「結婚は忍耐だ」といったのはロシア文学の大家、チェーホフだが、これにうなずいた人は一度考えてみてほしい。その忍耐、あなたとパートナーのあいだで偏りはないだろうか?

いまどきは多くの人が「夫婦は対等であるべき」と考えている。夫唱婦随なんて言葉は、死語に近い。しかし同時に、対等な夫婦関係は“理想”と思われている向きもある。現実は違う、ということだ。

どんな夫婦であれ、夫と妻それぞれのバックグラウンドがまったくの同等になることはない。年齢や収入には必ず差があり、その差がDVやモラハラの原因になり得る。

「対等な夫婦関係って、本当にむずかしいものだと思います。離婚する夫婦を見ていると、程度の差はあれ何かしらのDVが原因のひとつになっているケースがほとんどです」

と語るのは、太田啓子さん。主に離婚事案を扱う弁護士で、DVやモラハラが理由で離婚を望む女性を担当しつづけている。その経験から、今春出版された話題の新書『50歳からの性教育』(河出書房新書)では、「第3講 パートナーシップ~相手への尊重と傾聴~」を担当している。

太田啓子さん
 

「離婚相談で聞く夫婦関係で、妻と夫との関係はあきらかに対等ではないです。私のところに相談にいらっしゃるのは結婚生活が破綻していて離婚を具体的に考えている女性たち、という前提はもちろんはありますが。じゃあ離婚を考えていない夫婦は対等なカップルが多いのかというと、いまの日本社会ではそうなりにくいと思います」(太田さん、以下同)

夫婦間の性的DVは被害を受けていると気づきにくい

DVこそ、どちらか一方だけが忍耐を強いられている状態だ。それが身体的な暴力にとどまらないことは、社会にだいぶ周知されてきた。精神的DV、経済的DV……なかでも見えにくいのが、性的DVだ。

夫から妻への性的DVは暗数が多いうえに、被害を受けている側さえそうと気づきにくい現状があります。殴られて強要されるとか無理やり服を脱がされるとか暴力をともなうケースもありますが、そういうものばかりではまったくありません。セックスを断ったら不機嫌になって何日間も口をきかなかったり、ドアをバンッと乱暴に閉めたりモノに当たったりといった、“わかりにくい”ものが多いですね」

間接的な“圧”に負けて、「15分間だけ我慢しよう」と応じたり、早く終わらせて睡眠時間を確保するためにみずから積極的に動いたりする女性も少なくないという。しかしそれは確実に心身の負担となり、深刻な不調につながることもある。

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妻の側も、したいと思ってしていた時期があると余計に『自分の都合ばかりで断ると悪いな』『してあげなきゃいけない』と思ってしまうようですね。そうすると妻は強要されているという意識を持ちにくく、夫も自分が加害していると認識するのはさらにむずかしくなります」

2023年7月、刑法の性犯罪規定が改正された。改正のポイントは「不同意性交等罪」の新設。これにより、同意がない性行為は犯罪になり得ることが明確にされた。ここで着目したいのが、条文の「婚姻関係の有無にかかわらず」という部分だ。

つまり、夫婦間であっても同意のない性行為は性犯罪になることがある、ということだ。