第3話 夢
「ビデオログ 十一月十七日
補助アンドロイドが完成した。僕は医務室であのまま眠っていたらしく、ハウスロボに毛布をかけてもらっていたみたいだった。
女の子は今も眠っていて、呼吸脈拍共に安定。ただ、目覚めさせることに条件でもあるのだろうか。
これからアンドロイドを見に行くが、外見設定に関してはプリセットされたものがランダムで抽選されるシステムになっていた。どうやら要らぬこだわりを捨てさせ、愛着を持たせない措置らしい。
ひとまずログはココまでにする。無線交信はアンドロイドを受け取ってからにしようと思う」
ハンディカムを置いてハウンドは司令室を出た。製造室に入ると、完成したアンドロイドが既に戦闘服に着替えて立っていた。
「これは……」
そのアンドロイドは女性型で、全体的にグラマラスな作りをしている。白銀の髪の毛をウルフカットにしており、機械というよりは生体に近いものだ。おそらくノブナガの生体由来素材を優先して使ったのだろう。
手にしている剣は機械仕掛けのそれで、これが装甲やらの部品を使ったものと思われた。
腕と足は義肢のように機械でできているが、頭部、胸部、腹部、そして腰まではどうみても生身らしいボディラインをしていた。
「製造工程を完了しました。お疲れ様です」
製造マシンはそれだけ吐き捨てて沈黙した。
ハウンドはやけに色っぽいアンドロイドを見て、言葉を絞り出す。
「初めまして、ハウンドです」
「ハウンド……ええ、知っています。私を乗り回した最後のパイロットですから」
ずい、と目を近づけてきた。歯車型の瞳の真ん中に、青い瞳孔が浮かんでいる。
「よろしくお願いします。名前は……そうですね、ノブナガから生まれ落ちたわけですから、そのままノブナガとでも名乗りましょうか」
「ノブナガ、な。つくづく愛知にちなんだ名前だと思う」
「ハウンド様の本名は?」
「忘れた。冷凍睡眠障害だ。名簿データも抹消されてて、ネームプレートにただハウンドと刻まれてた。本名はわからない」
「純日本人顔でハウンド、ですか。……わかりました。末永くよろしくお願いいたします」
冷徹な顔に微かな笑みが差し、その顔を見てハウンドは可愛いと思ってしまった。
相手は機械なのに——。長らく孤独のせいで忘れていたが自分も一人のヒト科のオス。例の女の子もいるし、劣情との付き合い方も考えねばならない。
「ブザーが鳴っていますよ」
ノブナガに言われてハッとした。ハウンドたちが司令室に戻ると、医務室で異変を知らせるブザーが鳴っていた。
カメラにはあの女の子が起き上がり、ハウスロボに組みついて噛み付いたりしている。
「あの子は……」
「詳しくは後で話すよ。行こう」
ハウンドは医務室のドアを越え、中に入った。
女の子はこちらに反応し、黒い白眼の中に浮かぶ赤い目を向けてきた。
「っ!」
左目の瞳孔は一つ。だが、右目にはいくつもの瞳孔が浮かび上がり、鎌首をもたげる左腕の触手の恐ろしさとミュータントに近い存在であるという話が脳裏にチラつき、一瞬腰の拳銃を抜きそうになった。
「排除しますか」
「いや、待って。……言葉はわかる? 僕らは君に危害を加えるつもりはない。ひとまずハウボ……そのハウスロボから……その子から離れてくれるかな」
女の子はハウンドが指差したハウスロボのハウボに目を向けた。カメラアイをチカチカさせ、「イタイイタイ」と繰り返している。
「わかっぁあた」
女の子は奇妙な声の響きを伴わせながらそう言って、ハウボから離れる。
言葉が通じることがわかった。これは大きい。
「僕はハウンド。こっちはノブナガ。君は?」
「ネフ。ネフィリム。おぁあさんは、そういってた」
おああさん——お母さん? 確かにミュータントは通常動物らしい生態を持ち、繁殖するが、この子はどんな親から生まれたのだろうか。
「お母様は今どちらに?」
「おそわれえてて、て、にげてきあ。こわいの、いた——ぁぐっぅう」
そこまで言って、女の子——ネフが頭を押さえてうめき始めた。
おそらくはミュータントなどの群れに襲われたのだろう。そのときのショッキングな記憶が蘇り、トラウマとして押し寄せてきたに違いない。
ハウンドはネフを抱きしめ、落ち着かせようとした。
「落ち着いて、大丈夫。ここに怖いミュータントはいない。僕らだけだ、大丈夫、大丈夫」
「うぅー……ぅ……」
ネフが落ち着きを取り戻すまで数分かかったが、その頃には呼吸も安定していた。
手術衣越しに柔らかな女性の肉体を感じるほどに冷静になったハウンドはゆっくり離れ、ハウボに「着替えを持ってきてもらえるかな」と命じた。
「ノブナガ、彼女の着替えを手伝って。僕は日記にこのことをまとめるから」
「わかりました。ではネフ様、着替えましょうか」
ハウンドは深呼吸しつつ部屋を出た。
ノブナガは機械の女で、ネフはミュータントだ。だが中途半端に人間の女性らしい特徴を持っているせいで、ときどき勘違いしそうになる。
ぱしん、と頬を打ってハウンドは司令室の自席に座ると、紙媒体の日記帳を広げて油性インクのボールペンで直近の出来事を書き記す。
一年の孤独を耐えてきたご褒美か、新たな試練かはわからないが……何度も何度も思うように、自分は特殊な方法で孤独を克服できた。
けれど人間の生存者は……いない、のだろうか。
ザ、ザザ——ザー、ザザッ。
「こちらジャック。こちらジャック。ハウンド応答せよ。本日は晴天なり。こちらジャック。どうぞ」
「こちらハウンド。感度良好。どうぞ」
「生存者、どうだった? どうぞ」
「起きたよ。ちょっと変わった子だけど。それからアンドロイド……人形の使い魔を増やした。君たちも含めて賑やかになってきたよ。どうぞ」
「ふふっ、まるで魔法使いみたいだな。こっちはダンジョンが一つ踏破されて、稼ぎ場が減った。まあ、もともと俺らが稼げるエリアなんて見向きもされないから、ギルドにしてみたら大した損失じゃないんだろうが。どうぞ」
ハウンドは日記に「ダンジョン、踏破」と書いてしまっていて、苦笑した。通話ボタンを押し込み、
「こっちはてんてこ舞いだ。新しいダンジョンにあてはあるのかい? どうぞ」
「怪我が良くなったら、予兆のあるダンジョン候補地に向かうつもりだ。俺らの夢は冒険王だから。どうぞ」
「冒険王っていうのは。どうぞ」
「その昔、神々の秘宝を手に入れた冒険者のことさ。おとぎ話だが、各地にその伝説が残ってる。どうぞ」
ファンタジーの世界らしい話だ。ハウンドにとっても新鮮で、面白い。お互いの話がそういうふうに思われているのだろう。
「ハウンド様、お着替えが終わりました」
「ああ、すぐ行く。……ジャック、いつか僕が異世界に行ったらって話。あれは、もしかしたら冗談じゃなかったのかもしれない。どうぞ」
「どういうことだ? どうぞ」
「本当にそっちに行ってみたい。君たちと、冒険をしてみたい。ファイナル。どうぞ」
「……楽しみにしてる。色々、準備もな。さよなら、どうぞ」
「さよなら、通信終了」
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