魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【ただ"あなた"だけの側に】

その日、詩織はエリカと共に食堂で昼食を取っていた。

九校戦が近づいて来たこともあり世間は慌ただしく、そんな人波に押されて一時的に行方不明になっていた彼女をエリカがなんとか見つけ出したことによって、他のクラスメイト達より食事時間が遅れてしまったことが2人きりの原因だ。

ちなみに彼女はもう本当にエリカは全く理解出来ないのだが、見つけた時には屋上へ続く階段付近にあった古い掃除用具入れの中で逆さまになっていた。箒や何やらに綺麗に引っかかってその姿勢になって静止していた彼女を見た時は、思わずそういう芸術か何かかと思ったほど。そんな所にまで人波が押し寄せるはずがないというのに、何故そんな場所に居たのか。これが分からない。

 

「そういえば詩織、あんた九校戦どうするの?」

 

「……どうする?」

 

「いや、ほら、見に行くとか行かないとか。どうせ深雪達は出るんでしょうし、達也くんだって選ばれる可能性はあるじゃない?」

 

「観戦したいの?」

 

「そうそう、だから今色々掛け合ってるんだけど……見たいならついでに巻き込んであげるわよ?いらない?」

 

「……いい」

 

「あらそう、残念」

 

何故彼女が掃除用具入れの中に居たのかなんて聞いたとしても彼女自身分からないに決まっているので話を変えてみるが、どうもこの話もハズレだったらしい。

まあよくよく考えてみればこの子が貴重な本を読む時間を潰してまでイベントごとを観に来るとは考え難い。それこそ九校戦は長い、泊まり込みは必須だ。毎日10冊程度の違う本を持って来てまで読んでいる彼女からすれば、本を取り替えれないというのは相当なストレスなのだろう。無理強いは出来ない。

 

「もう招待されてるから大丈夫」

 

「そう、しょうた……は?招待?」

 

しかし話は思わぬ方向にぶっ飛んでいった。

 

「え、招待って……え?誰に?」

 

「九島さん」

 

「九島って……は!?九島ってあの九島!?十師族の!?」

 

「そう」

 

「なんで!?あんたそんなコネ持ってたの!?」

 

「うん、魔法師の権利保護団体に間違えて30億寄付した時に……」

 

「どんな間違い!?!?」

 

ズズズッとお茶を啜る詩織。

ただそんな話を聞かされたエリカはたまったものではない。嘘じゃないだろう、こいつは嘘はつかない。しかし、しかし30億の寄付とは一体何事なのか。そりゃ突然30億も寄付金が来たら権利団体だって心配になるし怖くもなるし、関係のある十師族に相談もするだろう。

それにどうせこいつのことだ、30億を間違えて寄付してしまったあとも『ま、いいか』といった具合に何のアプローチもしていなかったに決まっている。そんなのいくら九島さんだって挨拶の一つや二つしに来るだろうし、むしろ警戒してしまうくらいだろう。直接会いに来たりもしてしまうかもしれない。相手の素性を知るためにも。その素性がこんなんなのだから、拍子抜けも程があるという具合だったに違いないだろうが。

 

「っていうか、どんだけ金あったのよあんた……」

 

「流石に大変だった、ほんとに一文なし」

 

「……ちなみに、そこからどうやって立て直したわけ?」

 

「宝くじが当たってた、歩いてた時に本の栞として買ってたやつ」

 

「ふざけてんのか!!」

 

神は不平等である。

何が起きたらそんなポンポン大金が出入りするのか……

エリカは思わず昼のデザート代にすら躊躇っている自分を嘆いた。世の中は魔法力ではない、金である。いつの世も金、金、金、金……金があれば目の前の詩織のように何の躊躇いもなく好きなだけデザートを……というか、何故こいつは昼食代わりにケーキをお腹いっぱい食べているのか?エリカにはもう何も分からない。

 

「ん?それなら別に変に掛け合わなくても詩織に頼めば連れてって貰えばいいんじゃないの……?」

 

「招待された分の部屋しかないから全員は難しい、九校戦にはお金出してないし」

 

「その辺のホテルにコネがあったりしないわけ?」

 

「……分かんない」

 

「え、なに分かんないって」

 

「どこに投資してるとか、覚えてないから」

 

「……つくづく世の中って不公平よね。いや、あんたみたいな人間だからこそってのもあるんだろうけどさ」

 

そのお金をしっかりと世の中のために使って回しているのだから、まだマシな方だろう。本人すら把握していないほど意味の分からない所に使いまくっているせいで、その評価を出来る人間がこの世界に存在しないというのが残念だが。

 

「……って事があったのよ、達也くん」

 

「それは……凄まじいな、本当に」

 

そして時間は放課後に飛ぶ。

今日は美月に連れられて帰って行った詩織、このまま普段通りスクールまで愛犬(狼)を迎えに行くのだろう。しかしエリカからそんな話を聞いた達也は困惑と同時に動揺すらしていた。事前に九重八雲から彼女が投資界隈では有名な人物であるとは聞いていたが、まさか九島と関わりを持つ程とは思っていなかったからだ。

……もしかすれば彼女は九島側の人間なのではないか、そんな想像も頭を過ぎる。そして過って滑り落ちて行った。想像出来るのだ。九島側から美味しい話を持ち掛けられて、首を傾げて白狼の背に乗って本を読みながら走り去っていく彼女の姿が。あれは一つの家で支配出来る様な存在ではない、多分監禁しても5秒目を離したら居なくなっている。そういう妖怪か何かだと最近の達也は感じていた。

 

「にしても、達也くんはやっぱり九校戦に関わるのね。エンジニアってのは想像してなかったけど」

 

「まあな。しかし清冷の話と比べると衝撃度が劣るだろう、所詮は機械弄りが得意なだけだ」

 

「むしろあの子に話のネタでどう勝てって言うのよ、レオが裸でグラウンド走り回っても勝てないわよ?」

 

「誰がそんなことするか」

 

「痛っ!?」

 

エリカの冗談に振り下ろされる手刀。

教室で帰り支度をしている所に、丁度タイミング良くレオも戻って来ていた。荷物を担ぎ、頭を押さえて睨み付けてくるエリカをいなす彼。

しかしその時、エリカと達也は彼が意外な物を持っていることに気が付く。

 

「……どうしたのよあんた、本なんか持って。似合わないわよ」

 

「あん?もう1発いくか?」

 

「いらないわよ」

 

「清冷から借りたのか?」

 

「ああ、居たなら返そうと思ったんだが……」

 

それからレオは経緯を話し始める。

彼の手の中にあるその本のタイトルは『テトラポットの夢を見たい時に実践すべき98のトレーニング』というものだった。

 

……いや、まだ、まだ突っ込むのは早い。

とにかく彼がその本をどうして持っているのかと言われれば、数日ほど前に移動教室の際に詩織から借りていたからである。

『なんか良いトレーニングとか知らないか?』なんて話の種として投げかけたところ、手渡されたのがこの本だった。

 

『……なんの本なんだ、これ?』

 

「『テトラポットの夢を見たい時に実践すべき98のトレーニング』」

 

『つまり、筋トレ本か?』

 

『そんな感じ』

 

『……効くのか?』

 

『知らない、腹筋出来ない』

 

『お前それは……一緒にやるか?』

 

『やらない』

 

『即答かよ、少しは鍛えた方がいいぜ』

 

『運動きらい……』

 

『嫌いなのは分かったけどよ、移動教室くらい自分で歩け』

 

『………』

 

 

 

「って訳だ」

 

「……どういう訳だ?」

 

「つまりこいつが詩織を背負って体の感触を楽しんでたってことでしょ、このロリコン」

 

「ざけんな、そんな趣味はねぇ」

 

移動教室すら面倒臭がる詩織が達也やレオを見つけると、これ幸いと背負えと言ってくるのはこのクラスではもう有名な話だ。どうやら彼はその際にこの本を借りていたらしい。

 

『テトラポットの夢を見たい時に実践すべき98のトレーニング』

 

……まあ、この本のタイトルを見た時点で持ち主が誰なのかは最早言うまでもなかったことではあった。しかし今日も今日とて強烈なタイトル。机の上に置かれたそれを前に、エリカも達也も何から言葉を発すればいいのか分からない。いったい何処から突っ込めばいいのか分からない。なんだこれは、本当になんの本なのだ。いや、なんの本なのかはもうそのまま書かれてはいるのだけど。

 

「レオ、あんたこれ試したの?」

 

「まあ、一応な。図解とかされてたし」

 

「トレーニング法が98もあったのか……?」

 

「あったんだよ、本気で。だからテトラポット云々は置いといても、筋トレ本としては結構良かったぜ?勉強になった」

 

「『馬鹿でも分かるトレーニング』ってタイトルの方が良かったんじゃないかしら?」

 

「しかし、確かにこれは分かりやすいな」

 

「だろ?」

 

写真、図解、文章。

どれをとっても分かりやすい。

なるほどこれならレオが絶賛するのも頷ける、これまでの様な小説や物語とは違うが本として非常に価値のあるものだ。彼女はこういうパターンも持っているらしい。

 

「……まあ、別にあの子は"小説しか読まない"って訳でもないし」

 

「どちらかと言えば"変な本を好んで読んでいる"という方が正しいだろう」

 

「まあ、変な本って言えば変な本だったな。これ読みながらトレーニングして寝ると、マジでテトラポットが夢に出てくるし」

 

「「は?」」

 

思わずエリカと達也の声が揃う。

 

……いや、まあ確かに、確かにタイトルにはそう書かれている。しかしまさか本当にその現象が現実になるとは誰が思うものか。だって達也が見た限りでは、中に書かれているものは普通のトレーニングと変わらないものも多い訳で。

 

「いやいや、流石にそれはないでしょ。あんたの頭が単純でそう思い込んでるだけだから」

 

「だったら試してみろよ、しっかり読まなくても書いてあるトレーニングしてるだけで出てくるから」

 

「……いや、待てレオ。この中には普通の腹筋や腕立て伏せなんかも入っている。それ等をしても出て来るのか?」

 

「ん?ああ、出て来るな。まあ寝付きと寝起きが良いから気にしてないけどよ」

 

「なにそれ怖っ……具体的にどんな夢なのよ」

 

「滅茶苦茶綺麗な海で浮いてたり、テトラポットに座って水平線眺めてたり、とかか?昨日は延々と泳ぎまくってたな。塩気もないし、呼吸が苦しいとかもない、毎朝気分よく起きれるぜ?」

 

そう嬉しそうに語るレオに対して、エリカと達也が感じたのは単純に恐怖である。この本を見ただけで普通の腹筋や腕立て伏せに対しても"その夜にテトラポットが出て来る夢を見る"という現象が付与される……見方を変えればそれは殆ど呪いの様なものだ。しかも既にパラパラとその中身を見てしまった2人は、レオと同じように"感染"してしまっていると言ってもいいだろう。

 

「………」

 

達也がいつもの様に端末でその本について調べ始める。巻末を見れば販売されたのは3年ほど前、これまで彼女が紹介して来たもの達と比べればかなり新しめのものだ。

紙の本が販売されているというのは珍しいし、内容も内容、タイトルもタイトル、仮に有名でなくとも掲示板やSNS等で話に上がっていてもおかしくない。そう思ったのだ。……思ったのだが。

 

「……ない」

 

「え、なにがないの達也くん?」

 

「この本の情報が何処にもない、それこそ出版社の情報さえも」

 

「は?なんだよそれ、結構新しい本だぜ?」

 

「掲示板や複数のSNSを使って調べてみたが、話題どころか目撃情報すら存在しなかった。こんな題名の本だ、見つければ写真を上げる人間が居てもおかしくない。その辺りの店舗でさえも話題性のために持ち上げることはあるだろう」

 

「……けど、それがない」

 

「ないってことは……どういうことだ?」

 

どういうことか。

そんなのはもう達也の方が聞きたい。

魔法的な遺物かと思えばそういう訳でもなく、レオや達也に何か起きているのかと視てみても特に何かが変質している訳でもない。

【オカルト】、そんな言葉が頭を過ぎる。

 

「世界に一冊しかないとか、そういう価値の問題じゃ……ないわよね?」

 

「別に悪いことはないし、問題ないんじゃねぇか?」

 

「だがこれから何か起きるという可能性はあるだろう。同じ様に読んでいた清冷も、そもそもトレーニングが出来なかったから何の問題も無かったという可能性もある」

 

「夢の中から出られなくなったりして」

 

「いや……けどよ、一生トレーニング出来ないってなっても困るぜ?」

 

「ぶっちゃけ詩織に直接聞いた方が早くない?今なら電話も出るでしょ」

 

「そうだな、掛けてみるか」

 

もうなんだか教室に刺す夕暮の光すらも不気味に思えて来てしまった彼等は、取り敢えず詩織に連絡を取ってみることにする。時間的には既にあの犬っころを迎え終わっている頃だと予想される、彼女が無視をしなければ繋がるはずだろう。

 

……1コール、2コール、3コール。

 

一回切れた後にもう一度掛け直してみた時に、漸く彼女は連絡に出た。その間の彼女の様子は皆大体予想出来ていたので、むしろ2度目で出たことが奇跡くらいに思っていたのは内緒の話だ。

 

「やっと繋がったぜ」

 

『レオ……?なに?』

 

「よう清冷、この前お前に借りてた本あったろ」

 

『………あ、テトラポットの?』

 

「ああ、それなんだが、大体読んだし返そうと思ったんだけどよ」

 

『明日でいいよ?』

 

「じゃなくてだな……」

 

レオが何を思ったのか端末を達也に渡す。

面倒臭いから説明をしてくれということなのだろうか。確かに彼女と一番理論的な話が出来そうなのはこの場では達也なのだが。

 

「清冷、俺だ」

 

『達也?どうしたの?』

 

「お前がレオに貸した本について情報が欲しい。検索してみたが出版社の情報すら無かった、あれはなんだ?何故本当にテトラポットの夢が見える?」

 

『………』

 

詩織が黙り込む。

なんとなくこの時点で話を聞いていたエリカは嫌な予感がしていた。なんだかんだで現状一番彼女のことを理解しているのはエリカなのだ。

 

『知らない……』

 

「なんとなくそんな気がしてたわ!」

 

『エリカも居るの?ごめんね』

 

「ま、待て。本当に何も知らないのか?」

 

『う〜ん……』

 

なんとなく風を切る音が聞こえて来るのは、今日も今日とて散歩の最中だからだろう。運転中の通話は違法であるが、それはもう今更指摘しない。面倒臭いから。今は本当にそれどころじゃないから。

 

『……その本は、貰い物』

 

「誰からのだ?」

 

『投資先の人。出版社を立ち上げようとして、自分の本を売ろうとしたら、建設中の印刷工場が爆発したって』

 

「えぇ……」

 

『その後にオフィス予定地が爆発して、倉庫も爆発して、怖いから手放したいって言われた』

 

「俺そんなもん貸されてたのかよ!」

 

「絶対呪われてるじゃないこれ……」

 

「お前が持っていた時には何も起きなかったのか?」

 

『……そういう変な本を集めてる部屋に入れてたから、どの現象がどれのせいなのか分からなかった』

 

「なあ、今なんかとんでもない話が聞こえて来なかったか?」

 

「なに?あたしそんな部屋がある家に一晩泊めさせて貰ったの?呪われてないわよね?」

 

「……引き取りに来い」

 

『え』

 

「今直ぐにだ、いいな?」

 

『明日じゃ……』

 

「駄目だ、直ぐに持ち帰れ。そして2度と他人に貸すな、絶対だ。いいな?」

 

『はい……』

 

結局この後、学校を出た所に待機していた詩織の元へと3人は本を持って走った。達也は『何があっても絶対にこの本を他人に貸さない様に』と再度釘を刺して彼女を帰らせたが、そのことについて彼は詩織が走り去った後に2人に対してこう語った。

 

『……呪いという存在を信じる訳ではないが、仮に存在していたとして、この本には相当な力が宿っているのだろう。詳細な意思は分からないが、持っているだけで害があることは出版社の例を見ても明らかだ。そして想像するに、それを回避する方法は本を読み実践すること』

 

『しかし本を読んだ者が辿る末路は分からない、レオや俺達がそうだ。トレーニングを続ける必要があるのか、やめる必要があるのか、それは分からないが、唯一考えられるこの呪いを止める方法は一つしかない』

 

『清冷の家の保管庫だ。似た力を持っている呪物達が押し込められているその部屋の中であれば、恐らく力が相殺される。もしくは打ち消される。増幅される可能性も無くはないが、実際に清冷自身に長期間何事も無かった以上はその可能性が現状最も高い』

 

『……確証はない、しかし可能性がそれしか無い以上は縋るしかない。事前に詳しそうな知り合いにも話は通しておくが、期待は出来ない。少しでも変化があれば共有する、特にレオは事細かに夢の内容を報告しろ。これまでの様にお遊びで済む話であるのならいいが、出版社の話が本当であるのなら楽観視は出来ない。くれぐれも油断するな』

 

『清冷の本であるからこその話だ。あいつの本にハズレはない、そして正常な本もない。あれは本物の変な本だ、本物の異常な本だ。勘違いや思い込み等と簡単な言葉で済むと思わない方がいい。もし今後、清冷から本を借りることがある際には絶対にあいつから本の詳細を聞け。聞けば教えてくれるのはこれまでの事から明らかで、恐らくそれに間違いはない。内容を聞かないままに借りることだけは、絶対にするな』

 

彼女の貸す本は全て"アタリ"な訳ではない。

彼女の貸す本は全て"変な本"というだけだ。

そして"変"とは"異常"であるとも言う。

3人は改めて清冷詩織という人物から本を借りるという行為に対して考え直す機会を得ることが出来た。

 

そして結果として、達也とエリカには何の影響も及ぶことはなかった。レオだけは今もまだ、トレーニング後に時々夢を見ることがあるというが……特段、他に奇妙なことは起きていないという。その本がいつの間にかレオの家に置いてあったという奇妙な現象だけは、起きてしまったけれど。


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