ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮) 作:ランバージャック
二十二時、俺は異様に静まり返った桜木町を進んでいる。下水なんか二度と通らねぇ。芙蓉町では警戒態勢が布かれてるが、SNSではお構いナシに崩れたビルの写真や、暴れる荻野や俺が映った動画が出回ってる。ニュース番組は特別編成となって、飽きたらポイする歪なセンセーショナルを切り貼りしていた。その影響で隣町までこんなに元気を失っているんだ、マジで悪質だし俺が面倒だ。尤も、これは寂れた地方都市の夜としては有り触れた光景だ。出掛ける場所も無いから、家で大人しくするしかない。外にイカれた怪人が彷徨いてる可能性があるなら尚更だ。
大した事態にもならず、建物の前まで辿り着いた。『ベターデイズ』の看板を確認し、立ち入り禁止のロープを無視して先へ進む。色褪せてはいるが、しっかりと整備し直せば営業が開始出来そうな塩梅だ。アスファルトの罅から生える雑草だけが、放棄された年月を伝えてくれる。反応しない自動ドアに正面突破も考えたが、思い直して裏へと回る。正面とは違う、アルミ製の貧相なドアを蹴り飛ばせば、簡単に中への道が開けた。バックヤードに放置された棚に、空のポリタンクやビニール袋が散乱している。無視して壁を蹴破り、廊下に出る。埃の匂いに混じって人間の体臭が漂って来る。不気味なまでの静けさの中、階段を上がって三階のスウィートを目指す。人の気配と怪人の残り香、一段毎に残り香の方が強くなる。人間の気配は近付くも酷く朧げで、弱っている。奇妙な事態だ。間違いなく怪人はいないにも関わらず、その残り香に僅かに漂う存在の強さは、実在する人間より遥かに強烈だ。成程、コイツが澤田。『ラギット』か——背筋に冷たいものが流れ、存在しないものへの恐怖が足先を絡め取る。ゴキブリや亀公なんか鼻で笑い飛ばせる本物だ。
スウィートに続く廊下はまだ新しいゴミに塗れ、部屋の内部には風呂に入ってない女が三人居る。栄養状態は少し悪い程度、生理の匂いもするが、誰がこんな女共を抱くのか。ウンザリしながら最後の扉を蹴破り、入場する。外から嗅ぎ取った通り、荒れ果てた室内に鎖に縛られた女が三人。あらゆる箇所の体毛がボサボサ、垂れ流しの糞尿、放置されたペットボトルと生ゴミの群れ。およそ文明人を閉じ込めて措く環境では無い。鼻が効くのも考えものだ。
「……だれ」
酷く掠れた声だ。ついでに口臭も酷い、股からも尻からも、脇も頭部も酷い。マジで今日はツイて無い。何だって今日は激臭にばっか遭遇するんだ、鼻が潰れちまう。
「……た、た、……ふっ、あ……!」
「……だれ?だれ!だれ!だれでもいいからはやくケーサツ呼んで!」
「こないで……こないで……!」
女三人で姦しいとはよく言ったものだ。それぞれが汚物に塗れた女共は、擦り減った喉を懸命に使い、各々が好き勝手叫び、剥き出しのコンクリート床を芋虫みたいに這って迫って来る。悍ましい。咄嗟に倒れたキャビネットの取手を二本引き千切って、女一と二にそれぞれ完璧な送球、これで一人と話せる。
「お前ら臭いから喋んな。……いいか?俺の質問にだけ答えろ。余計な口を利くな、そうすりゃ綺麗にあの世に送ってやる」
歩み寄り、残った女の後ろ手を踏みつけて砕く。悲鳴と共に暴れ出すな、臭いが充満する。粘っこい汗を噴出した女は、自分が出した小便の中で水浴びを始めたので、思わず距離をとった。これは逆に衛生的なのか?いや、そうでも無いわ。
「澤田竜二の事は知ってるな」
答えない。前歯を抜いてもう一度。
「お前らをここに監禁したのは、澤田竜二で間違いないな?」
眼球がぐりんと動く、肯定。
「お前らレイプされたんだろ?ヤツはなんか言ってたか?」
大粒の涙が女の眥から溢れ出す、この哀れな連中は何を見たのか、聴いたのか。こいつらは、もうまともに社会復帰するのは無理そうだ。事が済んだら全員志田川に流してやろう。
「……こども……、こどもがほしいって、……」
——御愁傷様?御愁傷様だと!?我々は生殖器すら喪った!最早我々に残されたのは、只々緩やかな破滅を、種の滅亡を指を咥えて待つという行為のみだ!——
「……そっか、さんきゅ」
俺は彼女の胸元に手を突っ込んで、心臓を抉り出した。他の二人も。抜き出した内臓の代わりに、打ち捨てられていた枕の棉を千切って突っ込み、余っていたベッドシーツで一人ずつ包んだ。四人で志田川を目指そう。ここからでも川は見えている。
♦︎ ♦︎ ♦︎
川の水で女達の亡骸を洗うと、中々綺麗所が揃っていた。額にキスを落としてもう一度シーツに包み直していく。ホテルにあった空のポリタンクを結び付け、しっかり浮かぶことを確認し、流して行く。海に行くまで誰かに見つかれば僥倖、魚の餌になったらそれもまた、ってカンジ。さらば哀れな婦女子達よ。志田川の清流……でも無い流れがお前達を浄め、慰めてくれるだろうさ。
浸礼ってこんなカンジか?
子供が欲しい澤田竜二は、女攫って元気に腰振ってました。しかし、種無し野朗は無駄射ちを重ねるだけでした。あのホテルには使用済みのコンドームなんてヤツはひとつも無かった。綺麗にお掃除する奴等でも無い、全部必中狙いだったけど肝心の弾が無かった。じゃあ、青笠山の小屋に残ってた残骸は、払い下げ品を人間が便利な遊びに使ってた跡か、自分と違う怪人に使わせて検証をしていたのか。どうでもいいな、俺は流れ行く遺体が小さくなるまで、蹲み込んで見送った。
……さて、服が汚れた。長時間の行軍で掻いた汗と、川の水がぐっしょり染み込んだ服は異様な臭いだ。オマケに死臭まで付いた。電車で帰ろうとか考えてた、俺の計画は木っ端微塵だ。こんなになっちまった服は、もう棄てるしかない。初めての強盗の成果物の一つが、こんな形で失われてしまうなんてな。溜息と共に服を裂き、素っ裸で布切れをダンク……、しかけて抱え直す。燃やした方が確実だ。
ざぶざぶと川に入って変身する。帰りもまた阿呆らしい遠泳に決まっちまった。
暑い日が続くかと思いきや、台風で一気に気温が下がりましたね……。