元海軍航空隊整備兵の100歳男性 家族にも秘めてきた戦場体験記す
産経ニュース / 2023年8月7日 18時2分
先の大戦の終盤、海軍航空隊の整備兵として南方の島々を転戦した川手市郎さん=東京都国分寺市=は100歳を迎えた今年1月を前に、家族にも話さずにきた戦場での体験をノートにつづり始めた。帰らない零戦パイロットの顔、玉砕の運命にあった陸軍兵の言葉、逃げ惑うジャングルで見た光景-。鮮明な記憶をたどりながら、いまなお世界で続く理不尽な紛争に思いをはせている。
大正12年1月、山梨県飯野村(現在の南アルプス市)の果樹農家に生まれた川手さん。14歳の時に日中戦争が始まり、近所の男性たちが召集されていく中、「どうせ兵隊に行くなら早い方がいい」と、昭和17年5月に海軍横須賀第2海兵団に入団した。
ミッドウェー海戦で日本が大敗し、戦局が逆転するのはその翌月のことだ。内地で猛訓練を受け、第201海軍航空隊の整備兵として横須賀港を出港したのは18年11月。行き先のラバウル基地は制空権も制海権も米軍に奪われていた。
「サイパンへの撤退が決まっていて、ラバウルにいたのは約1カ月半。飛行場から火山の煙が見えたのを覚えている」
この頃には内地の戦闘機製造工場も空襲に遭い、川手さんの整備する零戦は基地に現れた敵機と1対2、ときには1対3で空中戦を強いられるようになっていた。
「迎撃に出て1時間で帰ってこなければ、ダメだった。零戦は機銃の連射速度も遅く、一瞬の勝負では不利だった」
敵の攻撃から大切な戦闘機を守るため、19年3月にサイパンからペリリューへ、さらに同年5月にはフィリピンのセブへと、航空隊は短期間で撤退を続けた。
セブに移る直前、陸軍兵から「なぜ海軍の航空隊は、敵の飛行機が来るようになると遠くへ行っちゃうのですか」と尋ねられた。「遠くからたたくのも作戦です」と苦し紛れに答えると、「私たちはここで恐らく終わりでしょう。海軍さんはいいですね」と返され、川手さんはそれ以上言葉が出てこなかった。
川手さんが島をたった4カ月後に「ペリリュー島の戦い」は始まり、日本軍は米軍に大打撃を与えながらも約1万人が玉砕した。一方のセブも同時期に空襲を受け、航空隊は一切の能力を喪失。翌20年3月に上陸してきた米軍と、川手さんも小銃を手に戦ったが、陣地の飛行場は数日で落ち、以後は敗走を重ねた。
「米軍はセスナ機で上空から島を偵察し、日本兵がいる地点に的確に迫撃砲を撃ち込んできた。沢の上から赤く染まった水が流れてきたときは、『この先で、戦友がやられているのか』と悲しくなった」
終戦までの数カ月間、川手さんは避難した島民が家の軒先に残していったトウモロコシで飢えをしのいだという。セブ島全域に敗戦の事実が伝わり、投降したのは玉音放送から約2週間後の8月28日だった。
復員後は会社を立ち上げ、75歳まで代表を務めるなど多忙な日々を送ったが、南方の記憶が薄れることはなかった。終戦時にまだ幼子だった亡き上官の息子が数十年後、「父の最期が知りたい」と自分の元を訪ねてきたときは胸が張り裂けそうだったという。
第201海軍航空隊で現在も生存している元隊員は、ほとんどいないはず。自分で記録を書き残しておきたい-。川手さんはその思いでペンを走らせた。ウクライナ侵略をはじめ世界では今も紛争が絶えない。「自分も人生の終焉(しゅうえん)が近づいているが、世界中の国がお互い共存できる社会の実現を祈っている」。最後に心の内を吐露した。(宇都木渉)
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