【設定練り直し】僕は今日、核戦争で滅んだニッポンから異世界無線交信を開始した。

夢咲ラヰカ

第1話 異世界無線交信、開始

「ビデオログ 十月十日

 目が覚めて一年が経った。どうやら僕は二百二十八年眠っていたらしい。他の仲間たちは百年以上も前に目を覚ましここを出て行った。

 どうして起こしてくれなかったんだろう。僕は一人だ。

 ……ああ、いや。生存者がいないと諦めたわけではない。

 しっかり呼びかけて、探す。

 絶対に僕は一人じゃない。

 一人じゃないんだ」


×


「聞こえますか。こちら……ハウンド。誰か、応答願います。どうぞ」


 フォネティックコードは省略し、簡素なコールサインだけで呼びかける。

 この状況下でいちいち細かいルールを持ち出すものはいないだろう。いたら、是非とも応答してほしい。

 けれど無線機からの応答はない。もう一度問いかける。


「聞こえますか。誰でもいい。僕はハウンド。生存者はいませんか。どうぞ。受信願います。どうぞ」


 地下のコールドスリープ・プラントから問いかける。

 乱雑とした司令室にはレーションの容器や護身用の銃、いつでも無線に対応できるようここで眠るための寝袋もある。

 既に一年、ここでずっとこれを繰り返した。全世界に向け発信している。応答はない。

 ……応答は、ない。


「誰でもいい、声を聞かせてくれよ!」


 施設に悲嘆に暮れた怒号が反響した。他の睡眠槽に眠っていた連中は、記録では百年前に目覚めているはずだ。生き残りは、昔は確かにいたのに。

 やはり人類は滅亡したのか。自分がこの星に残された唯一無二の生き残りなのか。

 諦めかけていると、トランシーバーにノイズが走った。


「なんだ、誰だ、俺たちの念話に割り込んできたのは?」

「どうしたの、ジャック。この声、誰?」


 無線機から声がした。声がしたのだ。


「こっ、こちらハウンド! 日本っ、愛知県です! シェルター番号JP8972、ハウンドです! 生存者ですか、どうぞ!」

「生存……? ニッポン? 何の話だ?」

「ああ、えっと……二百年前の核戦争で滅んだ国、極東の島国です。僕はこの一年世界中に向け交信を試みてきました。なぜ応答しなかったんです! どうぞ」


 逆ギレなのはわかっている。だが、感情が整理できなかった。

 一拍おいて、衝撃の事実が口にされた。


「カクセンソウ? ニッポン……?」


×


「ハウンドよりジャック。本日は快晴なり。でも実際はニッポンは曇りのち雨。今は霧雨が舞ってる。どうぞ」

「あー、こちらジャック。ダンジョン二階層だ。弱小パーティらしく稼いでる。地上は晴れてた」


 少ししてから女性の声で、


「どうぞ、忘れてる」

「ああ、どうぞ」


 ハウンドは小さく笑い、パワード・アーマー・スケルトンのコックピットでダンデリオンコーヒーを飲んだ。


「ダンジョンって、こう……地下に伸びてるのかい? どうぞ」

「そういうのもあるが、巨大樹みたいに登っていくものもある。俺たちがいるのはまさに樹だ。どうぞ」


 廃墟。空爆に晒されて崩れたビル、半壊した建物、錆びてひしゃげた車に枯れ木のような電信柱。

 割れたアスファルトからは草木が好き勝手繁茂し、小型ミュータントが十二メートルを越す機体に怯えて逃げていく。

 一年乗り回した愛機は今日もご機嫌に動いている。ラジエーターから白く濁った息を吐き出しながら。外気温は低く、それは現在の愛知県が秋と冬しかないことが理由だった。


「まさか、異世界が存在するなんてな。僕は作り話だと思ってた。どうぞ」


 異世界とチャンネルが通じて一ヶ月。十一月の愛知県で、ハウンドは新たにできた不思議な友人たちとの交信を心の支えに生きていた。

 ひょっとしたら現実世界の誰かが面白がって異世界人のふりをしているのではないかとも考えたが、それならそれでよかった。今は心の支えが必要だったのだ。

 奇妙な友人たちとの交流を持ってわかったのは、向こうの世界にいる魔物はミュータントとは決定的に違う存在であること、物理法則も異なっていること、そして魔法と高度な科学の有無だった。

 信じられないが、あっちには魔法があるのだ。今だって彼らは念話というテレパシーのようなもので無線に干渉している。


「俺たちはそうでもない。いるんだ、たまに異世界からやってくる奴らが。中には国賓級に成り上がる奴もいる。悪い、目的地だ。一旦切る。ファイナルを送る」

「ファイナル了解。また話そう。さよなら、どうぞ」

「さよなら、通信終了。またな」


 無線が沈黙した。この瞬間は異様な恐怖に駆り立てられる。二度と声を聞けなくなるのではという底なしの穴に落ちたような感じだ。

 それでもハウンドはかぶりを振って、余計な被害妄想を振り払った。

 無線交信以外にも生存者を探す方法はある。直接足で探すのだ。

 もしかしたら無線設備すらない場所で、生存者が待っている可能性だってある。


 それから二時間、パワード・アーマー・スケルトンに乗ってハウンドの住処であるプラント周辺を探し回ったが、生存者は愚かその痕跡さえなかった。

 機体のフットペダルを押し込んで、プラントへ戻る。

 地上の貨物エレベーターから地下へ行き、ミュータント侵入を防ぐため防壁を閉じる。

 核融合電池で電力を半永久的に賄っている施設は煌々と明るい。恐怖や絶望を助長する闇が隅々まで切り払われているのは、精神衛生上助かる。


 小型無線機を親機に繋いで、ハウンドはレーションを取り出し、


「ハウンドっ!」


 異世界の友人——エルフという種族の魔法使いである女性、ミランダから切羽詰まった声がした。


「こちらハウンド、どうしたの? どうぞ」

「ジャックがっ、脇腹をコボルトに刺された! 血が止まらないの!」


 血の気が引くのを感じた。すぐに額を叩いて思考を回す。


「内臓は? どうぞ」

「外れてると思う! 押さえてても止まんないっ、ジャックが死んじゃう!」

「落ち着いて、えっと……そうだ、焼灼止血法。炎の魔法は使える? どうぞ」

「つ、使える!」

「剣はあるって言ってたね。炎で剣を炙って焼きごてにするんだ。それで傷口を焼いて塞ぐ。原始的だけど僕の世界にはれっきとした治療法として存在する。信じてくれ、どうぞ」

「わ、わかった!」


 しばらくして、ジャックの悲鳴が上がった。腹を焼かれ、激痛にのたうっているのだ。

 ハウンドは気を揉んで待った。直接会えれば、ここの設備でいくらでも治すのに——。


「血、血が止まった……ジャック、聞こえる?」

「ああ……クソったれみてえに痛えが、クソったれらしく生きてるって実感する」


 胸を撫で下ろし、ため息をついた。ハウンドは拳を握って、よし、と呟く。


「ありがとう、ハウンド……本当に。……あ、えっと、どうぞ」

「いや、助かってよかった。役に立てて良かったよ、どうぞ」


 ハウンドはふっ、と微笑んだ。誰も見ていないのに。

 と、地上に敷設した熱源センサーが何かをとらえた。

 一定の大きさ以上のものをピックアップするそれを見て、瞠目した。息を呑む音が聞こえていたのだろう。


「どうしたの、ハウンド」

「生存者だ」

「え?」

「地上に誰かいるんだよ!」

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