うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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ちょっと長めです♡ ムヒョーーー♡ 鳥



白い稲妻 自慢の新妻

 

 

 

「……葉月くん?」

 

 エロ場面フラッシュバックが発生してから、一分か、一秒か。

 どれほどの間自分が固まっていたのかは分からないが、ともかくサイレンスからの声かけでハッとした。うほ……♡ 猛省せよ。

 

「あ、あぁ」

「大丈夫……?」

 

 どうやらサイレンススズカはショタの姿なままである俺を前にしても、先ほどの意味深な発言から完全にこの少年を“秋川葉月”だと認識してくれたようだ。お久しぶりです。

 

「ありがとな、サイレンス。おかげで思い出せた」

「えぇと……」

「この身体になってからずっと記憶喪失だったんだよ。でも今サイレンスが手を握ってくれたおかげで、頭ん中だけは元に戻れたみたいだ」

「そ、そう」

 

 少々怪訝な表情でこちらを窺っている。まぁ見知らぬショタが知人を名乗って馴れ馴れしく喋っているので当たり前ではあるのだが。

 ──それは置いといて、ひとまず記憶が復活したのであればやるべきことは一つだ。

 

「あー、えっと……とにかく怪異と戦いに行ったマンハッタンは俺が追うから、サイレンスは先に帰っててくれ」

「えっ? で、でも──」

「脚の状態、まだあんまり良くないんだろ?」

「それは、そうだけれど……」

 

 マンハッタンカフェ曰く、年末のレース以降サイレンスはコンディションが芳しくないとの事で、基本的に無茶に無茶を重ねる怪異との競争に今の彼女を向かわせたら大変な事になる。

 なのでここは俺がやらなければならないのだ。友達として、旦那として。ハピネス。

 

「それじゃ」

「──ま、待って」

 

 そのまま流れに身を任せて去ろうとしたがそうは問屋が卸さないらしく、サイレンスに腕を掴まれた。

 子供の身体の俺ではそれだけで身動きが取れなくなる。

 

「……待ってよ、葉月くん」

 

 その声は幼子が親に助けを求めるような、か細くて弱々しいものだった。

 しかしめっちゃ力強い。掴まれてる、というより道具か何かで固定されてしまっている感覚だ。

 

「正直かなり混乱していて……聞きたい事とかたくさんあるの」

 

 それはマジで本当に無理もないし申し訳ないと思っている。ここまでずっとロジックとか気にせず“それっぽい”雰囲気で誤魔化しているだけだったので、サイレンスの意見は至極真っ当だ。

 

 だが困ったことに、現状の俺にはソレしか武器がないのだ。

 タマモクロスと出会ってからここへ至るまで、延々と“それっぽい”雰囲気と意味深な発言だけで相手の想像力を誘発させ、ギリギリの綱渡りで進んできたわけで──そのツケがいよいよ回ってきたらしい。

 

「どうしてその姿になっているのか、とか。今まで何していたのか、とか……」

 

 とてもではないが見逃せない疑問。

 それには釈明が求められる。 

 ショタっ子ハズキ君は、その疑問への釈明を後回しにし過ぎたのだ。

 

「……有の日、どうして私たちとのデュアルのパスを切断したのかも、ずっと聞きたかった」

「さ、サイレンス……それは」

「──でも」

 

 彼女は握った手を少しだけ引き寄せた。俺を行かせまいと引き留めるだけでなく、自らのもとへ近づけた。あっそこはかとなく香る甘い匂いに動揺。

 

「それは今ここで聞くべきことじゃない。……そんなこと分かってるの。だから一つだけ」

 

 サイレンスは俺の両肩を掴んで、無理やり自分の方へ振り向かせた。

 膝を折った彼女と真正面から見つめ合う形となり、いよいよ視線も逃がせない体勢となってしまった。

 ごくり、と息を呑む。

 何を聞かれるのだろうか。

 それともビンタとかされるんだろうか。

 どちらにせよ今の俺は全てを受け入れる他ない。

 

「──」

「っ! ……ッ」

 

 とにかく覚悟を決めて眦を決すると──意外にも、緊張に耐えかねて視線を外したのはサイレンスの方であった。

 

「……また、一人で行ってしまうの?」

 

 俺の目を見ることはなく、斜め下に瞳を逃がしながらサイレンスはそう告げた。

 

「もうどこにも行ってほしくない。このまま連れて帰りたい。私の家でも樫本トレーナーの自宅でも、トレセンでもメジロ家の屋敷でもどこでもいいから、元に戻るまでジッとしてて欲しい」

 

 一言一言を詰まりながら発していた先ほどとは違って、サイレンスは矢継ぎ早に『行かないでほしい』と繰り返す。

 鼻白む俺の様子も気にせず、彼女は引き留めるその手に力を込めたままだ。

 

「有のときなんて……傷つく貴方の姿すら見れなかった。……だからこれ以上は求めないわ。もう私は蚊帳の外でも何でもいい──だから行かないで」

 

 これはまずい。サイレンスは既に泣く一歩寸前のめっちゃ堪えてる状態だ。これまでバチクソ心配をかけまくっていたにもかかわらず、ロクにフォローもせず『大丈夫だ』と繰り返して誤魔化してきたせいもあってか、彼女の心は限界を迎えている。このままでは絶対に手を放してくれない。

 

「…………そう言いたい、のに」

 

 ──と思ったのだが。

 サイレンスはそっと手を放し、項垂れた。

 

「無駄だと分かってるから、ちゃんと引き留めることもできない。……ごめんなさい。自分でもなんて言えばいいのか分からなくて、反射的に手を掴んでしまっただけなの」

「……」

「カフェさんを助けにいくのよね。私に出来ることなんて無いし……大人しく待っているわ。……いってらっしゃい」

 

 そのまま栗毛の少女は俯いたまま道端に座り込んでしまった。するりと離れた彼女の手も、何を掴むこともなくコンクリートの地面に置かれた。

 

「…………」

 

 タマモクロスは静観している。

 詳しい状況は把握できておらずとも、後輩のウマ娘が打ちひしがれている事自体は理解しているため、その視線を俺へ向けた。

 

 お前しかいないぞ、という事だろう。

 確かに今、心身ともに衰弱しきったサイレンスの心に声を届けられるのは、謙遜を抜きにして俺しかない。

 

「──サイレンス」

「っ。……?」

 

 今度は俺が膝を折ってしゃがみ込み、彼女の手を取った。

 

 そうだ、俺の考えが甘かったのだ。

 今日までずっと安否を気にし続けてくれていた相手に対して、じゃあ全部終わるまで待っていてくれ、では筋が通らない。

 

 サイレンススズカは都合のいい仲間ではない。

 

 俺と彼女は()()だったはずだ。

 本来、怪異なんてよくわからんファンタジー存在など微塵も関係なく、ただこの街で出会い絆を深めた大切な友達だったはずだ。

 

 行方不明になった友達を、ただただ心配して待ち続けてくれた心優しい──俺にとっても大切な繋がりを持つ少女であったはずだ。おててグッチョグチョに洗いまくって互いに楽しんだ大切な友人だ。

 

「心配かけて、ごめん。悪かった」

「っ!」

 

 だからこそ俺だけは目を離してはいけないのだ。

 絶対に視線を逸らしてはいけないのだ。

 どこかへ引き篭もることも、彼女を置いてレースに身を投じることも、この俺だけは許されないのだ。

 向き合わなければならない。

 この場で、今──サイレンススズカというウマ娘に。

 

「は、葉月、くん……?」

 

 一言で言えば、俺はこの少女の優しさに甘えていた。

 命懸けの闘いも許容してくれる彼女の寛大さにただ身を任せて、無茶な選択ばかりしてきた。

 ()()()()()()()()()()

 

「……あの日、本来なら先にサイレンスたちと相談するべきだったんだ。怪異たちが現れた時点で、レース開始までにはまだ時間があったから……出入り口の防衛は手を貸してくれた他のみんなに任せて、まず控え室へ向かうべきだった」

 

 あの日は間違いなく、完璧ではないものの最善は尽くした。あの選択に後悔はない。

 だがそのうえで、他にも取れる選択肢が存在したのもまた事実だ。プランC。

 

「例えば出場する三人とだけパスを切るとか、もしくは三人に物理的に手伝ってもらって短期決戦を仕掛けるとか……やりようはいくらでもあったハズだ。体が縮んで行方不明になるようなルートへ進まない、もっと冴えたやり方があったと思う」

「それは……」

「だからこそ謝らせてほしい。俺が一人で、全部勝手に決めたことを」

 

 有の日の唯一のミスは、全てを独断で進めた事だ。

 俺がウマ娘のみんなに対して、全力でレースに臨んでほしいと考えているのと同じように、彼女たちも俺に傷ついてほしくないと思ってくれている──その事をあの時の自分は失念していた。

 住む世界が違うだとか、俺は外側の傍観者だとか余計に卑下して視野が狭まっていたのだ。あんなにそばに居ておいて……忸怩たる思いだよ。

 

「みんなを巻き込まないのが正しい事なんだって、あの時はそう信じて疑わなかったんだ。……本当にすまなかった」

 

 サイレンスたちは覚悟なんて最初からとっくに決まっていた。

 それなのにあの時の俺には、一緒に死ぬ覚悟で巻き込むことのできる相手が、自分を除いてたったの一人しかいなかった。

 

「葉月くん……」

「それと、ありがとな」

「えっ?」

 

 だが、今は違う。ギュッ。

 

「こんな俺を……今日まで待っていてくれて、ありがとう」

「……っ!」

 

 根本から間違っていたのだ。

 たとえ人生の大一番であっても、俺と縁を繋いでくれたウマ娘たちは、友達を守るためなら命を張ってくれる。

 そう選択できるだけの強さがある。

 そうしてくれるほど──俺を想ってくれている。

 それをようやっと自覚することができた。やっぱナマ接触は最高だわ。心も体もあったかいよ。

 

「もう勝手に消えたりはしないし、戦いに命は懸けない」

 

 これまで見えていなかった様々な事が、こうして子供の身体になったことで逆に認識できるようになったように感じる。ファイヤーだね。

 関わりを持った人々からの好意や、自らの立場を卑下し続ける過去の自分自身など、思い返せばいつでも自覚できた事実から、俺は多分ずっと目を逸らしていた。

 

「今度こそ、サイレンスたちと同じ歩幅で走るよ」

 

 あの有のとき()()に責任を説いた俺だったが、まず意識するべきだったのは責任ではなく誠意だったのだろう。

 仲間たちを信じ、頼る誠意が欠けていた。

 だからこそ二度と同じ過ちは繰り返さない……ように、なんとか気をつけよう。

 

 秋川葉月理念の復唱! まずは自分を信じる。

 その次にみんなを信じる。

 最後にみんなが信じてくれた俺自身を、もう一度信じる。

 そうすればきっと、敵を前にして迷うことは無いはずだ。よーしこれで心もキレイになったな。ヌルンヌポだぽんっ。

 

()()()()()。……約束だ」

 

 そして誓いの証として、少女の手と指切りした。我が社の未来も明るいぞ。

 サイレンスは驚いた表情で固まっているが、少なくとも目の前のショタガキが秋川葉月であることは間違いないと認識してくれていることだろう。それだけで今は十分だ。足りなければ婚姻も視野に入れますが……。

 

「…………本当に、葉月くんなのね」

「おう、俺を名乗る奴なんて俺以外いないだろ」

「……ふふっ。よくわかんない」

 

 あっ、ようやく笑ってくれたね。しかしかわいいね。誰がこんなすぐアクメしろと教えた!? いつまでも、繋いでいたいよ、キミの指。

 

「……私、カフェさんに言われた通り今は足の状態が芳しくない。きっと付いていっても足を引っ張ってしまうだけ」

 

 言いながら、彼女は指切りしていた指をそっと放す。

 

「だから今はしっかり休むわ。みんなを心配させないために……それと、私自身もちゃんと走れるように」

「あぁ、そうしてくれ。今夜はサイレンスの代わりに俺が走るよ。……だから今後、もし俺がヤバくなったらその時はサイレンスが助けてくれ」

「……っ! え、えぇ、ユナイトしてる時の葉月くんよりも速く走ってみせる……ッ! うん、頑張る、むんっ」

 

 ふんすっと気合いを入れたサイレンスはようやく立ち上がり、なんとか闇落ちは回避してくれたようで安心した。俺より速く走るだなんて……いいんだよ友達なんだから。愛してる。返事は?

 こうなればもう大丈夫だろう。余計なアドバイスもきっと必要ない。

 元から彼女は強いウマ娘だし、ここから先は彼女自身のやり方で走れる自分を取り戻していくだろう。

 こっちはこっちでやれる事をやるべきだ。

 

「じゃあ行くよ。もしもの時はタマモクロス先輩のスマホから連絡するから」

「うん、無茶だけはしないでね。あの、先輩もお気をつけて!」

「──えっ? ……ぁ、あぁっ、そ、そう、せやな。ありがと。気ぃつけるわ」

 

 完全に会話の外にいて油断していたタマモクロスもハッと我に返り、遂に彼女と二人でその場を駆けだした。

 ──が、一つだけ伝えるべきことを思い出して、立ち止まった俺は夜道を振り返った。エビデンスがまだありませんぞ。

 

「あ、サイレンス」

「……?」

「映画。俺が元に戻ってぜんぶ終わったら、また一緒に観に行こうな」

「っ……! えぇ、絶対っ」

 

 今後の為になんとか別れる直前にギリギリでデートの約束だけ取り付けて、ようやく俺はマンハッタンカフェの追跡を開始するのであった。ワシの愛を伝えに行くよ。心づくしのおもてなし。

 

 

 

 

 

 

「なんもわからん」

 

 街灯の白い明かりを頼りに夜道を駆ける傍ら、隣のタマモクロスが眉間に皺を寄せながらそう呟いた。白い息がセクシー。

 

「もー、カフェを追いかけとるこの状況も、スズカとハズキ君の会話の内容も、何もかも分からん……」

 

 ともすればちょっと泣きそうなレベルで狼狽しておられる。泣かないで。せっかくの美人が台無し。

 なんというか、タマモクロスに関しては本当に申し訳ないと思っている。

 改めて彼女の今日までの行動を振り返るとその多忙具合は常軌を逸しているのだ。

 

 まず東京から大阪へ帰省してからすぐにワケありっぽいショタを拾い、年上の甲斐性からショタの主張を信じて府中へ出戻りになった後、やたら落ち込んでる後輩たちと関わって──終いにはこうやって事情も分からぬまま夜闇へ消えた後輩を探し回っている、ときた。

 

 まさに不憫の一言に尽きる。

 巻き込んでおいて何だが、ショタ化して以降の騒動においては、この少女こそが最も苦労を強いられている立場なのではないだろうか。おい乳ぐれー揉ませろ弟だぞ。

 

「ごめんなさい、タマモクロス先輩……」

「……ハズキ君も口調が変わっとるし」

「え、えと、その……」

 

 サイレンスに対してタメ口を聞いて意味深なセリフ喋りまくった後となると、流石にこれまでのショタムーブは無理があり過ぎる。

 そのため開き直ってしまおうと考えたわけだが、やはりというか違和感は拭えないようだ。俺も上手く振る舞えてはいない。ドキッドキ♡

 

「……ふう」

 

 タマモクロスが足を止め、一息ついた。遅い速度だったとはいえ、割と無理をして付いていっていたので休憩は素直に助かる。というか深夜に差し掛かる頃のショタボディだとそろそろ体力も底を尽きそうだ。

 

「……記憶、思い出したんや?」

「あっ、はっ、はい」

 

 深呼吸を挟んだ後のタマモクロスは、微妙に困惑を残しつつも冷静な表情だった。

 困ったような顔、と表現するのがきっと正しい。なにせ彼女は間違いなく今現在、実際バチクソ困らされているのだから。

 

「えぇと……実は高校生なんです、俺」

「そら驚きやな」

「こ、この身体はいろいろあって縮んでしまって」

「けったいな話もあるもんや」

「……ワケあってトレセンのウマ娘たちと交流がありまして。東校の二年四組の秋川葉月って男子が……俺の正体です」

「ふうん……全然知らん男の子やな」

 

 タマモクロスの反応は極めて冷ややかだ。呆れ、というよりはひたすらに困り果てている。

 もちろん荒唐無稽な話をしている自覚はある。とはいえ身体が子供に戻るだなんて常軌を逸しているし、一般人がまともに取り合ってもらえるような内容ではないだろう。

 それでもハッキリ打ち明けたのは、諦め半分。

 残りの半分は、もう彼女に対して隠し立てはできない──したくない、と考えたからだ。

 

「……悪い、とりあえずカフェを追ってるこの状況だけ簡潔に説明してくれるか?」

 

 何でも説明します。あなたの言う事なんでも聞きます。有料で脱ぎます。

 

「マンハッタンは……他の人には見えない()()()が視える体質なんです。そのなにかはオバケみたいな感じで、いろんな人に迷惑をかける──だからそれを止めるためにマンハッタンは闘ってるんです」

「……ん。……ま、まぁ、カフェの事情に関しては……前からそれっぽい雰囲気あったから、一応は飲み込めるわ。去年の夏合宿の夜とかあの子ん周りで普通にポルターガイスト起きとったし」

 

 そう言いつつも、怪訝な表情は崩さない。

 彼女の瞳はどこかにいるマンハッタンではなく、目の前の俺を見つめている。

 

「で、それとキミはどう関係あんねん」

「……手伝ってました。俺にもそういう存在が視えるから」

 

 ウソは一つも言っていない。細かく説明すると際限なく長くなるので、彼女の言った通り簡潔に伝えるとこうなるという話だ。

 マンハッタンカフェはオバケが見える。

 そのオバケは一般人に物理的な危害を加える。

 それを防ぐために彼女の手伝いをしていた存在こそが俺なのだ、と。

 

「ふーん……」

 

 ジッと俺を見つめる芦毛のウマ娘たん。

 その美人なフェイスに気圧されつつも、なんとか眦を決して彼女を見上げる。

 今の俺に出来ることは、とにかく本気で誠意を示すこと以外にないのだ。それはそれとしてかわいい。ジト目が好き。

 

「……ようわからんオバケ、肉体の物理的な年齢退行、それに伴う記憶喪失と、さっきのスズカやマックイーンを始めとしたトレセン生たちとの交流関係……」

 

 あの大阪で冷雨を彷徨っていた俺と初めて出逢った時のように、現状自分の目の前にある判断材料を思い起こし、顎に手を添えて思慮に耽るタマモクロス。

 聡明な彼女であれば自ずと答えは導けるだろうが、そこにある正解は二つだ。

 

 信じるべきか、否か。

 どちらを取っても彼女に落ち度は一つも無い。

 元から俺と交流があったわけでもないのに、今日まで本当に()()()()で並外れた人助けをしてくれていたのだ。これ以上をこの少女に求めるのはあまりにも──

 

「…………ん、わかった」

 

 ここまで巻き込んでしまって申し訳ありませんでした後は自分で……と、彼女に感謝と謝罪を伝えようとして喉元まで出かかった言葉が引っ込んだ。

 いま、なんて言った? オイルマッサージ?

 

「えっ……?」

「やから、分かった言うてんねん」

「……えっ。ぇ、あっ、えと、しっ、信じてくれるんですか」

 

 タマモクロスは相も変わらず怪訝な表情だが、どこか諦めにも似た雰囲気を感じる。

 

「さっきのスズカとの会話を見とったら信じざるを得んわ。後輩がキミを明らかに友人として認識していた以上、疑う余地はあらへん」

「せ、先輩……」

 

 ちょっと余りにも思慮深い女性すぎませんか? 私と結婚してくれませんか? 涙汁が涙腺からコポコポ漏れ出してきたかも。

 

「……ま、まぁ特殊な記憶喪失やったり……身体が縮んだりは正直飲み込めてはないけども──」

 

 言いながら膝を折り、彼女はもう一度俺と目線の高さを同じにしてくれた。

 

「そもそも最初にキミを『信じる』言うたんはウチやからな。ハズキ君がウチを信じて話してくれたことなら、ウチもハズキ君の話を信じる」

「……ッ!!」

 

 そう言ってタマモクロスはようやく表情を和らげてくれた。イイ子供生みそう。素敵な家庭作れそう。しかしマゾメスだ。

 彼女は一言で表せば巻き込まれただけの人、なのだが彼女自身はそうは考えていなかったらしい。とても責任感の強い少女だ。感動の涙も分泌過多。ぶんぶく茶釜。

 ここまでの経緯や理屈を踏まえたうえで、それでもあり得ないと言えてしまうようなファンタジーを柔軟に受け入れ、責任を持って最後まで味方でい続けようとしてくれているだなんて──あっ、好き。とても普通に恋しちゃった。心のフェノールフタレイン溶液が真っ赤に近づくというか……。

 

「せやからウチが知らん事はハズキ君が教えてな」

「ぁはいっ。任せてください」

「ん、よし……じゃあこの話は一旦終わり」

 

 パンパン、と膝を叩いて立ち上がり、周囲を見回すタマモクロス。

 

「さて、肝心のカフェ探しやけど……このまま二人であてもなく探し回ってもしゃーないし──あっ」

「ど、どうしました」

「そう言えばハズキ君はカフェが追ってるっちゅーオバケのこと、視認できるって言うとったな」

「あ、はい、この身体でも認識自体は出来ると思います。……先輩?」

 

 そう答えると彼女は俺に背を向けて屈んだ。なんだなんだ。おんぶ?

 

「ハズキ君、ウチん背中に乗って」

「えと……おんぶですか」

「せや。その子供の身体やとそろそろ疲労が限界やろ? 移動のペースも考慮して“足”はウチが担うから、ハズキ君はとにかく周囲を見渡しまくってや」

 

 確かに周りを気にしながら走っていたせいか結構キツい。

 俺は子供の身体で出来る範囲の観察だけをして怪異レーダーになり、移動は完全にタマモクロスに任せる、というのは中々に名案だ。

 

「そのオバケが出そうな場所とか心当たりはある?」

「はい、いくつか」

「じゃあそこを当たりながら周辺を捜索やな。オバケの機微とか雰囲気を感じ取れるのはハズキ君だけやし、こっからの行動は全部キミに委ねるわ。行き先も道もスピードもハズキ君の指示に従うから」

「……了解です!」

 

 ありがたい事に恐らく現時点での最上の信頼と取れる言葉をタマモクロスから頂き、先ほどまで困憊しきっていた俺も改めて気を引き締め直した。

 心労を考慮するのであれば彼女は俺以上に疲弊しているはずだ。それでも出会って一日しか経っていない他人の為に本気で尽力してくれているとなれば、こちらも弱音なんぞ吐いている暇は微塵も無い。

 

「の、乗ります」

 

 ぎゅううううう~~~~~ッ♡♡♡♡♡♡♡ ほイグっ♡

 

「ほいきた。じゃあ出発するで」

 

 ──なによりマンハッタンカフェが心配でならない。急げ急げ。わっせ、わっせ。

 

「うおぉぉぉっ……」

「ハズキ君へーき!?」

「だっ、だ、大丈夫ですぅ……!」

 

 タマモクロス先輩に『なるべく速め』のスピードをお願いした結果、強風で髪がオールバックになり続ける状況が生まれたわけだが、ゆったり探している暇は無いのでコレばかりは慣れるしかない。女子力!

 

「あ、つっ、次の交差点を右です。少し進んだら上り勾配があって、その先に高台があるのでそこから街を見渡せるはずです」

「了解や、しっかり掴まっとき!」

 

 しかし、なんというか乗り心地自体は極めて良好だ。快適、というよりは丁度良く素早い移動に適していると感じる。

 多少の揺れはあるものの、乗っている感覚としてはバイクに近い。

 ウマ娘に乗せてもらうのってこんなに楽しいのか、と場違いにも考えてしまったくらいだ。

 

「ん、肩ポンポン、二回……ちょっと速度落とすで」

「あの、すみません、なんか偉そうで……」

「ええてええて。寧ろこっちのがやりやすいわ」

「ありがとうございます……」

 

 タマモクロス先輩も逐一しっかり指示に従ってくれるし、指で肩を叩く回数での加速と減速の意思表示も既に把握してくれていて非常にやりやすい。ナタデココのようなナタデココ。

 

「先輩、重くないですか?」

「んーん、それは平気」

「そ、そうですか……あの、ごめんなさい。視界に入って気になったものはなるべくしっかり確認したいんで、俺の指示で動いてもらってますけど……普段から走られてる先輩にこっちがスピードの調節とかを指示するのって、なんか生意気ですよね……」

 

 ウマ娘は試合前にトレーナーと打ち合わせこそすれ、レース中は基本的に自分で考えて走るアスリートだ。

 そんな普段からやっている動きを、同じウマ娘でもない男からいちいち指図されて調節するこの状況は、割とストレスなのではないか──そう考えての発言だったのだが、意外にも彼女は小さく笑い飛ばした。

 

「あははっ、そないなこと気にせんでよ。てか……なんやろな、人を乗せて走るなんて初めてやけど……」

 

 一拍置いて、明るい声音で彼女は続けた。

 

()()()()()()()。レースの時はどうあっても一人やけど、こうしてコントロールしてもらいながら走るのも存外(わる)ないわ。速度自体は落ちとるけど、ハズキ君に走り方を任せて動くんはどっか普段よりやりやすいかも」

 

 え! 嬉しいハズキ! 実は僕たち相性抜群なのかも……。

 

「──あっ、いました先輩! あそこの河川敷の辺りでマンハッタンが怪異を追いかけてますっ!」

「ホンマか! 怪異……ってオバケん事か。よし、河川敷へ向かお!」

 

 この高台へ訪れたのはどうやら正解だったらしく、見下ろせる範囲にあった河川敷でマンハッタンカフェを発見した。

 即座にその場を離脱し、俺たちもそちらの方向へと駆けていく。ハズーキお届け。

 

 

 ──ややあって、現場である橋の下の河川敷に到着した。

 その場にいたのはギリ人型に見えなくもない靄のようなナニカと、そいつの首根っこを掴んでいるボロボロのマンハッタンカフェであった。

 

「はぁ、ハァ……ふふ、捕まえた……ッ」

 

 かなり傷んでしまった勝負服とは対照的に、彼女自身はまるで飢えた猟犬のように怪しく呼吸を乱している。てかアレ眼ぇ光ってない?

 

「あと、一匹──ぁっ」

 

 呟きながら顔を上げ、橋の上に立っている最後の一体をその目で捉えたその瞬間、まるで糸が切れたかのようにマンハッタンはプツリと仰向けに倒れこんだ。

 

「か、カフェっ!」

 

 即座に彼女の元へと駆け寄り、俺を下ろしてマンハッタンの上半身を抱き上げるタマモクロス。

 

「大丈夫か!?」

 

 そんな彼女の呼びかけに対して、返ってきたのは──

 

「あぅ……」

 

 グルグルお目目なカフェちゃんの、言葉になっていない小さな声のみであった。

 

「これは……マジで疲れすぎて体力の限界が来ちゃったんかな。服はボロボロやし掠り傷も多いけど、幸いデカい怪我は見当たらんわ。……ホンマにオバケとやりあってたんやな」

「……無事でよかった。……あ、いや良くはないですけど。とにかくギリギリ間に合ってよかったです……ありがとうございます、先輩」

「あ、うん、間に合ってるのかは微妙やけども……」

「…………すぅ、すぅ」

 

 まもなく漆黒の少女は眠りの中へと沈んでいき、俺の上着を畳んで枕にしつつマンハッタンをそのまま芝生の上に寝かせた。

 そして見上げた。

 視線の先には、やはりこの身体でも視認できる怪異が立っている。殺す。

 

「……待っててくれ、すぐ片付ける」

 

 みんなの為に一人で闘い傷ついた孤高の少女に一言告げた。

 ここから先は俺の領分だ。早いとこカスをポコポコにして、マンハッタンを送り届けなければ。

 

「な、なぁハズキ君? いま周囲にそのオバケおるんか……?」

「はい、橋の上に」

「……うぅ、なんも見えん。全然わからん……」

 

 ──失念していた。

 そうじゃん。

 タマちゃん先輩は怪異のこと視えないやん。どうしよう平八郎って感じだ。

 

「あ、怪異が準備運動を始めてます。えぇと……一応アイツに追いつけばその時点で勝ちっていうルールなんですけど……」

「えっ、向こうが先に逃げんの? あかん、どないしよう……! ウチはその怪異がどこにいるかも……」

 

 あたふたしてるタマは控えめに言って愛おしい。ちょっとかわいすぎてガチでキショい笑いが出る。

 仮に先輩におんぶしてもらいながら追うとしても、俺が指示するとはいえ走る本人がターゲットを目視できない状態ではほとんど勝負にならないだろう。

 

 視える必要がある。

 タマモクロスの戦績については無知だが、俺を背負った状態でもあそこまで安定した走りができて、尚且つまだまだ加速できる余力を残している以上、怪異を視認できさえすれば勝ったも同然の走りが出来るウマ娘だという事は間違いない。

 で、問題は彼女にどうやって怪異を認識させるかだが、どうしたものか。

 

 

 ──あぁ、そういえば。

 

『っぷぁ。……ハヅキ、私が見える?』

 

 そうだった、その手があったな。

 

 

 俺はあいつと重なってる。

 なんというか、普通に物理的な意味で。

 あのヤベー怪異に襲われたイベントの日に、人生におけるファーストキスを通じて流し込まれたあいつの魂魄が、今でも俺の中で生きている。

 

 つまり俺という存在は一部分だけ怪異なのだ。

 サイレンスやドーベルも元は視えない側の立場だったが、怪異そのものと関わりを持つマンハッタンの協力を得た事で、彼女たちも件のオバケを認識できるようになった。

 

 ということは、要するにこの場においても同じことをすればいいだけの話だ。

 タマモクロスを()()()()()()()へ引きずり込む。申し訳ないが俺と関わったのが運の尽きだと諦めてもらうしかないようだぜ。恋人契約締結。

 

「あの、先輩」

 

 えっさほいさと柔軟運動をしている怪異を見上げながら口を開いた。あいつがこっちを舐め腐って油断している内に対抗策を確立させなければ。

 

「オバケが視えるようになる方法、あるかもしれません」

「えっ、ホンマか! 真冬の外にカフェを放置するわけにもいかんし、早いとこソレやろ!」

 

 しかし俺はマンハッタンと違って豊富な知識があるわけでもなければ、黒白ペンダントのような便利アイテムも持っていない。

 そのため彼女がサイレンスやドーベルに施したような、怪異が視えるようになる“正規の手段”を取ることはできない。というか知らないし時間もない。

 

「……あの、その方法っていうのが結構ヤバめなんですけど、大丈夫ですか」

「気にしとる暇なんてないやろ? ええから教えて、後輩の為ならなんだってするから」

 

 言質は取った。あとは羞恥心と倫理観の問題だ。

 つまり何が言いたいのかというと、俺が選べる方法は自分が知っている“確実なやり方”しかない、という話である。

 

「では、俺とキスをしてください」

「わかった!」

 

 えっマジ。

 

「いいんですね、先輩」

「当たり前や! カフェを助けるためなんやから、キスでもなんでも──」

 

 と。

 そこまで言いかけた辺りで、彼女の声が止まった。

 

「キス、くらい……」

 

 そして先ほどまで勝気な表情だった顔が硬直し、少し経って真顔になった。

 

「…………キス?」

 

 タマモクロスは素っ頓狂な声でそう呟き、ぐるんと首をこちらへ向けた。

 

「え、キス……?」

 

 その疑問符は浮かんで当然のものであった。

 夏休み前までの俺なら今の彼女と同じリアクションを取ったに違いない。

 そう、分かるのだ。

 何を言っているのか分からない、という感情はこの上なく理解できる。

 ()()()()は、なんというか理不尽なんだよな。

 

「なんで??????」

「……かなり端折って説明すると、俺も一部分だけオバケなんです」

「う、うん」

「オバケになれば、オバケが視えるようになります」

「それは……そうかも」

「なので先輩もオバケになってください」

「な、なるほど。──えっ? いやっ、ちょお待って!?」

 

 わかりやすく説明するとこうなるんだよ。理解してくれ! 心からの願い。

 

「いやいや繋がっとらんやんけ! キスは何っ!?」

「俺はキスであなたをオバケ寄りの存在にできます」

「こわいわッ!? なにその吸血鬼みたいなシステム!」

「さすがに首を噛んだりはしません」

「そういう問題じゃないやろ! くぅっ、そろそろ流石に慣れてきたかと思った矢先にまた頭痛くなってきた……!」

 

 ここで説明しよう!

 コレはつまり相棒と同じやり方の、口移しで俺の魂の一部をタマモクロスに移植しよう、という話である。

 身体の一部が怪異になれば、否が応でもヤツらのことは視認できるようになるはずなのでね。ベロチューせよ! 熱烈夫婦のベロチューキッスです……。

 

 つぶあん。

 あの出会って間もない頃に相棒が言っていたのだ。

 自分は怪異と同じ存在なのだ、と。

 であれば、怪異である彼女の一部を取り込んだ俺も、たぶん三分の一くらいは怪異になっている。

 ユナイトしまくるだけでも身体能力に変化が訪れるのだから、俺と同じく魂なんて高尚なモンを受け取ったとなれば、確実にこちら側の世界へ足を踏みいれることができるはずだ。

 俺が初めからあいつを視認できた謎は一旦置いといて、確実にこの緊急事態に対処できる方法はこれしかない。

 とはいえ。

 

「あの……もちろん無理にとは言いません。視えなくても俺の指示で怪異を追いかけること自体はできると思います」

「……それやと動きにラグが生まれるんやろ。見えない敵を追うんはウチもスピード出し辛くなるし、怪異を取り逃がす可能性も出てくるし……最悪そうなるとソイツを追ってたカフェが責任を感じて──あぁっ、もう~っ!」

 

 ぐしゃぐしゃっと髪型が崩れる勢いで頭を抱える先輩。

 彼女の気持ちはあり得んほど分かるが、流石にそろそろ時間がない。

 

「…………はぁ。しゃーない、わかった」

「えっ」

 

 マジ。即断即決にも限度あり。しかしその思考の回転速度誉れ高い。ノーブラなの!?

 

「一応言っとくと、相手がハズキ君だから嫌がってたとかそういうワケちゃうから。単純に心の準備が出来てなかっただけ」

 

 まさかそんな身の程知らずな勘違いなんてしないし、それどころかこの数秒でその心の準備すら済ませてしまうのが凄すぎるんですがね。ショタなのは見た目だけで中身は高校生だしそれを隠して一緒に風呂も入ったガチ不審者と出会って二日目でキスだぞ。マジで並の胆力じゃない。切実にお嫁に欲しい。

 

「だっだ、だいじょうぶなんですか」

「何で今度はそっちが緊張してんねん……」

「いえ、その……先輩。ちゃんと責任取ります」

「ハァ!? ぁ、あほっ」

 

 俺の言葉に驚いた彼女は優しくポコっと頭を叩いた。触った、と言ったほうが正しいかもしれない。手ぬるいわ。

 

「まったく、後輩がいっちょ前に責任とかカッコつけんなや……あんな、ええか。これはあくまでカフェを助けるための緊急措置や、それ以上でもそれ以下でもない」

「……タマモクロス先輩、本当にマジで優しいっすよね」

「あんた話聞いてたんか!?」

 

 もうそろそろ彼女の凄みにいちいち驚くのもやめた方がいいかもしれない。この少女にとってはきっとこれが当たり前なのだろう。

 すぐすばで眠っている傷ついた後輩が多少なりとも判断材料になるとはいえ、たとえどれほど特異な状況に巻き込まれていても、後輩や知り合ったばかりであるはずの俺をも護るために、文句はそこそこに最後まで手を貸してくれる──まさにあの相棒を想起させる強靭な精神力だ。

 

「……あっ、怪異が動き始めました」

「えぇっ!? ちょっ、はよせんと!」

「か、屈んでください」

「はい!」

「いきますよ」

「は、はい……!」

 

 そうして半ば無理やり勢いのまま、

 

「──」

 

 儀式を執り行った。

 俺の魂魄を削って送り込むのは、なんかこう、脳内でイメージした通り体の中心を少々力ませて、雰囲気でなんとかして。

 

「──っぷぁ」

「あそこにいるの、視えますか先輩」

「……ん、橋の上を爆走してる、黒い変なのがおる。……アレか?」

「アレです」

「あいつかぁ……」

 

 とても顔を赤くしながら、少女は彼方を走る件の元凶を恨めしい視線でしっかりと捉えた。

 

「いくでハズキ君。アイツいてこましたる」

「そ、そうですね。じゃあ背中に乗りま──う゛ォッ!!?」

 

 そして俺が乗バした瞬間にとんでもないロケットスタートをかまし、まもなく驀進タマモクロス号は橋を抜けて大通りに差し掛かった怪異の背中へピッタリと張り付いてしまった。えぐい加速で首の骨が折れるかと思った♡ 恐怖心たっぷり出た……。

 

「こんのっ」

 

 怒りのタマちゃん、隣に並んだ瞬間にオバケの首をひっ掴み確保。

 

「クソボケぇぇぇぇーッ!!」

 

 そのまま怪異を川へとブン投げて霧散させ、完全なる勝利を飾ったのであった。

 まさに圧倒的な勝利だ。瞬殺と言っていい。

 どうやら優しく面倒見のいいこの少女は、怒らせると誰よりも怖くて速い閃光の稲妻と化してしまうらしく、これからタマモクロスと向き合っていく中で重要な情報をまた一つ獲得できてしまったようだ。

 

「……ファーストキスやぞ、ぼけぇ……」

 

 これまで後生大事に守り抜いてきた乙女の純情を結果的に弄ばれた清廉なウマ娘の最後の一言は、ほんの少しだけ涙声が混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 それから少し経って。

 

 まずはマンハッタンを送り届けるところから、ということで彼女の自宅へ赴いたのだが、どうやら両親が不在だったらしく誰も家にいなかった為、緊急措置ということで一旦メジロ家の屋敷でマンハッタンを治療することになった。

 

 幸いマンハッタン本人の怪我は軽い擦り傷程度だったので、応急手当も屋敷の使用人さんに手伝ってもらい何事もなく終わり、彼女を寝室で休ませた頃には夜半を過ぎてとっくに深夜を回っていた。

 ドーベルや他のみんなもとっくに床に就いており、やはりというか起きているのは俺とタマモクロスの二人だけであった。

 

 ──そして現在、屋敷に戻ったらそのまま寝ると思い込んでいた俺の予想とは裏腹に、まだ俺たち二人は起きていた。

 ()()()()()()

 

「……おかしくないですか、先輩」

「何がや」

「いえ、あの、走って汗をかいたからシャワーを──までなら分かるんですけど、どうして一緒に……?」

 

 えっちなのはダメ! 死刑!

 

「もう一緒に入ったことあるやろ。別に一回も二回も変わらんて」

 

 タマモクロスは後ろからボディスポンジで俺の背中を洗いながら、何でもないようにそう告げた。最強死刑囚編。

 もちろん俺は腰に、彼女は一枚のバスタオルをしっかり巻いているが意味ないだろコレ。

 大浴場は必要最低限の照明だけがついており、そんな若干薄暗い浴室のなかで洗いっこ……というより俺が一方的に洗われているのが現状だ。

 

 何だろう、これは。

 もしかしなくても普通に拷問というか処刑待ちなのではないだろうか。

 謝罪贖罪懺悔とにかく謝り倒さないと死ぬ恐れがある。山田……たすけて……。

 

「……ぁあの、申し訳ありませんでした」

「何がや」

「いえ、なんといいますか、大阪のご自宅では入浴中に胸に飛び込んだりなどの大変不埒な行為を働いてしまい……」

「うーん……子供なら全然問題ないけど。キミ何歳や、言ってごらん」

「じ……十七歳です……」

 

 どう考えても明らかにライン越えです本当にありがとうございました。あ~ムラムラしてきた。

 もしかしなくてもここが俺の人生の墓場なのだろうか。

 冷静に考えて、ショタになったのを良いことに、幼い少年だからこそ優しくしてくれていた相手に対してめちゃくちゃに甘え倒したのはヤバすぎた。

 あの場ではあぁするしかなかったとはいえ、距離感が保てる場面でも甘えてた感は否めない。やはり待つのは死か。デッドオアデッド。添い寝しよ! 添い寝。

 

「……ぷっ、ハハっ」

 

 まさに断頭台に拘束された罪人の心持ちで粛清を待ち続ける俺だったが、背中から聞こえてきたのは明るい声色の笑い声であった。バカにしてんの? ケツを鷲掴みしてしまうよ?

 

「もー、そないに緊張せんでよ。別に意地悪したかったわけちゃうから」

 

 この薄暗い風呂場で背中を洗われ続ける状況が意地悪じゃなくて何なんだよって話だ。心臓バックバクで無様でございますね♡

 

「まぁちょっとだけ困らせてやりたい気持ちもあったはあったけど……」

 

 やっぱり意地悪じゃねえか悪辣な女。責任を取れ確実なアクメで。

 

「先輩……」

「なはは、いやゴメンて」

 

 軽く笑いながらシャワーで泡を洗い流したタマモクロスは俺の手を引きそのまま湯船の中へ二人で入っていった。

 やはりタオルだけは、巻いたまま。

 

 なんとか彼女の肢体を眺めないよう前だけを向いて固まっている俺とは対照的に、彼女は明らかにチラチラとこっちの様子を見つつ、隣に座って湯船に漬かった。あっ肩がくっ付いてしまっていますよ奥さん。ドエロいホスピタリティに感心。

 

「……とはいえ、ここまで諸々を飲み込んでついてきたけど、流石にそろそろキャパオーバーや。ハズキ君が知っとること……全部教えて?」

「あ、はい。ちょっと長くはなりますけど──」

 

 ここへ至るまでキレずにしっかり我慢し続けた大人な先輩も遂に痺れを切らし、なんかフワフワした雰囲気のまま物事が進んでいたこの現状への説明を求めてきたので、記憶が戻って絶好調な俺はようやっと彼女に全てを打ち明け始めるのであった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 トレセンの少女たちとの出逢いから、あの有での事件に至るまで、なるべく漏れがないよう知っている情報を詳らかにした。

 これまではとにかく覚悟だけで事情を信じてもらうしかなかったわけだが、この先はサイレンスやマンハッタンなどに聞けば情報の精査もできるだろう。

 というわけで。

 

「──すいませんでした!!!」

「それはもうええって。キミの立場を考えたらあぁする他に無かったやろ」

「せっ、先輩……」

 

 ちょっと聡明すぎてイキそう。恋心持っていかれないよう注意。

 

「な、なんやジッとこっち見つめて。あっち向いといてよ……えっち」

 

 かなり感動して尊敬の視線を送っていたら怒られたのでもう一度前を向いた。イケズな女。しかし美しいのだ。やっぱり交尾の経験も豊か?

 

「はぁ。にしても……ハズキ君も大変やったんやな」

 

 おい! そっぽ向けと言ったのはお前なのに頭を撫でてくるとはどういう了見だ。ね、タマちゃんキスしよ~よ。……もうしてるんだった。誠に申し訳ございませんでした。

 

「あの、自分で話しておいて何ですけど……信じてくれるんですか。だいぶ荒唐無稽な内容だったと思いますけど」

「いまさら話を盛っても意味ないやろ。キミがどういう人間なのかは今夜のスズカを見とったら分かるよ」

「先輩……」

「ふふ、それにウチも既にオバケの仲間入りしとるし」

「あっ……ご、ごめんなさい」

「っ?」

 

 俺が自信なさげに謝ると、少女は首を傾げた。何に対しての謝罪なのか分かっていない様子だ。

 

「緊急措置だったとはいえ……二重の意味で大変な事を強いてしまって……」

 

 かつてここまで誰かに謝り倒した日があっただろうか。謝罪の回数だけで言えば、昨日も含めたらそれだけで夢の中でコスプレさせた六人の仲間たちに土下座し続けたあの日々にも匹敵するかもしれない。

 それほどまでに謝っている。

 というかそうしなければいけない。

 これまでにも協力してくれた人々はたくさんいたが、ここまで明確に()()()()()相手というのは彼女が初めてなのだ。

 

「先輩の年末のご予定も全部潰して、少なくない額のお金も使わせてしまって、終いにはよく分からないオカルト現象にまで巻き込んでしまいましたし……本当に申し訳ないです」 

 

 きっとタマモクロスでなくとも、真冬の大雨の中をシャツ一枚でうろついている子供を見つけたら、声をかけずにはいられないだろう。

 そこまでならまだしも、その先の本格的な保護と協力を求めたのは俺からだ。

 

「……ん、まぁ確かに大変ではあったかも」

「っ……」

 

 今までとは順序が全くもって逆なのだ。

 トレセンのウマ娘たちや山田、やよいや樫本先輩のように、繋いだ縁から築いていった信頼関係を前提として手を貸してもらっているわけではなく、この少女とは先に“協力”を前提にして一緒にいてもらっている。

 そんな関係性から始まった相手など、それこそあの相棒くらいのものだ。

 だが、今回はなるべく協力してもらえる方向へ誘導した俺の方に非があり、巻き込んだ責任がある。これに至っては10:0で俺が悪い。

 

 なので、謝り続けているのだ。

 許してもらうためではなく、人としてこのまま流してしまってはいけないから。

 記憶を取り戻して責任能力が復活した以上、これからタマモクロスに対する償いを行わなければならないのは明白だ。

 

「──でも、先輩ってそういうもんやろ?」

 

 しかし、彼女から飛んできた一言は、俺の脳内で渦巻いていた贖罪をあっけらかんと蹴り飛ばすものであった。

 

「……えっ?」

「困ってる後輩がおったら助ける。それだけの話やって」

 

 そう言いながら明朗快活な笑顔を浮かべ、彼女はもう一度俺の頭をポンポンと撫でてくれた。いちご泥棒。

 ──どうやら今この瞬間になるまで、俺はこのタマモクロスというウマ娘の事を理解できていなかったようだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 とてもあっさりした雰囲気で、芦毛の少女はそう語った。

 

「だいたい初めて会った時のハズキ君マジでヤバかったし。あんなん放っておけんわ」

「え、そんなヤバかったんですか」

「そりゃもう激ヤバよ。目が死んでたっちゅーか、バッドエンドまっしぐら~って感じ」

「……それは、やばいですね……」

 

 すげぇ砕けた口調で教えてくれるタマモクロスは、本当にあまり気にしていない様子だ。

 これだけの事があっても彼女は先輩だから手を貸したと言い、そこへそれ以上の特別な何かを持ち込む雰囲気は微塵も感じられない。

 

「とにかく! これ以上は謝罪も贖罪もいらんからな。ハズキ君がまだ続けたいなら構わへんけど、それ言う度にウチのテンションは下がる一方やで」

 

 そう努めて明るく振る舞う少女の姿は、一言で言えば光そのものだ。どこまで俺の好意を高めれば気が済むのか。早く子供つくりてぇ。先輩! ちょっとお時間よろしいですか?

 

「……わかりました。ありがとうございます、タマモクロス先輩」

「んー……ちょっと固いかも」

「えっ。そ、それなら……タマ先輩、とか」

「おぉ、ええ感じ。せやったらこれからはそう呼んでくれるか、()()()君?」

「……はい!」

 

 あっ、俺の好感度がカンストする音。マジでタマちゃん先輩のこと好きになっちゃった……どういうおつもり!?

 めっちゃ普通に俺にとって唯一の高校生の先輩になってくれたわけだが、このままじゃあ先輩ありがとうございましたで終わらせるのは流石に不可能だ。そうは問屋が卸さないってんだべらんめぇちくしょうめ江戸っ子でい。ウサギと亀。

 

「あの、タマ先輩。謝罪はアレでもせめてお礼はさせて頂けませんか」

「え? 別に礼なんて……」

「いや飯を奢るだけでも! あとは、えーと……買い物の荷物持ちとか、手伝いとかいろいろ……なんでもいいんでやらせてください……!」

 

 ここまで来て礼が不要なワケがないだろう痴れ者めが。ズルい女、エロい女。

 タマ先輩が優しいのは重々承知だが、それでも人として最低限の礼だけはさせてもらいたい。とても感謝の言葉だけでは収まりがつかないのだ。必要とあらばふさわしいアクメをプレゼントするからね。

 

「ま、まぁそこまで言うなら……」

 

 いい具合に妥協点を見つけてくれたようだな。チョロいウマ娘さんだぜ。全身柔らかくて美人で気立ても良くて強くて……とにかく最高だよ。さぁ夫婦の営み始めましょうね。

 

「ならハヅキ君が元の高校生に戻った時にお願いしよかな。ウチ、キミの本当の顔とか全然知らんし、頼むならちゃんとお互いを知ってからがいいかも」

「そ、そうすか」

 

 妙に気合いを入れ過ぎていた俺に引いたのか、タマモクロスは一歩引いた提案で手を打ってきた。こんなはずでは。

 いや、まぁ子供の身体でやれる事なんぞたかが知れているし、元の姿に戻ってからというのは理にかなってはいるが。

 

「……というかハヅキ君はどうやって元に戻るん?」

 

 ねー♡ どうすればいいんだろうね♡ 

 この状態異常に関しての知識は流石のマンハッタンも持ち合わせていない可能性が高いし、そうなるとこれを説明できる人物が存在しないことになる。

 あ、猫ちゃん先生なら分かるんだろうか。今夜の夢にでも出てきてくれたらとんとん拍子で進むのだが──

 

「うっ……」

 

 頭がフラついた。僅かながら逝く。

 

「ハヅキ君? のぼせちゃった?」

「そうかもしれないです……」

「話し込んで結構な長湯しちゃったし、そろそろ出よか」

 

 

 

 

 

 

「……っ?」

 

 ふと、目を覚ました。

 次第に明瞭になっていく視界に最初に映ったのは、明るい陽射しを中途半端に遮っている白いレースのカーテンだった。

 

「ぅお、まぶし……♡」

 

 これは──もう朝かもしれない。

 あれから風呂を出て、改めて着替えてから寝室へ向かったはずだが、確か俺はそのままタマモクロスと同じベッドで眠ることになったんだっけか。ママ優しくてだーいすき♡ ビューティー・コロシアム。

 

 その流れ自体は当然というか、中身が高校生だとバレている以上はそれを共有したタマモクロスの前で堂々と他の少女たちと寝るわけにもいかないので、俺を一人にできない都合上やはり彼女のそばにいるという形で落ち着くのは必然だった。お姉ちゃんママ布団に包まれておりました。今世紀最大に安堵した……。

 

 それに加えて、変態タマちゃん先輩は終始落ち着いていた。

 彼女の胆力がヤベーのはもちろんだが、いろいろと事情を知って冷静になれたのと、元の俺が高校生でも結局は一つ下の後輩で、なにより今はショタの姿ということで抵抗感が薄れていたのだろう。ママ! ショタコンなの? この期に及んで同衾可能などマゾメスすぎるだろ。

 

「……先生、出てこなかったな」

 

 それから、昨晩の夢に猫ちゃん先生は出てこなかった。というより夢自体をそもそも見ていなかった気がする。

 そんな最上の熟睡だったおかげか、寝起きにもかかわらず体調の完全回復を肌で感じるし、なにより寝覚めが良い。やる気元気ハヅキ。

 

「──あれっ」

 

 おかげですぐ違和感に気がついたのだが、着ている服が妙に固い。

 昨晩はゆったりとした子供用の寝間着で床に就いたはずだが。

 不思議に思いながら枕のそばの腕を確認すると、そこにあったのは何やら見覚えのある紺色の袖であった。

 

「……俺、いつの間に()()を……?」

 

 どう見ても俺が通っている高校の男子用ブレザーの袖だ。

 

「これ……寝てる間に元に戻ったのか」

 

 どういった仕組みなのかは分からないが、就寝中に元に戻ったらしい俺は子供用の寝間着ではなく、有の日に自宅に置いていった自分の制服を身に纏っている。

 もしかすると覚えていないだけで、夢の中に現れてくれた先生あたりに、何かしらの手助けをしてもらったのかもしれない。

 なんにせよ以前の姿に戻れて安心した。色んな人に優しくしてもらえるショタボディだったが、なにかと不便な事のほうが多くて辟易していたのだ。違法ショタ卒業。

 

「そういえばタマ先輩は……」

 

 隣で一緒に寝ていたはずだ。どこだ! であえであえ!

 

「あ、いた」

「…………んん」

 

 布団を捲ると俺の胸元にくっ付いて眠っていらっしゃった。毛布の中にいたせいか髪の毛もくしゃくしゃになっている。季節の野菜をシェフ特製のソースとともに。

 

「俺が元に戻ったから体格差に違和感が……この人、こんなに小柄だったのか……」

 

 昨晩までは俺の全てを包み込んでくれるママお姉ちゃんだったのに、今や妹にしか思えないほど彼女の方が小さい。

 というか高校生の知り合いの中ではぶっちぎりで一番小柄だ。ちっちゃくてかわいい~♡ しかし器のデカさは世界一。えっちだね。

 

「んぅ……ぁ、ハヅキ、くん……?」

 

 お眠タマ先輩は寝ぼけまなこを擦りながら目を覚ましたが、普段の俺と同じで朝は弱いほうなのか半覚醒状態だ。そんなに油断したエロ態度で先輩を気取って……正気の沙汰ではないぜ。

 横になっているこの状態では真上に設置された時計を見られないため、今が何時なのかは分からないが、今日まで身を粉にして付き添ってくれていた彼女に『起きろ』とはとても言えない。

 ハヅキのログインボーナスです! 心身の回復には二度寝が非常に効果的ですよ! 気絶しろ。

 

「うぅん…………──ん?」

「おはようございます、タマ先輩」

「……」

 

 先輩は相変わらずヌボーっとしている。朝だし頭がまだ回っていないのだろう。今のうちにサインと判子もらいますね。

 

「……? ……???」

 

 ちょっとその眠気と困惑が半々の表情かわいすぎ。嫁としての作法を徹底的にたたき込む必要がありそうだ。ギューッとしてね。ほれほれほ~れほれほれ熱伝導率=500W/(m・k)。

 

「まだ眠いですか」

「……ふぇ……っ?」

「じゃあ二度寝しましょうか、一緒に」

「は、はい……」

 

 ポンポン、と今度は俺が彼女の後頭部を優しく撫でてやると、タマモクロスは素直に言う事を聞いて瞼を閉じ、数分後には静かな寝息を立てて眠りに落ちていった。チョロすぎて怒りを覚えてきた。ほほほ、元気でよろしいぞ我が息子よ。

 

 それから彼女が起きるまでは特にやる事もないため、先輩の繊細な白皙の髪の毛を撫でて虚無の時間を過ごしていると、みんなを起こすために各部屋を回っていたらしいメジロマックイーンが寝室を訪れ、俺たちの同衾にしか見えない光景を目の当たりして爆発した悲鳴によってようやく屋敷の全員が朝を迎えたのであった。紹介します、ここにいるのは白い稲妻で自慢の新妻です。じゃあこの美しい寝顔もそういうこと!? フェルマーの最終定理。マジでキレてきた。

 

 


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