ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮) 作:ランバージャック
「オーシ!じゃあテメェにもう用ねぇな!」
泡を吐く様に最後の悲鳴を上げた男を、停車していた車の窓ガラスに突っ込ませる。もう既に血塗れだった宮島大輝の顔面に割れたガラスが刺さって、かなり笑える感じになった。くしゃくしゃになって、地面に倒れ伏したのを蹴って仰向けにし、三本歯を抜く。
奪った歯は、ヒントをくれた浅田くんのを含めて二十二本、キッチリ三本ずつ奪ってる。財布の更新は九回目、七つの携帯の七つのSNSアカウント、価値ある情報。夜明けまでの成果としては上上だろうか。俺が自分で使える自由な金を得た事の方が、気持ち的には大きいが、労働ってヤツを噛み締めてる。コイツは全く素晴らしい。汗塗れになって昇る朝陽を見れば、こんなにもごみごみとした街の中だってのに、風が吹き抜け、全身に熱が入り、不思議なくらい気分が高揚する。俺は、寺島くんと浅田くんの死装束で作ったフェイスマスクを取って、大きく伸びをした。サングラスは掛けたままだ。
ここは花菱市芙蓉町。女と遊ぶならここ、そいつが金の掛かる女なら尚更だ。昨日の夕方から東奔西走、八面六臂って感じで花菱市中を駆けずり回って、現在時刻は五時二十一分、宮島は街外れのボロアパートに暮らしてて、今はそこの駐車場で寝ている。俺は大手を振って、メインストリートへ繋がる道に繰り出した。酒と酒に酔っ払った連中の吐瀉物の臭いってのが、嫌に鼻につく。
これもまた、怪人の能力の余波みたいなモンか、あからさまに五感が強化されている。百メートル程先で行われてる、おっさんの立ちションで飛び散る飛沫も確認出来るし、そいつの呻き声もちゃんと聞こえる。……やめとくべきだったな。頭を振って思考を切り替え、コンビニのドアをくぐる。弁当五個にペットボトル三本、四千円払って外に出る。それから、ネットカフェでシャワーと着替えをした方が良いな。飯って食えるトコあったっけ、無いなら外で良いや。
朝が始まる。一睡もしてないが活力は漲ってる。それこそ、飛行船に跳び上がって引き裂けるくらいには。
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時刻は十一時半、花菱駅前の商業ビルの一階喫茶店で、コーヒーをがぶがぶ飲みながら、俺は自分の携帯と向かい合っている。既に、謎の襲撃犯が七人の『レイジ』メンバーに重傷を負わせた事件が報じられていた。奪われた携帯によって、『歯』を写した写真が本人のSNSで投稿された事もバッチリだ。七つの携帯は文字通りに握り潰して、五センチ位のボールへと変貌した。これは今も手元に置いていて、珍しい物だが何れ捨てなければならない。
季節の果物のタルトをつつきながら、これからの事を考える。七人襲ったが、その中に怪人はいなかった。グループのメンバーに、怪人がいる事を知っていた奴は複数。これには驚いたが、ちょっと考えりゃ当然だったか。一人は勿論、澤田竜二。名前と顔、住所まで分かったのは、紅葉町住みの栗林貴俊。そして残り三人は名前だけ、荻野春吉、山中峯也、飛田慎一。これ以上いる可能性も、ガセの情報を掴まされた可能性もあるが、どちらにせよ、吐いてくれた奴にはガラスで唇を増やしておいた。
最優先目標となるのは、栗林貴俊。こいつは殺す。情報が正しければ、こいつが俺にとって初めての対怪人となる。初恋の時みたく興奮するな、恋なんかした事ないけど。
目標二、奪った携帯のアルバムの中にあった気になる写真。売り物になる観葉植物、女達が繋がれてる写真にハメ撮り百枚以上。全部自宅やホテルでもない、花菱市の端を流れる志田川付近の廃ホテルや、紅葉町の倉庫、藤木町の廃遊園地近くの山等で撮られてた。ジオタグは消しとけって、研修で説明しとけ……だが、そのおかげで面白そうなものが見れるかもしれない。要視察。
目標三、浅田くんの遺言の一つに『レイジ』の溜まり場として使われる、『CLUB杉田』の名前があった。ドレスコードに違反しない様、連中の歯をアクセサリーに、夜遊びをしてみても良いかもしれない。その場合、クラブは営業停止か閉店だ。
目標四、まだまだ犠牲者が足りない。俺が思ってるのは、『レイジ』の怪人は皆殺し。人間は相坂達の意見に最大限譲歩し、殺しはしない。昨晩の内に襲ったヤツらに、死ぬ思いはさせたが、生きてはいる。報道でも全員病院に運ばれ、一命は取り留めたと言っていたし。ただ、そいつらに何らかの肉体的か、精神的か、どっちもか、障害が残るとしたら、俺とそいつらに満点だ。だが、満点狙いってのは何処の世界でも厳しいモンだ。このやり方は如何にも時間が掛かるって、散々思い知った。それでもまだ、人間の犠牲者が足りないんだ。これはちょっと、俺の不甲斐無さってのを痛感してしまう。拷問にも画一性が求められる時代か。替えの効かない人材の、アドリブに頼った経営戦略じゃ、お先真っ暗って言うし、変えていかなきゃだな。尤も、必要な情報が大体出揃っている現状、簡略化は望むところって感じだった。
後は、効果的なのが頭蓋骨陥没か素直に脊椎損傷か、ってのが分からない点だ。昨晩は手の指を全部潰してお茶を濁す事もあったが、それって何か違くないか?上の階で医学書でも漁って、何かヒントが見つかったら万々歳だが……。
上を見上げてから、俺は空になった皿に視線を戻した。奪った金があるとはいえ、一度に使い過ぎてる気もする。
息を吐いて、俺は呼び鈴を鳴らした。この後の予定は映画だ。