【冒頭試し書き版】アヤカシ・オーヴァドラヰヴ

夢咲ラヰカ

冒頭

 猫の額ほどの広さしかない取調室に、男が四人押し込まれている。

 一人は憔悴した顔で座らされ、真面目な眼鏡の警官がペンを手に取り調べ内容をメモしている。角刈りの若い警官は黙って立ち、禿頭の強面刑事は今にも殴りかからんばかりに詰め寄る。


「お前がやったんだろう、いいから吐け!」


 ガンッ、と音を立て、強面の刑事が迫ってきた。禿頭のそいつは体格も良く、顔立ちは見るからに熱血系で短気そうである。こめかみには筋が浮かび、目は血走っていた。

 市内高校で起こった少年による傷害・強姦事件。少年犯罪ということもあって本来穏当な取り調べが行われるはずだが、そうはならなかった。罪状が罪状だし、傷害の方は殺人未遂として立件することも可能なほど被害者はやられていた。なんせ意識が戻っていないのだ。

 強姦された少女も複数人からまわされたショックから寝込んでしまい、現在は精神病棟に移されている。無論それは少年には知らされるべくもないが、ヒートアップした刑事の口から漏れていた。


 顔にいくつか青あざを作っていた八雲朔夜やくもさくやは部屋の隅に取り付けられた監視カメラを睨む。

 すでに刑事から三発殴られ、腹にも二発蹴りを入れられている。威圧的な取り調べに暴行。六十年近くも前に不当な取り調べそのものが大きな批判の対象となり、取り調べの状況を開示することも求められるようになった。

 しかし——。


「可視化法なんて期待するな。ここじゃ俺が法だ。お前らのようなブタ野郎に人権はない。言え、本当は強姦もお前が指示したんだろう」

「違う! そもそも殴ったのも俺じゃあ——」


 顔面に衝撃が走った。鼻っ柱をぶん殴られ、鼻血を噴いて倒れる。

 朔夜は折れた鼻を強引に戻し、警官を睨んだ。


姫宮ひめみや社長のご子息が暴行、恐喝、強姦……そんなことをしたと?」

「それを調べんのがあんたらの仕事だろうがよ」

「だからこうして調べてんじゃねえか!」


 と、角刈りの部下と思しき警官が部屋の隅の内線を取った。二、三話した後、主任警官に耳打ちした。


「姫宮社長からお電話が? わかった。見張り頼む。——おい、お前。自分が被疑者ってこと忘れんなよ」


 ギロリと睨みつけられ、朔夜は舌打ちした。角刈りが手を貸して立ち上がらせてくれようとしたが、それを振り払って自分でスツールに腰掛けた。

 その後、奇妙な風の吹き回しで無罪放免の釈放となった。聞いてもわけは答えてもらえず、まるでこれ以上関わるなと言わんばかりに警察署を追い出された。

 しかし一度ついた『傷害罪・強姦罪』のレッテルは剥がれず、朔夜は地獄の日々を送ることとなるのだった。


×


「ご乗車ありがとうございました。まもなく燦月町さんげつちょう、燦月町です。お出口は向かって右側。お荷物などお忘れないようお気をつけください。繰り返します——」


 車掌の落ち着いたバリトンボイスで、朔夜はゆっくりと目を覚ました。

 ぼんやりとした目で辺りを見回す。向かい合わせになったシートには朔夜以外に二名しか座っていない。老いた四尾の化け猫と、若い犬妖怪の女性である。

 四両編成の私鉄——月夕線は減速して時速五十キロで走行し、リズミカルな音を立てて振動を刻む。

 朔夜が車窓に目を向けると、ちょうどトンネルを抜けていたのか木々の向こうに湖が見えた。湖面が青くキラキラ輝き、太陽と空を照らし出している。

 木々の影に入ると黒髪に灰色の目をした青年こちらを睨んでいた。前髪の割れ目だけを白く染めているのは朔夜なりのおしゃれである。

 朔夜の顔が、恐らくは夢のせいで不機嫌なそれに歪んでいた。無論あれは夢などではなく、現実に起こったことであるが。

 顔の怪我はだいぶ良くなったが、思い出すとはらわたが煮え繰り返る——ダメだ、こんなくだらないことを考えていては。


 朔夜はエレフォンを取り出して、メーラーを開いた。

 そこにはこれから暮らすアパートまでのルートが記載された、叔父からのメールが来ていた。

 普段は各地に飛んでライターをしている叔父は、アパートを持て余し気味だったという。家賃だけ払っているのも勿体無いし、お前が使えとばかりに投げ渡してきたのだ。


『金の心配ならいらんが、なるべく常識の範囲内で使ってくれよ。火事なんて冗談じゃないからな』


 叔父がなぜここでほっこり微笑んでいる顔文字をチョイスしたのかは甚だ不明である。

 と、電車が停まった。朔夜は立ち上がって車両から降りる。

 荷物の類は引っ越し業者があらかた運んでいる。持ち歩く分の荷物が少ないので朔夜は斜めがけのボディーバッグしか持っていない。傍目にはどう見えているのだろうか。友達の家に遊びに来たやんちゃ坊主という感じだろうか——まあ、叔父との関係は歳の離れた友人というような感覚なので、当たらずも遠からずだ。


 燦月町含むこの都市——晨月しんげつ市は自然と妖怪と共存する街、をスローガンにしている。各地に遺伝子改良を施した木々が植樹され、自然公園も多い。山や川、海などのレジャーも楽しめる、いいとこ揃いの裡辺りへん地方のなかでも、人間も妖怪も楽しめるいい街だ。


 朔夜:叔父さん、駅に着いた。いいとこだな。アパートに行けばいいんだろ?

 辰巳:ああ、そうだ。大家に挨拶入れとけよ。酒かなんか、俺の部屋にあるから。そいつもって挨拶行け

 朔夜:わかった。叔父さんは家にいるの?

 辰巳:今宇宙旅行してっから

 朔夜:はいはいわかったわかった


 叔父の冗談を適当に流した朔夜は駅を出て街を見ながら歩いた。

 雑居ビル、雑貨屋、ディスカウントストア——様々な店が交雑している路地。ここに叔父がくらすアパートがあるらしい。

 マップ通りに進むと見えてきたのは二階建てのアパート——氷上荘という建物だった。

 一見するとボロいのだが、そこだけ周りと隔絶されたように静かである。大きなイチョウの木がある。鎮魂という花言葉があるらしく、それもまたこの独特な落ち着きの理由でもあるのだろうか。


 朔夜は一旦部屋に上がった。二〇二号室に入り、棚にあった『大吟醸・きつねごろし』という酒を選んだ。これだけ綺麗な箱に入って保管されていたのだ。ということは、上等な酒なのだろう。

 一階の大家——氷上の表札がある部屋をノックする。すると「はい、どちらさん」と若い女性の声がした。


「叔父の……八雲辰巳の部屋で世話になる八雲朔夜です。ご挨拶に伺いました」

「ご丁寧にどうも。ちょっと待ってね」


 鍵を開ける音がして、ゾッとするほどに美しい女性が出てきた。

 水色の髪に、二本の尻尾と狐耳。着込んでいるヨレヨレのニット越しにもわかる大きな胸と、くびれた腰。


「若い子が来たねえ。人間だよね」

「はい。そうだ、これ。お酒を持って行くといいと、叔父から」

「え、マジ? こんな高い酒もらっていいの? 辰巳君怒らない?」

「特に指定されなかったんですよ、どの酒とか。いいんじゃないんですかね、家に帰ってくることなんて稀ですし。あとなんか今宇宙旅行してるとか言ってましたし」

「取材してんだねきっと。ありがと、美味しく飲むよ。……あ、私氷上芽衣子ひかみめいこ。よろしくね。先代から管理人の座を預かってんの」

「よろしくお願いします、氷上さん」


 朔夜は一礼し、ひらひら手を振る氷上に別れを告げて部屋に戻った。

 叔父からメールが来ており、そこには、


 辰巳:言い忘れてた。頼むからマジで大吟醸だけは渡すなよ、いいな


 と、書いてあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【冒頭試し書き版】アヤカシ・オーヴァドラヰヴ 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

作家にギフトを贈る

 のんびり活動します。  メンタルが弱いので優しくしてもらえると助かります。
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ