魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【黒のブーメラン】

 「司波くん、何組?」

 

「E組だ」

 

「やたっ!同じクラスね!」

 

「私も同じクラスです」

 

「清冷はどうだ?」

 

「……E組」

 

「すごい!全員同じクラスじゃない!こんな偶然あるのね!」

 

入学式を終えた後、偶然に席を同じくした4人はIDカードを受け取ったそのままにそんな話をしていた。

今の時代珍しくメガネを掛けた:柴田美月。

如何にも活発な印象のある:千葉エリカ。

そしてまた鞄から本を取り出した:清冷詩織。

女性3人に男性1人。

あまりにも居づらいこの空間。

けれど彼等3人は少なくとも今のところは善人であって、達也も悪い印象は抱いていなかった。そうでなくとも、これから1年間同じクラスで過ごす友人となる彼等。彼等と仲良くしておいて悪い事もないだろう。

 

「これからどうする?私達もホームルーム見てくる?」

 

「ん?……ああ、悪い、妹と待ち合わせているんだ」

 

「へぇ、妹さんね。司波くんの妹なら、さぞかし可愛いんじゃないの?」

 

「……新入生代表?」

 

「ああ、そうだ。一応双子では無いが、そう似ている訳でも無かったろう。どうして分かった?」

 

「熱い目で見てた」

 

「……俺がか?」

 

「うん、愛おしそうだった」

 

「……そうか」

 

それならば確かに、バレても仕方がない。どうも無意識に新入生総代として前に立つ妹をそんな目で見てしまっていたらしい。

そもそも妹に対して抱く思いと、その他の人間に対して抱く思い。達也にとってそれは凄まじく異なる物だ。敏感な人間ならば当然それに気が付くだろうし、それを隠す様なことも特別して来た事はなかった。そもそも隠す様な事ではないのだからと、そう思うくらいに……

 

「お兄様、お待たせいたしました」

 

「!早かったね、深雪」

 

兄は妹のことを大切に思っている。

その隣にいる生徒会長のことは、まあまた別の話として。妹は恐らく生徒会に誘われる立場になるであろうから、そこはもう特に気にしない。先に話したように彼女の人柄はなんとなく分かっている、後は徐々に距離を離していくだけで十分だ。

 

「こんにちは、司波くん、清冷さん。また会いましたね」

 

「どうも」

 

「生徒会長」

 

「ええ、さっきは貴重な本を貸してくれてありがとうございました。……あら、その本は?」

 

「『ブラック・ブーメラン・パレード』」

 

「「…………」」

 

また変な本読んでる……

達也と真由美の思いはシンクロした。

これまた紙の書物、そしてそれなりに年代の古い貴重な品。加えて当然のように聞いたことも無い題名であるし、直ぐにネット検索を掛けてみてもその題名の本がヒットする事はなかった。一体どこの誰がこんな本ばかりを作って出しているのか。そう思って達也が見てみればあら不思議、作者も出版社も先程の本とは全く異なっている。どちらも既にこの世に居ないということは共通しているが。

 

「あの、お兄様?その方々は……」

 

「ああ、柴田美月さんに千葉エリカさん、それと清冷詩織さん。全員同じクラスなんだ」

 

「そうですか……早速クラスメイトとデートですか?」

 

「そんな訳がないだろう、そういう言い方は彼女達にも失礼だ」

 

兄からの注意に少し落ち込んだように顔を伏せる深雪。こればかりは仕方がない、いくら彼女が始業式の疲れでストレスが溜まっているとは言っても初対面の相手に印象の悪さを植え付けるのは違う。これからの妹の学校生活のためにも、兄はそこはしっかりと注意をした。

そのフォローを意外な人物がしてくれるとは、夢にも思わなかったが。

 

「……読む?」

 

「え……あ、あの、これは?」

 

「『ブラック・ブーメラン・パレード』」

 

「いえ、その、どういう話なのかなと」

 

「突如日本の首都直下に出現したブーメランパンツを着用した男達が、バタフライで海を渡って世界中のブーメランパンツ以外の水着を引き裂き始める物語」

 

「そんな話なの!?なんかもっとSFチックな話かと思ったら、そんなギャグテイストな物語だったの!?」

 

「首都直下に突如出現した男達とは一体どういう事なんだ……?」

 

「あ、頭イカれてるでしょ、その作者……」

 

想像するだけで意味が分からないし、深雪も珍しく目をパチクリさせて頭の上に疑問符を浮かべまくっていた。きっと彼女はそういった物語に一度も触れた事はないのだろう、勿論この場にいる全員がそんな物語に触れた事は無い。触れていてたまるか。

 

「男達は多くの仲間を失いながらも水着を引き裂くけど、引き裂く度に目の前の布切れと背後に転がる仲間達の死体を見比べる」

 

「な、なんだかいきなりシリアスなお話に……」

 

「ブーメランパンツ以外を根絶する為にどんだけ命張ってんのよ」

 

「というか、視点はそっち側なんですね……」

 

「最終章では発射された核ミサイルを止める為に男達が立ち上がり、ブーメランパンツを片手に奮闘を始める。そこにはかつて争った海パン派の男達も居て……」

 

「きゅ、急展開過ぎる……」

 

「ブーメランパンツで核ミサイルを止められるんですか……?」

 

「というか海パン派の男達も取り込まれているのか?」

 

「え、嘘、これもしかしてホラー物?」

 

「面白いよ、読む?」

 

深雪は手渡されたそれを素直に受け取る。

見たことも、

聞いたことも、

想像したこともない未知の世界。

それが今この一冊の本の中に詰まっている。

 

「……よ、読んでみます」

 

「深雪?」

 

「だ、大丈夫ですお兄様。わ、私もこの入学を機に新たな世界を知らなくてはなりません……!」

 

「いや、そんな世界は知らなくてもいいと思うが」

 

「み、深雪さん、清冷さん、その本を後で貸して貰う事って出来ますか……?」

 

「か、会長!?いけません!そんな本を読まれるなどと……!」

 

「服部くん、これは機会なの。きっとこんな時でもなければ私とこの本は出会う事は無いの……!」

 

「出会わなくていいんですよ!そんな本!!」

 

「読む?」

 

「誰が読むかぁ!!」

 

それまではただ生徒会長の背後に厳しい顔付きで立っていただけだった服部と呼ばれる生徒が必死になって真由美を止め始める。けれどどうにも彼女の意思は固い様で、やはりそれを止める事は出来なかった。代わりに彼はそんなものを真由美に勧めた清冷詩織に鋭い目を向けるが、彼女はそんな事を気にする様子もなく欠伸をするのだった。

 

--後日--

 

「ぐすっ」

 

「深雪!?どうした、何を泣いている?」

 

「い、いえ、お兄様……清冷さんに貸していただいた本が、とても心打たれる物でして」

 

「……あのブーメランパンツのやつか」

 

「は、はい……すんっ、素晴らしい作品でした。なぜこの世界にブーメランパンツが生まれたのか、そしてどうしてブーメランパンツの需要が減り続けているのか、私はその一端に触れてしまったのだと自覚しています」

 

「壮大そうに聞こえるが、それほど大した真実ではないからな、深雪」

 

「お兄様、次にプールや海水浴に行く際にはブーメランパンツの着用をお願いしたいです。必要であれば深雪も着用を検討します……」

 

「いや、それは検討しなくていい。……具体的にどんな話だったのか聞いてもいいかい?」

 

「その、あまり結末に触れる形で話してお兄様の楽しみを奪ってもいけませんが……首都直下に出現したブーメランパンツの男性達は実は人工的なものではなく自然現象でして」

 

「自然を馬鹿にしているのか?」

 

「男達は驚異的な身体能力を持っていますが増えることはなく、及ぼす害も世界中の水着を破壊することくらい。しかし彼等のその異常な勢いと意志の強さから様々な糸が絡んで、最後には核のスイッチが押されてしまうんです」

 

「なぜ押してしまったのか」

 

「その辺りの人間ドラマも良かったのですが、核を相手に何もすることが出来ないと自覚していながらも最後まで意思と決意を揺らがせる事なく立ち向かう彼等の姿と友情は、涙無しではいられない程の素晴らしいものでした」

 

「今俺は逆にその本が気になって仕方ないよ、深雪。どうしたらそんな馬鹿げた設定でそこまで人の心を揺さぶることが出来るのか、余程優れた文才を持った作者に違いない。やっていることはその文才をドブに投げ捨てている様なものかもしれないが」

 

「お兄様も是非、その後は生徒会長にお渡ししたいと思います。清冷さんにもお礼を言わないといけませんね」

 

「今年の夏のブーメランパンツ率が上がりそうだ……ん?まさかそれが目的なのか?この作者」

 


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