「……何も起きなかったな」
「いえ、お兄様。何かは確実に起きましたよ?」
ここは富士演習場のホテル。
九校戦に備え第一高校の生徒達が滞在するホテルに着いて少し。バスから荷物の運び出しが行われているそんな中で、いつもの兄妹は寄り添い合いながらも仕事をしていた。
そんな中で飛び出したのが、兄の冗談とも取れない様なそんな言葉。
「まあ、確かにさっきの車は事故ではなく、意図的な自爆攻撃ではあったが」
「それは容易く流しても良い話題ではありませんね。お兄様が手を貸して下さらなければ、今頃一体どうなっていたことか……」
ここに来るまでの間に、深雪達が乗っていたバスに襲い掛かったトラブル。対向車が突然跳ね、火だるまになって突っ込んで来たそれだ。
幸いにも主要な生徒の冷静な判断と、達也がサイオンの嵐を吹き飛ばしたことで事なきを得たが、そうでなければ死人が出ていてもおかしくはなかった出来事である。しかもそれが事故ではなく攻撃であるとするのなら、少しだって笑っていられる話ではない。
「いや、すまない。流石にあれを瑣末な出来事だとは言うつもりはない。ただ……」
「?」
「いつも気が付けば事態を余計に引っ掻き回していた奴が居ないからな。あれだけのことがあったとは言え、妙に落ち着いているところがあるんだ」
「……事態を予測し易いから、でしょうか?」
「そうかもしれない。今回の件も不測の事態とは言え、対処は容易かった。……もしかすれば高速道路を狼に乗って走って来ているのではないかとも思ったが、そういうことも無かった」
「お兄様は意外と清冷さんのことが苦手なのですね」
「気配が読み取れない上に、行動が予測出来ない。苦手になるのも仕方ないだろう。それに警戒もしている。あいつがその気になれば、俺の目を盗んで深雪に害をなすことも出来るからな」
「害……」
「……有害図書を勧める、とかか」
「小さいですね……」
「まあ、あれの持っている有害図書には本当に有害なものもある。一応その辺りは警戒すべきだ」
それから達也は何故かもうこの場に来ていたエリカと出会い、仕事のために深雪と別れたりもしたが、実は最近になって達也の中で清冷詩織に対する警戒度が高くなっているということは、ずっと誰にも言うことなく心の中に秘めている事実である。
荷物を指定された位置まで運びながらも、単純作業の片手間、改めてその件について思考を巡らせる。
(何らかの理由で清冷詩織と敵対した場合……)
達也は常に様々な脅威に対して警戒しており、僅かでも可能性があるのならば事前に思考を巡らせ、その突破法を可能な限り組み立ている。それはこの魔法世界で僅かでも戦場に身を置いていた者としては当然の癖であり、妹を守るためには必要な行動だったからだ。
(清冷詩織を対処するのは容易い、それは間違いない)
魔法力がない、脅威となる魔法もない。
特殊な魔法を持っているが、それだって大したものではない。彼女がFLTにCADの調整を正式に依頼して来れば、その魔法の詳細だって知ることは出来るであろうし、単純な魔法戦闘で達也が彼女に負ける可能性は僅かでさえも存在しないだろう。これは慢心でもなんでもなく、純然たる事実であり、達也が自分の眼で見て判断したことだ。
(故に問題は……"本気の"清冷詩織と対峙することになった場合)
本気の清冷詩織。
つまり、あらゆる環境が彼女に有利に働き、且つ彼女にとって最も有利な環境で、彼女と対峙した場合の仮定。
(勝てるのか?……いや、勝ったところで無事で済むのか?)
清冷詩織にとって最も有利な環境、それは彼女の自宅以外にはないだろう。いや、正しくは彼女が彼女の集めた本達に囲まれている状況だ。つまり彼女が自分の書庫にいる際に、果たして達也はあの少女に無事に勝てるのかという話。
(清冷詩織は本に対する理解度が高過ぎる。レオに貸したあのトレーニング本も、今ではあるべき場所に収まったかの様にレオの鞄の中に入っている。……最初から全て知っていたのではないか?それを承知でレオに貸したのではないか?)
清冷詩織は、異常な性質を持つ本についても完全に熟知しているのではないか?
そう思えてならない。
それがもし間違いでないのならば。
そしてもし、より異常性の強い本がこの世に存在し、それを複数彼女が所持しているということがあるのなら……
それを利用して、彼女は魔法という体系から外れた、異常な力を行使出来るということではないだろうか?
投資の異常な的中率も、その力の副産物であったとするならば、多少は頷くことも出来る。
魔法ではなく、世間で言うオカルトによる力。
これをフル活用している相手は、間違いなく未知。達也の力を使えば先手を取った時点で勝利は確定するが、しかし逆に後手に回ってしまった場合、自己修復術式が正常に作動する確証も無く、仮に勝利出来たとして、レオに付き纏う様になったあの本の様な、決して治癒することのない後遺症を患ってしまうことになるかもしれない。
(憶測に憶測を重ねた、殆ど妄想に近い思考だ。ここまで組み立てておいて、実際には清冷自身も制御出来ておらず、取り敢えず1つの部屋に詰め込んでいる……というのが有り得そうな話だろう)
これまでのパターンからすれば、そうなる。しかし彼女の知識量と蔵書量を考えれば、数冊程度ならばそうして異常性を自由に扱える本があっても決しておかしくない。
(むしろ日頃から10冊程度の本を持ち歩いていることを考えるに、そのうちの数冊はそういった"護身用"のものなのではないか?知れば知るほどに異常なあいつが、下校時にペットを迎えに1人で歩いている間、毎日何事もなく居られる筈がない)
清冷詩織に力がないから見過ごしていた。
清冷詩織に動機がないから見過ごしていた。
しかし関わるほどに、前者の前提が覆る可能性が高くなっている。少なくとも経済的な話で言えば、彼女は既に力と呼べるものを持っており、それは使い方次第では達也を脅かすことにもなるだろう。
ならば先ずは識らなければならないし、その上で対策を講じなければならない。敵対する可能性の一切を排除し、敵対した際に有効な手段を用意しておかなければならない。仮にその全てが妄想に過ぎず、今日まで積み上げたこの思考が全くの無駄に終わってしまったとしても。
……彼女が管理している異常な本達は間違いなく今もこの世界に存在しており、たとえ本の管理を丸投げにしていたとしても、彼女が考案したであろう本の"管理方法"自体は有効に作用しているのだから。
達也は決してこれが考え過ぎであるとは、欠片程も思ってはいない。
一方その頃、同ホテルの別の場所。
「……市原先輩?」
「……?清冷さん?」
バスの誘導と、荷物の積み下ろし。
それ等の指示を終えて漸く一息をついた生徒会会計の市原鈴音の元に、彼女は現れた。
普段とは違う白と黒の意外にもしっかりとしたフォーマルな私服姿で、一冊の本を抱き抱え、その後ろには1人……鞄を持ったメイド姿の女性を侍らせながら。
「なにしてるの?」
「なにと言いますか……清冷さんこそ何故ここに?一高の観戦だとしても、開会式は明後日の筈です」
「……取引?」
「取引……ですか?」
「うん。探して貰ってた本が見つかって、予定より先に来た」
「なるほど……」
そうして小さく自分の抱えている本を指差す詩織。市原は一旦自分のこの後の予定を確認した後、彼女を近くの自販機の方へ誘う。
どうせ少し休憩を取るつもりであったのだから、それを後輩との交友の場に使っても問題ないだろうと考えたからだ。
……ただ問題が一つあるとすれば。
「清冷さん、彼女は?」
「文枝(ふみえ)、うちのメイド長。主人より目立つのは悪いことだって思ってるから、あんまり構わないであげて」
「………」
詩織の言う通り、言葉一つ話すことなく頭だけを深々と下げる彼女。年齢は20の後半といったところだろうか。詩織がそんな命令を誰かに下すところは想像出来ないので、どうも彼女が言う通りの信念があるらしい。
とは言え、自分付きのメイドが居るという事実には市原も素直に驚きが隠せず、しかし言われた通りに同じように頭だけ下げ、気にしないように努力をする。
そもそも現代での紙本集めなど、金持ちの道楽のようなものだ。実際は道楽どころか人生であるとしても、付き人がいるというのは何ら不思議な話でもない。
必要はないと分かっていても、先輩として市原は飲み物を奢り、近くにあったベンチに並んで腰掛ける。次の予定まで1時間弱、余裕はある。
「それも所謂、おかしな本なのですか?」
「ん?……うん、異常な本。手書きだから、世界に一冊しかない」
「それほど貴重な品……しかし、状態はかなり綺麗ですね。その割には保存方法が粗雑なようですが」
「うん、無事に見つかって良かった。探すのに苦労したから」
「それは少し気になりますね」
市原は普段から紙ではなくとも多くの文章を読んでいるし、自分自身でも書いているほどには勉学に努めている優等生。清冷の話を真由美の横で聞いていることの多かった彼女であるが、語られる様々な本達に全く興味がなかったかと問われれば、むしろ帰宅してから自分で再度調べるくらいには興味があった。
故にあの清冷がそこまでして探し出し、今もこうして大事そうに抱えているそれに、興味を抱かない筈もない。
……しかし、珍しく。
そう、珍しく。
その興味を拒んだのは、清冷の方だった。
「これは貸せない、触るのも駄目」
「!……いえ、その、流石にそれほど貴重な一冊を貸して欲しいとは言いませんよ」
「違う、貸さないんじゃない。貸せない」
「どういうことですか?」
見たこともないほどに真剣な顔。
自分よりも小さい彼女から、今は圧のようなものを感じてすらいる。
貸さないのではなく、貸せない。
何らかの理由で、貸せない。
「これは変な本じゃない、"異常な本"だから」
「っ」
そこで市原は、以前に生徒会室で達也からメンバー全員に聞かされた話を思い出す。
清冷詩織から本を借りる際には、必ずそれがどういった代物なのかを聞いてからでなければならないと。なぜなら彼女が持つ本の中には、オカルト的な本があるかららしい。
……ということは。
「……その本について、話を聞くことくらいは可能ですか?」
「……うん、それなら大丈夫」
そう言って詩織がメイドの方に顔を向けると、彼女は鞄の中からガラス製のケースと一冊の本を取り出した。詩織はそれまで自身が持っていたそれと、手渡された一冊を重ねて、ガラスケースの中へと仕舞い込む。訳の分からないその手順、しかしそれにも意味があるらしい。
「これは18世紀の初め頃に、ヨーロッパのとある貧民街で見つかった一冊。題名は"人喰らいのタリスマン"、著者も作成時期も分かってない」
「人喰らいのタリスマン……400年以上前の代物ということですか」
「そう」
「ですがそれ程の物となると……多少の劣化はしていそうなものですが」
「しない、異常だから」
「………」
赤黒い皮の表紙、しかし題名はそこには書かれていない。それでも紙の品質は決して悪い物ではなく、むしろこれまで詩織が持ってきていた他の本の方がもっと悪いものがあったくらい。
「……その表紙が人間の皮で出来ていて、死肉を使って劣化を修復する。とかですか?」
いつかどこかで聞いたことのあるそんなオカルト的な話を、市原は出してみる。タイトルから考えて、そんな想像が出来てしまったからだ。そうであれば、詩織が触らせることもしなかった理由に納得もいく。しかしどうやらそれは外れていたらしく、詩織は静かに首を振る。
「これは何かを喰らう必要はない。繋がっているから、有り続けてる」
「繋がっている、というと……」
「異常な存在と、リンクしてる。同じ物を知ってる。繋がっている本は、何の理由や痕跡もなく、劣化しない」
人を喰わない。
異常を起こさない。
ただそこに有り続ける。
形を保ち、存在する。
それが異常、それが前兆。
そしてその先に起きることを知っているからこそ、清冷詩織は集めている。
「……仮にその話が本当だとして、一体何と繋がっているのですか?」
「分からない。それを調べるために、探してた。……でも大抵は、ロクな目的じゃない」
「どんな危険が?」
「大妖怪を復活させるとか、天使を呼び出すとか、外神と邂逅するとか……」
「あまりに非現実的な話ですね……」
「そんなことを本気で考えてる様な頭のおかしい人間と、この本は繋がってる」
「……!」
そこで漸く、市原鈴音は清冷の言っている危険性を認識する。
「私も初めて見た、400年も残ってる物。それはつまり、400年以上生きてる異常な人間が、まだ居るってこと。……そしてその人間は、この本を通じて今もこっちの世界を覗き見ている」
「い、いったい何が目的で……!!」
「それも分からない、それを調べるために探してた。これから分かるかもしれない」
「それは清冷さんも危険なのでは……!」
「うん……でも、本を媒体にしている条件下なら、負けない。それに私がしてるのは、精々足止めくらいだから」
その言葉に、鈴音は再度彼女がガラスケースの中に閉じ込めたもう一冊の方へと目を向ける。そう言えば彼女はその本を持っていた時、まるで隠すようにずっと自分の胸の中に抱いていたし、そうして胸にくっ付けていた側を、今は別の本で塞いで閉じ込めている。単純な想像でしかないが、この事から考えられるのは……
「……目が、あるんですか?」
「うん、模様だけど」
「だとすると、そちらの青い本は……」
「"淡い夢が覚めたなら"、こっちには穴がある。本の中に出て来る花畑の仮想世界を、その穴を通じて見ることが出来る」
「……つまり、それも異常な本なのですね」
「可愛い方、害もないから。一先ずこの一冊の封じ込めはこれでいい。調査が終わったら、この状態で地下に封印する。複製品の存在も調査してるけど、そっちは芳しくない」
「なんでしょう……話が現実離れし過ぎていて、飲み込むのにもう少し時間が必要なようです」
あの清冷詩織が言うのであれば、それは真実なのだろう。そして清冷詩織は、過去にも同様の案件に関わっているということは間違いない。
……基本的に本を読んでいたい彼女が、予定を前倒ししてまで乗り込んできた。それは単に欲しい本が手に入ったからという理由だと思っていたが、もしかすれば違ったのかもしれない。
「……その、どうしてこの場所で取引を行う必要があったのですか?」
「九島老師と協力してるから、直ぐに対処するのも契約のうち」
「っ、九島閣下も関わっているのですか……!?」
「400年も生きてる異常者は、魔法界にとっても十分脅威になり得る。それに万が一だけは、絶対に避けないといけない」
「……大妖怪の復活、という話ですね」
「魔法の技術で精霊や情報生命体に触れている時点で、馬鹿に出来る話じゃない。本物の神や天使じゃなくても、それに相応する何かが出て来る可能性はある」
魔法に関する技術や現象で、それが出て来てしまえば、清冷詩織ではどうにもならない。その時には軍や十師族、そして達也の様な人間が対処することになる。
しかし一方で、本に関係する現象でそれが出て来ようとしているのならば、対処するのは専門家である清冷詩織に他ならない。否、対処出来る人間が他に居ない。
「……魔法という存在が発見されて100年余り。未だに解決されていない問題や、解明されていない謎はありつつも、これ以上のことはないと思っていました」
「理由や原因のない不思議なことも、意外とたくさんある」
「清冷さんがやらないといけないんですか?」
「本を知って、本を集めて。出会うべき人の元へ届けて、出会うべきでない人達から遠ざける。……それが私の使命で、仕事で、趣味」
「危険、なんですよね」
「他に出来る人、居ないから。それに、そんなに頻繁にあることじゃない」
果たして、彼女のこの話を知っている人間が、一体どのくらい居るのだろうか。もしかすれば真由美も含めて、自分以外には誰も知らないのではないかと鈴音は思う。
そしてこんな話を何故自分なんかにしたのかと問うたところで、彼女は聞かれたからだと、話の流れで自然にと、まあそんなことを言うのだろう。彼女はそう言う人間だ。聞けば教えてくれる。
けれどそれでも、聞いてしまった以上は、何かをしなければならないと思ってしまうのも人間の性。
「……私に、何か手伝えることは」
「ない」
「……」
「市原先輩も、自分のすべき事をしないといけない」
「ですが……」
「本だけで解決出来なくなったら、お願いする」
「…………」
「そういう約束だから、全部」
「約束……」
「本がないと、何も出来ない。だから九校戦とか、テロとか、戦争とか、研究とか、政治とかは……お願いします」
紙の本という、今や凄まじく狭くなってしまった範囲の中でしか、清冷詩織は動けない。だからもし、この問題が本という世界から逸脱し、鈴音が関与している世界にまで広がって来たのならば、その時に彼女が対処すればいい。これはただそれだけの話。詩織は自分の範囲に広がって来たそれを、ただ当然のように処理しているだけ。自分の範囲から消えてくれるのなら、それ以上に追い掛けるつもりもない。
「……楽しい空気じゃなくなっちゃったから、これ」
「!……貸して頂けるのですか?」
「うん、おすすめ」
「内容を聞いても?」
「大丈夫」
深刻になってしまった空気を変えるために、詩織は鈴音に対して一冊の本を手渡した。詩織から鈴音に直接貸し出される、初めての本。友愛の証。他の誰でもなく、鈴音に対しておすすめしたい、その一冊。
タイトルは……
「『県議会議員を18年務めたベテランが語る、美味しい焼き芋の作り方。あと火災保険のススメ』」
「それ、焚火で燃えてるのでは……」
間違いない。
「あら……なぁにリンちゃん、紙の本を読んでるなんて珍しいわね」
「ええ、清冷さんに貸して頂いたんです」
「え、そうなの!?題名は!?」
「『県議会議員を18年務めたベテランが語る、美味しい焼き芋の作り方。あと火災保険のススメ』」
「……それ、焼芋作りで家燃えてるわよね?」
「ええ、燃えてます」
「お、面白いの……?」
「ええ、とても」
「お、面白いんだ……」
「………」
「………」
「……ど、どんな内容なの?」
「著者の男性が田舎の農村で次男坊として生まれ、そこから紆余曲折ありながら県議会議員まで上り詰めます」
「ふむふむ」
「昔とは違い、食べる物にも苦労をしなくなった。接待や会議で高級な料亭で食事をすることが増え、自分の舌もそういった味に慣れてきたと感じ始めるんです」
「ほうほう」
「しかしある日、田舎の兄から数個のサツマイモが届きます。最初は普段食べる物とは違い貧相なそれに少し眉を顰めるのですが、それでも家族が作った物。1本くらいは食べなければと、彼は唯一知っている調理方法を15年振りに試してみました」
「そ、それが焼芋なのね」
「家が燃えました」
「酷過ぎる」
「よくよく考えてみれば、いつも火の管理は兄や母がしてくれていたので、彼には自分一人で焼芋を作った経験がなかったのです」
「典型的な末っ子」
「火災保険にも入っていませんでした」
「どうしてそこ抜いちゃうの」
「出来上がった焼芋は、少し苦い味がしたそうです」
「それは涙?焦げてるだけ?どっちもよね?」
「……とまあ、私はまだここまでしか読めていません。しかしこの作品は至るところに周囲の人間が密かに彼を手助けしている描写があることから、自分の今の立場が自分だけの力で手に入ったものではないと、彼に気付かせる実談なのではないかと思うのです」
「へぇ、結構いい話なのね」
「……ただ」
「ん?」
「いえ、これはついさっき思い出したのですが……そういえば数年前に、国会議員の1人が焼芋を作ろうとして庁舎に引火させた事件があったのを思い出しまして」
「あっ……」
「同一人物でなければいいのですが……」
「……この本には、著者がこの先、全く成長しない可能性も残されてるのね」
「そこも含めて、ここから先を読むのに妙な緊張感を抱えているんです」
「これ、どういう意味で"おかしな本"なのかしら……」
「ここまでが至って普通に良い話が続いているだけに……一体どんなどんでん返しがあるのか」
読み終わるまで"おかしな"場所に気付けない。
そういうパターンも、ある。