ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮)   作:ランバージャック

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7月1日20時まで。

 小規模な爆発音が鳴り、衝撃波が発生した。当然俺は吹き飛ばされ、砂埃の中を存分に転がった。覚悟はしていたが、まさか鼻先を丸々齧り取られるとは。これは問題無い、寧ろ鼻先にべっちょり付いていた粘液ごと齧られたので、再生すればまた嗅覚が仕事を始める筈だ。

 

 一方の荻野は、首から夥しい量の血液を滴らせ、呆然と立ち尽くしている——あの瞬間、態とヤツの懐に入った俺は、軸足を縫い留める事でステップインからの噛み付きを防いだ。身体を反らしながら後退し、伸びて来た首筋に下からたっぷりと舐めた右の貫手を打ち込んだのだ。それでも尚、堅かった……右手は親指以外別々の方向に折れている。すっぱり断ち切り、新たな掌で鼻を撫でた。

 

 正直な話、タイムオーバーだ。さっきから空からも、地面からも、嫌なエンジン音が聞こえている。近づいている。どう考えても普通の車両や航空機とは思えない、この責任は俺じゃなくて、荻野が無駄にはしゃいだ所にある。何だよこの町の破壊っぷりは、完全に崩れて瓦礫の山になった建造物は推定二つだけだが、通りに面した建物は一階の半分を失くしたものばかりになって、酷いものだと傾いたりしている。全店営業停止、その前にこの区画自体が立入禁止に指定されるか。

 

 癪だが退くか。このままノリで闘っても良いが、既に二対一の状況に機関銃か、もっとヤバいモンをブチ込まれる未来が待ってる。無反動砲って食らったらどんな感じなんだろう。

 

 しかし、傷は負って貰う。地面を一足毎に吹き飛ばし、荻野に迫る。やや露骨に左脚を前へ動かせば、血を流す右脚を後退させて距離を取ろうと、身体が流れ出す姿が。その顔に浮かぶのは、恐怖、困惑、疲労、躊躇、驚愕——お手本みたいな負け犬顔だ。左では踏み込むだけの右前蹴りが、傷付いた腹甲に突き刺さり、罅を広げる。馬鹿デカい甲羅を背負うコイツは、そいつを支え切るだけの剛脚を持っているが、片脚だけでそれは遂行出来るのかい?答えは出来ない。情けなく倒れ込む荻野は、半分に切った西瓜みたいだ。ごろんごろんと、腹を上に、剥き出しの喉には真新しい傷痕。すかさず肘関節を踏み抜きながらその傷に腕を突っ込む、後方から西野の粘着質な慟哭が聞こえるが、これで死ぬってワケじゃないだろう。

 

 引っ張り出した右手は血と体液に塗れ、しっかりと肉塗れの首の骨一本が握られている。殆ど魚の骨抜きと変わらなかったが、これが今夜の撃退報酬だ。口に咥えて反転。

 

 「じゃなっ!楽しかったぜ!荻野に西野!!またな!」

 

 これからアイツらはどうなるのか。説一、致命傷を負った荻野を抱えて西野が逃げる。美しい友情の逃避行だ。手負いの二人で、近代兵器からどれだけ逃げ切れるのか、荻野の重量を西野が支え切れるのかが、争点になる。俺がマジで期待してる展開は、滋養に良さそうな西野を食べて完全復活した荻野が復讐に燃え、俺を追いかけて来る。これも美しい友情の自己犠牲、或いは究極の自己保身か、その逆でも良い。そうなったら笑いが止まらないし、もう想像するだけで腹が捩れて走るのが覚束無くなってきた。噛み砕いて呑み込んだ骨が、変な所に入って息が苦しくなる。誤嚥性肺炎だ。笑いながらずっこけ、勢いそのまま二十メートル程転がって、走行中の車に追突して止まった。

 

 くしゃくしゃになった車の残骸から抜け出すと、表の大通りだってのに車が少ない。その答えは直ぐに分かった。百メートル程先に野戦服の連中が複数、トラックが数台に装甲車も、警察官の姿も見える。交通規制の真っ只中なのかもしれない、これはラッキーな展開だ。彼らに挨拶……いや、宴会芸的なダンスには俺も覚えがあるんだ。慰問って言った方が良いのか、此方を見て慌てて指示出しを始めた隊員Aと目が合った気がした。そいつにピースサインを送って踏み込み一発、四歩目が装甲車への蹴り脚となった。そういや、こいつは予算不足で調達が間に合わなかったが故の、苦肉の策で生み出された重機関銃ポン付けだったっけ?どっかでそんな記事を読んだ気がする。駄目だぜ、隊員の安全性が保障されないモンに何時迄も乗っけてちゃ。殉職しちまう。血の滴る装甲車を持ってぐるんぐるんと振り回す、悲鳴が上がり、肉が砕け散り、車両諸共破壊し尽くして行く。楽しい楽しいメリーゴーラウンドだ。踊ろうぜ。

 

 

♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 けたたましい衝突音が聞こえ、俺はふと手を止めた。振り返れば、歓楽街方面上空を飛ぶヘリコプターがふらふらと制御を失い、落下するところだった。俺は殆どフレームだけになった装甲車を手放し、伸びをした。誰かが、ヘリコプターに対空射撃を行った事は明白だ。そしてそいつは、俺の知る人物の筈だ。全身が粟立ち、ションベンがちびりそうなプレッシャーが放たれる。見覚えのある甲羅が、ビル群を貫きながら此方にやって来たのは直後だった。ドリフトを極めながら地面を砕き、散乱する車両の残骸を吹き散らして荻野がやって来た。吐き出した息に、ハッキリと西野のものが混じっている。

 

 「やって来たか荻野!西野の味はどうだった!?」

 

 「……追い付いた!追い付いたぞ!おまえみたいなヤツが!おまえみたいなヤツが!!」

 

 本日何度目かの荻野の突進。またかよ、ってカンジだけど先程より随分速い。

 

 「動けるデブに鞍替えかぁ〜?イイね、燃えるぜ!!」

 

 「らァァァァァァ!!!」

 

 直後の掌底は、正しく雷の如しだった。肋骨の何本かが一撃で圧し折られ、息が出来なくなる。意識が一秒だけ飛んで、気付けば俺は立体駐車場の中にいた。血と歯を吐き、立ち上がる。顎を撫でて冷静さを取り戻す、荻野はもう目の前だ。

 

 右が弧を描いて迫る、これは回避。殆どあのワンコロと一緒か上回る速度、ダッキング読みの左アッパーが置かれていて、これを防ぐ両腕の交差は呆気なく砕かれ、吹き飛ばされる。鉄筋の大柱に背中からぶつかり、そこで止まった。迫撃の前蹴りを転がって躱し、もう一度構える。速くなってる。集中しなければ——尖れ、尖れ、尖れ。

 

 左脚の踝を打ち抜くローキックの感触は、恐ろしく堅い。右の掌底が伸びるが余裕を保って回避、試しに舌を飛ばして、荻野の伸びきった掌に絡ませる事に成功する。肉を溶かす涎が染みたバンテージは、瞬く間に指を脱落させ、そこに左の内回しを打ち抜き拳ごと爆散させる。更なる迫撃の尻尾……と見せ掛けて、これは只の目くらまし。噛み千切られるのは、寧ろ待ってた。左後方へ抜け、膝裏への足刀で関節を砕く。大きく傾き、地に着けた左手を踏み砕き、左眼を抉り出す。ここで後方宙返りを、倒れ込んで抱き込もうとした俺の脚は、もうそこに無い。ならばと発射態勢に入り、鼻を閉じた頭部を上から踏み、地面が陥没するほどキスをさせる。残念だが頭蓋は酷く頑強だ。更に跳び上がって離脱、慌てて殻に仕舞おうとした右脚の脹脛を押さえ付け、皮を爪で裂く。悲鳴。飛び出した筋繊維を引っ掻いて抉り取り、露出した膝裏関節を無茶苦茶に叩いて壊し、だらんと力無い脚を抱き抱え、捻り取った。

 

 成果物の右脚を丸呑みし、やっと意趣返しが出来たと独り言ちる。だが、まだ終わりじゃない。削れ削れ削れ削れ削れ——。殻に引っ込んだ右脚の残りを追いかけ腕を突っ込む、温かな血肉に爪を立て、穴から掻き出してゆく。一掻き毎にごっそりとミンチ肉が溢れ出て、甲羅の中からくぐもった呻き声が聞こえてくる。五回程掻くと、爪の間に肉が詰まってしまうので、反対の腕を突っ込み、その間暇になった手は綺麗に舐め清める。サンドイッチから飛び出したケチャップを舐め取る気分だ。そうしてまた交代して、アスファルトには血と肉が無造作にが広がっていく。綺麗に綺麗に削いで、骨だけになったら、掴んで捻って手羽みたいに捥ぐんだ。何時かやろうと思ってた、丸鳥の解体。ちょっと違うけど、似たようなモンだ。

 

 荻野は何時しか泣き出して、自分が殺して食べた西野の名前を呼び続け、それも聞こえなくなって暫く経つと、俺はコイツが既に死んでしまっている事に気が付いた。何とも微妙な幕切れだった。それでも解体作業は続く。

 





『イール』寄生者:西野昴(26)♂
身長:290cm
体重:200kg

 水棲の特性を持つ怪人。怪力と特殊な体液を水中に放ち、突破不能の陣地を造り出す事を得意とする。
 身体のありとあらゆる場所から噴き出す粘液は、体表の保護の他に、主戦場とする水中に放つ事で、周囲一帯を相手の動きを大きく制限する粘液溜まりに変えてしまう。縄張りに不用意に踏み込めば、呼吸器系統をあっという間に塞がれ、窒息状態に陥った相手に絡みつき、トドメの電撃を見舞うのだ。
 但し、水中から出るとその強みを十全に生かせない、と言う致命的な欠点が浮き彫りになる。頑丈な皮は衝撃には強いが、切断系に弱い。


 水棲系の特性を持つ怪人は、その多くが地球の水量の豊富さに甚く感動しており、川や湖、海で平和に暮らしている場合が多い。陸棲の怪人と手を組むのは稀である。

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