魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【切り口】

「達也」

 

「……ん?」

 

 

 それは九校戦が7日目、つまりは新人戦4日目の出来事であった。

 摩利が事故に遭うなどあったものの、各々が順調に駒を進め、それこそ深雪がアイス・ピラーズ・ブレイクで優勝を収めたりなど。特に1年女子から良いニュースばかり飛び込んで来ていた最中のこと。

 それまで常に快適な部屋の中から競技を覗いていた詩織に、達也は声を掛けられたのだ。それも彼女の方からわざわざ自分のことを探して。

 

「どうした、清冷」

 

「……」

 

「……何かあったのか?」

 

 正直に言ってしまえば、達也にもそれほど時間はない。諸々の事情で彼の仕事は当初よりも増えていたし、他にも気に掛けなければならないことが多くあったからである。

 しかし同時に、だからと言って詩織の行動を無碍にする気もなかった。何故なら達也は初めて見たからだ。ここまで何かを言い淀んでいる彼女の姿を。

 

「……2つ、相談がある」

 

「……清冷がそういうからには相応の理由だろうが、どうしてそれを俺に?」

 

「多分魔法については達也が一番詳しいから」

 

「それはどうだろうな」

 

「あと私より常識がある」

 

「それはそうだろうな」

 

 流石の達也もそれだけは否定することはできなかった。常識は達也の方が間違いなくある、これは絶対で譲れないものだ。

 

「まず1つ目、森崎くんが参加してるモノリス・コードで事故が起きる」

 

「!?」

 

「どうにかなる?」

 

「………」

 

 聞きたいことは色々とある、しかしそれは一先ず後で良い。何が正しいにせよ、詩織が望んでいるのはそれではなくて。

 

「……時間的に、もう競技が始まる。仮に事故が起きるとしても、競技中に干渉する術はない」

 

「そう……遅かったかな」

 

「何故それを知っているのか、聞いても良いか?」

 

「予言の書くらい持ってるよ」

 

「……本来そう当たり前のように言える話ではないのだが、まあ確かに清冷なら持っていても不思議ではないか」

 

「使い勝手悪いけど」

 

 当たり前のようにそんな物を持っていると打ち明けられたが、しかしそれも今更。あれだけ変な本を持っている女なのだからそれくらい持っているよね、と。まあ割りかし達也も自分の価値観が壊されてしまっているのを自覚する。

 ぶっちゃけ、これもこれで達也にとっては危機的案件になりかねないのだが……もうなんか彼女に関しては持っているであろう手札が予想できなさ過ぎて、半分諦めもあったりして。

 

「……今回の九校戦、裏で何かしらの組織が動いているのは明らかだ。恐らくそれの関連だろう。責任を感じる必要はない」

 

「……うん、ありがとう」

 

「それで?もう1つは何の話なんだ?」

 

 

 

「やばい本がある」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 今度こそ達也は、頭を切り替えた。

 

 

「……具体的には?」

 

「私しか処理出来ない、処理しないと大変なことになる。それと完全に魔法の埒外」

 

「……俺にどうしろと?」

 

「手伝って」

 

「……お前な」

 

 達也には分からない。実際のところ詩織がどこまで自分達兄妹のことを知っているのか。もしかしたら自分が軍に所属していることを知っているかもしれないし、知らないのかもしれない。むしろ何にも知らずに、本当に適当なことを言っているのかもしれない。ただ分かるのは……彼女は決して、嘘は言わないということ。

 

「……清冷、お前は俺と軍の関わりを知っているのか?」

 

「?……知らない」

 

「……なら、どうして軍ではなく俺に頼む」

 

「達也が一番強そうだから」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「あとは、一番信用してる」

 

「……それは沈黙から来た後付けか?」

 

「信用してるのは本当」

 

「……そうか」

 

「達也は真面目でシスコンだから」

 

「待て、何故そうなる」

 

「深雪の安全のためなら、絶対協力してくれる」

 

「…………そうだな」

 

 それはその通りだった。

 こんな話を出された以上、達也は詩織に協力する以外に方法はない。そして自分の軍人としての正体を彼女に打ち明けることにもなる。

 だがその程度のことで妹を守ることが出来るのなら、それで十分だった。オカルトという未知から身を守るためには、清冷詩織と手を組む以外に選択肢はない。

 

「一先ず、こんなところで話せる内容でもない。一度話す場を設ける、それまで少し待っていてくれるか?」

 

「うん、分かった」

 

「……ちなみにこの件、どれくらいの余裕があるか分かるか?」

 

「……時間は稼げるけど、後になるほど不味いと思う」

 

「分かった、早めに手配する」

 

「ん」

 

 そうして何事もなくまた歩いていく彼女。間違いなくとんでもない話をしていた筈なのに、彼女は相変わらず彼女のまま。

 達也が軍と深い関係があるということにもそれほど驚かず、どころか興味さえないのか、質問さえして来なかった。きっと彼女にとってはその程度の話でしかないのだ。

 仮に達也が四葉の人間だと知ったところで、あの女は『そうなんだ』程度で終わらせるに決まっている。

 そういう意味では達也も深雪も、彼女とだけは友人関係を深めても良いのかもしれない。将来的にどうなり、どのような立場になるにせよ、オカルトがこの世界に存在する限り、彼女の力を借りる可能性は消えないのだから。……何より相手の事情に踏み入って来ないどころか、興味さえ無いというのは、割りかし好ましい性格だと達也は思った。

 

 

 

 

 

 

「それで……どうかね、九校戦は」

 

「ん……面白いです」

 

「そうかな、あまり興味がないように見えるが」

 

「知ってる人、少ないので」

 

「なるほど」

 

 観覧席にて、それを見る。

 1人の少女と、1人の老人。

 悲しいことに事故は起き、臨時の代役としてモノリス・コードに参加することになってしまった達也たち。そんな彼等の活躍を、詩織は珍しく本を膝の上に置いて見ていた。

 

「君からはどう見えるだろう?」

 

「……魔法と戦闘は知らないです」

 

「専門的な意見を聞いている訳ではないとも、君の個人的な意見を聞きたいだけさ」

 

「……」

 

「これも駄目かな?」

 

 老師と呼ばれるほどにこの魔法界において高名な九島烈ともあろう男が、ただ1人の少女と殆ど対等に話しているというこの事実は。きっと事情を知らない者は誰であっても驚くはずだ。

 

「……魔法は、怖い」

 

「ほう」

 

「私なら、死んでるので」

 

「そうかね」

 

 丁度そこには、達也の近くに着弾した"プリンス"一条将輝の『偏倚解放』。地面に小さなクレーターを作るほどの威力のそれは、確かに詩織が受けていたら死んでいてもおかしくない。そんなものをあれほどに様々な角度から連射されるのだから、手も足も出ずに負けることになるだろう。

 ……まあそもそも詩織が単独で勝てる魔法師など存在しないし、なんなら激しく動くと自分の熱で死亡するという奇妙な生態を持つミユビナマケモノに戦闘力で負ける疑惑もあるほどなので、勝ち負けを議論することさえ烏滸がましくはあるのだが。

 

「でもミユビナマケモノは、頭が280度も回る」

 

「……何の話だったかな」

 

「ミユビナマケモノが天敵を見つける能力はあるのに、それから逃げる能力は無いことについての悲しいお話」

 

「そんな話をしていた記憶は私には無いが……」

 

「ちなみにナマケモノは眼がいい」

 

「聞いていないよ」

 

 そうこうしている間にも、達也が一条将輝を打ち倒した。その過程で凄まじい威力の魔法が身体に直撃し、達也が死んだのではないかと思われたり。そこから何故か殆ど無傷で起き上がったり。まあ色々と変なところはあって、九島烈もそれに目を細めていたりしていたけれど。

 清冷詩織は特にその辺りに驚かない、達也なら大丈夫だろう的な雑な認識である。流石に彼が撃たれた時には頭からミユビナマケモノのことが離れたが、案の定、達也は無事だった。意外にも詩織からの彼への期待というものは、それなりに強い。

 

「……私も多くの人間を見て来た」

 

「?」

 

「この歳になってからは、多くの者が私を敬うようになった」

 

「うん」

 

「私をただの老人扱いをするのは、古い友人以外では君くらいだろう。君にとっては十師族という名前すら意味がない」

 

「……世界の誰もが、対象だから」

 

「対象……?」

 

「世界の全ての本と、世界の全ての人々を、マッチングさせる。前にも言いましたけど、それが私の趣味で仕事で役割」

 

「……差し詰め、君は本と人とのマッチングアドバイザーということかな」

 

「そんな感じ」

 

 そして詩織は、いつものように鞄から一冊の本を取り出す。それは相手が九島烈であっても変わらない。そこに居るのが一般家庭で育った小さな子供でも、行き場のないホームレスであっても変わらない。彼女がすることは、いつどこで誰に対してであっても変わらない。

 

「……さて、今度はどのような本なのだろう」

 

「『溺れるほどの未来を前に逃げ出した私は、今日も惰眠を貪り猫を愛でる』」

 

「……」

 

「……」

 

「……相変わらず、何とも言い難いタイトルだ」

 

 真由美達も最近になって気付いたことではあるが、彼女が紹介する変な本について聞く時、そのタイトルを知った直後に起きるのは大抵の場合は静寂である。つまり反応に困る。なんとも言えない。そしてそれはどうやら老師でさえも同じらしい。

 

「簡単な内容を教えてくれるかな?」

 

「どんな内容だと思う?」

 

「……ふむ。未来から逃げ出した、とある。つまり困難から逃げ出した少女が平凡な生活を満喫しながらも、最後には同じ場所に戻って来てしまう。そんなところがよくありそうな話だが」

 

「分かる、私も最初はそう思った。……でも実はこの本の分類は『ギャグ』、ちゃんと変な本」

 

「…………えぇ」

 

「基本的に展開は読めない。それと作者の頭がおかしい」

 

「君がそこまで言うのは初めて聞いたかな」

 

 詩織が直々に『作者の頭がおかしい』と言うほどの作品である。そしてそれは決して作品が面白くないという訳ではない。そしてそのおかしさもまた、単にイカれているという意味でもない。

 

「例えば主人公の女性は、ある日家に押しかけてきた山賊達に襲われる。どうやって助かったと思う?」

 

「……山賊の方が女性に惚れてしまい、一緒に暮らすようになった。こんなところでどうだろう」

 

「山賊の親分が階段から落ちて性自認が女になる」

 

「……えぇ」

 

「そこからはもう、本当に酷い混沌だった。言葉で言い表すのも勿体無いくらいの有様だったから、是非読んで感じてみて欲しい」

 

「そんな本を私に読ませようとする人間は、古い友人達の中にも居ないだろう……」

 

 まあ要は、全編を通してこんな感じの衝撃が敷き詰められている訳である。一々そんな展開を考えているのなら頭がおかしいし、一々考えなくとも浮かんで来るのなら頭がイカれている。

 タイトルから予想していた展開など1つたりとも当て嵌まらない、それまでの過程から起きる出来事など1つたりとも当たらない。

 

「でも、それが絶対に起きないとは言い切れない」

 

「そうかね、どんな頭の打ち方をしたら性認識が女性になるのか教えて欲しいくらいだが……」

 

「人が隕石で死ぬ確率が160万分の1あるように、どんなことも起きる可能性自体はある。この作品の主人公は、正にそういう0に近い確率を引き続けてるみたいなところがある」

 

「……」

 

「私は本のことは分かるけど、本に携わった人達の全ては分からない。それでも、この作品に込められた想いや願いは分かる」

 

「……その頭のイかれた作者は、何を願っていたんだい?」

 

「作者……」

 

 

 

 

 

 

「仕事やめたい、って」

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……過労で、頭がおかしくなっていたんじゃないかね」

 

「そうかも」

 

 

 

 

 ……さて、そんな風に詩織が勧めたこの本についてであるが、実は後日談がある。それは九島烈が九校戦が終わった後に何気なく見つけてしまった、この本の詳細が纏められている作者による小さなブログが原因であった。

 

 

「……実話だと、言うのか。この全てが」

 

 

 作者曰く、ここに書かれた全ては紛れもない実話であり、自分の友人が体験した話で間違いないと。彼はそう語っていた。

 しかしそれに対して付いていたコメントも、概ね九島烈が感じていたものと同じである。明らかに実話とは思えないような表現描写、仮に実話であったとしたら確率的に恐ろしいことになると言う事実。

 それに対して作者からの反論や説明などは特にない、彼はそんなコメントも無視して淡々と作品の内容について語っている。

 

「……作者の頭が、おかしい」

 

 詩織は確かにそう言った。しかしその"おかしい"とは、果たしてどういった意味合いを持って出された言葉だったのだろう。

 それが実話であると信じ込んでいる狂人という意味でなのか、それともこの作品の内容から売り出し方まで実話であると偽ることまで計算し尽くしていたという意味でのおかしさなのか、それとも……

 

 

『基本的に展開は読めない。それと作者の頭がおかしい』

 

 

 ふと、思い返す。

 清冷詩織が何気なく話していたその言葉。

 

 当初はそれは『こんなものを書いた作者は頭がおかしい』という意味で受け取っていた。しかしこのブログの内容を踏まえた上で改めて思い出してみれば、受け取り方は変わる。

 即ちそれは、この本の展開と作者の頭のおかしさを、わざわざ別々に分けるべき事柄であるということ。つまり本の展開と作者の頭のおかしさには、関連性は存在しないという可能性。

 

「本は実話……であるならば作者は、どういう意味で頭がおかしい……?」

 

 奇妙な点はもう一つある。それは彼女に『作者の』願いを聞いた時だ。この作品に込められた願いは分かると彼女は言っていたが、烈が聞いたのは作者の願いである。そして彼女はそれに対して『作者……』と意外そうな顔で返答をしていた。

 

 ……作品に込められた願いと、作者の願いが違っている可能性がある。

 

「この本の作者は、どの立場の人間なのか……」

 

 考えれば考えるほどに、謎は深まっていく。それこそ、一冊の本をきっかけに何らかの闇へと足を踏み出している感覚がする。

 

「彼女がこの本を私に勧めた理由は……」

 

 

 

 その日から烈の暇潰しは1つ増えた。

 この一冊の本を切り口にした、社会の片隅に潜む小さな闇を暴くために。彼は久しぶりに、それこそ若い頃の気持ちを思い出しながら、のめり込んでしまった。それこそが彼女が自分にこの本を勧めた理由なのだろうと、理解しながらも。それに逆らうということをしなかったのもまた、彼女への信頼の証である。

 

 ……その闇の先に一体何があるというのか。

 

 それを烈が知るのは、もう少し後のことである。


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