18 「温泉」
山と言えば、温泉である。
あの後、宿場町へと入り、レオを見て雲霞の如く集まってくる獣族をかき分けて宿に到着した。
宿場町を一通り観光した後、案内役を頼んでおいたタルハンドと合流。
子供が寝静まった後、夜に酒場へと繰り出して、大人だけでひと騒ぎ。
宿で一泊した後、翌朝早くに出発。
タルハンドの案内の下、温泉地へとやってきた。
温泉地には魔物が出る、と聞いていたが、思った以上に近い位置にあった。
元々岩場だった場所を綺麗な乳白色の温泉が満たしたのだ、と言わんばかりの風景。
広い温泉地を囲むように石壁が設置され、魔物への対策が講じられている。
登ってきた方向を見下ろせば、遠く眼下に宿場町が見える。
すなわち、絶景露天風呂。
当然のように混浴だ。
しかし、入浴している人の数は少ない。
しかも人族がいない。
チラホラと見える人影のほとんどは炭鉱族か小人族、あるいは雑多な獣族である。
人族や長耳族の間では、温泉というものが流行っていないのだろう。
人族の場合、湯船にお湯を張って入るという行為すら、貴族ぐらいしかやってないらしいしな。
さて、人は少ない。
人族もいない。
とはいえ、男はいる。
女もいるが、男がいる。
愛する妻と娘の裸体を見知らぬ男に見せても良いものか。
いいや良くない。
特に今回は、うちの女だけではないのだ。
エリナリーゼもいる。
いくらかつて冒険者界隈を賑わせた妖艶ストリッパーだとて、俺が人妻となった妖艶な長耳族の裸体を見ていいものか。
いいや、良くない。
というわけで、今回は湯帷子を用意した。
濃い色の生地を使って作った貫頭衣である。
特に耐性などはございませんが、水着のようななちゅらるな着心地を実現しております。
デザイナーはアイシャ・グレイラット。
「アイシャ姉、あっちに滝があるよ!」
「えっ? どこどこ?」
「ほらアイシャ、あっちよあっち」
「あっ、待ってよママー」
そのアイシャは、初めての温泉に興奮したエリス、アルス、ジークと共に、広い温泉内をジャバジャバとかき分けながら探検している。
生地の色が濃いために透けてはいないが、濡れた布が張り付いて、体のラインが露わになっている。
そんなものを惜しげもなく晒しながら、あっちに行ったりこっちに行ったり……。
エリスは多分気づいていないからいいとして……アイシャは恥ずかしくないのだろうか。
まあいいか。
ここは誰もが入れる温泉の地。
大事な所が隠れているなら、いいとしよう。
恥ずかしいと思う奴が恥ずかしいんだ。
ただ、他の入浴者に迷惑は掛けないようにしてほしいものだ。
こんな所でも、マナーはあるだろうからな。
「ねぇ、青ママも昔、このあたりに来たことあるの?」
「そうですね。大昔ですが」
「聞かせて!」
「いいでしょう。あれは魔大陸を出てすぐの頃、駆け出し冒険者をようやく卒業した頃の話です――」
ロキシーはリリを抱きつつ、ルーシーに昔話をしている。
近くでクライブも話を聞いている。
クライブの顔が赤いのは、薄着をしているルーシーが隣にいるからだろうか。
だが、流石に色を覚えるのはまだ早いぞクライブ君。
俺も、君のパパも、そんな早熟した恋は認めませんからね。
「……それで聖獣様、こちらが救世主様で?」
「わふ!」
「なるほど!」
「……」
ララとレオはというと、獣族に囲まれていた。
ララはいつも通りのふてぶてしい顔だが、面倒くさそうだ。
何しろ、宿場町からずっとだからなぁ。
「クリス様、暑くなったら言ってください。飲み物も用意してありますので」
「んー……」
リーリャはゼニスに足湯をさせつつ、クリスの面倒を見てくれている。
クリスは最初こそ俺に抱かれて入っていたのだが、
熱いお湯が苦手だったようで、すぐに上がってしまった。
今はゼニスにぴったりとくっついている。
まあ、大丈夫だろう。
「……はーッ! 最高ですわねぇ……!」
「炭鉱族の酒は初めて飲んだが、かなり強いな……でもうまい」
で、俺とシルフィ、エリナリーゼ、クリフ、タルハンドの五人は、一塊になって酒盛りをしていた。
宿場町で買ってきた炭鉱族秘伝の酒だ。
それを、氷で冷やし、飲む。
正直、飲んだことのない味で、何から造られているのかもわからないが、これがまたうまい。
ふわりとした口当たりだがキレがよく、喉を通ると花の香りがふわりと香る。
火照った体に冷たい酒が染み渡り、じんわりと内側からも温めてくれる。
「ルディ、ね、ボクにも頂戴。ルディが飲ませて? いいでしょ?」
シルフィは早々に酔っ払ってしまい、とろんとした表情で俺に寄り添っている。
相変わらず酔っ払ったシルフィは可愛い。
二児の母とは思えない可愛い発言だ。
これは子供たちには見せられないよ。
「ああ、もちろん」
温泉に浸かり、美女の腰をなでさすりながら一緒にうまい酒を飲む。
最高だ。
ここが天国だ。
「……」
と、思うんだが……。
「……」
どうにも、さっきから寒気がする。
「……」
寒気の原因はわかっている。
俺の真正面で、静かに酒を飲んでいる男だ。
タルハンド。
パウロが所属していた元『黒狼の牙』のパーティメンバーの一人。
S級冒険者として、現在もソロで活動を続けている。
実力的にも信頼できる人物だ。
「……」
疑う理由は無い。
何かされたとしても対処は出来る。
一応は詳しい面接をして、ヒトガミの使徒ではないと確かめてある。
もちろんギースの例もある。
あいつは尋問に対して平気で嘘を付き、好き勝手にかき回してくれた。
だから確実ではないが、それを言い出せば誰も信用できなくなる。
タルハンドは信用する。そう決めた。
だが、なぜだろう。
タルハンドの視線を受けると、背筋に寒気がするのだ。
温泉地に来るまでの道中もそうだった。
子供たちの乗った馬車を守りつつ、
エリスを先頭に、エリナリーゼと俺が前衛、タルハンドがすぐ後ろを歩き、馬車の後方をシルフィとロキシーが固めた。
俺は馬車が快適に通れるように、土魔術で整地しながら歩いたのだが、何度も寒気を覚えた。
そして振り返ると、タルハンドがこちらを見ているのだ。
まあ、進行方向が同じである以上、すぐ前を歩いている俺が後ろを振り返れば、視線が交差するのは当然だ。
子供を連れて魔物が出る所を歩いているから、過敏になっているのだろうか。
なんて考えていたのだが……。
今に至るまで視線がこっちをむいているのと、寒気がするのは、どうにも理屈に合わない。
「あの、なんでしょうか?」
とうとう耐え切れず、俺はタルハンドにそう尋ねた。
「何がじゃ?」
「道中から、やけに俺の方を見ているようですけど……」
「ああ……いやなに、パウロに似てきたと思ってな。ずっと見ておった」
「父さんに?」
「ああ、お主がエリナリーゼと並んで前を歩くと、昔を思い出すんじゃよ。エリナリーゼ、ギレーヌ、パウロの背中、後ろから聞こえるギースとゼニスの声……『黒狼の牙』で迷宮を探索していたあの頃をのう……」
タルハンドはヒゲを撫でながら、懐かしそうにそう言った。
俺は自分で背中を見れないからわからんが、そういうもんだろうか。
でも、じゃあなんで寒気がするのだろうか。
不思議だ。
「ルーデウス、お気をつけなさいな、この炭鉱族、男もイケる口でしてよ」
「えっ」
クリフの肩に頭を乗せたエリナリーゼにそう言われ、思わず声を上げた。
タルハンドはその言葉に、ムッとした顔をした。
「これ、誤解を招くような言い方をするでない」
そうですよね。
んもう、エリナリーゼさんたら。
すーぐそうやってエロいことに結びつけて考えるんだから。
この淫乱エルフめ。
「わしゃ、男しかイケん口だ」
淫乱ドワーフ!
いや、まてよ。
じゃあ、この寒気は、そういうことか?
俺は狙われている!?
あ、あたしに手を出したら、エリスが黙っちゃいないわよ!
真っ二つよ!
と、思わずシルフィに抱きついて身震いする。
シルフィもまた、俺を守るように、キッとタルハンドに目を向けた。
「……安心せい、既婚者にも、そっちの気のない男にも手は出さんわい」
む、モラルがあるとおっしゃるか。
でもまぁ、そうだよな。
ホモと言っても、ちょっと人と好みが違うだけだ。
ストライクゾーンが他人と外れていて、しかも狭いだけ。
そう考えれば、普通だ。
「でも、男の尻はジロジロと見てしまうのでしょう?」
「尻を見るのは男の性じゃ……わかるじゃろう?」
エリナリーゼの軽口に、タルハンドは少し困った顔でそう言った。
無論、その性はわかる。
俺もさっきから、湯の中を歩きまわるエリスの尻を眺めているからね。
あっ、エリスがこっち見た。
まさか寒気がしたのだろうか?
あ、胸元隠した! やっぱりしたのか!
でも隠す場所が違うぞ、俺が見てたのは胸じゃなくて尻だぞ!
「パウロに似てて懐かしさを覚えるというのも本当のことじゃが……ま、嫌がるというのなら、やめるがのう」
「いえ、見るだけならどうぞご勝手に」
「ほっほっ、そいつはすまんのう」
タルハンドはそう言って目を細めつつ、酒の入った瓶を手にとった。
「ほれ、もう一杯どうじゃ?」
「頂きます」
趣味趣向はそれぞれだ。
向こうがモラルを持って接すると言ってるなら、必要以上に身構える必要はない。
俺のボディは見られて減るもんじゃないしな。
まぁ、タルハンドの肉体は熊のようにたくましいので、比べられると凹みそうだが。
「それもしても、この案内、あなたが頼まれてくれるとは思いませんでしたわ」
エリナリーゼが、ふと、そんな事を言った。
「なんじゃそれは、どういう意味だ」
「だってあなた、故郷の方に行くのは避けてたじゃありませんの。
この温泉地も、炭鉱族の縄張りでしょう?
知り合いに見つかったら、面倒くさいんじゃありません?」
タルハンドにも、何やら事情があるらしい。
そういえば、俺はパウロの元パーティメンバーの中で、この人のことだけはよく知らない。
まあ、興味が無いというのもあるんだが。
「…………ふん。お前だって、儂らと旅をしていた頃は、一人の男とくっつくなんてありえないと言っておったじゃろうが」
「生きていると、考えが変わることもありますのよ」
「儂も同じじゃ。いい機会じゃから、そろそろ決着をつけようと思ってな」
「あら、男らしい」
「世辞はいらんわい。お前らを見たら、何十年も家族から逃げ続けるのが、あまりにも情けなく思えたっちゅうだけのはなしよ」
タルハンドはそう言って、苦々しい顔をしつつ杯をあおった。
「ということは、故郷に帰るんですのね?」
「まあな」
「ほら、ルーデウス」
名前を言われ、俺はエリナリーゼを見た。
一瞬、なぜ呼ばれたのかわからなかったが、
これは、丁度いいからこの場でこいつに頼んでしまえ、ということだろう。
しかし、家族とのこともあるだろうに、頼んでいいのだろうか。
いや、頼むだけならタダだ。
「タルハンドさん。実は俺も鉱神様と接触をするつもりなんですが……」
「鉱神に?」
「ええ、もしできれば、というレベルでいいんですが、今度俺が……龍神の配下が挨拶をしたい、という話だけでも通していただければありがたいのですが」
タルハンドが故郷でどんな立ち位置なのかわからない。
窓口にされても迷惑かもしれない。
なので、控えめに。
「ふーむ……といっても、あやつは気難しいからのう」
そう。
オルステッドもそう言っていた。
鉱神は気難しい、気に入られるのも難しい、と。
一応、好きなものは酒と宝石、武具の素材に適した鉱石や金属。
だが、好きなものをチラつかせたぐらいでは、同盟を結んではくれないだろう、と。
「儂が頼んでも、断られるかもしれんぞ」
「お知り合いで?」
「まあな……」
タルハンドは難しそうな顔をして頷いた。
もしかして、家族なのだろうか。
帰ったらオルステッドとの打ち合わせで聞いておいた方がいいかもしれない。
「無理にとは言いません。タルハンドさんも色々あるでしょうから」
「そうさのう……」
タルハンドは考えながら酒をあおった。
顔を赤くしつつ、酒臭い息をブハッと吐いた。
そして、俺の方を目を細めつつ、見た。
「まあ、少し考えさせてくれんか」
「わかりました。無理を言ったようで、申し訳ありません」
俺が頭を下げようとすると、タルハンドは酒瓶を手にとり、注ぎ口をこちらに向けた。
謝るな、いいから飲め、ということだろう。
俺はそれに従い、杯に酒を満たした。
---
風呂から上がった後、俺たちは温泉地へと戻った。
それから宿に家族を待たせ、ロキシー、タルハンド、エリナリーゼの三人と共に魔法陣を設置する場所を探しに出た。
人選は、山や森を歩き慣れた人物を厳選した形だ。
エリスも来たがったが、彼女には家族の護衛についてもらった。
ひとまず四人で山の奥に入った。
温泉地より、もう少し先だ。
転移魔法陣を設置する場所は、できるだけ人がいない場所がいい。
アリエルがそのうち「主要な大国同士を結ぶ転移門を作りたい」と話しており、そのための計画も進んでいるが……。
まだ先の話だ。
転移魔術の禁を解く。
それが実現するかどうかはまだわからないため、俺が個人で作る分は、人気のない所に設置だ。
あまり高い所だと青竜の縄張りに入りかねないので、あくまで人が侵入できる範囲で。
「この辺りにするか……」
良い場所を見つけたら、建物作りだ。
基本的には龍族の遺跡と似たような構造にする。
四つの部屋を作り、その内の一つに隠し階段を作り、階下に転移魔法陣を設置するのだ。
ロキシーとエリナリーゼには外での見張りを頼み、
土魔術で地下に穴を掘り、部屋を形成していく。
内部の内装や大きさの指定などは、タルハンドに手伝ってもらった。
見つからない場所に作ってはいるが、ここに設置するのは事務所に通じる魔法陣だ。
万が一にも、魔法陣を見つけられるのは困る。
というわけで、あくまで普通の遺跡を装いつつ、旅人が満足出来るように、部屋の奥に宝箱っぽいものを設置しておく。
ついでに、休憩できるような作りにしていく。
あくまでここは、大昔に旅人が休憩するために使っていた施設ですよ~、って風情を出すのだ。
そのための装飾は、タルハンドが作ってくれた。
彼は流石に炭鉱族だけあって器用だった。
俺が作った超硬のノミ一本で石を削りだし、部屋全体に古めかしく見えるような装飾を施してくれたのだ。
日が落ちる頃には、遺跡は100年前からそこにあったかのような内装になっていた。
「流石ですね。これなら誰が見ても大丈夫でしょう」
「ふん、苔もカビも無い。見るものが見りゃあすぐにバレるわい」
あら。
匠は仕事に少し不満があるようだ。
とはいえ、そんなすぐに見つかるわけでもない。
実際にこの遺跡が見つかる頃には、ちゃんと古ぼけて見えるようになっているはずだ。
掃除をする奴もいないしな。
「ていうか、今更ですけど、この辺りに勝手に建物を作っていいんですかね。炭鉱族の縄張りなんでしょう?」
「炭鉱族にとって、山は神の物で、建物は神への捧げ物じゃ。誰が何を建てようと、文句など言わんわい」
そういうもんかね。
じゃあ地面の下ではなく、堂々と地上に作っておいた方がよかったかもしれない。
入り口が地下にあるんじゃ、やましいものがありますと証明しているかのようだ。
まあ、今更だが。
「完成したなら、行くぞい」
「少々お待ちを」
最後に、俺は魔法陣を起動し、転移した。
転移先が間違いなく、事務所の地下であることを確かめ、戻ってくる。
「オッケーです」
「……」
「タルハンドさんも、何かあったら使ってくれても構いませんよ」
「結構じゃ。儂は歩くのがいい」
タルハンドは頭を横に振り、そういった。
ひとまず、これで転移魔法陣は完成。
あとは、帰るだけだ。
---
翌日。
俺たちは朝早くに宿場町を出ることにした。
クリフ、タルハンドとは、ここでお別れだ。
俺たちは馬車に乗り、クリフとタルハンドに別れを告げる。
クリフは今日中に教会の視察を行い、数日後にはミリシオンに帰るようだ。
「クライブ。いい子にしているんだぞ」
「はい! おとーさん!」
クリフは、クライブとの別れを惜しんだ。
何年も会わないわけではない。
だが、やはり家族と別れるのは辛いのだろう。
「勉強も、剣術もしっかりな。それから、好きな子を泣かせるんじゃないぞ。優しくしてやるんだ」
「す、好きな子なんていません!」
「じゃあ、好きだと思った子皆に、優しくするんだ。いいな」
「……はい」
クリフはクライブの頭をポンと撫でると、俺の方を向いた。
「ルーデウス。もうあと何年か、リーゼとクライブを頼む」
「ええ、わかっています。クリフ先輩も頑張ってください」
「ああ」
クリフはそれ以上の言葉は必要ない、とばかりに後ろに下がった。
何も言わないのは、信頼の証だろう。
その信頼には応えたいものだ。
まあ、エリナリーゼがしっかりしてるから、出来ることは少ないが。
そうだな、もしクライブが成人して、ルーシーを下さいと言ってきた時に備えて、クライブを男として良い方向に導いてやるぐらいか。
……いや、それもロクなことにならなさそうだ。
問題が起こった時に助けてやるぐらいが丁度いいだろう。
そう思いつつ、俺は少し離れた位置でエリナリーゼ、ロキシーと話をしていたタルハンドに近づいた。
タルハンドも、一旦ミリシオンへと戻るらしい。
炭鉱族の里に行くには、準備が必要なのだろう。
物の準備か、心の準備かはわからないが。
「タルハンドさん、ありがとうございました」
「うむ」
「家族のこと、故郷のこと……頑張ってください」
「ふん。あのパウロの息子にまで心配されるのは癪に障るが……」
そこでタルハンドは、俺の体を見た。
ジロジロと、特に股間のあたりを見られている気がする。
「今朝、思ったんじゃが、鉱神はお主のアレを見せてやるだけで、案外喜んで会ってくれるやもしれんぞ」
「あれ?」
「昨日見せてくれた、お主の黒くて硬いヤツじゃ」
「えっ!?」
俺の股間にある黒くて硬いの!?
もしかして:鉱神もホモ?
ていうか、俺のは言うほど黒くないぞ。
硬いとは思うけど、硬いよね? 誰かと比べたことないからわかんないけど。
ロキシー、赤くなってないでなんとか言って。
それはわたしのものです、とか言ってあげて。
「タルハンド、黒くて硬くて太いのじゃわかりませんわ。もっと直接的に言いなさい」
「太いなんて言っておらんわ。あれじゃあれ。ルーデウスが土魔術で生み出した石じゃ。鉱石か、岩石か……なんと言えばいいかわからんがの」
石か。
そういえば、昨日の建築は黒い石をたくさん生み出した。
頑丈さを追求するため、かなり硬めのやつだ。
なーんだ。石か……。
おや、ロキシーったら顔を赤くして。
なになに? なにを想像しちゃってたの? やーだ、ロキシーったらはずかしー。
まあ、俺も同じものを想像してたけど。
「見本があれば、持って行って頼んでやるが、どうする?」
「わかりました」
俺は即座にその場で土魔術を使い、石の延べ棒を作った。
黒くて硬くて太い奴だ。
もちろん、重い。
15センチほどの長さで、重さは10キロ以上あるだろう。
金メッキすれば多分誰かを騙せる重さだ。金やプラチナより圧倒的に硬いから、すぐにバレるとは思うが。
「こんなのでいいんですか?」
「こんなのがいいんじゃ、もう何本かもらえるかの?」
タルハンドは俺から五本ほど延べ棒を受け取り、その重さに目を細めつつ、頷いた。
五本もあるとかなり重いと思うのだが……。
彼も熟練の冒険者ということか。
「では、達者でな」
タルハンドが踵を返そうとすると、ロキシーが一歩前に出た。
「タルハンドさんも、お気をつけて」
「ロキシーも、病気などせんようにな」
「はい」
タルハンドはそう言って笑った。
ロキシーも、友との別れに少し微笑んだ。
---
そうして、俺たちの家族旅行は無事に終わりを告げた。
思い返すと仕事ばかりしていたが、いい旅行だったと思う。
願わくば、これが子供たちの経験となり、今後の糧にならんことを――。
なんてかっこつけても、俺には似合わんか。
皆、元気に育ちますように。