独立魔法大隊。新型魔法装備の試験運用を主な任務としているその部隊の幹部達が、こうして一部屋に集まっている。
言葉としてそう表してみれば非常に物騒には聞こえるものの、しかし実際はもう少し柔らかい雰囲気がこの部屋には広がっていた。ただもちろん、話の内容は笑っていられるものばかりではない。
それこそ九校戦を目的としていると思われる無頭龍という組織の動きについてや、軍事機密指定された魔法の話など。どれを取ってもにこやかな笑顔で話せることではない。
……ただし、この話だけは別だった。
「『魔法が世界を騙す技術なのであれば、本は世界を作り出す技術だ』」
「?」
「彼女の言葉だよ。それこそが本の本質なのだと、そう言っていた」
風間少佐からそれとなく出た彼女の話。しかも当然のように面識があるように話すその様子に、達也は素直に驚いていた。
「やはり清冷は軍とも関係があったのですね」
「ああ、だがお前には伝えていなかったな。これに関してはまあ、実際に目にしてみなければ理解出来ない問題故に黙っていた。知らなくとも問題のない話で、知る人間はなるべく少ない方がいいからな」
風間の申し訳なさそうなその様子に、しかし今の達也は頷くしかない。ここ最近だけでも自分はあの女に何度も頭を抱えさせられている、それこそ多少この世界に対する価値観を変えさせられてしまっているくらいに。
そんなものは確かに容易く受け入れられるものでもないし、一度に頭に入れさせられたら流石に処理に困っていただろう。判断の良し悪しはともかく、達也にとってありがたい判断であったことは間違いない。
「彼女に軍が協力をしているのは、そもそもとある事件が発端にある」
「事件、ですか……?」
「オカルト、その絡みの事件だ」
「……!」
思わず少し身を乗り出す。
そうだ、それについて達也は知りたかったのだ。オカルトという存在について、それに関わる清冷詩織という女について。自分が知らないその知識について、達也は知りたかった。
「魔法という技術が確立され、多くの不可思議な現象に論理的な説明を成すことが可能になった。だがそんな現在であっても、それとは全く異なる体系から生じる奇妙な現象が確認されている。……達也、お前も彼女と関わっているのなら少しは理解出来るな?」
「ええ、多少は」
「そういった問題に直面した際、私達に出来るのはその分野に精通した専門家に意見を聞くこと。これは別にオカルトじゃなくてもそうよね」
「……その専門家の1人が、清冷ということですか?」
「簡単な話がそうなる。だから正しくは彼女に俺達が協力して貰っている形だ」
彼女と出会う前であれば、本の専門家と言われてもピンと来なかっただろう。しかし今の達也は、それに納得することが出来る。
彼女を言い表すのに、それ以外の言葉も無いと言えるくらいに。それくらいに彼女は、変な本の専門家だ。
「彼女には不思議な力と言うか、性質があってな」
「というと……?」
「端的に言えば。同じ情報であっても、紙の本とそれ以外の媒体では、得られる情報量に大きな差が生じるというものだ」
「……それは、割とよくある話のように聞こえますが」
「ああ、確かに媒体によって情報の取得難度に差が生じると言うのは世間的によくある話だ。慣れというのもある。……だが彼女の場合、他媒体で70%程度の効率であったものが、紙媒体では340%程度にまで増大する」
「340……?評価基準がイマイチよく分かりませんが、異常ということだけは分かります」
「要は、与えられた情報以上のものを当然のように読み取って来るということだ」
「……!!」
それはつまり、答えとして用意された情報量を100%とした時に、彼女は電子媒体であればそのうちの70%を読み取ることが出来る読解能力がある。それは普通の人間と比べても十分に優秀な方だ、100%などそうそう出るものでもない。何故ならこの測定法では、文章内から確定出来ない様な予測した情報は、間違っていればマイナス評価にもなるからだ。故に基本的には確定した情報を集めて100点に近付けていくというのが主旨。
……となると、340%というのは。
「文章から読み取るなんてレベルじゃない。書いた人間の大凡の生い立ち、性格、それを書くにあたっての感情、状況、元となった経験。バラツキはあれど、確実に文の中には存在しない情報を彼女は読み取れる」
「……紙の本限定で、ということですよね?」
「ああ、だがこれは電子書籍を紙本に印刷し直しても働くことが判明している。若干精度は下がるがな」
「そこまでですか……」
「例えば、私が他国のレポートを入手して、それを製本してから彼女に渡してみたことがあるの。……彼女はそこからでもレポートの書かれた大凡の経緯を言い当てたわ」
「っ!?」
それが340%という異常な数値の正体。
単なる深読みではない、彼女は何らかのオカルト的な才能を持っている。他者の日記を読むだけで、恐らく彼女はその人物の大半を理解することが出来る。そして彼女がこれまでに読んで来た本の冊数は……
「そういう異端の天才だ、彼女は。本という分野において、清冷詩織に勝るものは人で無くとも存在しない。むしろ本の方から、彼女を求めている。私はそういった場面を実際に何度も見た」
「だから私達は彼女を手放せない。……少なくとも彼女が居る限り、本に関する問題に困ることはないんだから」
「それとこの情報もまあ、トップシークレットだ。彼女の安全のためにも、そういう形での協力は頼んでいない」
「……それが、清冷詩織という女の正体ですか」
魔法に関する才能はからっきし、使えるだけマシというレベルの能力しか持っていない。しかし紙本という盤上では最強とも言える存在。
それとなく風間が話した『本の方から求めて来る』という言葉も、恐らくそういうことなのだろう。そうでなければこの時代にエリカが呆然とするほどの量の紙の本が集まる筈もない。
そして恐ろしいのは、紙本という媒体を挟めば、彼女は情報戦において"電子の魔女"とも称される藤林響子とは別方向で同等以上の活躍が見込めるということだ。清冷自身が乗り気ではない故に実現していないとは言え、その能力に関しては達也は本気で警戒する必要がある。自分達の正体を隠すためにも、自分達に関わる情報は絶対に与えてはいけない。それだけは、絶対に。
「……あとはまあ、普通に経済界への影響が強過ぎる。あまり俺達が関わると、そっちの連中からもうるさくてな」
「まあ、そうでしょうね……」
それもあった、完全に忘れていた。
本とは全く関係のないところにも異常要素があったのだった、それこそつい先日FLTの上層部を爆発させた異常が。
「お前のところの株価、すごいことになってたもんな。まだ上がってんだろ?」
「ええ、清冷はまだ気付いていないようでしたが……それが逆に恐ろしいと言いますか、下手に触れることも出来ず」
「すまないな達也、アレだけは本当に理由が分からなかったんだ。本と関係が無さすぎる」
「いえ、それはもう諦めていますので。むしろ清冷にそれほど投資への熱意がないことに感謝しているくらいです」
「本当にな……」
幸い、清冷詩織が投資について行っているのは単純だ。株を買って放置、これだけ。
空売りもしないし、損切りもしない。上がるまで放置しているし、上がっても思い出すまで売ることはしない。これが達也があまり良くない手段を使って調べた彼女の投資方針であった。
「というか、これは最早インサイダー取引に引っ掛かるのでは……何らかの手段で清冷に追随しているような輩の方が」
「まあ、情報流出は起きてないからな……」
「それに別にあの子の家に盗聴器とかあったりする訳じゃないのよ。だから問題があるとしたらその、ね……」
「……そちらの方が悪質なのでは」
一先ず、清冷に関する話はここで打ち切ることにした。流石にその辺りの問題に首を突っ込むつもりは達也には無かったからだ。もちろん聞きたいことは他にも沢山あったが、時間もそれほど多い訳でもなかったから。
だから最後に。
「風間少佐、清冷について知っている人間はどれくらい居るのでしょう」
「……投資、本の蒐集家としてなら名は広い。だが彼女の才能とオカルトに関して言えば、軍以外では彼女が個人的に繋がりのある九島だけだ。もちろん、オカルトに関わったことのある人物達は除くがな」
「……なるほど、ありがとうございました」
ああ、嫌になる。
魔法が存在する社会というだけで精一杯なのに、そこにオカルトまで入り込んで来るとなると。そういったものへの対抗策としても、やはり清冷詩織との関係は今後も良好なままに保っていた方がいいのだろう。
一先ず聞かなければならないのは、彼女のことを自分よりも知っているであろうエリカに対してか。
「「「カンパーイ!!」」」
達也がそうして色々と頭を悩ませている一方で、詩織は特に大したことも考えずフラフラとしていた。それこそ今はフラフラと本を読みながら歩いていたところを捕らえられ、生徒会を中心とした小さな祝賀会に連れて来られてしまっている。
「それにしても……なんだか随分と仲良くなったじゃない?鈴ちゃん」
「!……ええ、まあ、それなりに」
「?」
彼女を見つけてここに連れて来たのは鈴音であり、それこそ詩織は今、彼女の膝の上に乗ってジュースを飲んでいる。相変わらずされるがままだった。
だが鈴音がこうして詩織に積極的に関わるようになったのは、それこそ彼女が自分達とは別方面で世界のために尽力していると知ったからである。こんな小さな身体で、そんな危険なことに首を突っ込んでいると知ってしまえば、少しくらい甘やかしてしまっても仕方がない。
「あ〜、そういえば清冷さん、競技中何処に行っていたのかしら〜?私の勇姿を見てなかったでしょ〜?」
「……?見てた」
「へ?何処で?」
「最上段のガラス張りの部屋から、招待客用の」
「ま、また良いところで見てたんですね……」
「で、でも居なかったわよね!?私マルチスコープでその辺りも探してたわよ!?」
「お前は競技中に何をやっているんだ……」
詩織が嘘を吐くとは考え辛い、しかし事実として真由美は彼女を見つけることが出来なかった。それこそ真由美は最初から招待客用の部屋に居ると睨んで見ていたくらいなのに、偶然トイレに行っていたとも考え辛く……
「……あ、これだ」
「……?その本がどうかしたんですか?」
「『硝子(ガラス)越しの見えない君へ蟹を届ける日』」
「……なぜ蟹?」
「ま、まあいつもの変な本だとして……それがどうしたの?」
さて、この本については以前にエリカの前でも詩織は出している。詩織にとっては常備している大切な本のうちの1冊でもある。そして同時に、これもまた変な本ではなく異常な本だ。珍しく有益な異常性がある、奇妙な本。
「……清冷さん、まさかそれは」
「うん、異常な本」
「異常……?ど、どういうこと鈴ちゃん?」
「清冷さんが持っている本には、変な本と異常な本があるんです」
「そ、それがよく分からないんだが……」
「ちなみに清冷さん、その本はどんな異常性を持っているのかお聞きしても?」
「うん、持ってる人間が硝子やレンズ越しに見えなくなる本」
「「「……え」」」
「それはまた……奇妙な……」
「だから"かくれんぼ"は無敵、部屋の中で寝てるだけで勝てる」
「いえ、別にそんな使い方をしなくても……」
「ま、待って待って待って待って待って!!2人でそんな、サラッと話を進めないで!!まだ私達その事実を受け入れられてないから!!」
真由美のそんな当然のツッコミに周囲の者達もまた同様に頷く。そもそもこの場にいる者達は、兄経由でそれらしきものがあると聞いていた深雪以外は、誰もオカルトの存在を知らないのだ。
それこそ深雪だって、聞いた話は変な夢を見始めるトレーニング本のことだけ。まだ笑い話に出来る範囲なのに、これは笑えない。
「ほ、本当にそんな効果が……」
「うん、だから多分見えなかったんだと思う」
「で、ですが会長のマルチスコープはあらゆる方向から実体物を捉えることの出来る魔法で……」
「そんなの知らない」
「「「………」」」
「うん、まあ、そうよね……」
「まあ、分からないよな。そんなこと……」
オカルトと魔法が掛け合わさった時にどんな結果を齎すのかなんて、流石の詩織でも分かるわけがない。そして知らないことをどうこう言うような性格の女でもない。悲しいことに、この話はここで終わりである。
だって誰にも分からないんだから、仕方ない。
「な、なあ、少しいいか?」
「うん?どうしたの摩利」
「その、だな……実は前々からその……私も、お前の本を気になっていてな」
「!」
「ほら、真由美達は結構借りていただろう?私も、まあ、一度くらい借りてみたいというか」
「任せて」
「早い!なんか微妙に気怠さが吹き飛んだ感じするわ!」
「心なしか嬉しそうですよね、本当に若干の話ですが……」
少なくとも、そういう変な本の話をする時の方が彼女が楽しそうなのは確かなようである。
摩利が恥ずかしそうに打ち明けたその言葉に、詩織は身体を起こそうとして腹筋が足りずに失敗し、鈴音に背中を押して貰って漸く起き上がることに成功した。彼女はやっぱり腹筋さえ1回も出来ないらしい、悲しいことに。
「それでそれで!?今日はどんな本を紹介してくれるのかしら!?」
「ど、どうして真由美が楽しそうなんだ。借りるのは私だぞ」
「だってだって!聞いてるだけでも楽しいんだもの!楽しみにもなるじゃない!」
「そ、それはそうだが……すっかりファンになったな」
まあ生きていてもなかなかこうも面白い人間に出会えることもない、尽きない引き出しを持っている彼女に真由美が夢中になってしまうのも仕方のない話なのかもしれない。それに夢中になっているのは何も真由美だけでも無いのだし、何人か目をそらしたものもここに居る。
「じゃあ、今日はこれ」
「む、どんな本なんだ?」
「『僕の方が先に好きだったのに』」
「………」
「………」
「……恋愛物?」
「うん」
「………」
「………」
「………」
「……辛そう」
もうタイトルが辛い。
「へ、変な本っていうより……見るからに失恋物っぽいのが」
「タイトルだけ見ると、むしろ普通の本みたいな気がするな。どんな内容なんだ?」
「ん、主人公の少年には好きになった幼馴染が居た。彼はずっとその少女のことが好きで、ずっと一緒に遊んでた。たくさん努力して、彼女に相応しい男になるためにずっと努力してきた」
「も、もう胸が痛い……」
タイトルがタイトルなだけに、その先もなんとなく予想出来てしまう。
「ただ、主人公はある日見てしまう。大好きだった彼女が2つ上の先輩とキスをしているところを」
「つ、辛いです……」
「割とありそうな話なのに、どうしてこう……」
「先輩は如何にも遊んでいる風貌で、実際にたくさんの女の子に手を出していた。そのことを主人公は忠告するけど、幼馴染は聞く耳を持たない。むしろそんな主人公に対して激昂する。口も利いてくれなくなる」
「うわぁ、うわぁ……」
「だ、大丈夫よね?逆転勝利はあるのよね?」
「どこまで話したらいいのか悩ましいけど……幼馴染の女の子は妊娠することになる。もちろん相手は主人公じゃない」
「「「「うわぁぁぁああああああ!!!!!」」」」
正に地獄、地獄である。
今日はどんな楽しい変な本が出てくるのかなと思ったら、もうなんかとんでもない本が出て来た。脳を破壊するような酷い本が出て来た。これの何処が変なのか。聞いているだけでも頭を抱えたくなるというのに。
「ちょっと!!ちょっと待って清冷さん!!」
「?」
「これの何処が変な本なの!?ただの失恋系の小説じゃない!いや面白そうというか、先が気になるけど!!けどなんかこう、いつもと毛色が違うって言うか!!」
「会長、これも変な本だよ」
「そ、そうなのか?別にそんな風には……」
「今話したのは、物語の1つだから」
「「「「え"」」」」
「簡単に言えば、短編集。この本の中には、同じようなお話がたくさんある」
「「「「え"」」」」
それはつまり……
「この本は読んだ人間に、恋の愚かしさと、愛の尊さを知って欲しいっていう意図で書かれたもの。男性と女性の両方の視点で、なるべく誰にでも読みやすいように地獄が書かれてる」
「地獄……」
「若い子は火遊びにハマりがち、そしてその結果として人生そのものを壊してしまうこともある。でも、そういう子達ほど人の話を聞いてはくれない。自分だけは大丈夫だって、相手はそんな人じゃないって、そう思い込もうとする」
「………」
「この本は、そんな人達の目を覚まさせるためだけに作られた。本当にそれだけのために、文章どころか言葉の1つ1つにさえ気を配ってある。漢字を読めない子のために"ふりがな"も振ってあるし、なるべく難しい単語も出て来ない」
「それは、また……」
「著者自身も、恋愛で酷い目に遭ってる。同じ境遇の人を増やさないために、自費出版までした。……それとここに書かれてる物語は全部実話。著者が風俗で働いている女性から成功した社会人まで、18年を掛けて集めた中から選りすぐった」
「……」
「あの時にもし彼女を引き止めることが出来ていたら。もしもっと彼のことを見ることが出来ていたら。あの時に戻って自分の目を覚まさせたい。……この本にはそんな沢山の人達の切ない願いと後悔が詰まってる」
「……それが、変な本なの?」
「読むと分かる、他の本とは違うって。それくらいに本そのものが、読み手に対して訴えかけてくる。……文章でも、物語でもなく、その衝動こそが普通じゃない。だから変なのはきっと、著者の執念と、後悔の度合いだと思う」
「「「………」」」
"僕の方が先に好きだったのに"
その後に続く言葉は、きっとそれぞれだ。
好きだったはずなのに。
今は好きではないのか。
本当に好きならどうして。
そんな辛い葛藤、今も抱え続けている彼等彼女等の深い悲しみと後悔。当事者である者達の憎悪と怒り。そしてそれ等を18年以上も受け続けた著者が、自らの全てを賭けてでも必ず変えてみせると何もかもを詰め込んだ負の感情の結晶。
それがこの本だった。
そんな変な本が、これだった。
「……ところで清冷、どうしてこれを私に?私はその、一応そんなに酷い恋愛をしているつもりはないんだが」
「なんかそんな恋愛相談を受けてそうだったから」
「確かに……」
「……否定は出来ないが」
なお、詩織が摩利にこれを勧めた理由はあまりにも適当である。
「ちなみに、これは売れたのですか……?」
「まだ売られてない、来月正式に販売開始される。もちろん基本は電子版だけど、お願いして紙でも売ってもらえるようになった」
「……お願い、して?」
「自費出版の予定だったけど、紙本でも売ることを条件に出資したから。広告業者とか、大手の出版社も巻き込んで、宣伝も大きく」
「まさかの清冷さんがガッツリ関わってた!?」
「そ、そんなこともしているんですね……」
だからこの話のオチとして。
借金をしてまでも小さな出版社に頼み込んで、まともな宣伝も得る事が出来ずに細々と売り出すことになってしまった寂しい中年男性など何処にも居らず。
本が大好きな少女の目に留まり、18年越しの夢と、出会った人々の悲願を叶える事が出来た新人作家が生まれたと言う結果が現実だ。
これはそういう、喜ばしい話なのだ。
「この本はきっと、たくさんの人が出会うべき物だから。そのためなら私はどんな支援だってする」
「清冷さん……」
「それが私の役目で、仕事で、趣味だから」
出会うべき人と本を引き合わせる。
ただそれだけのために、清冷詩織は生きていた。
「……それで摩利、実際読んでみてどうだった?」
「泣き過ぎて吐いた」
「そ、そんなに……」
「すごく良い本で、強く人に勧めたいものではあるんだが……もう二度と自分では読みたくない」
本を一冊読み切るのに2週間掛けたのは、渡辺摩利にとって初めての経験だったと言う。この後の怪我をしていた期間も含めてそれなのだから、それはもう本当に長い道のりだったとか。