日立製作所は2023年6月6日、同社が研究開発を進めるシリコン量子コンピュータについて、従来より効率良く量子ビットを制御できる新方式「シャトリング量子ビット方式」の効果を検証したと発表した。同研究成果の一部は、同月11~16日に京都府で開催中の「2023 Symposium on VLSI Technology and Circuits」の基調講演で紹介された。
シャトリング量子ビット方式は、シリコン素子上に量子ドットアレイ(量子ドットの配列構造)を形成し、量子ビットを制御して量子情報を維持したままアレイ上を移動(シャトリング)させるという手法だ。量子ドットには電子を1個ずつ格納して、そのスピンを量子ビットとして活用することを想定する。量子ビットの移動はシリコン素子上の電圧を操作する形で行う。
シリコン量子コンピュータは集積性に優れており、理化学研究所やIBMなどが開発を進める超伝導方式と異なり、大規模集積化を進めても装置が大型化しない可能性があるという長所を持つ。反面、量子ビットの制御方式が未確立であり、隣接する量子ビット間で発生するクロストークと呼ばれるエラーの抑制などが課題となっていた。
こうした解決にシャトリング量子ビット方式が貢献する可能性がある。従来、量子ビットの位置は量子ドットアレイ上で固定化されており、それぞれに量子ビットの演算回路と読み出し回路を接続する構造を取っていた。これに対してシャトリング量子ビット方式では、量子ドットアレイ上に演算領域と読み出し領域を設定して、その箇所だけに演算回路と読み出し回路を接続していく。これによって配線構造が簡易化しやすくなる。
全ての量子ドットに電子を格納しているわけではなく、電子が格納されていない量子ドットも存在する。演算時、読み出し時にはこうした量子ドットを経由させる形で、量子ビットを演算領域と読み出し領域へと移動させる仕組みだ。演算時に量子ビットを移動させるため、クロストークの発生も抑制できる。また、量子ビットの移動を通じて任意の量子ビット間で演算できるようになるため、誤り訂正機能の実装も容易になる可能性があるという。
今回、日立製作所は実際のシャトリング量子ビット方式の効果を検証するため、シミュレーターを用いて検証を行った。QAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)という金融のポートフォリオ最適化に応用できるアルゴリズムを用いた検証を行ったところ、従来の方式と比較して、高い量子計算精度を実現できることが確認された。
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ主管研究長の水野弘之氏は「仮に量子コンピュータの研究をしている人がシャトリング量子ビット方式のデモを見たら、何をやっているんだと思うかもしれない。しかし、常識を覆さないと、100万や1億といった量子ビットは実現できない」と説明した。ただし、実際に量子ビットの大規模集積化を実現する上では、「一度に大量の量子ビットを読み出す、集積回路に適した方式」(水野氏)などを含めて、さまざまな技術開発が将来的に求められるという。
なお、従来方式と比較すると演算から読み出しまでの一連のプロセス数が増加するため、演算速度にも影響が出る。このため、量子ビットの操作に関するスケジューリングを効率化するアルゴリズム開発の進展も必要になるようだ。
今後、日立製作所は分子科学研究所 教授の大森賢治氏らの研究グループと量子オペレーティングシステムの共同研究を進めるという。大森氏らは冷却原子量子コンピュータの研究開発を行っているが、その中でルビジウム原子内の電子制御に取り組んでいる。電子の移動制御に関する研究を行うという共通点があり、これを背景に量子オペレーティングシステムの研究においても一定の成果が期待されるとする。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.