある生命なのだ。
「引き返すなら、今だよ」
「まさか。……魅雲村まで、お願いします」
「くっくっく、ようこそ、妖怪の都へ」
バスは山道を下り、中心街のバス停まで向かった。
このバスは外界と魅雲村をつなぐ特別便で、利用料金はどこから乗ろうが一律二万円。バスにしては大金だが、県を跨いでもその価格なのだ。手間とエンジンの電気代を考えれば安いくらいである。
「ご乗車、ありがとうございました」
運転手は胡散臭い笑みを浮かべ、帽子をとってそう言った。
燈真が降りると電気エンジンを静かに唸らせながら、バスが去っていく。ショッピングセンターの看板を眺めたあとバスの方を見ると、そこにバスの影はなく、人間が持ち込んだ車が綺麗な出来立ての車道を走っていた。
道路ができたのも、車やバイクが持ち込まれたのも最近である。ちょっと大通りを外れれば、理路整然とは言い難い隘路が溢れかえり、名状し難い街並みが続く。
周りは近代的なビルもあるが——燈真はひとまず待ち合わせ場所になっている噴水広場に向かった。
「よってらっしゃいみてらっしゃーい、大変お値打ちの護符だよー。悪霊退散無病息災! こいつ一つで安心さ!」
「厳しい夏の日差しに日傘はどうですかー?」
「かき氷一つ四百円ねー、まいどー」
呼び込みをする提灯お化けに、傘を売るのは唐傘を擬人化したような唐傘お化けの少女。かき氷を売るのは一つ目小僧。
目を上に向ければ木の枝には鳥とも龍ともつかないワシミミズクほどの大きさの怪鳥が留まっており、じっとこちらを睨んでいる。
「ど、どうも」
「どうも。夏もじき終わるというに暑いな、少年」
しかも、喋る。めっちゃ渋くていい声で。
八月下旬は夏の終わりだろうかと思ったが、突っ込まないでおいた。長寿の妖怪は、昔の涼しい夏を知っているのかもしれない。今では十月にならないとなかなか気温も落ち着かないのに、昔はそうでもなかったらしい。
燈真はベンチに腰掛けた。斜めがけのボディーバッグから読みかけの文庫本を取り出し、広げる。
噴水のへりには若い男女(いずれも妖怪なので、実年齢は燈真のずっと上だろう)が座っており、別のベンチには青年妖怪が座って参考書を開いている。
大学はこの村にはないが、高校はすでにあるらしい。人間と妖怪の交流——人妖融和の証として、四十年前に妖怪たちに対し先んじて開校したという。
村立魅雲高等学校——らしい。村立高は北海道以外にはここだけである。
燈真も夏休みが明けたらその高校に通うことになっていた。
「とーまー! いるー?」
「ん……」
唐突に随分と可愛らしい声がした。しかも自分を呼んでいる。
本にしおりを挟んで立ち上がった。声の主は噴水の前を歩いていた。
「とうまー。しのみやさーん」
「ここ、ここだよ!」
女の子である。歳は人間で言えば十歳ほどか。やけに舌足らずだが、聞き取れないことはない。
桜模様の入った浴衣を着ており、種族は妖狐。二本の尻尾に狐耳。先端が紫色で、ふっくらしたほっぺたといい随分可愛らしい。
「とうま! わっちはいなおすずな、ね。くるま、こっち」
「あ、ああ」
自分のペースに巻き込むタイプだな、と思った。まあ、子供はみんなそうだろうが。
稲尾菘と名乗った少女についていくと、公園前にシルバーグレーの大きなSUVが停まっていた。
菘が車に近づくと、若い男が彼女にわざとらしくぶつかった。
数人のグループである。犬のような妖怪に、鹿の角を生やした者、化け猫……ガラが悪く、燈真は慌てて駆け寄って行き、
「いってえなあおい!」
「どこ見てんだチビ!」
「おいこれ骨イッてんじゃねえか?」
子供とぶつかっただけで折れるような骨格の人体が、この地球上の重力下でまともに歩けるものか。燈真は冷静に突っ込んだ。ちょっとすっ転んだだけで全身複雑骨折だろうが。
菘は何が起こったかわからない、という顔である。そんな子供に対して顔を近づける犬妖怪の前に、燈真が割って入った。
「なんだ、てめえ。人間かよ。変わった色の目玉しやがって。舐めてっとくり抜くぞ」
「人間かどうかは関係ないだろ。それに見た目なんてどうだっていい」
燈真の髪は白髪で、目は青色。顔立ちは純日本人なだけに、変わって見える。だが今時染めたりカラコン入れたりで奇抜な格好をする人間は多い。日本人イコール黒髪という古いイメージは、近年まで人間がやってこなかったが故か、それとも妖怪に共通した先入観だろうか。
「子供相手に目くじら立てることないだろ? それに、この子がぶつかったんじゃなくてそっちからぶつかってたろ」
「俺らが当たり屋って言いてえのかよ?」
「端的に言えばそうだ」
犬妖怪が燈真の胸ぐらを掴み上げた。
「舐めた真似こいてっとぶち殺すぞ」
「……このシャツ気に入ってんだ。伸びるから離せ」
軽い口ぶりだが、燈真の声音にはドスが利いていた。とても十五、六歳の子供が出せる声ではない。これには相手も怯んだ。
力が緩んだすきに重心を落とし、相手の腕の内側に自分の左腕を回し、大きく円運動を加えて振り解いた。
「体幹が緩いな。お前ら喧嘩で平気でナイフチラつかせるタイプか?」
「んだとこのっ!」
すかさず腕を伸ばしてきた鹿妖怪に手を組んで受け止め、弾き飛ばす。化け猫がローキックしてくるが、そいつに向かって前進し左足の脛を跳ね上げ、防いだ。そのまま体重をかけてバランスを崩し、肩を掴んで転がす。
「子供相手にいきってるんじゃ、いくらガワだけカッコつけたって意味ないぜ。単純に人間の俺に負けてるんじゃ、腕っぷしも期待できねえな」
「んだよこいつ……!」
「もういい、シラけちまった。行こうぜ」
「くそ、ほんとに人間かよ」
三人組はぶつくさいいながら遠ざかっていった。
燈真はじーっと見ていた菘に振り返る。
「どうした? どっか痛い?」
「ううん。とうまって、キモがすわってるなって」
「そりゃどーも。んで迎えってのは——」
目の前の車の窓が開いた。助手席から顔を出したのは、菘と似た顔立ちの狐耳の少女。歳は燈真と同じくらいに見える。
「ひゅぅ。ワイルドね、燈真」
「ふん。……誰だよ」
「
「俺がそんな短気に見えるか? まあ喧嘩売ったりしたのは認めるけど」
「ふっ。私と面識があるはずなんだけど……まあ、十年も前だし忘れてるか。乗って」
自信過剰そうな女だなと思いながら燈真は後部座席のドアを開け、先に菘を入れてから座った。
シートベルトをすると、運転席から栗色のボブカットをした女性が声をかけてくる。
「燈真君、ひと助けご苦労様。でも、あんまり無茶しないでね」
「えっと……」
「あらごめんなさい。私は
「伊予さん……。あ、えと、今日からお世話になります、漆宮燈真です」
「ふふっ。敬語なんていいのよ。菘ちゃん、ベルトした?」
菘が「したよー」と答えると、伊予は「じゃ、出発ね」と車を発進させた。
燈真は流れていく景色が、あっという間に古びた街並みに変わるのを目にした。
道路も舗装されていない、重たいタイヤで踏み固めたような畦道になったのを振動とともに実感する。まるで平成初期、あるいは昭和の田舎町のような光景だ。
時間の断層を目の当たりにした気分である。
エレフォンを取り出して画面を見ると、電波自体は通っていた。見れば電波の中継基地となる電波塔などはある。
「燈真、心配しないでもネットは使えるわよ」
椿姫が頬杖をついたままそう言った。
「五年くらい前に通ったばっかだけど、しっかりした回線だから。平成末期の文明レベルに落とされた昨今だけど、その辺はさすが
時代の針は、椿姫が言った通り平成末期のレベルに巻き戻され固定されている。進みすぎた科学が人類を滅ぼしたのではなく、使い方を誤った人類が、猛毒のような技術で危うく滅びかけたのだ。事実東ヨーロッパのワグノール共和国という土地は、そのせいで現在も立ち入りを禁じられている。
日本はその二の舞を演じかけたが、妖怪の協力でなんとか凌いでいた。それが二〇四〇年代の話であり、二〇七五年現在は安定した生活を送れていた。
中には妖怪が滅ぼされるのを恐れて人間を制御している——なんてホラを吹くものもいるが、妖怪ほどの力を持ってすればそんなまどろっこしいことをしなくとも、とっくに支配権を奪えているはずだ。
そう、妖怪は人間を遥かに優越する種である。
さっき燈真が追い払えたのも、相手が極めて弱かったことと燈真が人間としては強い方だったこと、そして周りに他者の目があったことが大きい。
一定の妖力を持つ妖怪ならば、銃で武装した人間が複数相手でも勝てる。猛獣にだって単独で勝てるし、まして大妖怪クラスになれば単独で軍隊の一個大隊を壊滅させられるほどだ。
だが妖怪は支配だとか管理だとか、そう言ったことに興味がないらしく、「まあこっちが住むところを追われないんだったら好きにしなよ」というスタンスだった。
彼らは良くも悪くも己に実害が及ばない限りは『傍観者』なのだ。
無論、中には人間を狙う妖怪もいるが……共存が進んで数世紀が経つ今では、稀なケースである。
「屋敷って、デカいんだろ?」
何気なく燈真が聞くと、菘が窓の向こうを指差した。
「あれだよ。ふつうじゃない?」
見えたのは山の麓にある大きな武家屋敷である。
二階建ての和風建築。一階部分は築地塀が邪魔で見えないが、車が近づくとセンサーか妖術か、自動で門が開いた。
玉砂利敷の前庭を抜けガレージに車を停めると、一向はすぐに降りた。
セダンと軽自動車が一台ずつあり、燈真は個人がガレージを持つこと自体に呆れた。
これが……普通?
「すっげ。稲尾家って……ひょっとしてとは思ってたけど
「そうよ。私の先祖で、一五〇〇年を生きる九尾・
やはり——かつてこの
「母さんの古い知り合いって聞いてたけど、驚いたな……いや、嘘だろって決めつけてたわけじゃないけどさ」
「
「椿姫、何歳なんだよ」
「つい最近六十七歳になった」
やはり、人間と妖怪は生きる尺度が違う。
「それはそうと——ようこそ、魅雲村へ!」
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