ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮)   作:ランバージャック

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6月29日11時から3時

 

 やって来た金輪図書館。平日だってのに、怪しむ事なく俺を受け入れてくれた素敵な場所。

 

 ……本の匂いが好きってのは、新品の本に対してのみ捧げられるべきものだ。だから、図書館の匂いは嫌いだ。湿ったダンボールとかと似た臭いで、鼻がムズムズしてくる。それだけじゃない、俺は図書館って場所に居ると、凄い勢いで鼻糞が量産されてる様に感じるんだ。これは多分研究が存在する。

 取り敢えず司書さんに、ここ一年分位の新聞アーカイブを頼んだら、快く持って来てくれた。……やっぱ、一年分は調子乗り過ぎた。山と積まれた新聞を抱え、ワークスペースへ向かう。

 

 『自衛隊、深山の怪人を取り逃がす』『北米における怪人占拠事件から二ヶ月』『怪人は人間に擬態可能。判別方法は不明との発表』『政府が怪人対策として初の災害派遣を決定、広がる懸念』『茨城県にて、怪人八体の駆除に成功』『謎の深まる怪人、人類との共存は可能か否か』『両市長の要請に基き、新たに金輪市と花菱市への災害派遣が決定』『事件から一ヶ月、静まり返った深山地区』『川田地区にて民家倒壊。家族三名行方不明、怪人の犯行か』『花菱市にて、相次ぐ女性の失踪事件。怪人の犯行として調査が進む』『摘発された裏カジノに蠢く怪人達』『大阪西成区、白昼堂々の大捕物。死傷者多数』『文筆家、岡田氏の語る、人類のカウンターとしての怪人』『怪人の存在する世を生きる』『俺は怪人だ!叫んだ男性を即座に射殺、SNS上で広がる抗議#3M』『中東で僕を助けてくれた怪人の話』……。

 

 ちょっと頭が痛くなってきた。如何してこう、アホな記事も紛れ込んでいるのか。だが、大体の事情は知れた気がする。重要なのは、未だ人間に寄生した怪人を完全に判別する方法がないって事と、怪人と言えど対戦車誘導弾クラスにはタダでは済まないって事、一部特殊能力を有した怪人との戦いでは、そもそも物理攻撃が効かないらしい、という事。それから、俺の柔肌を傷付けた憎いヤツの正体は、12.7ミリの重機関銃に依るものってとこか。人類の傑作相手にその程度の怪我で済んで良かったと思う半面、己の耐久力に過信は禁物かもな。

 

 それから勿論、発表を渋ってる情報もある筈だ。人間に擬態出来る俺達は、こうやって情報をキャッチする事も出来る訳だし、織込み済みで話を進めてるんだろう。こっから先は、政府の機密文書にアクセス出来る様になってからだな。最も、そんな日が来るとは思えないが。

 

 そして気になる記事、こっちは地元紙。去年の六月時点で七件発生している花菱市での連続失踪事件。これがもし全部、『レイジ』や澤田竜二が噛んでるとしたら、相当派手にやってる。

 

 やれやれと、持って来たノートを仕舞って携帯を見れば、既に昼をとうに過ぎていて、相坂からの返信も着ていた。律儀だねぇ、アイツ。二、三発殴っても許してくれそうだ。

 

 『チェック付けてる人に知り合いはいないけど、この人友達の元カレかも』

 

 画像に追加された矢印が示す、ブルーのサングラスの男。その友達ってヤツがコイツの住所を知ってるなら、手札は二枚って事になる。だが、一枚って思っといた方が良いだろう。間違いなく、俺のやり方を容認する様な相坂じゃない。言い包めて相坂を共犯者に仕立て上げりゃいいんだが、今朝の記憶が濃い内には難しいな。結論、浅田くんに聞こう。浅田くんが実家を離れてる場合は、寺島くんに浅田くんの居場所を聞き出そう。アイツ確か高校卒業後に金輪市内の工務店に勤めてた筈。実家の庭柵工事に来てた時があって、そん時にちょろっと話して、浅田くんとまた遊ぶようになったって、言ってた記憶がある。

 

 俺は司書さんにキッチリと礼を言ってから、図書館を後にした。

 

 

♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 帰り際、ついでに俺はかつての自宅前に来ていた。あのメゾネット『サンライズコーポ金輪』から西で、図書館からなら、南に下るのみだ。そうすれば三十、四十年前くらい前がトレンドの家が複数並び立つエリアになる。外壁をもう一度塗り直した家もあれば、褪せるがままにしている家もあって、勿論時間帯もあるんだろうが、かつて此処に来た新婚夫婦には、子供が産まれ、その子供もすっかり成長して、大学なり就職なりして県外へ行って、後は老いた夫婦が残るのみ。当然、活気ってやつはすっかり無い。若い世代が入居する様なところには、家族が出払う様な時間帯でも、生き生きとしたものの名残が住宅街全体に漂うモンだが……柄にもない事を考えてしまった。

 

 自宅は立ち入り禁止のロープで塞がれていた。二階建ての家だったが、平屋になってる。凄まじいパワーで、内側から一階の壁を破壊しまくったからだ。庭には木材や草が生い茂り、そろそろ自宅だった瓦礫と手を結びそうだ。

 此処で初めて怪人になって、両親を食った。夕飯時だったと思う。思い出せば、正直城戸の枕とどっこいの臭い肉だった。

 

 母親は、クソ下らないCMに出てくるタレントに、一々噛みつかなきゃならない程碌でもない人間性の女だったし、父親は……何をしてたか覚えてない。生きてるのか死んでるのかすら分からん、飯と酒飲んで寝てるだけの男だった。あいつと一度でも話したことなんかなかった。そんな事を思い出しながら、停めた原付に寄り掛かって、しばらくそこでじっとしていた。

 

 きゃんきゃんと鳴かれ我に返ると、ダックスフントが靴紐に悪戯をしていた。昨日盗んだばっかの新品を、涎でめちゃくちゃにしてやがる。リードは繋がってるが、誰も持ってない。何処のアホが飼ってるバカ犬だ。

 

 「噛むな噛むな」

 

 下から抱え上げてやっても、いやに暴れやがる。……こういう動物って、俺の正体が分かったりするのか?警察犬とかで、怪人の追跡は可能なのか。やがて、飼い主と思しき中年女性がやって来た。近所の人だ、名前は忘れた。そんで、サングラスが役だった。と、思いたい。

 

 「すみません〜。ホラ、チョコちゃん。お兄さんにあやまって」

 

 こいつらがやって来た時、遅い昼食にやっとこさありつけると思ったが、こんな場所で食事ををしちゃあ、足が残る。帰って冷蔵庫になんかあったかね、とか考えて原付に跨る。自由に使える金もないし、相坂に借りるとかするか。

 

 そう言えば、俺の扱いって世間的にはどうなってるんだ?県警の行方不明者リストに載ったりしてるなら、一年程行方不明だった奴がどんな扱いを受けるんだ?警察に保護された後、病院での精密検査辺りが妥当か。いや、そもそも警察が俺を帰してくれるかどうかが問題かもしれない。連中だって、俺の行方不明後から目撃される様になった、怪人との関係を疑うだろうし……。

 

 そんな事を考えながらの帰路だった。

 


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