ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮)   作:ランバージャック

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6月30日意外な出会い21時34分、22時5分

これで二日続けて藤木町に来た事になる。浅田くんの最期の場所となった小学校が、藤木町の端っこに在るという話だ。

 

 給水を終えた後、俄かに周囲の住宅が騒がしくなったので、騒ぎに乗じて自転車を盗んで走らせる事十分、道中は夜風を切りながらの反省会だった。流石に熱くなり過ぎて、いらん最後っ屁を食らう羽目になったのは頂けない。多少の腹痛で済んだとはいえ、あれが未知の毒ガスとかだったら、何とも間抜けな結末になっただろうし。そうでなくとも、今後何かしらの後遺症が出ないとも限らない。後、自転車泥棒なんて手軽に誰でも出来る事より、車泥棒の技能習得を目指したい、講師のアテが何処かに無いものか。そうじゃないと、移動の度に走行中の車両を襲わないといけなくなる。そりゃスマートな遣り方じゃないな。

 

 ようやく『藤木寺』が左手に見えてきた。本当の名前は別に有るんだが、この町の名の由来となった藤の木が生えているが為に、まず正式な名称で呼ばれる事はない。『藤木さん』か『藤木寺』だ。兎も角、自転車上から地元の歴史に敬礼。目的地の青笠山まで、まだ半分。

 

 せっせとペダルを漕ぐ事、更に十分。俺は今、廃園となった『青笠山ワンダーランド』の前に立っている。自転車は引き千切って側溝に棄てておいた。

 

 マジで町に出来た吹き出物だ。一体全体、何をとち狂ったのか。九十年代産の吐瀉物が、未だ片づけられずに野草の群生地となっている光景は、酷く気分を落ち込ませる。今直ぐにでも、侵入防止用フェンスの内側に見える、如何にも安っぽいゲートを破壊し尽くし、メリーゴーランドの馬をブッこ抜いて、元経営者のケツにブチ込みたい気持ちに駆られる。……噂じゃ、初代経営者は今も元気に紅葉町で暮らしてるらしい。後で名前調べて同性の奴を片っ端から殺すか——なんて考える位には、俺は藤木町を気に入ってる。多分、この町に昔から住んでる人もそう思ってる筈だ。

 

 フェンスゲートに一発蹴りを呉れてやれば、弾け飛んだ。……何だか調子が上がってないか?変身はまだだぞ。余程、完全栄養食栗林貴俊が効いてんのか。このままじゃ、プロスポーツの世界で栗林の摂取が禁止されちまう。

 

 「やぁ。追いかけて来たよ」

 「あん?」

 

 唐突に後方から声が掛かり、滅茶苦茶低い声が出た。今の今まで気配もクソも無かったのに、空気の中から周囲ごと変質させて現れた、強烈な違和感。だが、この違和感を俺は知っていた。この得体の知れない感覚を。

 

 「城戸か。悪かったな、昨日は約束破っちまって」

 「確かに。……嫌われるよ、約束を守らない男は」

 「俺が自分を好きだから良いんだよ」

 

 そこに居たのは城戸だった。興奮してなけりゃ、コイツも随分まともっぽく見える。案外、教員とかやってそうだ。

 

 「そんで?何か用でもあんのか?……廃園デートでもしながら話すか?」

 「君が良いならそうしよう」

 

 こうして、男二人の廃墟探検兼、ここを抜けた先の青笠山登山が実現した。全然嬉しくない。俺たちは二人して入園ゲートを蹴っ飛ばした。城戸の方が、若干飛距離が上だ。

 

 「階段を一つ上がったみたいで何よりだ」

 「何言ってんだ、お前」

 

 ヒビと雑草のメインストリートに放棄された柵を蹴り上げる。雨漏りでビショビショのメリーゴーランドに、腐った木造のお化け屋敷、ゴンドラが崩落気味の錆に塗れた観覧車。こんなモン俺ら二人で片しても、誰も文句言わねぇだろ。

 

 「怪人を殺したんだろう?君の存在の急速な高まりを感じるよ。嘗て我々が持っていた無敵の力。その一端を、君は見事に発現して見せているのだ。……羨ましいよ」

 「確かに、ちょろっと力は上がったかもな。……怪人を殺し捲れば強くなんのか?……何とも、アレだな」

 「正確には『支配の力』とでも呼べば良いのか、我々に生まれ付き備わっていた力だ。他者を打ち倒し、支配する度に、我々の存在はより強固になった」

 

 振り返れば、城戸は酷く悦に入った表情で闇の中に佇んでいる。置いて行くぞ。

 

 「……君は殺した相手を食ったんだろう?宜しい、実に素晴らしい。それこそが、最も原始的な支配の方法だ。倒した相手の血肉を喰らい、自らの糧とする捕食者に相応しい」

 

 滅茶苦茶呆れ顔のこっちに気づいたのか、苦笑一つ零して向かって来る。一切音を出さない歩き方だ。

 

 「何となくそうじゃないか、って思ってたけど、お前らの世界が滅んだのも納得だな」

 「その予想は、正しくもあり、間違いでもある」

 「近い近い。殺し合いの規模がデカくなり過ぎた、って話じゃないのか」

 

 我が意を得たり、って表情で城戸は俺の周りをぐるぐる回りだした。キャンプファイアーじゃねぇんだぞこっちは。うざいので腕を捕まえて止めると、ぐるんと眼を剥いた城戸と目が合う羽目になった。ひでぇ酔っ払い方をしている、酒に酔ってる方が千倍マシだ。

 

 「そう、殺し合いの規模は大きくなった。しかし、何も純然たる殺し合いだけが支配の方法では無いだろう?我々は文明の発展と共に、それを理解し、使い熟す様になった。するとどうだ?我々は様々な支配を考案し、敗れ、勝利し、そうして世界は悲鳴を上げた」

 「資本主義の話か?」

 

 頭の中には、ゴキブリ人間やらダンゴムシ人間が、スーツ着てあくせく働く姿が思い浮かぶ。……あほくさ。だが確かにそうか、連中がいくら人間への寄生と、それに伴う記憶の引き継ぎが可能だとしても、そいつを扱い、人間社会に溶け込む能力ってのは、高度に発展した社会で暮らした経験が無ければ獲得出来ないものだ。

 

 文明の発展と共に、嘗ての生き方を捨て、新たなルールでのゲームが始まった。そうして数だけを増やしたが、増え過ぎた欲望によって世界にガタがきた。何だか何処かで聞いた話だな。

 

 「正しく、死者の出ない安全な殺し合いだ。効率的で合理的、我々は繁栄した。黄金の時代だよ。しかし、我々の数が増えた分、欲望も同時に増える。それも際限なく。次々と新たな欲望が生まれ、テーブルの上は料理で埋まった。テーブルの外にも」

 「テーブルは壊れ、凡ゆる料理諸共に砕け散った。……難儀なモンを抱えて生まれてきたんだな、お前ら……、っと!」

 

 コンクリート片を振り被ってオーバースロー、唸る様な風切り音と共にゴンドラに直撃したそれは、粉々に砕け散って、直後ゴンドラは落下した。確かに力の上昇を感じずにはいられないが、これが本当に支配の力とか言う、オカルティックパワーの影響なのかは明瞭でない。案外、遅く来た成長期とかいうオチじゃないだろうな。

 

 「……君が力を継いだ事は、偶然ではあったが結果的には良かった。君は正しく、捕食者たり得る」

 「それだ。そういや聞きそびれた、っつーか俺が遮ったんだったな。どうして俺は怪人になれる様になったんだ?」

 

 すっかり瞑目して故郷語りに勤しむ城戸は、何をそんなに俺へ期待を寄せるのか。コイツ俺が期待通り動かなけりゃ、どんな顔するんだろう。

 

 「二年前、私は現状の手詰まりを痛く受け止めた。足掻く事を止め、如何にかしてこの世界の支配者たる君達人類に、我々の力を継がせる事を目標と定めた。……実質の敗北宣言だよ。祖先に顔向け出来ないと、ここまで思い至るのに随分と掛かってしまった」

 「だがお前達は子供も作れない」

 「そう、だからこそ私は仲間の死体を集め、人間に食べさせる事にした」

 

 絶妙な緊張感が俺と城戸の間に流れた。この世界では人間を宿主にしなければ、コイツらは生きられない。宿主と寄生者、二人は主人でどちらも奴隷。

 

 「……最も原始的な支配の方法か」

 「そうとも。……失敗ばかり重なった。だが、私は何としてでも君達に、我々を継いで欲しかった。いや、君達はそうしなければならないんだ。我々に白旗を振らせたのはこの世界、そしてその世界に支配者として君臨する君達だ!」

 

 城戸は両腕を空に向かって突き出して絶叫した。鳴いていた虫の声が一斉に止み、病的なまでの静寂が訪れる。俺は頗る冷め切っていた。

 

 「なら、力を継いだ俺に、バッチリ種馬生活を送れってか?確かに俺は怪人に変身出来る様になった。が、そうなった人間が本当に支配の力を継いでいるのか、そいつが女孕ましたとして、生まれてくる子供までもが同じ力を継ぐのか、何でお前そんな自信満々なンだよ」

 「分かるとも。それに、君自身が経験した事ではないか!理性なき野の獣から、本能的に人を喰らい、自己を高め、人間への変身……いや、回帰能力を手にしたんだ。これが『支配の力』に依る進化でなくて、何というのだ!」

 「——だァッ!!痛って!!」

 

 興奮してこっちに掴みかかって来た城戸に、渾身のヘッドバットを叩き込んだが、野郎めっちゃ固い。オマケに最後まで言葉を言い切りやがった。どっかで舌噛め、畜生。

 

 話がマジなら、俺はトカゲ君が本来の姿になっちゃって、人間の姿の方が変身した姿という事になる。ややこしいな。そして本能的に人間を喰らい、自らの血肉へと変え、支配した。そうやって俺は、宝橋の下で人間への変身能力を獲得して目覚めた。怪人から人間が生まれたのか、人間が元より怪人だったという話なのか、どっちも正しく、俺は多分後者だ。

 

 「……話は分かった。で、俺が何時怪人を食べたんだ?誘拐の記憶は無いぞ」

 「あぁ、誘拐は手間ばかり掛かる割に、効率的ではないと気づいてね。食品会社への潜入を行って、混入させる手段を執ったんだ。確か……豆腐だったかな?」

 

 あ。確かに俺は夕飯時に、食卓に着く両親に先駆けてものを食ってた。豆腐。選りに選って豆腐かよ。格好付かなねぇな、おい。

 

 「……聞かなきゃ良かった。オラ、何時までも掴んでんじゃねぇ!次は山登りだぞ」

 

 知らない内に遊園地の端まで到達していた。来た時と同じ様に、フェンスを蹴り飛ばした。俺がお前の思惑通り動くと思ってんのかよ、お前が自分の事しか考えてない様に、俺だってそうだ。ガキ作るつもりなんて無い、女とヤるだけヤって孕んだら、ブッ殺して食ってやる。

 

 地面に唾を吐き捨てて、気持ちに整理をつけようとするが、ムカムカが収まらない。クソッ!誰が汚ねぇ虫野郎に押し付けられた力なんぞ、後世大事に継がせようとするか!俺は怒りのままに、青笠山への道を踏み出した。

 




アリーヤ!

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