魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【終わりと始まり】

1発の爆発音。

そして鳴り始める轟音と叫び声。

ただの学校ではあり得ない地獄の様な光景が目の前に広がっている。

 

ブランシュによる第一高校襲撃。

有志同盟による生徒会との討論の日に狙いを定めた彼等は、大量の人員と武装をもって魔法科高校へ攻め込んだ。全ては魔法のない世界を目指すために。

 

『……などという綺麗事でこの様な惨事を引き起こした訳ではあるまい。真由美、どう思う?』

 

「十中八九、他にも狙いがある筈よ。単に第一高校を占拠するためだけにしては戦力が少な過ぎるもの」

 

『確かに……いくら学生とは言え、魔法師の集団を相手にするには少々装備がお粗末だ。勢いだけはあるが』

 

「これは何かのパフォーマンス、つまり本当の狙いを隠すための表騒ぎね。……彼等が欲しがる様な物、ここにあるかしら?」

 

『……魔法師の名簿、とかか?』

 

「その程度の物のためにここまではしないと思う、ハッキングする方が遥かに楽だもの。……まあ、相手の頭がその程度のものなら話は変わってくるでしょうけど」

 

講堂で待機しつつ、生徒達に指示を出している真由美と、そんな真由美に後を任せて校舎の方へと走る摩利。2人は端末で連絡を取りながら敵の狙いについて考えを巡らせていた。

達也や深雪は既に敵勢力の鎮圧のために動いている。生徒会や風紀委員以外の生徒達もCADを取りに戻り、応戦を始めていた。このままいけば負けることはないと断言出来る、しかしそれは相手も承知のはず。負けることが前提で仕掛けて来たとするのなら、そこには何か他に目的があって当然だ。

 

『……情報、という線はどうだ?』

 

「情報?だからそれはハッキングをした方が……」

 

『学園内の全ての機器がオンラインで接続されている訳ではないだろう、それこそ他所に非公開にしている物も多い筈だ。例えばコンペの研究資料とか、論文とか、後は……』

 

「……特別閲覧室の機密文献!!」

 

魔法大学が所有している機密文献、一般には非公開なそれを特別閲覧室からならばアクセスすることが出来る。そしてブランシュがそれにアクセスする理由として挙げるとするのならば、それは差別撤廃のために必要な技術を探したり、隠されている技術を広く公開することで格差を無くしたり……そんな崇高な目的なんてあるはずもなく、ただ単に金のためだ。

最先端の技術、それは金になる。

それこそ、こんな大騒動を起こした被害を差し引いても問題にならないくらいに大きな額に。

 

『なるほど、つまり敵の狙いは……!』

 

「ええ、間違いないわ!敵の狙いは……!」

 

 

 

「『図書館!!』」

 

 

 

 

「……図書、館……」

 

『………まさか』

 

瞬間、2人の脳内に浮かんだ1人の女の顔。

思わず真由美は講堂内の全ての人間の顔を確かめる。そして思い返す。この討論会の中、自分は一度でも彼女の姿を見ただろうか?否、全く見ていない。というか普通に考えて、あの女がこんな討論会を見に来る訳がなかった。こんな討論会に参加している暇があるのなら、あの女は……

 

「摩利!!清冷さんを探し……というかもう図書館に向かって!急いで!!」

 

『もう走ってる!!だがここからだと時間がかかりそうだ!至急達也君達に連絡を取る!真由美はそのまま指示を継続してくれ!』

 

「お願い!あの子は達也君達とは違って本当に戦闘とか出来ないの!助けてあげて!」

 

『当たり前だ!!』

 

その言葉を最後に連絡が途切れる。

2人とも思い付いたのは同じ事だった。

例の放送室の占拠事件、その前の達也と服部の模擬戦、彼女は本当に神出鬼没だ。どこに現れてもおかしくないし、なんとなく事件の渦中に現れている雰囲気がある。

しかし彼女の戦闘力というものは、生徒会のマスコットこと中条あずさにタイマンで負けるくらいには絶望的だ。唯一使える魔法は達也曰く"お遊びに最適"、身体能力は学年最下位。その上、最近はエリカやレオ、そして達也の背中に背負われながら本を読んで移動教室をしている怠惰な姿が度々見られる。

多分そこらの子犬にも負けるのだ、あれは。

大の大人を相手に、そもそも逃げ切ることすら出来る筈がない。

 

「ふぁぁ……ん、会長?どうしたの……?」

 

「あっ、聞いて清冷さん!実は清冷さんが図書館に居るかもしれなくて!それなのにブランシュ達の狙いは図書館の特別閲覧室である可能性が高くて……!あの子ものすごく弱いから人質に取られて酷いことされたりしてないか心配で!」

 

「……?大変そう、頑張って」

 

「う、うん!」

 

 

 

 

 

「………うん?」

 

ステージの袖から本と毛布を抱えて出て来た小さい女。

そいつは周囲の混乱に一度目線を配っただけで、直ぐに真由美の足元に座り込んで本を読み始める。毛布を着こんで眠そうに、まるで爆発音や悲鳴なんて聞こえてすらいないようだ。この様子だとつい先程まで普通に寝ていたくらいだろう。本当に太々しいというかなんというか、危機感が足りないというか、マイペースが過ぎるというか、本当に……

 

「ごめん摩利!居た!清冷さんここに居た!」

 

『は!?なんでそっちに居るんだ!?もう達也君達に連絡したぞ!?』

 

「ステージ袖で毛布に包まって寝てたのかも!普通に出て来て欠伸しながら本読み始めてるからもう大丈夫!本当にごめんなさい!」

 

『ああもう!一応達也くん達にも伝えておくが、自由過ぎるだろ!みんな心配して必死だったってのに!』

 

神出鬼没。

それは本当にどこに現れるのか分からない、想像もつかないからこその言葉なのだ。

どこかお気に入りの場所にずっと居るのならまだ良いものを、この女は本当に一定の場所に留まらずにフラフラと歩きながら本を読んでいる。一度手放したらそれこそ世界を超えてどこまでも歩いて行ってしまいそうな自由人なのだ。……というか、討論会の間も実は達也や真由美達の背後でずっと眠っていたという事実がもう目を背けたい。真由美はなんとなく気付いている、司波達也という男は普通ではないと。しかしそんな普通ではない男が、この少女の気配だけには全く気付くことが出来ない。最早それこそが特殊な能力なのではないかと思ってしまうくらいだ。

 

「……まあ、無事ならいっか」

 

結局最後はその言葉に行きついてしまうから、甘過ぎるのかもしれないが。

 

「それに……」

 

今この非日常的な現状。

あらゆるものが異常で、真由美と言えども少しの混乱と恐怖の中にいる状態で、1人ポツンと日常を続けている存在がいる。それは唯一心を安らげてくれるものでもあった。

幸いにも騒ぎは殆ど沈静化しつつある。

服部を含めた2年生たちも率先して指示を飛ばし、今や真由美がすべきことも少ない。これからの事を考えて気分を暗くすることも出来るが、少しくらい頭を冷ますのも悪いことではないだろう。

 

「……清冷さん、少しいい?」

 

「……ん?」

 

「今日は何を読んでるの?」

 

「『ハイパーテロリズム 指先一つでオレは(とりこ)』」

 

「うん、ごめんね、何にも分からなかった。説明して貰ってもいい?」

 

「うん」

 

ここまではもういい、もう慣れた。

今日はタイトルの時点でとびきり意味が不明なパターンの変な本だ、しかもこの状況でそのタイトルの本はどうなのだ。もうそんなことも口には出さない。何を隠そう、この学校で彼女の本紹介に触れている回数が多いのは達也の次に真由美なのだ。これの楽しみ方だってもう弁えている。

 

「主人公は何処にでもいる平凡な男。彼はある日、上司にSMプレイの風俗に連れて行かれて、自分の中のドマゾに目覚めてしまう」

 

「平凡な男はどこに……?」

 

「そんな彼がなにより興奮を覚えたのは、四つん這いになった自分の上に女性が乗るという単純なプレイだった。けど悲しいことに、男は1時間も女性を背中に乗せていたら、腕が震えて体力の限界を迎えてしまうことに気が付いた」

 

「むしろ悲しいのは1時間も背中に乗せられてた女性の方だと思うなぁ……」

 

「そこで男は思い付く。もし指一本で一日中この体勢で居られるくらいムキムキになれたら、もっともっと楽しめるんじゃないかと」

 

「新手の拷問かしら?」

 

「それから男は必死になって努力した、その指一つで快楽を得るために」

 

「思ったより酷い話が来たわね、こういうパターンもあるんだ……」

 

となると、これは最終的に男は何らかの理由で鍛えた身体でテロに加担してしまうとか、そういう話になるのだろうか?そこまで考えて、真由美は首を振る。自分が簡単に予想出来る様な本を彼女が持ってくるとは思えない。きっとここからとんでもない展開になるのだろう。真由美はそう期待した。

 

「この後、男は実はテロリストの一味だった女王さまに唆されてテロに参加することになってしまう」

 

「そのまんまだった……!」

 

そしてその期待は儚くも打ち破られてしまう。

何だか少しがっかり。

けれど読んでみたら意外と意外となのでは?

真由美がそんな風に考え出したところで、詩織はまた鞄を漁り始めた。

 

「正直これはあんまり面白くない。だから……」

 

「ん?」

 

「今日のおすすめはこれ」

 

「まさかの2本目!?そういうパターン!?そういうパターンもあるのね!?」

 

「そういうパターンもある」

 

差し出された2冊目の本。

しかし、なるほど確かに、確かにそうだった。

最初の本は決して詩織からオススメされたものではなく、真由美から話しかけて内容を聞いた物。それが本当に彼女がオススメしたい本であるとは限らなかった。

ここに来て真由美は反省する、そして目を輝かせる。ここからが本番なのだと。講堂の外ではまだ少しの敵勢力が抵抗を続けているというのに、真由美の目にはもうその本しか映っていない。

 

「タ、タ、タイトルは!?」

 

「『終わらない終末-終末の終わり編-最終章』」

 

「もう全部酷い!終わらない終末なのに終わらせる気満々!ここで絶対に終わらせてやるっていう不屈の意思を感じるわ!作者はどれだけこの作品を終わらせたかったの!」

 

「これが1巻」

 

「これが1巻!?」

 

「1巻」

 

「こんなゴテゴテした表紙してるのに!?」

 

「こんなゴテゴテした表紙してるのに」

 

来た、来た、来た!

……と、真由美のテンションが跳ね上がる。

如何にもこれでラストです!と言った雰囲気の表紙を着ているにも関わらず、彼女曰くこれこそが終末の始まりであるというのだ。

終わらない終末を終わらせる気満々で始める、最早誰にも何を言っているのか分からない。そう、つまり変な本だ。あまりにも変な本だ。その内容が既にもう気になって気になって仕方がない。真由美はもうこの感覚に病み付きだ。

 

「か、解説を……!」

 

「世界の終わりと世界の始まり、一見かけ離れたものに見えるそれが実は表裏一体の物なのではないかと気付いた女性科学者がこの物語の主人公」

 

「な、なんだか壮大ね。達也君が好きそう。それでそれで……?」

 

「仮に終わりと始まり……その2つが同じ物なのだとしたら、人は右に行っても左に行っても辿り着く場所は変わらない。最後には行き着いて、そして最後には戻ってくる。ならば私達はこの世界に閉じ込められた奴隷であり、何度も何度も同じ行動を繰り返しているだけなのではないか?これはそんな思考に囚われてしまった彼女が、どうにかしてこの世界に風穴を開けることが出来ないかと奮闘し続ける話」

 

「お、思ってたより真面目な話で困惑してる私が居るわ……でも実際ものすごく面白そうだから困っちゃう」

 

想像していたものと違う。

もっと終末の世界で何かをする話だとか、言葉遊びでクドイことをしてきたりとか、なんだかそんな話だと思っていた。

これは真面目な作品、ふさげているのはタイトルだけ。そして恐らく、読んでみれば純粋に面白いものなのだろう。

真由美は意識を切り替える。

 

「著者が元々そういう分野で研究してた人だから、一つ一つの話がすごく詰まってて奇想天外。でも素人にも分かりやすいように簡潔で、噛み砕かれていて、読みやすい。"こんなことが本当に起きるのか?"って内容が実際に論文とかを調べてみると事実だったりして、研究者の中にもファンが多い」

 

「へぇ、ってことは結構有名な本なのかしら?」

 

「20年くらい前に流行ってた。でも途中で著者の先生が亡くなったから、未完の名作扱いされてる」

 

「……本当に終わらなかったのね。なんだかしんみりしちゃった」

 

きっと何人もこの最終話の様な見た目の本に騙されて驚いて、興味を持ってハマってしまった、いつの間にかのめり込んでいた、そんな読者達が居たのだろう。

……変な本だ、間違いなく。

表紙もこんなだし、タイトルもこんなだし、中身だって滅多にあるものではない。しかし何が一番変なのかと問われれば、何より著者がこの本にかけていた情熱なのだろう。数多の研究資料と知識を集め、それを凡人でも解る様に噛み砕いただけではなく、名作と呼ばれる程に見事な物語に落とし込んだ。果たしてこの一冊を作るためにどれだけの紙の束が積もっていたのだろうか。

真由美は思わず詩織の顔を見てしまう。

 

「……偶にはこういうパターンもある」

 

「なるほど。偶にはいいわね、こういうパターンも」

 

「うん」

 

真由美はそうして詩織からその本を借りることにした。

なんだか穏やかで優しげな顔をされて少し気恥ずかしくはあったものの、なんとなく清冷詩織という少女の違った側面も見えた気がして、しかもそんな発見を自分だけが独り占め出来てしまったみたいに思えて、少しだけ嬉しくもなってしまった。

 

なお、この後に摩利から連絡が来て普通にサボっていたことを叱られたのは言うまでもない。


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