ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮) 作:ランバージャック
「それで、どうするつもりなの」
川田駅に迎えに来いって言うから、原付で向かったら相坂に「それアタシの」って怒られた。知るか、じゃあ鍵持っていけよ。
「朝と変わんねぇ、『レイジ』根絶やしにして、泡飲もうぜ」
俺と相坂は、生温く湿った初夏の夕暮れを歩み出した。
「違う。言ったよね?アタシたちのルールに従ってもらうって、アタシも『レイジ』なんて迷惑な連中だと思ってる。でもアタシたちの力は過剰なんだよ?無闇に振りかざせば簡単に人が死ぬ事くらい分かってよ!分からないワケないでしょ!?」
「そんなモン分かってて振るうに決まってンだろ。俺の登場で、お前らが知らん内に爆弾を抱え込んじまったのは不幸な事だった。だが、それを知って先に仕掛けたのはヤツらだ、そこを弱みだと付け込んだのはヤツらだ。違うか?そもそも『レイジ』ってやつらは、人間も含めての怪人だ。下手な脅しが通用するようなマトモさを持ってるとは思えない。本気でヤツらを黙らす気なら、血を流させる他ない。それも、タダの怪我じゃ駄目だ。四肢とタマを捥いで、吊るして、連中をもう何も無い状態にしないと終わらない」
俺と相坂は、気づけば田舎道の真ん中で立ち止まって、向かい合っていた。ぶわぶわと飛ぶ羽虫が鬱陶しい。
そして相坂は、俺の胸元に手を伸ばす。周囲の空気に溶け込む程に透明になった腕は、ずぶずぶと俺の胸郭へと沈み込み、心臓を掴みあげた。氷の様に冷たい指先で冷やされた血が、血流として送り出され、全身の体温を瞬く間に奪っていく。それが、堪らなく気持ち良い。
「やれば出来るじゃねぇか、どうしてコレをあっちにやらねぇ」
このまま文字通りの芯から冷やされれば、低体温症で死ぬのは容易い。だってのに、相坂の目は伏せられ、心臓を握る指先は、こっちよりよっぽど寒さにやられて震えっぱなしだ。
「……お願いだから、アタシたちの、言う事を、聞いて。アンタは、アタシたちの言う通りに、動けばいい——」
次の言葉を待たずに彼女を抱きしめた。彼女の腕は肘まで俺の体に沈み込み、更に体温の低下は加速する。しかし、抱きしめた彼女の体は温かだ。目を閉じ、短く荒く、繰り返される、彼女の呼吸音を堪能しながら、ゆっくりと、鼻だけで、吸い込み、外側のプレミアムな女子高生の香りを堪能する。汗と制汗剤の匂い、コイツは俺を殺したり出来ない。化粧と少しの香水、夏服のブラウス越しに、じんわりと滲む汗。シャンプーの香りに、舌先で感じる味。
「……ごっ、ぎ!……な、ん!?」
そして、拳に感じる少女の肋と肉の感触。二発目からは、何だかゼリーを叩いたみたいな感触に変化していた。腕を透明にして体に突っ込めるんだ、怪人としての特性が作用したと考えていいだろう。
相坂は、すっかり心臓から手を離してしまって、今やアスファルトに蹲って胃液を吐いていた。
「途中まで良かったぜカノンちゃん。凄く肝が冷えた、文字通りな。でも、少し見れば、殺す気無いぐらい分かっちまったよ。カノンちゃん、言ったろ、下手な脅しは通用しない。アイツらや、俺にも。そしてこれはお前が言った事でもあるが、俺達の力は過剰だ。そう、まさしく。ちったぁ人殺しの自覚持てよ、特にお前らは産まれた時からそうなんだろ」
しゃがみ込み、地面に広がる胃液を掻き混ぜて、ぺろりと味見してみる。一応、怪人の胃液なんだから、凄い強酸なのかと思ったら、別にそうでもない。
「ま、アレだ。俺のやり方を見とけ、参考にしなくてもいいが、忘れるなよ」
指をきゅポン、と口から離し、その指で涙が滲む相坂の目尻を拭って、立ち上がる。ひょっとしたら今日は野宿になるかもしれない、俺もすっかり忙しい身だ。ようやく寝床を見つけた次の日に、そこに帰らないんだもんな。城戸については、そもそもアイツ、朝はどうしていなかった?まぁ良い、俺は約束を破る人間だから文句は言わせん。
頰を叩いて雄叫び一発、バキバキと全身に鱗を生やして、田園地帯へのエントリーだ。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「よっ、久しぶり。浅田クン」
口が完全に何かを叫びかけていたので右を一つ、鼻を潰した。血を噴いて倒れる浅田くんを途中で引っ掴んで、絞ったシャツで作った猿轡を噛ませた。超芸術的なコンボだ。
ここは花菱市。何地区にあたるのかは知らんが、所謂ターミナル駅の裏にある再開発が進んでない所だ。そのせいか街灯の数が露骨に少ないし、賃貸料も幾らか安いと聞いた事がある。
そんな事を思い出す余裕がある程に、両腕の拘束も簡単に終わった。全世界誘拐王選手権アマチュアの部で、優勝を狙っても良いかもしれない、知らんけど。
「すぐに良いトコに連れてってやるからな〜……呼吸が苦しいのか」
曲がった鼻を元の位置に戻して、どうだと聞くと、首を振りやがった。その顔が凄い不細工だったから、思わず平手で打っちまった。もっと不細工になった、もう一発。
完全に蓑虫状態の浅田を連れて来たのは、小学校のグラウンド。そこに転がし、猿轡を取ってやると、案の定叫び出したので今度は側頭部を狙う。ごろりごろりと転がって、無様な鳴き声が聞こえてきた。
「お前の携帯のパスワード教えてくんね?へい、泣くな泣くな」
浅田くんの携帯にはテンキーが表示されている。線を繋げるヤツは、皮脂の付き様とかで占えるらしいが、コレは四桁のパスワードを入れなきゃダメっぽい。パスワードの解除に、設定した本人への聞き取りを行う。何ともアナログなやり方だが、こっちの方が楽しい時だってある。
コイツ泣きながら土食ってる!やば。
「……はんで……はんで……、もぉ、じぇたいに……はわないと……」
鼻が折れて、うつ伏せだからか少しも明瞭に喋らない浅田くんを正気に戻すべく、頰をぺちぺち叩き続ける。
「なんだ、俺が行方不明になった事知ってたの?この通り、すこぶる元気さ。で、携帯のパスワード何?」
「……ひちひちよんにぃ……」
観念したみたいに告げられたパスワードを入れてやると、あっさり携帯のロックは解除された。そのまま、メッセージアプリを起動し、友達一覧を確認する。
「じゃ、次。浅田くん、こん中に『レイジ』のメンバーっている?ちょっとそいつらに用事が出来てさぁ。ま、『レイジ』の連中が普段屯ってるトコとかでも良いぜ?」
浅田くんの背中に両膝をついて、首筋を撫でながら話しかけてやると、これがスラスラ、スラスラ喋ってくれる。日曜日に猫を撫でてる気分になってくる、浅田くんは猫ちゃんみたいに可愛くないけど、こうやって素直に言う事を聞いてくれるのも、また一つの可愛さなんだろう。
もう、話せる情報は何も無いと言う浅田くんの背中から離れ、浅田くんの携帯をポケットにしまった。やっと解放してやったのに、まだ浅田くんは地面に突っ伏したままだ。
「はんで……ほれ、ほまひぇに、はひはくはかっふぁ……はんで!……はんで!……」
すーごい、聞き取り辛い声だ。何言ってるのか全然分かんねぇ、何だ?浅田くんの一人暮らしの場所を知ったのがそんなに意外か?
「寺島くんに聞いたらここだ、って。で、俺に会いたくないって言ったの?何でそんな事言うの、めっちゃ悲しくなっちゃうよ」
「ぼまえゔぁ!ぼ!うぉれの、……!あるぅる、ばぅ!!」
「何言ってるか分かんねぇよ!ゴミカス野郎!!テメェ人の言葉喋れ!」
右アッパー。蹴るのはナシだ、靴が汚れる。吐き出した血と唾の中に混ざる歯を、空中でキャッチし財布にしまった。寺島くんのだ。彼が気前良く命とタクシー代をくれなきゃ、俺はここにいない。……ってわけじゃないが、徒歩で花菱市に来るハメになったな。
また浅田くんは泣き出してしまった。ホント勘弁してくれ、中学時代は、コイツもまだ声変わりしてなくて面白い泣き声だったんだけど、流石に二十代の男の泣き声って不快だな。もう黙らせたい、必要なことは聞けたし良いか。よく見たらションベンも垂れてるし。
じゃあ、さいなら。浅田くん。本日二品目の君の事を考えると、どうしても思い出す事がある。君のケツに懐中電灯突っ込んだ事覚えてるか?君を叩くと上下左右に光が行ったり来たり。笑い過ぎて吐くなんて、あれっきりだ。だけど、俺は君をイジメたかった訳じゃない。一度君と俺の間に、交ざりたがってたヤツらが来た事もあるだろ?そいつらは全員殴って追い返した。俺は君をみんなのおもちゃにするより、君が普通にクラスメイトと上手く関係を築きながら、裏で俺のおもちゃになる方が面白いって思ったんだ。
次の現場が待ってるぜ。
良い曲ですよね。『ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラヴ』