ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮)   作:ランバージャック

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寝過ごし7月1日の14時丁度。再びの睡眠後18時40分辺りまで

 「……あぁオ!!」

 

 あれから城戸と銭湯に行き、『サンライズコーポ金輪』に戻って爆睡する事、十時間以上。すっかり寝過ごしてしまった俺は、打ち上げられた魚みたいにベッドから跳ね上がった。

 急いでシャワーを浴び、裸のまま冷凍庫の炒飯をレンジに放り込んでテレビを着ける。

 

 『——えー、現場からは以上です』

 

 『はい、えー、橋田レポーターも防護服を着て大変でしょうが、有難うございます。……しかし、どぉーですか中谷さん。昨年大きなニュースにもなりました金輪の怪人に続き、またしても』

 

 『そうですねぇー、これは自衛隊の増員は必須、急務でしょう。むしろ、あれだけの被害を出した金輪の怪人を未だ駆除出来ていない、という現状が、怪人達に付け入る隙を与えてしまっている、という事に他ならないです。これは怠慢と取られても仕方無いですよ、えぇ』

 

 『いやぁー、本当に仰る通り。ですが、予てより問題になっている深刻な自衛官の人員不足、これはどうでしょう?ここ数年、増大し続ける防衛費の問題もあります。個人的な意見ですが、こう、……国民感情が追い着いていない。そういった事、えー、井口さん、どうでしょうか?』

 

 『そう、ですねー……。勿論隊員の中に辞職、除隊、退官ですか、を願い出る割合はどんどん増えている様で、この怪人の駆除という任務が如何に危険で大変な仕事であるかを、我々国民はもっと理解しなければなりません。殉職者や大きな怪我を負う隊員、沢山出ています。それに今回も、橋田レポーターのお話通り、周辺住民二十人程に食中毒菌や赤痢菌への感染報告がされていて、怪人というのは、何をしてくるか分からないんですね。これに、対処しなければならない。大変な事ですよ』

 

 『それに備える為に、あのうるさい車を街中に走らせている訳でしょう?』

 

 『えぇ、そうなんですけどもね——』

 

 馬鹿らしくなってテレビを消した。おっさん共のタメにならない喋りを聞くより、新聞社の上げてるニュース記事見る方が早い。暫くは、炒飯をもりもり食べて、携帯でスクロールの旅だ。

 

 まぁ、当然の話だが、こっちが『レイジ』を狙い撃ちしてる事は世間にバレてる。一昨日と昨日今日で、関係者を九人始末したんだ。これで理解できて無いなら、俺自身が投書をしなければいけない所だった。地元紙一部に全国紙四部の斜め読み、何だかんだ言われてるけど旧時代のメディアの力ってヤツは良い。金があったら、後でコンビニに行って全部買うのも手だ。こいつらが好き勝手に予想して書き立ててる、その張本人が心待ちにしてて、自分らが舌を出しながら祈ってた被害者の金で、俺が新聞買ってる、ってのも随分と皮肉が効いた話だからな。

 

 スプーンをシンク目掛けて投げ捨て立ち上がる。奪った財布は随分と軽くなった、遺品の転売ってどうなんだ?フリマアプリとかを使って稼げないか?問題は、住所不定無職の本人確認の為の書類が全部無い様な奴に、日本は口座を作らせてくれんのか?……何方にせよ今日からは節約生活だ、花菱市までは徒歩と泳ぎで行くしかない。地図アプリを起動し、金輪市を蛇行する平川の途上に、志田川の合流地点を確認する。ここから志田川に乗り換えて行けば、かなり大回りになるが、花菱市は桜木町に上陸出来る。ここに写真の廃ホテルもあるので、調査も行えるし、何人か『レイジ』の人間も住んでる。連中が警察だったりに泣き付いてたら知らん。右上の時間表示をちら、と見る。十四時四十八分、でかいトカゲが川を遡上してたら、流石に通報される時間帯だ。加えて夏だ、日の落ちる時間も長い。出発はまだまだ先になりそうだ。

 

 俺は全身の力を抜いてソファに体重を預け切った。部屋には暇潰しになる様な物は無いし、やる事が睡眠しかねぇ。此処の人事は誰が担当してんだ、こんなクソショボい福利厚生とかマジで終わってる。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 ばちり、と目が開いて時刻の確認、午後十七時二十一分。そろそろ良い時間だ。顔洗って歯磨きして、水二杯飲んで気合いが入った。晩飯は川魚に決定、玄関ドアを開け放ち、夕暮れ時の温い風を一身に受けると、意外な人物が立っている事に気づいた。

 

 「イカレ牧村じゃん、何してんの?」

 

 牧村薫が凄く嫌そうな表情で突っ立ってる。手には冷凍食品のどっさり入ったビニールを持っている。こいつが人事担当かよ。

 

 「何?帰ってたの?てっきりもう顔見ないで済むって思ってた」

 

 「城戸に連れられてな。お前は此処の食料補充でもしに来たのか?あの炒飯、不味かったぞ。次は別の買って来いよ」

 

 言いたい事は終わった。俺もコイツの顔見たくないし、もう見なくて済む様にしてやりたいんだが……全く、家を出たら真夏の生ゴミ収集車に遭遇した様な感じだ。

 

 「どこ行く気?」

 

 「花菱まで泳ぎに行く」

 

 手をひらひら振って牧村に別れを告げ、踊りながら住宅街を歩いて行く。ポケットに手を突っ込んで、夕飯の匂いを嗅ぎながら。頭の中は出鱈目な歌でいっぱい、フィー・ファイ・フォー・フム。フィー・ファイ・フォー・フム。ダン・ディディ・ダン。

 

 住宅街を出て、田園地帯に入り、ぽつんと佇む市立病院の横を通り過ぎて、更に歩く。やがて辿り着いた堤防への階段を、一段飛ばしで上がって行く。緩やかに濁った平川だ、西には私鉄『花菱電鉄』が通る橋も見える。あそこが第一目標、志田川の合流点が近付いた証となる。河川敷に飛び降りると、先ずは青臭い匂いを一杯に吸い込んだ。豊富な水気で育った植物が最盛期を迎えていて、それらが育んだ蚊柱が、要らない元気で飛び回っている。食べてみても、何の腹の足しにもならない。

 

 「周囲に人の気配ナシ、準備運動オーケー、体調バッチシ。……そりゃっ!」

 

 背面跳びで宙を舞いながら、肉体は変質する。一体全体どういう理屈が働くのか、全身が拡張する感覚と共に、頭の先から分割した、俺と言うリバーシをひっくり返して、日の当たらない感情を表に出せば、そいつらは一斉に牙を剥いて歓喜の歌を唄うんだ。そうして俺が表に出て来る。まるで応援歌に送られて入場を果たすファンタジスタだ。

 

 川底を蹴って加速する。手足をぴったりと身体に付け、頭は動かさず身体全体で撓る様に。最後に尻尾で駄目押し的に推進力を生めば、グンと伸びる。この泳ぎ方は、何時だったかに動物ドキュメンタリーで観たやつで、コイツを思い出すまでクロールやバタフライを試したモンだった。全て裸で目覚めたあの日に、平川を泳いだ経験があってこそだ。……ぶっちゃけ川底を四つ脚で歩いた方が体力消費は少なくて済む。でもこっちの方が楽しいし、一緒に泳ぎながら夕食の吟味に勤しみたいんだ。

 

 平川の豊かな生態系に感謝しつつ、目印の鉄橋を確認の後通り過ぎ、どんどん進む。鰓呼吸じゃないので、偶には浮上して息を入れるんだが、これが結構面白い。昔観た潜水艦の映画みたいだ、あれも結局は最後まで観れてない。

 

 何事も無く志田川に舵を切り、進行を開始する。浮上の度に周囲が暗くなり、それに伴い水中もまた色を濃くしている。鼻が封じられる水中じゃ、視界と皮膚感覚だけが頼りになるが、それだって完全な水棲生物には、それこそ鼻で笑われる程度の性能だろう。……志田川を遡り始めて二十分程か、少しずつピリつく様な感覚を覚えるのだ。しかしこれが、夜の水中を隠密状態で泳ぐ行為による緊張感なのか、何者かの張った巣の中に飛び込んだが故の第六感的警鐘なのか、判らない。青笠山では、気配と臭いで襲撃を察知出来た。一旦水中で静止し、周囲を探る。鼻が駄目でも耳は少しだけ聴こえる。聴き取れるのは流れる水音と自身の鼓動だけ、と言う塩っぱさだが、使えるだけで有難い方だ。……緩やかになった?耳を澄ますと、水流に依って生み出される僅かな泡の音が、どんどんと数を減らしている。腕を持ち上げると水が重い。重いとは?疲れとは無縁の俺が、水を重く感じる理由は何だ?思案の後、ふと思い立ち、鼻から空気を一つ分出してみる——遅い。何かに遮られているかの様に、放った空気の泡はゆっくりと水面目指して浮かび上がって行く。

 

 潮時みたいだ。俺は何者かの領域に入り込んでいる。川岸に方向転換、水路は諦めよう。花菱市自体には到達している筈だ。浮上し、抜き手を切ってみると、水面から持ち上げた腕から垂れる水滴が、妙に粘性を帯びている事に気付く事が出来た。これが理由か。何とも奇っ怪だ。岸に上がる頃には、水面はすっかり鏡の様で、息を吹き掛けたり、風が吹いてもまるで波打たず、すっかり流れは止まってしまっていた。窒息した魚たちが次々と浮かんで来る、やっぱ鰓呼吸とかクソだわ。

 さて、どうしたものか。夜の川で一人ローション遊びに耽る変態を、どうやって地上に誘き出すか。石ころを拾い投げてみると、重く粘着質な音が鳴り響いた。手で掬い上げると、緩めのゼラチンのそれだ。最早ここは水場とは言い難い……止めよう、何が楽しくてローションファイトをやらにゃいかんのだ。怪人の相手するのも疲れるし、せこせこ待ち伏せ奇襲の為に築いた陣地に、考え無しに乗り込むのは、あほのやる事だ。そして俺はあほじゃない。

 

 それに良い事も思いついた。俺は即座に右手を切断し、川に放り投げると人間へと戻った。堤防を超えた先に、近づいて来る車の音が聞こえる。駆け上がり、転がる様に飛び出した俺を見た運転手は、急ブレーキを踏んで車を止めてくれた。優しいねぇ。

 

 「オイ!危ないぞ!!君!!」

 

 「た、助けて下さい!!散歩してたらバケモノが!」

 

ヘッドライトに照らされ、俺は血が滴る右腕を此れ見よがしに、運転手に見せつけた。下唇を強張らせ、目を見開き、必死に走って来ました感の演出の為、よろよろとした足取りで車を目指して、躓き、転んだ。これでラズベリーとオスカーは狙える。ドアが開き、不細工に走り寄って来る運転手は会社帰りだろうか。革靴の音だ。

 

 「君!しっかり——」

 

 自分だけ逃げるタイプの人種でなくて結構感動した。感動して丸呑みにした。素晴らしい事じゃん、こんなにも素敵な人間性を持つ人は、国で保護しなければいけない。そういう奴に税金を使ってやるべきなんだ。一息ついて、主人のいなくなった車に乗り込む。サンバイザーを確認すると、免許証が挟まっていた。名前は『松崎史郎』、青バックの写真にキスして車外に投げ捨てる。しっかりパーキングに入ってるレバーをドライブに、便利なモンだ。オートマチックなら必要なのはアクセルだけ、俺にブレーキなんか必要ナシ。そこかしこを弄ってテールランプを着けたり消したり、ウィンドウォッシャーを無駄撃ちしたりで、楽しいドライブだ。片手で携帯を使って地図を流し見、『CLUB杉田』の正確な住所を捜す。俺を待ち伏せしてたかもしれない生意気な連中に、挨拶を返さないとな。全然関係ない一般怪人くんだった場合……不幸な事故って感じで。法定速度も道交法も知ったことか、芙蓉町目指してまっしぐら。街灯の灯りが、線になって消えて行く。

 

 ハンドルを切って繁華街に突入する。四、五人轢き殺してスピードが大分落ちたが、意固地になってアクセルを踏み続ける。『CLUB杉田』が入ってる雑居ビルはこの通りの……二階じゃーねーか!!そうと決まればとっとと脱出。天井を裂いて飛び出せば、鉄の塊が股下を駆け抜けて、居酒屋をブチ破る光景が見える。中の人間は何人死んだかな?でも本命はそっちじゃないんだよなぁ。着地と同時に手近な人間を縊り殺して貪り食う、悲鳴が伝播していく中、煙を吹き出す乗用車を居酒屋から引っ張り出し、ネオン看板でしっかり確認した後、『CLUB杉田』目掛けて投げ飛ばした。可愛い可愛いミサイルは、外壁を完全に破壊して屋内へと滑り込んだ様だ。一拍遅れて爆発が起こり、瓦礫のシャワーがそこら中に降り注いだ。まさしく、願ったり叶ったりだ。ちょっと自分が怖いくらいだ。

 

 「オーシ!」

 

 大きく右手でガッツポーズ。火災が始まった『CLUB杉田』に敬礼を送り、失敬させて貰おうかと踵を返すと、タイヤと共に火達磨になった人間が落ちてきた。暫く地面でのたうち回ると、火が消えたからか、立ち上がってこっちに向かって歩いて来る。焼け爛れて炭になった手足が、ぼろりと剥がれ落ち、その下から真新しい身体が再生を始めている——また怪人か、折角ローション怪人とは闘わずに済んだのに。

 

 






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