第2話 異形の少女
「ビデオログ 十一月十六日 はぁっ、はぁ。
異世界との交信が始まって約一ヶ月。ついに地上で生存者と思しき影を発見した。これから接触を図る。
興奮してる。僕以外にも生存者はいたんだ。僕は本当に孤独じゃなかった!
ああ、これが妄想でなければいいのだが」
ハンディカムに向けていつも以上の早口で喋り、ハウンドは格納庫に向かった。
そこには鎧武者のように装甲を貼り付けたパワード・アーマー・スケルトン——ノブナガが鎮座している。
タラップを使って乗り込み、機動。エレベーターを上昇させる間に地上のセンサーと同期させてさっきの影を確認した。
座り込むようにして影が停止している。怪我でもしたのだろうか。
「はぁっ……はぁ。ふぅー……急いでくれ……!」
隔壁が開き、地上に到達した。ハウンドはフットペダルを踏み込んでノブナガを走らせ、救助ポイントに向かう。
荒涼とした大地を駆け抜けてあるコンビニテナントの駐車場で機体を止める。
ライフルを手に降り立ち、防塵マスクをして周囲を警戒しつつ移動した。
建物にはエアロゾルが充満し、肺がやられ呼吸困難で命を落とすケースも少なくない。睡眠前の講習で習っていた。
コンビニ内に生存者が逃げ込んだことはわかっているが、場合によっては危険だ。
と、グルル、と狼の唸りのような声がしてハウンドは即座に右に体を向けた。
一人の少女が倒れており、口の周りを赤く染める狼型ミュータント・ウルフェンが一体こちらに威嚇している。まるで獲物を取るなと言わんばかりだ。
ここで撃てば少女に当たる。銃剣を槍のように構え、ハウンドはウルフェンと対峙した。
飛びかかってきた、目算七十キロの巨狼にナイフを閃かせ、喉笛を切り裂く。素早く反転して心臓、内臓を刺突して破壊し、密着して脳天に一発六・八ミリ弾を叩き込んだ。
「ふぅ……君!」
ハウンドは少女に呼びかけた。
右足首に歯形があり、肉が抉れている。出血は続いており、ひとまずここから出すことにした。
抱き抱えて外に出すと、飲料水で傷口を洗った。少女が苦しげにうめいた。息はあるようだ。
救急キットから消毒液を取り出してそれを雑に振り掛け、ガーゼと包帯で固定。
そこまで息継ぎもなくあっという間に済ませたハウンドであったが、はたと気づいた。
「奇形……?」
ボロ布のような衣類を身に纏った少女の右腕の指は三本。鋭い爪が生えている。左手は完全に触手で、五本の管状の肉が絡まっているのである。
足自体もまるで恐竜——近しいもので言えば鳥類を思わせていた。極めつきは肩甲骨から突き出した翼の骨格のような骨である。
核戦争後二二八年。地上の放射能汚染はほぼ消えているとはいえ、何らかの形で生体濃縮した放射能が人間を奇形に変えることは十分ありうる。
ひとまずハウンドは彼女を保護することにした。戻ったら、プラントで検査しなくては。
×
「起動コード確認。一度きりの使い捨てプロトコルを起動しますか?」
▶︎YES
「了解。製造プロフィール入力開始……。これでよろしいですか?」
▶︎YES
「素材投入確認。しばらくお待ちください……完成予想図表示。これで製造を開始しますか?」
▶︎YES
「了解。明日までお待ちください。お疲れ様でした」
ハウンドはプラントの奥にあるアンドロイド製造工場から立ち去り、いつものメインモニターがある司令室に戻ってきていた。
司令室とはいえ、各部屋から持ち込んだ冷蔵庫やらベッドやらが散乱した乱雑な居住区で、ハウンドにとってはリビングのような感覚である。
ノブナガの光学神経系に重篤なエラーが見られたのは帰り道だった。元々核戦争時代の機体だったためにガタが来ていて、一年以上酷使したせいでとうとう歩行さえ困難になっていたのである。
そこでノブナガを素材にアンドロイドを製造することを決めた。移動能力は大幅に落ちるが、人間を優越する運動力を持つアンドロイドが仲間に加わってくれれば探索の助けになる。
ハウンドは携帯無線機を親機に繋いで、つまみを回した。周波数は適当でも、なぜか繋がる。おそらくは子機自体が彼らの念話との波長に適合しているのだろう。
「ハロー。ハウンドよりジャック。怪我の具合はどうか。どうぞ」
しばらくノイズが走っていたが、
「こちらジャック。ハウンド、助かった。今は治療師のもとで診てもらってる。しばらく安静にしろと言われたよ。どうぞ」
「よかった。そうだ聞いてくれジャック。生存者がいたんだ——」
奇形児であることは伏せておこう。それはあの少女自身にとっても、言いふらしてほしくないだろうし。
「……年頃の女の子だ。ミュータントに襲われてた。どうぞ」
「ミュータント……てのは、こっちでいう魔物みたいなものだと聞いた。助けられたのか?」
「ああ。ライフルがあった。えっと、その、すごい威力の矢を連続で撃てる弓みたいなものだ。どうぞ」
「速射バリスタみたいなものか? それをお前一人で? どうぞ」
「ああ。僕の時代にはそういうのが普通なんだ。魔法の方が便利そうだけど。どうぞ」
飛び出す前に入れていたダンデリオンコーヒーを飲む。すっかり冷めていたが、ハウンド自身の熱が冷えることはなかった。
「そうでもないさ。供犠魔法といって、俺たちの魔法は供えもんや犠牲なしには使えない。苦行やら歌、工芸品を代価に魔法を使うんだ。どうぞ」
「万能じゃないんだな。どうぞ」
「ああ。今頃ミランダは炎の魔法を強化するため、唐辛子の丸齧りやらの苦行を行ってるんだろうさ。はは……どうぞ」
「僕もいつかそっちに行きたい。銃と、便利な道具を持って……無双するんだ。でも、目をつけられるかな。どうぞ」
「政治の言いなりにさせられるさ。もし来たら、俺のパーティに入れてやるよ。どうぞ」
「それはいいな。楽しそうだ。……ファイナルを送る。あの子が目を覚ましたみたいだ。どうぞ」
「ああ、また。さよなら、どうぞ」
「さよなら。通信終了」
ハウンドは医務室の医療ポッドが作業を停止した音声をモニターから聞き、席を立った。総司令が座る、一番高い位置にある最高の席だ。
暫定的にプラントの最高責任者になったハウンドは、手にしていたコードで一度限りアンドロイドを作れたりと、最高権限を手に入れている。ノブナガを動かせたのもそれが理由だし、武器庫や食料生成プラントを動かせるのもまた然りだ。
医務室に入るとツンとした消毒液の匂いが充満していた。
ドーム状の頭に円柱の胴体、作業アームを取り付けたハウスロボットの医療現場モデルが機械を操作し、ポッドを開く。
「ハウンド様、コノ子ハDNA構造的ニハ、ミュータントニ近イコトガ分カリマシタ」
「なんだって?」
「ソレ以上ノコトハ、不明デス。データリンクガデキズ、コノプラントダケノ情報デハ、ソレ以上ノ判断ハ不可能デス」
「そうか、わかった。ありがとう」
「イエ」
ポッドの中には一糸纏わぬ少女。人間ではない、ミュータントに近い人外の子。
豊かな乳房と腰のくびれ、尻の膨らみはどうみても人間らしい作りで、性的にも魅力を感じる。だが手足と背中の三対の骨の翼がそれを著しく否定していた。
——まるでファンタジーの世界の住民みたいだ。
ジャックたちなら何か知っているだろうか。あちらの世界に、この子のように人間ではない存在の伝説はないだろうか。
無線が異世界と通じたのだ。それ以外のものがなにか通じることだって……。
「ハウンド様?」
「ああ、いや——。なんでもない」
ハウンドは少女を抱えてベッドに寝かせた。シーツをかけて、スツールを持ってきて座る。
ちらと見えた足首には新しい包帯が綺麗に巻いてあった。
ここ最近は怒涛の展開ばかりで脳みそがすぐに疲れる。
異世界との交信、ミュータントの少女との出会い、愛機との別れ——。
この世に一人だけという孤独感に浸り、備蓄してあった酒を飲んでは酔い潰れて眠るという自堕落的な生活からは大きく変わっていた。
言い換えれば、充実しているのだ、最近は。
ハウンドは眠気に襲われてかくんと船を漕いで、何度かそれを繰り返しているうちに本当に眠ってしまうのだった。
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