ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮) 作:ランバージャック
花菱市紅花町、駅前一等地のヴァリアントビル屋上。映画二本で冷え切った体を暖めるべく、俺はここにいた。爬虫類は変温動物だっけか、俺もちょっとは寒さに弱くなったりしているのだろうか。しっかり体を解し、昼中無視を決め込んでたメッセージアプリを開くと、相坂からの通知が鬼の様に溜まっていた。全部読むのも面倒だ、直接話して、俺の働きぶりを評価して頂こう。
『もしもし……やっと出た』
「よぉ、昨日ぶり。腹の調子はどうだ?子供産めなくなったりしたか?城戸に聞いた限りじゃ、元々産め無いから問題ナシって話だったけど。ま、殴ったのは肋骨だったし、そんな事心配無用か」
『……最低。アンタ、子供産めない女の人なら殴ってもいいとか考えてんの』
失礼な事言う女だ。俺を何だと思ってるんだ、そんな差別主義全開で生きてるみみっちい奴とは違うぞ。
「いや、ムカついたら殴ればいいと思ってるだけだ。男でも女でも、子供でも老人でも。超平等主義だ」
『じゃあガキね。自分の思う通りにならなかったら、暴れて意見を通せばいいって考えてるクソガキ』
「そうかもな。だが、俺にはお前が窮屈で情けない女に見える。人類ブッ殺せる力が有りながら、お前は俺の下で倒れてゲロ吐いて、ヒィヒィ言うだけの奴だった……。お前は多分、この先ずっとそうさ。そうやって生きて、そうじゃない奴等に俯きながら陰口を叩く、ナメクジ女さ」
『何でそこまで言われなきゃなんないの?アンタみたいなイカレ野郎に生き方の説教されるって何の冗談!?ふざけんな!アタシは!平和に生きたいってだけ!それの何が!アンタは何がそんなに気に入らないって言うの!?』
「平和に生きたい、スゲー立派な事だ。俺には出来ない事だが、マジでそうやって生きてる奴もいる。そいつらの事、ちょっとは尊敬してるぜ。で、お前だ。お前と、あの情けない連中。平和ってのは勝ち取るモン、そうだろ?お前らがやってんのは、特別な力を持ちながら、無抵抗で只々流れに身を任せて、波に攫われたら文句だけは一丁前に言う、そういう生き方だ、平和とは程遠い。その癖、自分達を上に置いた生き方だ。まっ、そもそも人の居場所に、勝手に居座って生きてる汚ねぇ虫ケラが、平和を語るってのも、おかしな話だけどな」
室外機の吐き出したビル風が、生温く吹き荒ぶ。額の汗を拭って下を見れば、少しずつ人が増えている。下校途中の学生に、仕事が早く終わった大人達、あれらの何処にも、俺達の居場所など無い。相坂は黙ったまま、通話は切れていない。
『……おかしいのアタシ達だって言うの?三十九人殺して、まだ殺し足りないって言うアンタより?確かにアタシ達は、そういう意味では人殺しなのかも。でも、この子の分まで幸福に生きようと思ってる。……アタシが奪っちゃったこの子の分まで……』
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら言い出した言葉がそれか、俺は心底失望した。後、殺した人数は二人増えたんだ。言ってないだけで。
素敵な異世界征服が、種族のドン詰まりでした。やる気失ったので隠居します、じゃねーんだよ、今更良いヤツ振るな。殺人鬼が反省文書いて許しを請ってる感じで、滑稽でクソ無様だ。
俺の場合はどうだ?どう考えても、俺がまともに生きていける人間じゃなかったのは確かだ。人生の何処かで、塀の中に入ってただろう。だから犯罪者予備軍のクソ野郎が、猟奇殺人大好きなビチグソ野郎に変化しただけで、俺の本質は変わっていない。良いヤツになんてなりたくも無い、良いヤツから殺して、好き勝手やって死にたいだけだ。
ところが、俺より遥かに後腐れ無い人外の畜生共が、霞食って生きてくみたいな事を言っている。こりゃどういう事だ?俺にはそれが心底理解出来ない。理解しようとすると、全身が粟立つ。
アイツらが、気持ち悪い。
「そいつに直接了承を取った訳でもないだろ。……で、その子の幸福を保障する為に、俺に同胞殺しを頼んだ。そこまでやれって言ってない、ってのはナシだ。本来、お前らがやるべき事を俺がやるんだから当然だ。次からは、ちゃんとレビューサイト覗けよ」
陽は黄色が濃くなったのに、風は未だに生温い。午前と午後の陽光を、たっぷり吸い取ったアスファルトやビルが、熱を発しているのだ。花菱駅に向かうスーツ達は増え、学生達はいつのまにか姿を減らしている。
この夜に七月が始まる。この夜の間に、栗林貴俊にケリを着ける。
「……仕事の話するぞ。襲った『レイジ』のメンバー七人の内、三人がグループ内の怪人の存在を知り、且つ容認していた。名前も聞けた。その内、住所まで聞けたのは栗林貴俊のみ。今夜そいつを訪ねる。花菱市紅葉町、白露。コーポ長谷川、一〇三号室。勿論ガセって可能性は十分あり得る、だが景気良く喋ってくれたアイツらの為にも、俺はそこに向かう」
「……アンタがその情報を得るまでやったコトなんて聞きたくないけど、……夕方のニュースは見た?一人は両手の指全損と失明で……、後の人達は意識が戻ったとしても、障害を抱える事は確定だって」
「そうか、そりゃ上手くいったな。死者ゼロだ」
通話を切り、口を尖らせて、太陽に向かって息を吐きかけた。ポケットには七つの携帯だったモノ。どう足掻こうと、元には戻らない物。もう一度握り潰して、空に放った。西陽を浴びて、紅花町の至る所まで散って行き、遂には見えなくなった。
♦︎♦︎♦︎
紅葉町。花菱駅と花菱町から見て北東に位置し、古い木造家屋が建ち並ぶ、閑静と言えば聞こえは良いが、それは、古臭い田舎丸出しの区域と言えない奴が大半ってだけで、俺は勿論言う方だ。死にかけのジジババ共が町全体に死臭を撒き散らしてて、こんな所に住むアホはマジで金の無い奴か、後ろ暗い過去を持つ様な人間だけだ、って。実際、十代とか二十代の若い奴には、驚くほど出会わないし、それが女なら尚更だ。ここでは完全にユニコーンみたいな存在だ。駅の東側はみんなこんなモンだが、ここは特に酷い。
そもそも、花菱駅から見て東側ってのは、市の名前を冠した花菱町があって、三十年前位は賑わっていたそうなんだが、花菱駅の大規模改修を盛り込んだ再開発に、花菱駅前商店街が反発を起こして、それを嫌った県が西側に予算をふんだんに使ったところ、花菱町がある東側全般が落ち込み、紅花町を始めとした西側が経済の中心となった経緯があるのだとか。だからそもそもここは、俺が産まれる前から終わってた町だ。
頻繁に目にするひび割れて落ち窪んだアスファルトや、消えかけの白線に対し、積もっていく行政への不満ってヤツを感じながら歩いて行くと、目標の建物が見えてきた。
コーポ長谷川、二階建ての至って普通の木造アパートだ。……宮島が暮らしてたボロ屋が、コンドミニアムに見える位ボロく無ければ。外階段なんて蹴ったら外れそうだし、外装の横っ面は蔦植物で覆われてるし、錆び付いた新規入居者募集の看板が、何とも物悲しい。賭けても良いが、この先こんな所に移り住む様な奴はいないだろう。それより先に、建物の取り壊しが決まりそうだ。
ここに奴が居る。正直、こんな光回線もクソも無い様な所に人が住んでるのも驚きだ。人は人でも、ネアンデルタール人あたりかもしれない。
大きく息を吸い込み、吐き出そうとして笑みが出た。間違いなく居る。一〇三の粗末な扉一つ隔てた豚小屋に、臭ェ怪人が居る。向こうはこっちに気づいただろうか?なんて、初デートの待ち合わせに来た中学生みたいな心持ちだ。こっちは準備万端、今すぐに玄関を賑やかに出来る。俺は酷い音色の呼び鈴を鳴らし、近づいて来る足音に耳を傾けた。
「……誰だ、お前」
「よっ、人殺しが来たぜ」
扉の隙間から顔を出した栗林の顔を、扉ごと殴りつける。飛び散り、吹き飛んだ木片が、驚愕に慄く顔を捉えて、轟音と共にすっ飛んでいく。既に人を殴った時の感触では無い、血湧き立つ高揚感と共に、全身を鱗が覆い尽くしていく。素敵な夜になりそうだ。