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2023年6月12日

シリコン量子コンピュータの実用化に向け、
大規模集積に適した新たな量子ビット制御方式を提案

さらに、分子科学研究所との共同研究により、量子オペレーティングシステムの開発を加速

  株式会社日立製作所(以下、日立)は、シリコン量子コンピュータの実用化をめざし、量子ビット*1を効率よく制御可能な「シャトリング量子ビット方式」を提案し、その効果を確認しました。量子コンピュータの実用化には、100万量子ビット以上の大規模集積化と、その上での誤り訂正*2の実現が鍵になると言われています。日立が研究開発を進めるシリコン量子コンピュータは、現時点で開発が先行している超伝導型と比較して大規模化に有利とされていますが、量子ビットは一般的に固定した場所に設置され、全ての量子ビットに演算・読出し回路を接続する必要があることや、隣接する量子ビットの間でクロストーク(エラー)が発生すること等が大規模集積化を阻む要因となっていました。
  この度提案するシャトリング量子ビット方式では、演算・読出しなどの制御を行う領域をあらかじめ設定し、その間で量子ビットを自由に移動させることが可能となります。これにより、全ての量子ビットに演算・読出し回路を接続する必要がなくなり、シリコン素子の配線構造を簡略化するとともに、隣接する量子ビットを退避させて演算を行うことで、クロストークの影響も抑制することができます。
  日立はさらに、本成果を含む量子コンピュータの制御に適した「量子オペレーティングシステム」について、大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所(以下、分子科学研究所)の大森賢治教授らの研究グループとの共同研究を開始しました。本共同研究を通じて、大規模集積化に向けた研究を加速し、量子コンピュータの早期実用化をめざします。

*1
量子ビット: 量子コンピュータで利用される情報の最小単位。量子力学の重ね合わせの原理を利用して、0と1が重なり合った状態を表現することが可能。
*2
誤り訂正: 量子計算の過程で発生する誤りを訂正する技術。一つの論理量子ビットを複数の量子ビットで表現し(冗長化)、その冗長量子ビットを利用して誤りを検出・推定する。

研究の背景

  近年、量子コンピュータの開発競争においては、量子ビットの個数を増加させる大規模集積化が課題となっています。農業分野で注目を集めるニトロゲナーゼ酵素*3の量子化学計算をはじめ、従来のコンピュータで不可能な超高速の計算を実現するには、100万量子ビット以上の規模の量子コンピュータが必要と言われています。このような大規模な量子コンピュータを実現するためには、集積化された量子ビットを効率的に制御可能な技術や、誤り訂正技術の実装が必要となります。
  量子コンピュータにはさまざまな方式が存在しますが、その中でも「シリコン量子コンピュータ」は、成熟技術である半導体技術を活用することができ、量子ビットの大規模集積化に有利な方式として期待されています。日立はこれまでに、シリコン量子ビットを格子状に配列させることで集積化を可能にする「2次元シリコン量子ビットアレイ*4」の開発を行ってきました*5

*3
ニトロゲナーゼ酵素: この酵素はマメ科の植物の根などに存在し常温・常圧でのアンモニア合成を促す働きがあることが知られています。この反応機構の解明を通じて、「ハーバーボッシュ法」と呼ばれる現在主流のアンモニア製造方法を代替する低環境負荷なアンモニア合成プロセスの開発が期待されています。
*4
2次元量子ビットアレイ: 量子ビットを2次元状に配列した基本構造。
*5
N. Lee et al., "16 x 8 quantum dot array operation at cryogenic temperatures," Jpn. J. Appl. Phys. 61 SC1040, 2022.

開発技術の特長

  シリコン量子コンピュータでは、シリコン素子中に形成した「量子ドット」と呼ばれる微細構造の中に一個の電子を閉じ込め、そのスピン*6を量子ビットとして用います。従来、その量子ビット(電子)は、量子ドットの中から動かさないのが前提でしたが、日立は、アレイ内の電子が移動可能であるという事実に着目し、その原理実験に成功しています*7。さらに、量子状態を維持して移動(シャトリング)させることができれば、量子ビットの演算・読出しなどの制御に新しい可能性をもたらします。そこで、日立はこの量子ビットをシャトリングさせる制御方法を「シャトリング量子ビット方式」として提案し、その効果を検証しました。
  量子ビットの場所が固定された従来型のシリコン素子では、全ての量子ビットに対し演算回路・読出し回路を接続する必要がありましたが、シャトリング量子ビット方式では、量子ビットをアレイの特定の領域に移動させ、そこで演算・読出しなどの処理を行います。これにより、集積化された量子ビット全てに上記回路を接続する必要がなくなるため、シリコン素子中の配線・回路が削減され、構造が簡略化されます。
  また、従来型のシリコン素子では、隣接する量子ビットの間でクロストークが発生し、量子ビットの性能を低下させる課題がありましたが、シャトリング量子ビット方式では、隣接する量子ビットを退避させることで、この低下を抑制することができます。
  以上の効果を取り入れたシミュレータを構築し、クロストークの影響が甚大となる大規模な量子演算において、シャトリング量子ビット方式が従来型(量子ビットを固定した方式)に比べて高い量子計算精度(忠実度)を維持できることを確認しました。さらに、量子ビットを移動させることによって任意の量子ビット間で演算することが可能となり、誤り訂正機能の実装容易化も期待されます。
  なお、本技術の一部は、2023年6月11日から16日に開催される 「2023 Symposium on VLSI Technology and Circuits」の基調講演(6月14日)で発表予定です。

*6
スピン: 自転に例えられる量子力学的概念。自転の右回りと左回りに対応して2状態を取り得て、これを量子ビットの0と1に対応させる。
*7
T. Utsugi et al., "Single-electron pump in a quantum dot array for silicon quantum computers," Jpn. J. Appl. Phys. 62 SC1020, 2023.

[画像]図1 量子ビットを効率よく制御可能な「シャトリング量子ビット方式」
図1 量子ビットを効率よく制御可能な「シャトリング量子ビット方式」

  なお、本研究の一部は、ムーンショット型研究開発事業 目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(プログラムディレクター:北川勝浩)」の研究開発プロジェクト「大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発(プロジェクトマネージャー:水野弘之)グラント番号 JPMJMS2065」による助成を受けて行われました。

今後の展開

  日立は、量子ビットアレイの制御に適した「量子オペレーティングシステム」の開発に向け、分子科学研究所の大森賢治教授らの研究グループとの共同研究を2023年4月に開始しました。同研究グループの冷却原子量子コンピュータとの共通点に着目した量子オペレーティングシステムの共同研究を通じて、量子コンピュータの実用化を加速し、新材料や新薬の開発など大規模なデータを活用したお客さまのイノベーション事業創出に貢献していきます。
  日立の研究開発グループでは、2024中期経営計画において、国際機関、大学、お客さま、スタートアップ等の議論をもとに、社会の本質課題と捉えた「環境中立社会」「現役100年社会」「デジタルと人・社会の共進化」の実現に向け、2050年からのバックキャストによる破壊的なイノベーション創生に取り組んでいます。その中の注力テーマの一つとして、「シリコン量子コンピュータ」の研究開発を今後も進めていきます。

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所 大森賢治 教授のコメント

  量子コンピュータは、材料開発、創薬、情報セキュリティ、AIなどの進展に革命を起こし得る革新的な技術として、世界中の産学官でその開発競争が激化しています。中でも、日立製作所が開発を進めるシリコン型量子コンピュータや我々が開発を進める冷却原子型量子コンピュータは、現時点で開発が先行している超伝導型やイオントラップ型における大規模化の限界を打ち破る、次世代の量子コンピュータハードウェアとして期待されています。
  本成果は、シリコン型量子コンピュータにおける「動的」な量子ビットの有効性を定量的に実証した非常に重要なものです。この技術を使えば、空間的に隔たった任意の量子ビットのペアを計算の途中で動的に近づけ、量子コンピューティングに不可欠な「量子もつれ状態」にすることができます。原理的には量子コンピュータを構成する全ての量子ビットを量子もつれ状態にすることも可能です。これは、超伝導型のように各量子ビットが空間的に固定されたハードウェアには不可能な操作であり、これによって量子コンピュータの計算精度やアルゴリズムに画期的な進展がもたらされると期待されます。
  一方、分子科学研究所の冷却原子型においても動的量子ビットの実装を進めておりますが、双方の動的量子ビットシステムの間には制御系において多くの共通部分があり、今後、日立製作所と分子科学研究所がこれらを共同開発することで、我が国の量子コンピュータの実用化が大きく加速することが期待されます。

日立製作所について

  日立は、データとテクノロジーでサステナブルな社会を実現する社会イノベーション事業を推進しています。お客さまのDXを支援する「デジタルシステム&サービス」、エネルギーや鉄道で脱炭素社会の実現に貢献する「グリーンエナジー&モビリティ」、幅広い産業でプロダクトをデジタルでつなぎソリューションを提供する「コネクティブインダストリーズ」の事業体制のもと、ITやOT(制御・運用技術)、プロダクトを活用するLumadaソリューションを通じてお客さまや社会の課題を解決します。デジタル、グリーン、イノベーションを原動力に、お客さまとの協創で成長をめざします。2022年度(2023年3月期)の連結売上収益は10兆8,811億円、2023年3月末時点で連結子会社は696社、全世界で約32万人の従業員を擁しています。

お問い合わせ先

株式会社日立製作所 研究開発グループ

以上

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