魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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相変わらずアイデアが出たら書いていくスタイルです。
よろしくお願いします。


【ブラリ】

『――今のは魔法というより手品の類だが、この手品のタネに気付いた者は見たところ5人だけだった。……つまり、もし私がテロリストだったとして、私を阻むべく行動を起こせたのは5人だけだったということだ』

 

「…………」ペラッ

 

『……ちなみに、最初から何の興味もなく、私の登壇を見ても聞いてもいない者も1人居た』

 

「…………」

 

『ある意味では世間から外れたそういった者こそ鍵になる場合もあるが、今日諸君等に伝えたいのはそういうことではない』

 

「…………」ペラッ

 

『私が今用いた魔法は低ランクのものだが、君たちはそれに惑わされ私を認識出来なかった。明日からの九校戦は正にこのような魔法の使い方を競う場なのだよ』

 

「…………」

 

『他者からの干渉を完全に遮断するというのも一つの戦法ではあるだろうが、出来るのであれば相手の姿から学びも得て欲しい。見て、聞いて、競い、争い、勝ち、負け、反省し、そしてより磨きを掛けてほしい』

 

「…………」ズズッ

 

『………という訳で、諸君の工夫を楽しみにしている』

 

「…………」ペラッ

 

 

 

((((……マジでこの女、九島閣下の演説を完全無視しやがった!!!)))

 

 

 

 ということがあった懇親会。

 本来ならば完全に部外者であった詩織がこの場に居ることはおかしかったのだが、彼女は九島の人間に招かれた立場ということもあり、どうも特別に老師の演説の見学を勧められたらしい。

 ……にも関わらず、老師の話を完全に無視して本の世界に没頭していたのだから、本当にとんでもない奴である。もしテロが起きたとしても、この女は間違いなく変わらず本を読み続けているのだろう。

 というか、実際に一高にブランシュが襲撃して来た際にステージ横で寝ていた実績がこいつにはある。テロを阻むための行動など、出来る筈もない。あの会場の中で最底辺の位置に居た人間こそ、正にこの女であった。

 

「清冷さん、そういう服も似合うのね」

 

「そう?」

 

「うん、意外。私服はもっとゆるふわな感じだと思ってたから」

 

「公式の場では当主として相応しい服装をしないといけないって。でもスーツは嫌いだから、妥協点」

 

「似合ってるわよ、なんだかカッコいいもの」

 

「そう?それならよかった」

 

 そんな懇親会が終わった後、詩織は真由美の部屋に居た。詩織の部屋は同ホテルの最上階に取られていたが、パーティ会場の隅の方で本を読みながらジュースを啜っていた彼女を見つけた真由美が無理矢理引っ張って来た形だ。

 明日は九校戦の開会式、そして同時にスピード・シューティングの本戦があり、真由美もそれに出場する。そんな彼女がこうして他人に構っていていいのかという疑問はあるが、むしろ彼女にしてみればこうして誰かに構っている方が落ち着くものらしい。

 特にどれだけ触っても嫌がることなく逃げることもしない詩織は、真由美からしてみれば可愛がりやすい対象だった。今も横に腰掛けている彼女に密着しまくっている。

 

「それにしても、まさか清冷さんが九島閣下と面識があるなんて思わなかったわ。どこで会ったの?」

 

「……沖島」

 

「え?……どこ?」

 

「沖島、沖ノ島とも言う。琵琶湖の沖合に浮かんでる最大の小島で有人島、第二種特別地域にも指定されてる」

 

「な、なんでそんなところに……」

 

「琵琶湖の何処かに沈んでるって情報のあった、ある本を探しに行ってた」

 

「ほ、本が関わると活発過ぎないかしら……?」

 

 普段は歩くのも面倒がる癖に、本を探すとなればこの行動力である。本に関する労力は厭わないのだから、それくらい好きな物ということなのだろうか。しかしそうなると、そもそもどうして九島烈がそこに居たのかという問題にもなる。彼は本当に歳不相応なほどに忙しい身であるというのに。

 

「ちなみに閣下はどうしてそこに?」

 

「私が呼び出した」

 

「怖いもの無しか!!」

 

「色々調べると、九島老師が若い頃に島に来てたことがあって、その時に当時の町長とその本について話してたことが分かったから。九島家に連絡をしたら、来てくれた」

 

「よ、よく来てくれたわね……それで、本は見つかったの?」

 

「うん、北湖の水深87m地点に開封されてない状態で沈んでた」

 

「スケールが大き過ぎる!!ダイバー呼んだとかそういうレベルの話じゃないでしょそれ!?」

 

「1人分の人骨と一緒に」

 

「急にホラーにしないで!!」

 

 そこまでして見つけた本とは一体なんだったというのか。どんな逸話をもった本だというのか、言葉とは反対に真由美の興味は増していく。

 

「本のタイトルは『高崎真琴のブラリ食べ歩き』」

 

「はい解散」

 

 一瞬で霧散した。

 

「高崎真琴は2080年辺りにバラエティ番組を中心に活動していた元陸上選手で、晩年は食べ歩き生配信で有名だった」

 

「その本、普通に売られてそうなんだけど……」

 

「うん、売られてる」

 

「何か特別な要素があったりしたの……?」

 

「ううん、普通に売られてる人気の無い本」

 

「……えっと、それならどうしてそんな物を探してたの?」

 

「本来は存在しない物だから」

 

「……え?」

 

 そして今度は真由美の顔が固まる。

 先程の言葉で霧散した興味が、一瞬で引き戻されていく。真由美の情緒はもうめちゃくちゃだ。上げては落とされ、落とされては引き上げられ、頭がおかしくなりそうだ。

 

「高崎真琴がその本を書いたのが2085年、割と最近。でも少なくとも2040年には、九島老師と当時の町長は、琵琶湖の北湖の辺りに同じ本が何冊も浮かんでいたという奇妙な話を認識してた」

 

「……時系列が合わない」

 

「そう。2040年だと高崎真琴はまだ5歳、本なんか書いてる訳がない。ある筈のないものがあったという噂があって、それが探査によって実証された。これはそういう話」

 

「……清冷さんは何処でその話を聞いたの?」

 

「知り合いのフロッピーディスクの蒐集家が沖島の出身で、ひいお婆さんから同じ話を聞いてたみたい。見つけたフロッピーディスクの対価に、そういう奇妙な本の噂があるって教えて貰った」

 

「ごめんね、フロッピーディスクって何かしら……?」

 

「2000年辺りに使われてた記録媒体、700KBくらいしか容量がない。今はもう形として残ってるだけで奇跡みたいなもの」

 

「マニアック過ぎる……!!」

 

 フロッピーディスク蒐集家とかいう異端のことはさておき、確かにそれは不思議な話だ。それが九島烈が出張るほどのことかはさておき、実際に未来の本が過去にまで飛んでいたということなのだから。

 少なくとも話を聞く限りでは複数冊がそうして当時見つかっており、詩織の調査によってそれが証明された。大きく報道される様なことがなかったとは言え、間違いなく大事件だろう。

 

(……あれ?でもそれって、タイムトラベルが確実に起きてるってことで)

 

 その本自体に異常性はなくとも、その本が異常に巻き込まれたのは確かで。それが本だけが対象になっているとは限らず、それこそ同じ状況に陥った人間が居たとしても何らおかしくない話であって。

 

「……まさか九島閣下が来た理由って」

 

「時間旅行の痕跡と、時間旅行者の実在を調査するため」

 

「!」

 

 2085年に発売されたと仮定して、店頭で複数販売されている時期は長く見積もっても15年程度。特別にその本を集めたりしていない限り、タイムトラベルの始点は正に最近か数年前といったところだろう。一方で終点は2040年前後。一般的な紙の本が長期間湖の上に浮いていることはないので、そこに大きなズレはないはず。

 

 偶発的な自然現象で時間移動が起きた?

 

 それとも意図的でありながらも事故が起き、想定外のトラベルが発生した?

 

 もしくは……『高崎真琴のブラリ食べ歩き』を複数冊、過去に送ることが計画の一部であり、人為的なタイムトラベルが既に成功しており、目的が完了されてしまっている可能性。

 

「……閣下はなんて言ってたの?」

 

「時間移動は間違いなく起きたみたい。魔法の痕跡も僅かに残ってたみたいだから、人為的なものと見てもいいって」

 

「大事件じゃない!」

 

「でも多分、状況から見ても失敗してる」

 

「え?」

 

「本が浮いていたのが琵琶湖の水面であることと、沈んでいた本と一緒に人骨が発見されてること。本はビニールで梱包されてると沈むけど、梱包されてない状態だと形や大きさによっては浮く。人骨と本が海底で一緒に見つかったのは、水流の流れで同じ動きをしたから。つまり……」

 

「その人が水没したのと、本が水没したのは、殆ど同じ場所で、殆ど同じ時間……」

 

「普通の人なら湖に落ちても泳ぐなりして、力尽きても多少は動いて移動する。でも全く動いていなかったのなら、時間移動した時点で力尽きていたか、動く余力もなかったか」

 

「………事故、だったのね」

 

「その可能性が高い」

 

 真由美はなんだか少ししんみりした気持ちになりながらも、この話を終える。世の中には不思議な話もあるものだと考えるのか、それとも魔法の可能性というものを再認識するのか、それは人それぞれだ。

 

 ……しかし、真由美は見逃している。

 

 詩織がわざと語らず、はぐらかし、誤魔化したもう一つの可能性。

 

 今語った論理では、果たしてどうして同じ本が何冊も1人の人間と共に時間移動したのかが説明出来ない。それをただの偶然と結論付けたり、本の仕入れ先に勤めていたという様な結び付け方をするのは、些か強引が過ぎるだろう。

 

(……琵琶湖に大量に同じ本が浮いていた。大きなニュースにはならず、かと言って古いSNSの記録には残っていそうな、良い塩梅の異常現象)

 

 事実、当時の町長はそれを大手のSNSに上げており、湖への不法投棄を強く非難していた。彼と交友のあった九島烈はその投稿を知っており、実際に詩織はそれを見せて貰っている。

 今は廃れてしまい、それほど大きなサイトではなくなってしまったが、この件について同じような投稿をしている人達は当時多く居たのもまた事実だ。

 

 それはつまり……

 

 

『時間移動の確証を得たかった人物が他に居る』

 

 

 九島烈はそう結論付ける。

 

 本来は浮く筈の人間の死体が、何故か浮いていた本と同じ様に水死体では見つからず、沈んでいた本と同様の位置に沈んでいた。これもまた奇妙な話だ。

 実際のところ、この件については未だに何も解決していない。分かっていないことの方が多いどころか、今も進行している問題だ。

 時間移動の技術を発明し、それをなんらかの意図を持って使用しようとしている存在がいる。それが悪用のためかどうかは分からなくとも、歴史に多大な影響を与えることは間違いない。使用の良し悪しは個人が決めるものではなく、本来なら発明されることすらも拒むべきなのが時間移動だ。そんなものが使用されるのは、本当にどうしようもない滅亡が迫っている時だけでいい。

 

(……まあ、私には関係ないけど)

 

 だから詩織は、再び別の本に目を下ろす。

 特に何かをするつもりもなく、変に口を挟むつもりもない。真実を知る機会やヒントは与えても、求められない限りはその物を与えるつもりもない。

 

(本に関係ないから)

 

 それは魔法師の問題だ。

 魔法師の世界で、魔法師が起こしていて、魔法師が解決しなければならない問題。九島烈が調査を続け、いつかは十師族で対抗することになるかもしれない。しかしそこに詩織は必要ないし、居たとしても邪魔にしかならない。だから関与しない。だから関わらない。

 

 そしてそれはこれから先も同じだ。

 

 テロが起きようと、事故が起きようと、それに本が関わっていない限りは手は出さない。無闇に手を伸ばすことはしない。選択というものは、その道に居る人間がすべき事で、何も知らない人間が下す事ではないから。

 

「会長、寝る前の30分で読めるお勧めの本がある」

 

「え!?ほんと!?」

 

「うん、『ピッツァのピッツァルのビィッヅァのビザザザザッヅァ』って本」

 

「うん、ごめんなんて?」

 

「『ピッツァのピッツァルのビィッヅァのビザザザザッヅァ』」

 

「それ噛まないで言える清冷さんが凄いのは分かったわ」

 

 清冷詩織は今日も自分の役割を全うし、自分の趣味を全力で遂行している。

 

 

 

 

 

「会長?何を読んでいらっしゃるんですか?」

 

「あら、深雪さん。これはね、『ピッツァのピッツァルのビィッヅァのビザザザザッヅァ』という本よ」

 

「……………………え?」

 

「『ピッツァのピッツァルのビィッヅァのビザザザザッヅァ』」

 

「……………………え?」

 

「まあ、そうなるわよね。私もそうなったわ」

 

「吃驚しました、会長が壊れてしまったのかと」

 

「私も言葉にする練習したもの、最後の"ビザザザザッヅァ"が一番難しいのよね」

 

「清冷さんから借りた本ですか?」

 

「そうなの。30分で読めるって借りたんだけど、面白くて続きを買って読み進めてるのよ」

 

「それはまた、どんな内容なのですか?」

 

「短編物の正統派青春ラブストーリーよ」

 

「そのタイトルでですか!?」

 

「魔法も何もない世界。そして特別なことなんて何もない平凡な学園で、1人の男の子が6人の女の子とそれぞれに別の世界で青春を紡いでいくの」

 

「……?」

 

「つまりね、A子ちゃんと過ごす1年間。B子ちゃんと過ごす1年間。C子ちゃんと過ごす1年間。そんな感じで6通りの3年間を読むことが出来るの。ちなみに1人につき1巻で、30分で読めちゃう」

 

「そう言われるとなんだか物足りない気も……」

 

「そう思うでしょ?でしょ?でもこれが良く出来てるの!読んだ後はもう胸がきゅんきゅんしちゃってね!30分でこんな体験が出来るんだから本当に濃密よね!」

 

「つまり……普通の面白い恋愛小説ということでしょうか。タイトルが少しおかしいだけの」

 

「……」

 

「……会長?」

 

「……その、普通に良い小説なんだけど。もちろん、ちょっとおかしいところがあってね」

 

「はぁ」

 

「登場人物が食べてる物が……基本的に全部ピザなのよ」

 

「……」

 

「朝もピザを咥えて走ってるし、お昼も弁当じゃなくてみんなでピザ食べてるし、コンビニで買い食いする描写も2人でピザを分けてるし……」

 

「……なにか、怖いですね」

 

「小説の完成度が高いだけに、その明らかに異常な部分が余計に目に付いちゃってね……食べてもいないのに食傷気味になって来るっていうか……」

 

「普通は逆にお腹が空いてきそうなものですが……」

 

「全部のピザの描写がさり気なく、けどしっかり書かれてて……文章力で強引に殴られてる感があるのよ。取り敢えずこれを書いた作者は小説家としては間違いなく天才ね。……同時に変人でもあるんでしょうけど」

 

 なんだか色々な事に巻き込まれて、世界には色々な本があるのだと知ってしまった今。果たしてこの本に影響されたピザへの抵抗感がオカルト的なものなのか否か、2人には分からなくなって来ていた。


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