魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【ロードローラー】

夕焼けの中を走る大型オフローダー。

達也、深雪、レオ、エリカ、十文字、桐原の6人は揃ってとある場所に向かっていた。

それは学校を襲撃したブランシュの拠点、それはカウンセラーの小野先生からもたらされた情報だった。情報の出自に関してはさておき、今彼らはその拠点を正面から叩き潰すためにオフローダーを走らせている。

第一高校から目と鼻の距離、日が沈む前には終わらせる。彼等は学校を守るため、日常を守るため、そして汚された物の罪を問うため、真剣な面持ちで準備を進めている。

 

「……そういえば、詩織って大丈夫だったの達也くん?なんか図書館の中に居るかもしれない、みたいな話なかったっけ」

 

「ああ、その後に講堂で見つかったと渡辺先輩から報告があった。どうやらステージ袖でずっと寝ていたらしい、当然怪我はない」

 

そんな中、ふとエリカが思い出したことを境に、静かだった車内に会話が始まり出した。話のメインは当然あのよく分からない例の少女。放送室の一件以来、なんとなく気になっていたのか十文字克人もまたその話に耳を傾けていたりした。

 

「あの白熱した討論会の中、ずっと眠っていたなんて……それも私やお兄様の直ぐ後ろで」

 

「達也も気付いてなかったのか?」

 

「ああ、というか基本的に俺は清冷の存在に気付けた試しがない」

 

「それもそれで凄い話よね、むしろ達也君的には悔しかったりするの?」

 

「……正直に言えば何故気付けないのか自分でも不思議で仕方ない。BS魔法の類と言われた方がまだ納得出来る。だが清冷はそういった魔法も使っていなければ、実技は全てにおいて間違いなく壊滅的だ。あれはもう本人の性質とでも言った方がいいんだろう」

 

その点については達也はもう諦めている。

"精霊の眼"を使えば見つけ出すことは出来るだろうが、もしかしたらそれでも見逃してしまう事だってあるかもしれない。その辺りの検証は今後もしていくとしても、達也は個人的に清冷詩織という人物が自分達の生活を脅かす人間にはならないと思っている。

なぜなら、彼女が何より優先しているのは本を読むことと、他人に本を勧めることだ。それ以外のことに関しては基本的に本当に興味がなく、仮に目の前で戦闘が起きていたとしても気にも留めない。真由美や克人への対応を見るに、十師族に対しても興味はないのだろう。恐らく目の前に四葉の人間が現れたとしても、変わらずマイペースを貫くことが予想される。

 

(そして何より……)

 

対処があまりに楽過ぎる。

彼女自身も戦闘力は皆無であり、無力化はあまりにも簡単。不思議な魔法を持ってはいるが、あの程度ならばエリカやレオだって打ち破れる。筆箱を投げればノックアウト出来る様な相手だ、それこそ脅威はあの神出鬼没性以外には存在しない。

 

「……ねえ達也くん、本当に大丈夫?いつの間にか詩織がこの車のトランクに乗ってたりしてないわよね?」

 

「いや、それはないだろう。今は会長が清冷を保護している筈だ、流石に今回は出て来ない」

 

「そんならいいけどよ、そろそろハーネスでも付けた方がいいんじゃねぇか?あいつ」

 

「い、犬や猫ではないのですから……」

 

 

 

「……司波兄」

 

「はい?」

 

そんな風に一年生達が話している中で、端末を見ていた桐原が声をかけた。なんとなく震えた声で、そしてなんとなく言いづらそうな様子で。ただそれだけのことなのに、ただそれだけの変化なのに、一年生達の頭の中に過った悪い予感は全く同じ物だった。

 

「まさか」

 

「……市原から連絡だ。どうもその清冷って一年が何処にも見当たらないらしい」

 

 

「「「「……………」」」」

 

エリカが苦笑いをしながら目を背ける。

レオが早速後ろの荷物を確認し始める。

深雪は直ぐに真由美に直接連絡を取り、達也は珍しく明確に頭を抱えていた。克人もまた表情には出さなかったが、頭いっぱいに?マークを浮かべていた。

 

一体いつ、どの段階で居なくなったのか。

最低限、学校を出る前に真由美と会った時にはまだ彼女に手を引かれていた筈だった。故にこの車に乗っているということは有り得ない。だとしたら、攫われた?自分達が学校を出た後にブランシュの者達に攫われた?

否、それも有り得ない。

そもそも彼女を狙う理由もなければ、あの時点で学内にはブランシュの残りは居なかった筈だ。居たとしても、真由美の近くという学内の中心とも言える最も安全な場所に居るような人間をわざわざ狙って攫うことなんてしないだろう。そもそも成功出来る訳がない。

しかしそれなら果たして何処に行ったのか……

 

「お兄様、この際ですから眼を使ってみてはどうですか?もし敵の拠点近くに居るようでしたら、巻き込まれてしまう可能性もありますし」

 

「……それもそうだな」

 

小声でそう提案してくれた深雪の意見に頷く。

この際だ、心配事はあらかじめ取り除いておくべきだろう。最低でもこの周辺に居ないかどうかだけは確かめておくべきだ。どうせ達也の眼のことは先の襲撃の際にエリカには軽く話してある、言い訳はいくらでも出来ることだ。

 

"精霊の眼(エレメンタル・サイト)"

 

念のため深雪にカバーを任せて、達也が詩織を対象にして精霊の眼を発動する。清冷(せいれい)に対して精霊(せいれい)の目を……なんてクソみたいな親父ギャグはさておき、力の大半を封じているとは言え、この周辺に対象の存在が居るかどうか探すことくらいなら、今の達也でも出来ること。

 

「っ」

 

そして意外にも……というか、最早本当に意外と感じていたのかどうかも分からないが、取り敢えずやはり彼女の存在を達也の眼は捉えてしまった。

彼女は確かにこの周辺に居た。

……居た、というか、歩いている、というか、これはなんとも表現し難い状況ではあったのだが。

 

「……十文字会頭、申し訳ありませんがエリカをここで降ろしてもいいでしょうか」

 

「はぁ!?なんでよ達也くん!?」

 

「理由を話せ、司波」

 

「300mほど後方からこの車を追い掛けて来ている相手が居ます、分かりますか?」

 

「なに?」

 

直線の市道、照明灯がほとんどない一本道、運転している克人ではそれを認識することは困難だった。しかし言われて振り向いたエリカが目を凝らす。なぜ自分が残されなければならないのか、それほどの理由があるのか。それを判断する為に身を乗り出して……見た。

 

「はっ!?」

 

見て、見てしまった。

達也が思わず本気で頭を抱えて、本気で困惑してしまった世にも不思議なその光景を。そしてエリカも思わず口元が歪んでヒクヒクと痙攣させてしまっていた。思考なんてしたくないと、頭の中を空っぽにすることに努めながら。

 

「……あ〜、うん、やっぱ私ここに残るわ。あとはお願い達也くん」

 

「ああ、それがいいだろう」

 

「おい、何が見えたんだよ」

 

「詩織」

 

「は?あいつ車で追い掛けて来てたのか?ってかお前、この距離でよく見えたな」

 

「それにしても清冷さんは何故追い掛けて来たのでしょう、お兄様?」

 

「……それは考えても無駄だろうな」

 

「……まあ、そうね。考えても無駄ね、絶対」

 

2人が一体何を見てしまったのか、そして何故それほど疲れた顔をしているのか。誰もそれが分からず、取り敢えず克人が車を止めるとエリカだけが外に出る。

予定より戦力は減ってしまうが、その分は達也が頑張るということで話はついた。元々は達也から出た話なのであるし、克人も1人くらい抜けてもなんとかなると了承した為、特に問題となることはなかった。

その気になれば克人か達也1人でやれる程度の内容だ、元より過剰戦力であったことは否めない。

 

「それにしても、はぁ……」

 

問題はこっちである。

自分を置いていった車を見送り、エリカは先ほど見てしまった例のアレがここまでくるのを道路の真ん中に仁王立ちしながら待つ。

エリカとて今日まで色々な物を見て来た。

ただの子供では居られない時だってあった。

……けれど、流石にアレは見た事がなかった。

 

「ほんとあいつは……」

 

思い返せばあの少女はいつもそうだった。

自分が見たこともないものを見せてくれる。

けれどそれはまあ基本的に本の中身だけだと思っていたのだが、その考えも見直さなければならないのかもしれないと現在進行形で実感している。

 

聞こえてくる荒い息遣い。

そして現代ではあまり聞くことのない車輪の回る音。

最初に目に捉えてしまった時、何度自分の頭を疑ったことか。

そして何度見て見ぬ振りをしようと思ったことか。

 

「ん、エリカ?なにしてるの……?」

 

「……それは間違いなく私の台詞だと思うんだけど」

 

小型の荷車の上で灯りをつけて本を読んでいる詩織、そこまではまあいい。なぜキャビネットを使わないのかという疑問についても、実際エリカの中で大体の理由付けは済んでいる。彼女の事情もある程度は予想が付いていて、そこは殆ど間違いないとも思っている。

ただ予想は付いていても、納得だけはまだ出来ていない。

出来るものか、こんなもの。

してたまるか、こんなもの。

 

「ごめん詩織、率直に聞いていい?」

 

「ん、なに……?」

 

「あんたが荷車引かせてるそれ、何?」

 

「アラスカオオカミの亜種」

 

「……ごめん、もう一回」

 

「アラスカオオカミの亜種」

 

「そう、アラスカオオカミの……」

 

爛々と輝かせたつぶらな瞳と目線が合う。

真っ白な体毛、神々しさすらある存在感、しかし何より目を惹くのはその大きさ。体高だけでエリカの身長に迫ろうという様な規格外のサイズは、体長で測れば詩織が2〜3人入るのではないかと思えるほどの巨体だ。

なんだこれは。

なんなのだこれは。

改めて対峙してみて思う。

やはりこれは夢なのではないか、と。

達也から聞いた詩織の例の魔法をかけられているのではないか、と。実際には全部現実で、そんなことには本当は気付いていても、そう思いたい自分が確かに今ここに居る。

 

「ねぇ、なんでこんなに大きいの?」

 

「ん……突然変異?」

 

「変異し過ぎじゃない?」

 

「だからみんな飼えないって。でもほんとは優しい子だから、大丈夫」

 

「え、これ詩織が引き取ったの?」

 

「ん、お昼は知り合いのスクールに行ってる。私と違って優等生、すごい」

 

「ブルルッ」

 

詩織に撫でられると嬉しそうに尻尾を振る巨大オオカミ、その尻尾の一振りでさえもなんとなく風圧を感じてしまうほど。なぜこんなものが日本に居るのか、というか外に出していても良い存在なのか。

確かに道路交通法的には馬車や牛車に当たるのだろうから問題はないのかもしれないが、だからこうして散歩という名の通学も朝夕にしているのかもしれないが、こうなると最早アニメや漫画の中の生物だろう。絶対飼い主の詩織より強い。

……どころか、もしかしなくても、もしかしなくてもこれは。

 

「ええと、詩織?突然学校から居なくなったのってもしかして……」

 

「この子を迎えに行ってた」

 

「じゃあさっきまでずっと車を追ってたのは?」

 

「散歩の時は気が済むまで車を追わせてる」

 

「あんたそれ普通に問題になるわよ!?というか飼い主が本読んでるのは普通に交通法違反だから止めなさい!捕まるから!」

 

「……ごめんなさい」

 

つまり、つまりあれだ。

全部偶然だったのだ。

別にこいつはブランシュに攻撃を仕掛けようとしているエリカ達を追って来た訳ではなく、単に散歩中に目の前を通りかかった良い感じの速度で走る車を追わせていただけ。

もっと言えば行き帰りの詩織の身の安全の心配など殆どする必要もなかったのだ。なぜなら彼女の側には常にヒグマだろうがライオンだろうが、恐らく容易く返り討ちにしてしまう様な怪物が居たから。いや、怪物とか言ったら可哀想だけど。正式に海外から持ち込まれたものなのだろうか?流石にそこまでの違反行為をしているとは思いたくないが……

 

「あー、取り敢えず達也くんに連絡?や、メッセージでいっか。気付くか分からないし深雪とレオにも……」

 

「なにしてたの?」

 

「ドライブよドライブ、ちょっとした買い物」

 

「エリカは帰るの?」

 

「ん?……まあ、そうなるのかしら。時間が中途半端だし、適当に外食しよっかなって」

 

やはり達也達から返信は来ない。

丁度今頃突入している頃合だろう、自分が抜けたことによる戦力の低下については気にしていないが興味があるのは確かだ。

とは言っても今から走ったところで、どうせ着いた頃には終わっているに決まっている。その分こうして世にも奇妙な生物を見る事が出来たのだから、まあ割には合っているだろう。

 

「……エリカ」

 

「ん?なによ」

 

そんな風に諦めを消えながらエリカが適当に何処かで外食をして帰ろうかとマップを見ていると、隣の彼女から意外な提案を齎された。

 

「わたしの家で食べる?」

 

「え?」

 

全く想像していなかった、そんな話を。

 

 

 

 

 

 

「"クライアン"って、また聞かない名前を付けられたわねアンタ」

 

「グルルッ」

 

「由来は『空飛ぶマウスとエキセントリックなロックンローラー』っていう物語に登場する伝説の神狼フェンリルの従兄弟の友達」

 

「もう何から突っ込めばいいのか分かんないわね、それ……」

 

夜道を歩く。

向かうのはあの清冷詩織の家である。

散歩は殆ど終わっていたからなのか、それより他人と触れ合える事の方が嬉しいのか、隣を歩きながらその巨体を撫でるエリカに妙に懐いている白狼クライアン。

 

『泊まっていってもいい』

 

なんてことを言われて、これはなかなか出来ない体験では?と思ったエリカは実家に連絡を入れるとホイホイその言葉に付いていくことにした。これで明日また達也達に自慢話が出来る、そんな打算的な思いもあったことは間違いない。

 

「というかその物語……えっと、なんだっけ?『空飛ぶマウスとエレクトリックなロードローラー』?」

 

「『空飛ぶマウスとエキセントリックなロックンローラー』」

 

「うん、それ。有名なやつなの?私は聞いたことないんだけど」

 

「ものすごく有名」

 

「へぇ、そんなに」

 

「南アジア周辺で」

 

「南アジア周辺で!?」

 

普段通り、彼女との雑談となれば当然出て来るのは変な本の話題。しかし本当に、彼女は何故そんな南アジアの方で有名な本にまで知識があるのか。あと本当にそんな本が有名なのかという疑わしさも同時にある。

いつもは達也がそうしている様に今日はエリカ自身でその本の題名を端末で調べてみるが……

 

「……ほんとに有名だし、しかも童話みたいな扱いなのこれ」

 

「ロックンローラーが童話にもなる時代」

 

「嘘でしょ、映画にアニメに漫画に絵本に演劇に、果ては子供の発表会の題材にまで……どんだけ有名なのよ」

 

「インドで"クライアン"と言えば誰でも『ああ、フェンリルの従兄弟の友達の』って直ぐに分かる。見た目も似てるから、きっと向こうだと人気者」

 

「わふっ」

 

「それもう殆ど赤の他人じゃない……ん?」

 

ゴソゴソと鞄を探り始め、上の方から一冊の本を手渡される。

それは小説という形で表現されている『空飛ぶマウスとエキセントリックなロックンローラー』。

……元が童話の割には意外と分厚い、そして表紙に描かれている絵も昔のアニメの様なものだ。しかもこれで1巻と書かれている。

 

「ねぇ、これはどういう物なの?昔の本にしては妙にアニメっぽいっていうか」

 

「原典」

 

「原典!?」

 

「元々はライトノベルってジャンルで有名になった本が、アニメ化されて、何故かインドの方で流行った」

 

「それは嘘でしょ!?流石に嘘でしょ!?」

 

「嘘の様な、本当の話。日本では忘れられてしまったけど、インドでは童話になるくらい語り継がれて来た」

 

「だってほら!絵本とかこんなに、その、古臭いのよ!?」

 

「全部後から作られたもの、それっぽく」

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

と、言いつつも、なんだかんだと納得してしまう自分もいる。

狼神フェンリルなどというものが何故南アジアの童謡に出てくるのか、何故ロックンローラーだとかエキセントリックだとか、そういう言葉が出てくるのか。その辺りも全て元は日本のアニメ文化の1つであったからだと言われれば、頷くことしか出来ない。頷きたくないけれど、説明が付いてしまう。

 

「……ちなみに、これいくらくらいするの?」

 

「ん、結構……?」

 

「そんなものをホイホイと貸さないで欲しいんだけど、やっぱり高いのよね?」

 

「初版だから、すごい」

 

「それ言い方悪いけど聖書の原典みたいな物じゃないの!?」

 

「同じ物が博物館に寄贈されてるって」

 

「だからそんなものを軽々と貸すな!!」

 

「ぁぶ……」

 

結局、エリカはその本を受け取らなかった。

後でもう一度その本について調べてはみたが、詩織が話していたことは1から10まで全部本当のことだった。

 

ちなみに本の内容は、ネズミに転生した少年がインドを元にした異世界で出会ったロックンローラーと共に困難を乗り越えていく様なもの。

そしてタイトルの"空飛ぶマウス"というのは、主人公に空を飛ぶ能力がある訳ではなく、物語の最後には必ず何らかの形で主人公が吹き飛ばされてしまうからであるという。

 

「なんでこんな物語が流行ったのよ……」

 

まあ実際、そんな物語だから日本では一期のみのアニメ化で忘れられてしまった訳であるが。インドで流行ったのもロックンローラーの男が妙にヌルヌルとした動きでダンスを披露していたからで……話自体は面白かったが、設定に面白味がなかった。それが最終的には電子書籍で全部買って読み切ってしまったエリカの感想である。


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