2023年4月28日より公開予定の映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。本作は任天堂と『ミニオンズ』などを手掛けたイルミネーションが共同で制作している3DCGアニメ映画。

 そんな同作に制作としても参加している、“マリオの生みの親”で任天堂代表取締役フェローの宮本茂氏のゲームメディアを対象とした合同インタビューが実施された。イルミネーションとの制作体制やこだわりのポイント、初の長編映画制作の思い出などをたっぷり語っていただいた。

※宮本茂氏ロングインタビューはこちら

※本記事には映画の一部ネタバレが含まれます。

宮本茂(みやもとしげる)

任天堂代表取締役フェロー。“マリオの生みの親”で、本作には製作として参加している。(文中は宮本)

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

――『スーパーマリオブラザーズ』の発売から約38年経過していますが、なぜこのタイミングでの映画化になったのでしょうか?

宮本マリオがデビューしたころに、アメリカでミッキーマウスとマリオの人気調査があって、そのときにマリオのほうが人気という結果になったんですよね。それで「ミッキーマウスを抜きましたけど、どんなお気持ちですか?」ともてはやされたりしたのですが、「40~50年間、生き続けているミッキーマウスと新参者のマリオを比べることがおかしいです」という話をしたことがあって。でも、そのときにふとミッキーマウスはアニメーションといっしょに育ってきたので、マリオもデジタル技術といっしょに育っていこうかなと思ったんです。

 それがすごくいいキッカケになって、「新しいハードが出たら(マリオのゲームを)1本作ろう」と。だから、これまでの歴史を振り返ってもらえるとわかると思いますが、同じハードではたくさん作ってないんですよ。そんな中でゲームはいつもどんな作品を作るかわからないので、映画や小説のために好きな食べ物や家族構成など、新しい設定を決めてしまって、それがゲームを作るときの制約になるのが嫌なので、「マリオはデジタル技術のゲームでしかやらない」とずっと言っていたんです。ライセンスをすることもありましたが、そのときは僕たちも設定を何も決めてないです。

 そういう風にしてきていたのですが、やっぱりゲーム機を持ってない人たちに届かないのは、もう少し考えたほうがいいよねという話になって。それで任天堂IPを育てるという動きになり、モバイルや映画もやっていこうとずいぶん前にスタートしました。そこから数年経って、映画を作るにしても自由に作りたいけれど、誰かにお金を出してもらうと自由にできないので、自分たちで制作すると決めたほうがいいという結論に至って、それからクリスさん(※)に出会うんですね。

※クリス・メレダンドリ氏。本作の制作を手掛けるイルミネーショのCEO。

――ジャパンプレミアで「40年越しに8ビットで描いていったマリオが人間になった感覚があった」と話されていたことが印象的でした。映画ではマリオとルイージが、ニューヨークに住んでいる配管工として働く様子なども描かれてしましたが、そういうものをご覧になった感想を伺えますか?

宮本今回はクリスさんたちが作ってくれたものを見て、僕が何か感じるというよりは、いっしょに相談しながら作り上げていったので、少しニュアンスは違うのですが、ジャパンプレミアでも言ったように「ああ、やっと人間になったな」と本当に思いました。僕は昔にマンガを描いていたのですが、会社ではまったく関係のない、ゲーム機本体やコイン投入口、コントロールパネルやカタログなどを作ったりしていて。

 そうしているうちにゲームの中身の絵を描くことになったものの、そのときはまだマンガとはあまり関係ないと思っていたのですが、『ドンキーコング』を作ったときに「ひょっとしてアニメーションができるかな?」と思ったんです。ただのドット画を書くんじゃなくて、アニメーションをやろうと。それでドンキーコングやマリオを2コマとか3コマで動かしたらけっこう動いている感じがしたんですね。そうするとマンガがアニメーションになるということで、これまでの経験を仕事に活かせるかもしれないと思って。

 当時はまだゲームデザインという仕事やそういうデザイナーがゲームを作るというのがまだ無かったんですよ。それで『スーパーマリオ64』のときに3Dモデルにしたら、もっとディテールを決めていけるんだと感じました。

 じつは僕は人形劇の作家になりたかったんですよ。NHKで『ひょっこりひょうたん島』や、その前に『チロリン村とくるみの木』という人形劇があって、マンガ家の前はその人形劇作家になりたかったんですよ。だから、小学生のころはずっとパペットショーをやりたいと思っていたのですが、ニンテンドウ64ができたときにそこにきたなと思ったんです。それで、この先はパペットショーをもっとどう進化させるかだなと。

 ただ、今回の映画を作っているときに映画館の巨大なスクリーンでマリオが動いているところを想像したら、「本当にこんなディテールでいいのか」とか、「お客さんがどう思うのか」とちょっと心配になって。クリスさんやアニメーターさんたちといろいろ話しながら作っていってできあがってみたら、「大丈夫。人間になってる」と本当に感じて、フランスにいるイルミネーションさんのアニメーターの皆さんに「おかげさまでマリオが人間になりました!」というビデオメッセージを送ったりもしました。

 ピーチ姫がただ乱暴なお姫様というわけではなく、キノピオを守るために戦っているというような、登場人物の動機みたいなものを少し作り込んでいこうとしたことで結果完成したものが、だいぶ人間になったなと感じて、うれしさもひとしおです。

――先ほど「自由に作りたい」というお話がありましたが、本作では宮本さんと任天堂はどの程度のレベルで制作に関わられていたのでしょうか?

宮本スタートのときからいっしょに作ろうということ決めて、僕とクリスさんがすべて決める権利を持っているという感じですね。だから、そんなことはあり得ないんですけど、もしどちらかが途中で辞めると言っていたらやめていたと思います。

 任天堂とイルミネーションの両方からスタッフが参加したのですが、今回はアニメーションを作るわけなので、監督から何から圧倒的多数はイルミネーションのチームなんですね。うちからはキャラクターを作ってきたチームの人たちと、『ゼルダの伝説』などでデモシーンを専門に作っている人たちの中から映画好きを集めた少数の映画プロジェクトチームを作って、毎週会議を行いながら制作していきました。

 そのときに映画好きの人は、映画のことをいろいろ語りたがる人が多いですが、そこはイルミネーションが本業なので、僕たちが言うのは禁止しようと。あくまで僕たちはゲームをよく知っている観客として、たとえば、ヒップドロップをしてほしいとか、クッパは尻尾を持って振り回して投げてほしいというような提案をしました。

 そのほかにも、ゲームを作っている側で知っている情報をできるだけ提供したり、そういうキャッチボールをしているうちに少しずつ画になっていくので、それを毎週のようにチェックしていました。最初のころはロサンゼルスに行ったりもしたのですが、制作中には幸か不幸かご時世的な都合でリモートワークになったので、リモート会議を頻繁に行いながら、データを送ってもらって画をチェックするという5年間でしたね。脚本のころを含めると約6年、とても新鮮で楽しい経験でした。

――本作ではマリオとルイージの家族が登場したり、ピーチ姫の出自が語られたり、映画オリジナルの設定のようなものがありましたが、どのようにして決められていったのでしょうか?

宮本おもしろい脚本を作ろうというところから始まると、どんどん新しい設定が増えてしまうので、できるだけシンプルな脚本にしようと。僕は任天堂をタレント事務所と呼んだりしているのですが、今回は任天堂のタレント事務所のメンバーでできるだけ固めたいので、ほかの事務所から人を引っ張ってこないようにお願いしました(笑)。どうしても新しいお話を作ると新しいキャラクターが出てくるのですが、それをできるだけ抑えて、うちのタレントたちだけで作れるお話に仕上げていくという方針で制作しました。

 ただ、その中で将来に向けてもやっておくべきこととして、マリオたちに家族がほしいと思いました。もともとマリオはイタリア系の移民でブルックリンに住んでいて、ブルーカラーのキャラクターというイメージで作っているんです。これは僕のステレオタイプなのかもしれないですが、そうしたら、やっぱりファミリーというのがいて、みんなでご飯を食べているイメージもあるので、マリオとルイージがふたりだけでニューヨークに住んでいるというのはどうしても成り立たないんですよね。

 そういう意味では、マリオの家族を作るっていうのは昔からの課題でした。ただ、妹がいてすごくかわいくて小さい子に作ってしまうと、妹がすごい背の高いほうがいいゲーム作るときに縛りになるじゃないですか。だから、必要ないものは作らないと。お父さんとお母さんとおじいちゃんと親戚が何人かいた方がいいよなということで、わりと絞り込んで作りました。ちなみにお父さんとお母さんは20年ほど前に小田部さん(※)といっしょに描いたスケッチがあるので、それを元に作っていきました。

※小田部羊一氏。1985年に開発アドバイザーとして任天堂に入社し、『スーパーマリオブラザーズ』、『ポケットモンスター』シリーズなどのキャラクターデザイン及びアニメーション映像の監修を行った。

――思ったよりも家族が多くてビックリしました。

宮本でも、新しいキャラクターが出てくるのはあそこだけですよね。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

――そういえばそうですね。続いて、マリオの元祖ライバルと言える“スパイク”(※)が映画に登場しますが、登場させることになった意図や経緯を教えていただけますか?

※『レッキングクルー』が初登場したキャラクター。プレイヤーが操作するマリオやルイージのジャマをしてくる。日本版では“ブラッキー”という名称だったが、2023年4月20日に日本でも海外の“スパイク”に統一することが発表された。

宮本今回、マリオのファンの人たちが世界中でいろいろな仕事をしていることをすごく痛感しました。ITやアミューズメント業界などに、マリオが大好きな人からちょっと知っていますという人まで本当にたくさんいて。

 ユニバーサル・スタジオのスーパー・ニンテンドー・ワールドもそうだったのですが、僕たちが説明しなくても、マリオのことを知っているスタッフがいっぱいいるんです。スーパー・ニンテンドー・ワールドは、ユニバーサル・スタジオのクリエイティブのトップあたりの方が「マリオとやりたい」と言ってくれて始まったくらいでしたし。

 今回の映画も監督はもちろん、脚本家もパリのアニメーターの人たちも、みんなマリオのことに詳しいので、いろいろな提案が出てくるんですよね。しかもマリオのファンというより任天堂のファンなので、僕が知らない任天堂のゲームまで知っていて、それを脚本の中にどんどん取り入れてきてくれるんです。

 スパイクもその中のひとつで、僕らも提案されて「懐かしい、『レッキングクルー』や!」と盛り上がりました。日本ではブラッキーという名前だったのですが、これを機に名前を統一しようということになりました。じつはスパイクが最初に登場するピザ屋もいたるところに『パンチアウト』のイラストがあります。

 僕たちはそういうものをトリビアやイースターエッグと呼んでいるのですが、ほかにも『しゃべる!DSお料理ナビ』で出てきたコックさんの絵が入ったコショウ入れを作ってきたり、「いったいいくつ詰め込むの?」というくらい、皆さんがどんどん提案してきたりして、僕たちがあとから資料を調べるということがたくさんありました(笑)。ただ、収拾がつかなくなるので、いちおう8ビットのころ(編注:ファミコンのころ)までの作品にしようと決めていたのですが、特例でいくつかそれ以降の作品も入っているので探してみてください。

――では、『しゃべる!DSお料理ナビ』はなくなってしまったということですか?

宮本いや、卓上に置いてあるコショウ入れなので、(残ってはいるけれど)たぶん見えないと思いますよ(笑)。

――配管工から世界を救うスーパーマリオブラザーズになっていくというストーリーに驚いたのですが、そこを描こうと思ったのにはどういう理由があるのでしょうか?

宮本じつはその部分は、映画化とは関係なく、影の設定として決めていたんですよ。だから、大昔にライセンスで作られた映画(『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』)もけっこうそのようになっています。土管がいっぱいあるニューヨークの地下で、その土管が不思議な世界に繋がっているというのは関係者の共通認識でした。『ドンキーコング』は舞台がニューヨークですし、わりと設定も決めっていたので、すんなり進んでいきました。

――キノコ王国のことを知らない状態だったのもびっくりしました。

宮本そこもしっかり映画に入れたいなと思っていました。ただ、最初のころクリスさんに僕が「ゲームを映画化してもおもしろくないですよ」という話をして(笑)。というのも、ゲームはインタラクティブで、自分からどんどん積極的に考えて遊ぶからおもしろいわけじゃないですか。

 だから、僕たちは遊ぶ人が「つぎはあれをしたい」、「これをしたい」と思うようにネタを仕込んでいくわけです。お姫様も「ただ助けてもらう女性でいいのか?」とか言われるのですが、ゲームでお姫様が勝手に活躍して逃げ出したりすると、ゴールがなくなってしまうので困るわけですよ。そういうことがあって、ゲームはプレイヤーの中にお話ができあがっていくものなのですが、映画はまったく逆で受動的に見るだけなんですよね。

 受動的に働きかけるというのは、意外な展開やついていけないような話をバンバン振って、「ああ、おもしろかった」というのが映画じゃないですか。だから、クリスさんと「ゲームのあらすじをそのまま追ったら、たぶんおもしろくないですよ」という話をしました。そこから「では、何をしましょうか?」と話し合いをしながら、いろいろやっていたつもりだったのですが、ふと気が付くと、ゲームの流れを追いかける形になっていて。そこは避けようと思っていたはずなのにゲームの流れを追っている形になっていたのですが、結果的にゲームと映画のよさが両方うまく入っていて、こんな幸運なことはないんじゃないかというくらい、自分でもビックリしました。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」
映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

――宮本さんの映像の仕事として、2014年に“ピクミンショートムービー”があったと思いますが、そこから活かしたことやチャレンジしたことはありますか?

宮本とくにないですね。ピクミンショートムービーは僕の中では4コママンガの延長というイメージでした。4コママンガの起承転結みたいなものを使って、もうちょっと『ピクミン』らしい不思議なものを作りたいというところから始めました。

 最初のころはもっと生きるか死ぬということに対して、とくに興味を示してないピクミンたちを見て、人が何を感じるのかなと思って。あのころは、任天堂のIPを映像化していこうとしていたので、劇中の“ルマリー(※青い星の形をしたキャラクター。『スーパーマリオギャラクシー』に登場する、よろずやチコが海外版では“ルマリー”という名称)”のように哲学的なことを含めて、不思議な4コママンガが作れないかなと思って、岩田さん(※岩田聡氏。任天堂第4代代表取締役社長)に「商品としてはでないんですけど、とりあえず『ピクミン』でショートを作ってみたい」と相談しました。そのとき感じたのは、動画を作って全部を自分でチェックすることは難しいということでしたが、ショートムービーと長編の映画を作るというのはぜんぜん違う仕事なので、あまり関係なかったですね。

 ただ、僕はここ10年以上、社内では“NHK朝ドラ評論家”という肩書を持っています(笑)。毎日朝ドラをチェックして、いろいろ批評しているのですが、それをくり返しているうちにドラマを作るということに興味を持ちました。僕がすごくおもしろいなと思う朝ドラは、やっぱりセリフ回しがすごくいきいきしていたり、アドリブを重視する監督のほうがおもしろいと感じたり、いろいろと発見がありました。嫁さんにその話をすると、「私に言わないで、どっかでしゃべって」と言われたりするんですけど(笑)。

 それでドラマを作るうえで、よく“嘘のような本当の話”とよく言われていますが、僕が作るゲームでは“本当のような嘘の話”ということを大事にしようと思っているんです。完璧に嘘の話なんですけど、どこかにリアルなことがあることで本当のように思える。それがドラマとかでもそうで、いちばん大事な本当に見える部分をいい加減にしている人の作品を見るとガッカリするんですよね。

 そういう意味では、今回映画を作るときに「日本語は最初から作りたい」と言いました。僕が英語の脚本を見せられてもよくわからないということもありますが、そういったことも含めて、英語版を日本語版に翻訳するのではなく、日本語版として作ろうとした理由のひとつはそこです。だからこそ、日本語版は最終の収録や編集にも立ち会って恥ずかしくないものを作りました。ですので、ピクミンショートムービーというよりは、ここ10数年のドラマでの経験を意識していました。

――映画を観ていて、おもしろいのと同じくらいゲームをプレイしているような楽しさや気持ちよさを感じました。そこで、テンポ感や効果音、カメラアングルなどで、ゲーム的な気持ちよさを表現するために意識されたことはありますか?

宮本この部分もいっしょに作ってきた部分ではありますが、やっぱり監督が素晴らしいです。あと、音楽監督のブライアンさん(※ブライアン・タイラー氏)も素晴らしくて、本当にそのふたりの力ですごくドライブするお話を作れたと思います。クリスさんを含めて最初に相談したのが、マリオの映画に何を求めて観に来るのかというとことでした。

 その結果、やっぱりアクションシーンを観たいという結論になり、自分がゲームで経験したアクションを本当のように見せてくれるシーンがほしいということをすごく大事にしました。香港のアクション映画とかと同じで、観ていて爽快で嘘のような動きを本当のようにするというのが命かなと。

 でも、脚本ではそういったところは全部書けないんですね。脚本にはあらすじしかなくて、脚本を読んでいるだけではわからない、合間合間に入ってくるアクションシーンがいちばん大事で、そのシーンをどうやって作ろうかといろいろ模索しました。最初は肩に力が入っていて、「せっかくの映画だから」とすごくリアルなセットでゲームのようなアクションをどんどん積みあげていこうとしたのですが、どうも画が見えなかったんですよね。でも、冒頭のブルックリンで工事中のところにマリオとルイージが乱入していって、横スクロールのようにアクションをするシーンを作ってみたときに「これだ!」と。

 大昔に横井さん(※横井軍平氏。『ゲーム&ウオッチ』、『ゲームボーイ』などを手掛けた)が、任天堂のゲームは横で見ている人が「俺に代われ」と言いたくなるのが大事なところと言っていて。だから、遊んでいる人だけでなく、横で見ている人もよくわかるということが大事で、見ているだけでもわかるということを意識してゲームを作ってきました。

 3Dになってもそれを務めてきたのですが、やっぱり映画も同じで、景色をリアルに作り込んで、複雑なカメラワークをすると観ている人がわからなくなってしまうんですよね。だから、そのブルックリンの横スクロールのようなシーンを見て、「ゲームに近くてもいいんだ」とみんなが割り切ったんです。

 だから、いくつかド派手なシーンはありますが、ピーチ城の湖に浮かんでくる『マリオメーカー』のようなコースも、ゲームを遊んでいる人から見るとわかりやすくなっていると思います。レインボーロードもなぜあんなところにあるのかということを考えて、「こういう風に見せると本当にありそうに見えるかな?」とか、ゲームのシーンに近い仕上げかたで作っていったのですが、意外と映画になっても本当にあるように見えるというのがわかってきて、すごく楽しかったです。

 キノコ王国のピーチ城の周辺もそうですね。どんな街並みになっていたらいいのかとか、階段はいくつくらいあるのかとか、いろいろと議論しました。最初はバスが走っていたのですが、「キノピオはクルマには乗らないよな。じゃあ、牛を引っ張るの? いや牛はいたら困るよな……」みたいなことを話し合いながら、いろいろ作ってきた結果がけっこうありそうなイメージで見てもらえたのでよかったなと思います。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

――とにかく楽しい映画になっていたように感じたのですが、どのようにあんなにも楽しさを詰め込んでいったのでしょうか?

宮本とにかく時間が掛かかりました(笑)。先ほどお話したように、マリオのことをよく知っているスタッフがいっぱいいるので、「ここにこれを入れたか」と思うようなものがいっぱいあって、今日も監督と話していたら「〇〇はどうだった?」と僕が知らないネタがひとつありました。その密度でできたのはすごくありがたいことですね。

 あと、やっぱり映画は大人と子どもがいっしょに行くことが多いと思います。ただ、どの映画がどうという話ではなく、うちとかもそうなのですが、子どもに付き合って大人も観るとなると、お母さんだけでいいかとなったりしますよね。逆に大人が子どもにこの作品を観せたいとなると、子どもは退屈してしまうという。だからこそ、この映画では子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れていった場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかったんですね。約1時間30分を気持ちよく過ごして、「うわー!」と明るくなってほしいと。

――本当に誰もが楽しめる作品になっているように感じました。

宮本マリオは根っから明るいというところが大事なのですが、いまの時代は影の部分が求められるじゃないですか。その影の部分というのは言わなくても誰にでもあるわけなので、描かなくても根っから明るいように作ったら、納得してもらえるんじゃないかなと思いました。

 スーパー・ニンテンドー・ワールドのときもたとえば、ARを使って、インタラクティブにこういうことをしたいと考えるのが僕の仕事なので、そこは一生懸命にやるんですけど、それよりも前に、スーパー・ニンテンドー・ワールドに行ったら、子どもが床をゴロゴロ転がって、しょうがないので親も付き合って転がったら楽しかったみたいな。そういう場所にしたいなという想いがありました。

 今回の映画でも同じようなことを思っていたのですが、みんながそうしてくれて、結果的にできあがった約1時間30分というのは、もう100回くらい観ている僕ですら退屈ではない作品に仕上がっています。

――ジャパンプレミアで「クリスさんとものづくりのしかたが似ている」と話されていましたが、具体的にどのようなところから感じたのでしょうか?

宮本ここはあまり詳しく話せない部分ではあるのですが、ひとつわかりやすいものがあります。昔はゲームが完成してから発売まで1ヵ月くらい期間があったので、僕はその期間に必ずチームでご飯を食べながら、よくなかったところを話し合うようにしていたんです。ネガティブなのかとよく言われるんですけど、意外とみんな傷のなめ合いが好きみたいで、「あそこはこうしておくべきだった」とか、「いまからでも工場に行って直せるなら直したい」という話を聞いて、僕はその傷口を開いて塩をすり込んで楽しむという(笑)。

 というのは、発売して人気が出ると、なんかすべてよかったような気になるし、逆に人気が出ないと大失敗したみたいな気になるじゃないですか。それは卑怯なので、結果が出る前までに自分たちの考えは固めようと。でも、それがすごく大事で続編を作るネタというか、大まかな方針はほとんどそこで決まるんですよ。だから、売れてからあまり右往左往しないようにしないようにしていたのですが、クリスさんはそういう感じがするんですよね。いちばん大きいのはクリスさんが僕と話をしているときに、失敗したときのことを語ってくれたんですね。それをできる人というのはすごいなと思いました。

 そのほかにも、大事な物事の優先順位をどう決めるかとか、問題が起こったときに答えを出す解決方法をどうするかとか、いろいろ似ているなと。おもしろかったのが、僕が取材などでいろいろ話したことを抽出したパワーポイントを作って、それを画面に出しながら「ここは俺も本当にそう思う」みたいなプレゼンを受けたんですよ。プレゼン術にハメられたんじゃないかという人もいるんですけど、まったくそんなことはなくて、クリスさんは素直にそういうプレゼンをしてくれて。そういう経験が初めてだったので驚きましたね。

 やっぱり、これまで受けたプレゼンは「私に任せればメジャースタジオと、〇〇監督と脚本家の〇〇を連れてきて、あなたの作品をハリウッドで大成功する映画にしてみます」というようなものが多かったので。「それはわかったけど、あなたは誰? その人たちを知っているだけの人ですか?」みたいな(笑)。スーパー・ニンテンドー・ワールドのときもそういう人ではなく、「この人は本当にいままでいろいろなものを作っているな」と感じる人たちと出会えたのでやることにしました。クリスさんもそういう人なので、いまのところ一度も揉めていないんですよね。彼はすごく高みにいる人なので、そういう人と対等にモノづくりをできているのはすごく幸せなことだと思います。

 ただ、監督が「もうこりごりだ」と言っていないかは心配でクリスさんに何回もメールしました(笑)。というのも、本来はやってはいけないのに、僕がたまに監督の領域まで口を挟んで、「ここの演出はコンマ5秒長いと思う」と意見したことがあって。ほかにも、ルイージがマリオを追いかけて工事現場に向かうところで、ドアが開けっ放しでいくんですよ。でも、ルイージはドアを閉めてほしいと思っていると。それを伝えたら、「秒数の都合でいまさらできない」とか言っていたのに、気が付いたら閉めるようになっていたり、ウツボからポコポコと泡が出るシーンで泡をもうひとつ足してほしいとお願いしたり。

 やり取りしているうちにどんどん入り込んでしまって、そういうことがあったので、監督が「二度とゴメン」と言っていないか心配でした(笑)。でも、完成する前に監督が「ずっとこの仕事は続けたい」と言ってくれたようで、すごく救われました。これだけ時間を掛けて作っているのにみんな仲がいいというのは本当に珍しいことです。

――日本はまだ公開前というタイミングですが、先行で公開されている世界では大ヒットを記録しています。率直にはどんなお気持ちでしょうか。また、海外の反応などでおもしろかったものなどはありましたか?

宮本本当にラッキーそのものですよね。僕は世の中にいいものはごまんとあるけど、気が付いてもらえるのは僅かしかないと思っているんです。とくにこれだけネットでいろいろな情報が流れるようになると、映像でもなんでもほとんどが埋もれると。それを埋もれないようにして、選んできてもらったのが任天堂の歴史じゃないかなと。日本には“猫も杓子も”という言葉があって、それを何回経験できるかが大切だと。これは1年に1回でも多いくらいで、何年かに1回はそういう経験をしたいなと想いでやっているのですが、新入社員研修でもそのために働いていると思っているほうがよいということを話しています。

 今回はそういう状態になってもらえるかもしれないという手ごたえはありましたが、蓋を開けてみるとその想像以上で、何か幸運が手伝わないとなかなかそうはならないので驚きました。しかも評論家がけっこう低い評価をしているということで、「評論家がずれているんじゃないか?」みたいな意見が追い風になってくれたりもして。僕としては「映画の定義が変わった」とか言ってもらえたらうれしいなと思っています。

 そういった熱量は、2月にハリウッドでスーパー・ニンテンドー・ワールドのオープニングをしたときにも感じました。オープニングのつぎの日には、パークに来る人のほとんどがスーパー・ニンテンドー・ワールドに入るために来ていると言われて、マリオカートのアトラクションに3時間もの行列ができたんですよね。日本では3時間並ぶのは当たり前ですけど、アメリカではそんなに並ぶのはふつうのことではないので、すごく熱量を感じました。だから、映画のほうも期待していたのですが、想像以上で本当にラッキーでした。

 それと意外なことで、マリオとともに育ったお父さん世代の人たちだけではなく、その人の子どもたちもマリオのことを知ってくれているんですよね。僕がたまにアメリカに行ったときに税関で「任天堂でマリオを作っています」と言うと入国審査がスムーズなのでよく言っていたのですが、そうすると「サインしてくれ」とお願いされることもあって。ただ、だんだんそういうことも減ってきていたのですが、ここ数年、任天堂で働いていると言うと、「スーパー・ニンテンドー・ワールドができるよね?」と話しかけられて、「今度映画もやるからね」と答えたら、「映画も楽しみにしている。そういえばレゴも売れてるよね」とまた盛り上がるようになって。

 しかも、スーパー・ニンテンドー・ワールドや映画に家族や子どもを連れて行くと言ってくれるんですよね。そのときに家族ぐるみでマリオを好きになってくれているだとうれしくなりました。それでおもしろいのが映画でおじさんたちが涙を流したと言うんですよね。映画は涙を流してもらおうと思って作っていたわけではないのですが、昔、ゲームを遊んでいたころのいい思い出が蘇って、その感動で涙してもらえるというのは、意外でもありましたし、ありがたいですね。

――少し気が早い話ではありますが、今後も映画の制作は行われていくのでしょうか?

宮本ニンテンドーピクチャーズという会社を立ち上げましたし、映像もコンテンツなので、ゲームに絞らずにコンテンツを作ろうということで任天堂は生きているので、今後もやっていきます。ただ、まだ当分できあがらないので、いまはこの映画に集中してください。

 これも特殊ですが制作発表とかは絶対にしないですから。今回の映画も株主総会や経営方針説明会で映像事業をやりますとは説明したんですね。というのは、「経営はどうなっているの?」とよく言われるので、映像事業をやりますと。そうすると必ず「いつ公開ですか?」と聞かれますが、「任天堂はおもしろいと思うものができたら発表するのでそれまで待っていてください」とお答えしています。今後のいろいろなものも、おもしろい手応えがあったら発表するので、そのときをお待ちいただければと。

――映画を観終わった後、すごく元気をもらえる作品だなと感じましたが、宮本さんはエンターテインメントが現実の人間に与える力みたいなものをどう捉えられていますか?

宮本さっきもお話ししましたが、「マリオはどんなキャラクターでしょう?」と聞かれると、根っこから明るいキャラクターで、その根っこから明るいというのは、暮らしていく中で必要だと思っています。だから、任天堂のマリオを始めとしたキャラクターは、「ああー楽しかった!」と思えるものにしたいです。ゲームは自分でいろいろ試行錯誤するのが楽しい部分なので、ゲームはお客さんがクリエイティブになること、映画はお客さんが楽しくなることというように両方で積み上げていければと思っています。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

――ワールドプレミアでは近藤浩治さん(※スーパーマリオブラザーズ』や『ゼルダの伝説』シリーズの音楽を担当)も参加されていましたが、おふたりでお話しされたことなどはありますか?

宮本ワールドプレミアには近藤さんと河越さん(※)といっしょに行きました。ちょうど近藤さんはアメリカ議会図書館に『スーパーマリオブラザーズ』のBGMが収蔵されるという、すごく名誉なこともあり、その取材もあったのですが本当に物静かだったので「もっとしゃべってね」くらいしか言っていないです(笑)。

※河越巧氏。ゲーム中のムービーなどを数多く手掛ける。『スーパーマリオ』シリーズでは、『スーパーマリオ64』でカメラプログラマ、『NewスーパーマリオブラザーズWii』でデモシーンディレクターなどを担当

――映画の中でお気に入りのキャラクターやシーンを教えてください。

宮本ありきたりですが全部です。この間、「この映画の見どころを教えてください」と聞かれて、「全部です」と言いたかったのですが、「全部です」は答えにならないので、「エンディングです」とお話ししました。でも、それは嘘ではなくて、最後のスタッフクレジットロールがこんなにも楽しいのは音楽が素晴らしいからなんですよ。マリオのゲームを知っていた人たちからすると、エンディングのクレジットでゲームの楽曲が流れるだけでもうれしいのに、アニメーションまでついているという。本当に最後の最後まで退屈しないですし。

 キャラクターについても、先ほどお話しした通り、「うちのタレント事務所の子はできるだけ使ってください」とお願いしたので、任天堂のキャラクターばかりで。ジャパンプレミアでは、「マリオが人間になった」と言いましたが、おそらくノコノコとか、キノピオとかすべてのキャラクターが1レベル上がったと思うんですよね。カメックもすごくよくなりましたし、ノコノコもヘルメットのスケッチを何十回やり直したかというくらい、こだわりましたし、それぞれがいきいきと仕上がっていると思います。でも、その中でも、やっぱりピーチ姫とクッパは大きな変化があったと思います。

 ピーチ姫は、海外の『スーパーマリオブラザーズ2』(※日本では『スーパーマリオUSA』)でプレイヤーとして出ていますし、パラソルを持って戦うピーチ姫もいましたが、ゲームでは助けてもらうシンボルで、どちらかというと守られるほうのお姫様でしたが、今回はキノピオのために戦う存在にしました。エレガントなお姫様でありながら凛々しいピーチ姫というのを目指しましたし、マリオともちょっと恋愛感情があるのかないのか微妙なところで収めることができたので、すごくいきいきしたキャラクターになりました。

 僕はマリオたちのことをマリオ劇団と呼んでいるのですが、作品によって違った姿も見せられればいいなと思っています。クッパも今回は悪役な立ち位置でしたが、完全な悪役ではなくてどこか愛せる部分があって、もしかすると次回はいいところの旦那をやるかもしれないわけですよ。だから、そこはイルミネーションさんと議論をしました。

 ただ、映画の約1時間30分を初めてのお客さんが満足するように作るには、ヴィランはとことん極悪じゃないと観客が思い入れられないというのが一般的な映画の常識ということでした。そういった理由から、その方向でいろいろ試して作っていたのですが、ピアノを弾かせたり、歌を作ってきたり、だんだんとハの字眉毛の目が点になった顔のクッパのシーンがどんどん増えてきて、「ちょっと緩めすぎじゃない?」というくらい現場も乗り気で、かわいいところもあるクッパになっていきました。

 でも、最後はうちから「さすがにもうちょっと抑えよう」と少し怖めのクッパに演出し直しました。そういったことも含めて、このふたりはキャラクターとして大きく成長したなと思いましたね。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」
映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

――個人的にピーチ姫がファイアフラワーを触って衣装が変わるシーンがすごく気に入っています。

宮本ありがとうございます。じつは衣装が変わったことが気付かないかなと不安だったので、気づいていただけて安心しました。

 あのシーンのように映画の中ではいろいろな発明もありました。たとえば、キノコ王国は“王国”なので姫がいるということは、王様もいるのかと。『スーパーマリオブラザーズ3』ではあちこちの国に王様がいたりするので、キノコ王国の王様は亡くなったということにするのは難しいかなとかいろいろと考えていました。

 でも、脚本家のマシューさん(マシュー・フォーゲル氏)が、映画の中で、“王国”と言っているけれど、王様はいないということをワンシーンでうまく説明づけてくれました。僕たちもすごく腑に落ちて、この映画ですごい設定が発揮したなと。

――その点がゲームに反映されたりすることはあるのでしょうか?

宮本もともと反映はされています。ただ、具体的にどういうような設定にしておこうかというところが決まってスッキリしました。本当にマシューさんの発明ですね。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』宮本茂氏にインタビュー。「子どもが連れて行ってほしいとお願いした場合でも、大人が連れて行った場合でも、家族全員が楽しかったと思える作品を作りたかった」

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