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半導体応用の「シリコン」式、日立が量子ビット制御に新手法

半導体応用の「シリコン」式、日立が量子ビット制御に新手法

量子コンピューターの実機(日立製作所提供)

世界で開発競争が進む量子コンピューター。従来のコンピューター(古典コンピューター)の性能を上回り、本格的な実用化につなげるには、量子コンピューターの情報の単位である量子ビットの数を大量に増やすことが不可欠だ。日立製作所は12日、量子ビットの大規模集積に適した新しい制御方法を発表した。シミュレーションの段階ではあるが、量子コンピューターの普及に一歩近づく成果と期待される。(編集委員・小川淳)

量子ビットは、量子コンピューターで利用される情報の最少単位。古典コンピューターにおけるビットが「0か1か」を示すのに対し、量子ビットは量子力学における重ね合わせの効果を利用し、「0と1が重なり合った状態」を表現できる。このため、量子ビットの数が増えるほど扱う情報量も指数関数的に増大する。

日立製作所で量子コンピューターの開発を主導する基礎研究センタの水野弘之主管研究長は、「今できている量子ビットの数は、あまりにも少ない。実社会で実装するにはもっと数を増やさないといけない」と指摘する。

水野主管研究長は「今できている量子ビットの数はあまりにも少ない」と指摘する

米IBMは2022年11月に433量子ビットを搭載した量子プロセッサーを発表したが、量子コンピューターの実用化には100万量子ビット以上の大規模集積化が必要とされる。これに加え、計算上で発生したエラーを訂正する技術「誤り訂正」の確立も実用化には不可欠となる。

日立ではこれらの課題を解決するため、成熟技術である半導体技術を応用できる「シリコン」方式に力を入れる。量子コンピューターの研究開発では「超電導」や「イオントラップ」などの方式があるが、シリコン量子コンピューターは、集積性や拡張性から「数を増やす面において一番有望と言われる」(水野主管研究長)。

具体的には、シリコン素子中に形成した「量子ドット」と呼ばれる超微細な構造の中に1個の電子を閉じ込める。そこで生じる電子の自転的な性質である「スピン」を量子ビットとして利用する。

従来は、量子ビットは量子ドットの中から動かさないのが前提だった。ただ、これではすべての量子ビットに対して演算回路や読み出し回路を接続する必要があり、構造が複雑化するのが課題だった。そこで、日立では量子状態を維持しつつ、量子ビットを2次元状に配列した構造「アレイ」の中を電圧により移動する技術を開発し、効果を検証した。

量子ビットをアレイの特定の領域に移動させ、そこで演算と読み出しをするもので、「領域を機能ごとに分けることができる」(同)。これにより量子ビットすべてに回路を接続させる必要がなくなり、シリコン素子中の配線や回路を削減することができ、構造が簡略化されるという。

また通常のシリコン素子では隣接する量子ビットの間で干渉するクロストーク(混信)が起き、性能を低下させる課題があったが、隣接する量子ビットを移動させることで、これを抑制できる。

シミュレーションの結果では、クロストークの影響が極めて大きくなる大規模な量子演算でも、考案した方式が従来の量子ビットを固定する方式より、高い量子計算精度を維持することを確認した。移動させることで任意の量子ビット間で演算可能となり、誤り訂正機能の実装も容易になるとしている。

水野主管研究長は、今回の成果で「重要な問題だったクロストークというエラーはなくなる」と指摘する。ただ、実用化には電子1個のスピン状態を高精度に読み取る装置の確立など、まだまだ課題は多い。

日立は30年度に100万量子ビット級の量子コンピューターの実現を目指す。23年4月からは量子ビットの制御関連で自然科学研究機構分子科学研究所と共同開発を始めるなど、研究開発を加速している。

日刊工業新聞 2023年月6月13日