ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮) 作:ランバージャック
「そんで?アンタが俺を欲しがったんだろ?世界征服でも始めんのか?」
キャスターチェアをキコキコ鳴らしながら、エアコンを操作する城戸に投げかけると、苦笑が返って来た。
「そんな大それた事は考えていないよ。第一に、今の我々が人類全体に攻勢を掛けるのであれば……確実に負ける」
ベッドに腰掛けた城戸は、そう断言した。見た目以上に草臥れた声から、実感ってヤツを感じずにはいられない。
「意外だったな。一年前の話になるが、お前らの仲間が北米のどっかで自治区を作ってなかったか?俺はてっきり……、ベタだけど人類を滅ぼすもんかと思ってたぜ」
「彼らは皆死んだよ。国の軍隊によってね」
……おぉう、マジかよ。俺が元気に野山を駆け回ってる間に、そんな事になっていたのか、スゲーぜ人類。考えてみりゃ、ポッと出の殺人集団に負ける様じゃ、安心して人間同士で殺し合えないもんな。
「そうだな……我々の話をしよう。我々が元いた世界の話だ」
「元いた世界?……どっかの映画みたいに宇宙からやって来た、って訳じゃねーの?」
そういえば、結局の所コイツらが何処からやって来たとかは定かでは無いんだったか。宇宙人説やら未確認生物説とか、放射能汚染された生物説やらアホみたいな意見が日々繰り広げられていたが、結局あれらは結論が出たのだろうか。出てないなら、これから全世界初の『何処から来たの怪人さん?』が語られる訳か。
「テレビショウの話かね?あれらは的外れもいい所だ。我々はもっと遠くから来た。君達の言葉で言うなら……、異世界。そう呼んで差し支えない」
「異世界?馬鹿言うなよ……。マジなの?」
一切の信憑性も無い話だが、城戸は心底愉快そうに笑い出した。何だか腹が立つ感じだ。コイツはコイツで、腹の底では人類なんか吹けば飛ぶ、ハナクソ程度の価値しか無い矮小な存在だ。とか思ってそうなのが透けて見える、気のせいかも知れないがな。
「そう、異世界だ。……我々の世界は危機に瀕していた。我々が生まれながらにして持つ生存本能が故に、傷付き、疲弊し、最早破滅に猶予はなくなった……。だから新天地を求めた。今ある世界を捨て去り、新しき世界の開拓者となる道を、華々しく我々は選んだ」
「お前ら全員が、腹括って滅びを受け入れるってのは無かったのか?」
「種の危機を知って尚、君も同じ事が言えるのか?」
「よく言うぜ。その言い分だと、自分らで世界滅ぼしたクソ種族じゃねぇか……、んで?続きは?イキってこっちにやって来たは良いけど、随分調子悪そーじゃん?」
舞台俳優みたいに大仰な口調で喋ってた城戸から、表情が抜け落ちた。浮きかけた腰をベッドにもう一度下ろし、城戸は口を開いた。
「我々は楽観視し過ぎていたのだ……。意気揚々と地球に降り立った我々には、疾うに喪われた自然と、野生動物が生きるこの地は、まさしく理想の世界だった。……だが、変化は直ぐに訪れた。まるで世界そのものが、異物である我々を排除しようとするかの様に」
「体は瞬く間に痩け、背はみるみる内に低くなり、気づけば四肢は無くなり、地を這うばかりとなった。……我々の存在はこの世界に拒絶されたのだ。そう気付いた時には、我々の仲間は死に絶え、生き残った者も線虫も斯くやといった有様だった……」
俺の脳裏に、籔揚げされた鰻みたいな城戸が思い浮かぶ。こういう事じゃない?違う?
「なんだそりゃ。あー、なるほど?つまりお前らって、今や寄生虫みたく人間に取り付いてるってコトなのか。そらご愁傷サマァ」
「御愁傷様?御愁傷様だと!?我々は生殖器すら喪った!最早我々に残されたのは、只々緩やかな破滅を、種の滅亡を指を咥えて待つという行為のみだ!」
城戸は立ち上がって、泡を吹いて捲し立てた。顔に臭ェ唾が掛かってゲロっちゃいそうだ。思わず俺は枕で顔を拭ったが、その枕も何時洗ったのか判らない位に臭かった。さっさとこの憐れな寄生虫との会話を終わらせて、風呂に入りたい。
「……宿主に取り付き、その体を借りて、不自由なく生きる事は可能になった……。だが、余りにも情けない姿だ。種の頂点として立ち、栄華を極めた一族が、人間への寄生無くしては、立って歩く事さえままならないとは……!」
城戸は呪詛の様に呟くと、ゴキブリ並みの動きでベッド脇の冷蔵庫に飛び付き、缶ビールを引っ張り出して一息に呑み干した。
「一本寄越せ。そうだ、その緑のやつが良い……。いい感じに地球での生活を楽しめてる様で何よりだ。今のお前、怪我で引退して酒に溺れるスポーツマンみたいだぜ。……そんな睨むなよ」
過去の栄光に縋って、現実が見えてないゴミクソ野郎じゃん。までは言わなかった。俺は血走った目で睨みつけてくる城戸に酒瓶を掲げ、瓶へ口付けた。とろりとしたアルコールを口いっぱいに含み、舌で平泳ぎして、飲み込む。それからドラゴンみたいにゆっくりと息を吐き出すのだ。
「……お前もやれよ。城戸」
目を白黒させながら城戸は、引っ手繰るように酒瓶を奪い取ると、そのままの勢いで呷った。それからゆっくりと、酒精とフレーバーの息を吐き出した。俺は可笑しくなって笑った。雛鳥みたいでカワイイヤツじゃん、顔はおっさんだけど。
「……ユキという少女を知っているかね?君が殺戮の限りを尽くした深山地区で、暮らしていた少女だった。牧村君の勤務する美容院には、親子揃って通っていたらしい」
「あのみっともなく泣いてた女か、牧村……牧村薫か。なるほどそんで?」
俺は城戸から返された酒をまた呷る。
「力の大半を失い、人間の社会にすっかり溶け込んだ我々の中には、そのまま取り付いた人間として、一生を全うするべき、と言う者も出て来た。……我々は本来、滅びる世界と共に流れ行く定めだった。それを少しだけ先送りにして、異なる世界で、異なる種族になる夢を見ているのだと……」
「定年リタイアか、胡蝶の夢か……。俺の疑問を言ってやる。お前らが寄生した事によって、本来の体の持ち主の人生はどうなった?今もお前らの中に、意識として溶け込んでいるのか?それとも、お前らが寄生した時点で、そいつの意識は綺麗さっぱり消去されたのか?」
「……恐らく、完全に消え去っている。我々は人間から記憶を読み取り、家族を奪い、社会的地位も奪った。……だが、そうして支配下に置いた人間は全て、我々と同じ様に、生殖機能を失った」
たっぷりと時間を掛けて城戸はそう言った。意識的か無意識か、仄暗い笑みを浮かべ、こいつが今思う事はなんなのだろうか。大抵碌でもない事なんだろうが……。
さて、これまでこいつから聞いた情報は、果たして信頼出来るものだろうか。戦争で住めなくなった異世界を捨て、こちら側にやって来た連中が、さぁ、これから地球の奴等にご挨拶だ。略奪だー。と、やろうとしたら、軒並み弱体化を食らって、ナメクジ以下になっちまいました。でも人間に寄生出来る様になったので、平和に生きてます。寄生先は子孫を残せませんが、私たちと一お揃いだね!
しかし、俺の立ち位置が分からん。俺には連中の故郷の記憶なんかない割に、トカゲ怪人になってるし、それはどうにも去年の五月辺りに獲得したものらしい。可能性として、ウチの両親のどっちかか、どっちもが怪人に寄生されていて、盛り合いました。その結果俺が産まれて……、実は超低い確率で、成長に伴い怪人の特性を獲得する人間が産まれてきます!今までは試行回数が足りなかったのです。さぁ!レッツ民族浄化!……という事が考えられないだろうか。が、こいつらがこっちの世界に来た年が分からん。両親に「なぁ、あんたらの内どっちか異世界から来てる?」とも聞けない、どっちもあの世だもん。
結論、信じよう。俺は心の広い人間だ。なんか急にトカゲ人間になれる様になった、一般人ぐらいに思っとけばいいや。
「ま、俺らとお前らで子供作ったら、ホント碌でもねぇクソガキが産まれそうだし、神様かなんかが制限でも掛けたのかねー?……ヤメヤメ、俺理系じゃねぇんだぞ」
神様とかいうアホ臭い存在に言及しちまった。大体、生物学とか遺伝学とか、異世界生物学とかとかが必要になる様な問題を、解けるワケねぇだろ。ふざけんな。
ここで城戸と話し過ぎた。酒も入って、こっちもあっちもお喋りになっちまったらしい。いい加減俺も風呂に入りたいし、ここらでお開きにしよう。体中カピカピしてるし、それが、焼いた豆とか、豆腐の汁みたいな臭いを発生させてるしで、限界なのだ。
そうして椅子から立ち上がった俺は、また笑い出した城戸を尻目に、柔軟運動をしてから部屋を出ようとした。
「そう、碌でもないガキなら生まれたよ……。目の前にいる」
「うるせぇ、今何時だと思ってんだ。明日にしろ、俺ぁ風呂入って寝る!」