ただのヤバい人が怪人になっちゃった話(仮)   作:ランバージャック

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?月?日21時(多分)

 怪人。数年前に初めてその存在が確認され、人類種の天敵と世間が騒ぎ立てている。その発生や行動基準といったものは、一切が謎に包まれているが、今まで確認されている奴は全員人間を殺している。食べた奴、毒ガスをばら撒いた奴、町を占拠した奴等は……どうなったんだっけ?とにかく俺は、いつの間にかそんなモンになっちまっていたらしい。

 そうなのだ。俺はもう、人を殺していた。食べる方向性でだが。

 

 さて、俺の純粋人間としての記憶は五月上旬あたりで途切れている。そこからの俺は完全に野生化していた。腹が減ったら野鳥や人間を食べたり、眠くなったら地面を掘って寝て、銃で武装した連中から逃げ回ったりといった記憶がぼんやりと思い出される。曖昧だが、鮮烈だ。どうやったって上手い言い訳なんか出てくる訳もなく、俺は自分でも知らない間に人類の天敵に相応しい存在となっていたのだ。

 しかし、落ち込んでいてもしょうがない。自分の体がトカゲ君になった時は結構なショックを受けたが、平川に飛び込んだら頭も冷えた。こうなったら後は腹を満たすだけだ。腹の凹みは心の凹みとか、誰かが言っていたっけ。 

 

 そういう訳で、平川を遡上しながら、水鳥やら鯉なんかを食べ漁るクルージングを楽しんでいると、陽がすっかり落ちる頃には、このまま怪人としてよろしくやってくのも無理ない話に思えてきた。

 真っ黒い夜だった。頭上には、透き通ったまん丸月で雲の一つもない。雄叫びを上げ、水面から飛び出て、河原に降り立った俺を責めるような奴は誰もいない。四足歩行で堤防を登りきると、目の前にぽつぽつと住宅街の明かりが見える。

 

 「金輪大橋……花菱の方か」

 

 200メートル程離れた橋の名前が難なく見える。この金輪大橋を南にどんどん行けば、花菱市に入る。この辺りは大体田畑で、少しの住宅街、それから大型駐車場完備の商業施設がいくつかある。つまり、俺の次の目標は決まった。

 花菱ショッピングモールだ。地元の奴等から金輪ショッピングモール呼ばわりされる、金輪市にある花菱ショッピングモールで、服と靴を手に入れる。このまま人間に戻った時に裸ってのは頂けない。尚、怪人への変化の時点で、それらが千切れ飛ぶ可能性は考えないことにする。

 

「泳ぎは十分堪能した。次は……走り?」

 

 大袈裟に脚を溜めて前傾姿勢を採ると、一気に伸び上がる。ぶわり、と俺は堤防から跳び立ち、民家へと突っ込んだ。

 

 

♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

「スーパーパワーも考えモンだよなぁ……あー!畜生!」

 

 もうもうと立ち込める埃を払いながら、俺は立ち上がった。いきなり出端を挫かれたが、一つの経験だ。失敗なんか存在しない、全ては次に繋がる。いや全く。

 

 「よし。もっと思いっ切りが必要だな、オーケーオーケー」

 

 ぱんぱんと頬を叩いて周りを見渡すと、女と目が合った。十代だ、匂いで判った。なるほど、突っ込んだ部屋は子供部屋だったようだ。現に口を開けてアホ面を晒してる彼女の背後に、学習机が見える。ノートを広げてこれは……英単語でも書き写しているのだろうか。彼女の耳のイヤホンからは、安っぽいアイドルソングが漏れ聞こえていて、理想の勉強態勢って奴だ。俺もよくやっていた。

 

 「……おー?成る程これか!」

 

 相変わらずの彼女の様子に、ようやっと俺は自分が踏んでいたものを掴み上げた。辛うじて体が繋がっている男?だ。どうやら俺は突入と同時にこいつを轢き潰したらしい。何とも哀れな姿になったこの男は彼女の弟か兄か……、はたまた彼氏か。ボウイナイフがそのまま引っ付いてるような、今の俺の足爪で踏まれたら、こうなるのは訳ない話だ。

 

 正直、靴裏に引っ付いたガムを食うみたいで抵抗はあったが、こいつを食うことにした。彼女は相変わらずの表情だ。俺も夕方頃にはそんな顔してたよ。

 そう言えば、自主的に人間を食うのは今回が初めてかもしれない。……子供だし、中身の大半が零れ落ちているからなのか、食べ応えがまるで無い上に味も薄い。下味を付け忘れたステーキって感じか。ちょっとワクワクしてたけど残念。次に期待だ。

 

 「部屋の片付けは任せるぜ。んじゃな」

 

 血まみれ臓物まみれ、瓦礫沢山の彼女の部屋を掃除する義理もない。向かいの窓をぶち破って、俺は再び夜へと飛び出した。今度は、壁面に突っ込むようなヘマはしない。家々の屋根を踏み砕き、ソーラーパネルを蹴っ飛ばして、宙返りも背面跳びも何のそのだ。死にかけの街頭が照らすアスファルトを眼下に、集合住宅の外壁を駆け上がる。行き掛けに給水塔に突っ込んで水を浴び、そのまま再び夜空を跳ぶ。

 

 気づいたら馬鹿みたいに笑いまくってた。こんなに笑ったのが久し振りなくらい笑った。笑って笑って、辿り着いた花菱ショッピングモールの壁に迷うことなくタックルを打ちかましてやった。案の定、鉄筋コンクリートもクッキーみたいな脆さだ。何一つ問題ない。

 

 「よーし、買い物の時間だ。金輪ショッピングモール」

 

 手を打ち鳴らし、止まったエスカレーターを駆け上った。速さが命だ。そもそも轟音と共に突入し、監視カメラ塗れの空間を突っ切るのだ。夜勤で頑張る警備員の皆様方の為に、速やかに強盗を遂行しなければならない。

 シャッターを爪で切り裂き、店舗に侵入を果たしたがここで問題が起こった。何てったって今の俺ときたら掌が中華鍋位デカいし、鋼鉄製のシャッターを難無く切り裂く爪も生えてる。ちょろっと手にしただけで、商品がぼろ切れになるのだから、堪ったものではない。

 

 「初めての時を思い出して……あ、やっぱこの話ナシ」

 

 とりあえず、トカゲ由来の再生力が在ると信じて、右手の爪を全部毟ってみる。思わず泣いちゃったが、案の定直ぐに傷が塞がり血が止まったので物色を再開。手頃なバックパックを引っ掴み、警報音の中、旅行前みたいにウキウキでお気に入りを放り込んでいく。

 次は靴が必要だ。六足目の靴下を詰め終わり、もう一つのバックパックを手に取る頃には、爪はすっかり生え揃ってしまっていた。

 

 

 

 

 




 スーパーパワーに目覚めたての主人公が力加減わからなくなる描写っていいですよね……

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