第4話 ネフィリム伝説
「ビデオログ 十一月二十日
核戦争前からこの世界には環境維持パイルが埋め込まれ、世界規模の気候変動を修正する動きが見られたようだ。
この時代にも——西暦二五七三年にもパイルは稼働し続け、各地の環境は整備されている。それでも多少の狂いはあるようで、中部地方は寒冷気候に近いものが見られる。
いや、つい昨日ハウボに頼んで戦争前の愛知を見せてもらったら夏の気候があったもんだから、驚いたんだ。今では秋と冬を行き来する感じなのに。
さっそく今年も積雪を確認した。地上は冷え込んでいる。こうなる前にネフを救えたのは行幸だろうか。
そういえば、異世界にも四季ってあるのだろうか」
×
ハウンドはライフルを抱えて地上に出てきていた。以前まで乗っていたパワード・アーマー・スケルトンは隣を歩くアンドロイド美女に姿を変えており、彼女にはハウンドの護衛を任せている。
五センチほど積もった雪をブーツで踏み締め、ハウンドは獲物を探していた。
食料プラントで作られる、食べられる消しゴムのようなそれをネフは嫌ってしまい、あまりにも食べてくれないので肉を獲りにきたのだ。
「僕も久しぶりに肉を食べたかったし、都合は良かったけど」
「ええ。私も、経口接種の方がエネルギー効率がいいので助かります」
ノブナガは食事・排泄から性行為まで可能な器官を備えているらしい。ハウンドは聞いていなかったが、肉の話になった時自然とその話題が出てきて知った。
旧時代ではアンドロイドにも性的な機能が求められ、軍事モデルのそれは慰安婦も兼ねていたことから、むしろプラント産のアンドロイドに性行為の機能があるのは必然である——らしい。
——ハウンド様、大変な時は私を使っていただいて構いませんよ、と言われた時、不覚にも胸が高鳴ってしまった。
それはさておき肉だ。
一年のうち半分以上を占める冬が来ると、皮下脂肪の多いやけにモコモコした鹿のようなミュータント・ヒルシュが現れる。
山の麓にあるプラントからジープで街に下り、途中で降りて狙撃ポイントに移動していた。
ヒルシュは廃墟に隠れて雪の下の草を食んでいたり、繁殖のためメスを囲い、開けた場所で交尾をする。敵襲を察知しやすくして逃げるために、青姦を好むらしい。
「正面二時方向をご覧ください。距離六〇〇、コンビニの駐車場です」
ノブナガに言われ、ハウンドはスコープ越しにそちらを見た。
立派な角を持った一頭のヒルシュが二頭ほどのメスの尻の匂いを嗅いで、白い鼻息を漏らしていた。
ハウンドはそのコールサイン通り冷酷な猟犬となり、呼吸を限界まで殺して腕の震えを抑制。心拍数すら下げるほどの勢いで奇妙な深呼吸をして、息を止める。
きっかり五秒後、六・八ミリ弾が撃ち出された。
オスのヒルシュにハートショット。運動エネルギーの収支でたたらを踏んだ頭に即座に二発叩き込み、息の根を止める。
怯えたメスが逃げ散っていくが、構わなかった。三人でヒルシュ一頭なら数日は持つ。肉だけでなくLED菜園もあるので、バイオ穀物や野菜も、この人数なら充分生産されているのだ。
「お見事です」
「ふぅ——。ノブナガ、あれを担げるかい?」
「ええ。お任せを」
三百キロ近い巨体を担げるというのはまさにアンドロイド——それも軍事用らしいパワーだと思った。
ハウンドは登っていたビルを素早く降り、鹿の元へ向かう。
胸の肉が裂け、血が溢れている。頭部はめちゃめちゃに潰れており、ハウンドは鉈を取り出して一息に首を落とした。パワーアシストスーツという、通電して筋肉のツボを刺激し筋力を底上げするボディスーツのおかげで、この膂力を発揮できていた。
手早く血抜きを済ませて、ハウンドたちはヒルシュを担いでジープに乗せると、ウルフェンのような獰猛なミュータントが来る前にさっさとプラントへ戻るのだった。
×
「へえ、じゃあ今日は鹿肉のステーキなのか。俺らは酒場でチキンを食べてる。頭が三つあるミツクビドリって怪鳥がいてな、そいつの肉がなかなか美味い。どうぞ」
「いいな、それ。ミツクビドリってやっぱり大きいのか? どうぞ」
「大体一〇〇キロくらいの大きさになる。どうぞ」
異世界語が日本語に自動翻訳されているのか、異世界の公用語が日本語なのかはわからないが、便利なので気にしていなかった。
摩訶不思議な出来事が一つ起きると、細かいことをつっこんで重箱の隅を突いて冷や水をぶっかけるのがバカらしくなるものだ。
「でっかい鳥だなあ。僕らの世界にもそういうのはいるけどね。三〇〇キロ近い鹿とか、七十キロある狼とか。どうぞ」
「立派な魔物じゃないか。そうだ、俺らは明日、エモラントの街ってとこに行く。予兆のあるダンジョンが出てきそうなんだ。そこで名をあげて冒険王に近づく。どうぞ」
「エモラント、か。僕の住んでるところは町の名前さえ忘れ去られてるからな……そっちは、なんていう国なんだい? どうぞ」
「エルトゥーラ王国だ。大陸でも屈指の冒険者大国で、ダンジョンも大陸一ってくらい多い。一攫千金を目指す冒険者であちこち溢れかえってる。なかなか活気があるし、美人が多くて——ミランダ、なんだよ! 悪い、どうぞ」
「仲が良さそうだな。僕のところも賑やかになった。なんていうか、手のかかる娘も増えたけどね。どうぞ」
その手のかかる娘・ネフは、ハウボに遊んでもらっている。倉庫にあった積み木を持ってきて、それで前衛的な建造物を作っていた。
「子持ちなのか? 冗談、ネフって子だろ? ネフ……ネフィリム伝説を思い出すな。——……ああ、どうぞ」
ハウンドはハッと息を呑んだ。
ネフの本名はネフィリム。だがその事実をジャックに告げたことはない。
「ネフィリム伝説っていうのは? どうぞ」
「天使と人間の子供さ。冒険王伝説の一つでもある。偉大な冒険王と、彼と恋の落ちた天使の最大のお宝らしい。やっぱ、我が子が大事なのかね……どうぞ」
「そうか。そんなことが……」
「ハウンド様、焼き上がりましたよ」
「ああ。じゃあ、通信を切るよ。ファイナル。どうぞ」
「今日も楽しかったよ。さよなら、どうぞ」
「さよなら、通信終了」
【設定練り直し】僕は今日、核戦争で滅んだニッポンから異世界無線交信を開始した。 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89
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