前回は「琵琶湖の水とめたろか」を実際に実行すればどうなるかをシミュレーションした。

結果はなかなかに残酷なもので、水を止めると滋賀広域が水没したあげく、貯まった水はまず京都に流れ出すといったものだった。このままでは滋賀県民の脅し文句が京都人や大阪人の脅し文句になってしまう。

これはなんとかせねば(?)、というわけで打開策を模索していきたい。
このシミュレートでは瀬田川洗堰を閉めることで水を止めた。

国土地理院発行電子地形図を加工して作成

果たして水を下流に流さない方法は本当にこれだけだろうか。冷静に考えてみれば、既存の設備を使う必要はないはずだ。と、いうわけで本記事では“滋賀に水を貯めずに水を止められる新たな方法”を空想科学していきたい。

水を流さない方法は?

前述の通り、水を止めても滋賀ごと水没するだけである。では、どうして水没してしまうのか。簡単である。水であるからだ。もっと言うなら液体であるからだ。液体だから流れてしまうだの水没するだの考えてしまうのだ。

そう、液体でなくせばいいのだ。

ではどうすれば水を気体か固体にできるのか。もっとも簡単な方法は高温 or 低温にして沸騰 or 凝固させてしまうことだろう。だがこれは放置しておけば液体に戻ってしまう。いくら京都や滋賀が夏は暑く、冬は寒くなりやすい盆地といっても限界がある。
何かいい方法はないだろうか…

ここで自称・化学屋である著者として、この方法を提唱したい。
「作戦:水を電気分解してしまう」というものだ。

※化学屋:化学の研究開発をしたりしている人が自分のことをこう言ったりする。偏見だが年配の人が使いがち。なお著者は自称若い。

水を電気分解するとどうなるか

水は電気分解すると水素と酸素になる。つまり気体にできる。
しかも水素は昨今注目されているクリーンエネルギー。酸素は化学製品への酸化剤や溶接用のガス、医療目的など様々な用途があげられる。大量の水素、酸素が生産できるとなれば、軍資金まで得られるのではということでこの方法について考えてみたい。

まず電気分解というだけあって、水を水素と酸素にするには電気が必要だ。
この反応を化学式で書くと以下のようになる。

なんのこっちゃという方もおられると思うので、簡単に説明すると「水分子2つを分解すると酸素分子1つと水素分子2つができる」という意味。とりあえず「水を電気の力でバラバラにしたら酸素と水素になる」と思っていただきたい。

「化学屋とか大層な言い方をしたのに、提案した方法は中学化学やん!」とか突っ込まれていないかを気にしながら、この反応を起こすためには水分子1つにつき電子2つが関与するので…などと色々計算したところ次の結果が分かった。

瀬田川流出量は 48.4 億トン/年、天候や時期によりその流量は変化するが、単純に平均をとると1秒で約150kgの水が流れることになる。これを全部水素と酸素に変えて大気中に流すと、体積にして水素372m3、酸素186m3、合計558m3もの量になる。分かりにくいので例えると、京都市営地下鉄の電車2車両分よりも大きい。1時間にすると電車150車両分ほどの気体が生成されるわけである。シンプルに置き場に困る量だ。

となれば貯める方法か使う方法を考えないといけない。

ここで折角なので水素の貯蔵についてお話ししたい。
「水素を貯める」と聞いて工業レベルのガスを貯めるとなれば、この画像の施設が思い浮かんだ方も多いのではないだろうか。

筆者が子供の頃、勝手に「恐竜の卵」と呼んでいたこの丸いやつは正式名称を”ガスホルダー”という。大量に期待を貯めるという方法としては正解だが、実は水素には金属をもろくする性質があるので普通に鋼鉄のガスホルダーに入れることは普通に危ない。そんな背景も相まって、水素の貯蔵には様々な方法が生み出されているのだ。

ではどのように保管するかというと

1.アルミニウム合金などで作った特殊なタンクに貯蔵
2.合金に水素を吸わせて貯蔵
3.アンモニアなど別の物質に変えて貯蔵
4.低温にして液体化させて貯蔵
などが代表的だ。
また貯めるとは少し話がずれるが
5.パイプラインで水素を使う場所にすぐ供給する
のも有効な手段といえる。

水素を使う方法として有名なのは水素カーであろう。水素で動く自動車は流通数こそまだ多くないが、実際に製品として販売されるステージまで来ていることは言うまでもない。

国土地理院発行電子地形図を加工して作成

ここで滋賀の地図を見直してみよう。

何とも都合のいいことに琵琶湖南部には国道1号線や名神高速道路があるではないか。
国道1号線は東京から静岡を経由し、滋賀や京都、大阪を通る規模の大きな国道だ。
また名神高速も大阪-京都-名古屋をつなぐ高速で交通量は多い。

パイプラインで長期保管、長距離輸送しなくとも将来的にはかなりの量を売れるのではないか。まさか嫌がらせが金儲けの手段にまで変わるとは…。
琵琶湖の水を止めると国道が水没して全国から怒られると思っていたが、この方法なら感謝する人も出てくるかもしれない。滋賀に交通の要所が多いことがこんな方向で役に立つとは…
視点を変え、新たな手法にチャレンジすることはやはり偉大であったか。

ちなみに酸素や水素を使う話ばかりしているが、適当に垂れ流すのは絶対にやってはいけない。酸素が多いと尋常じゃないぐらいものがよく燃えるようになるのに、水素と酸素が大量に混ざった気体は火の気があれば大爆発を起こす。そもそも酸素濃度が高すぎても低すぎても人は一瞬で死に至る。高濃度では酸素中毒に、低濃度では意識を失い、そのまま酸欠になるのだ。

酸素濃度は命にかかわるので、例えば科学実験では細心の注意が必要になる。化学屋が液体窒素を使う際、最初に教わる事でもある。

話を切り替え、この大量の水電気分解に必要なエネルギーを計算してみよう、すると必要なエネルギーは1時間で1340kJ。なお2017年に環境省のデータによると近畿の1世帯あたりの平均消費電力が1日で約11kJらしい。計算すると約3000世帯当たりの消費電力が必要ということだ。京都府で例えると綴喜郡 井手町が約3400世帯ほどなので、この電気分解のために町1個分の電力が使われるといっても差し支えないだろう。

どうやってこの電気を賄うかだが、どうせ琵琶湖の水を全部止めるのならば、水力発電しつつその電気で水電気分解をしてみるのはどうだろうか。なお気になる発電量だが瀬田川の流出量を考えれば、難しい話ではないだろう。我ら京都人がおなじみの蹴上発電所の発電量と比べてみればあきらかである。蹴上発電所とは琵琶湖から京都市に水を引くために琵琶湖疎水が作られた時に作られた発電所である。その発電された電気が当時の京都の街頭や電気鉄道で使われ、京都の近代化に大きく貢献したことは京都人の中では有名である。

 1891年に第1期蹴上発電所が作られたが、発電量が足りなくなったため、1912年に第二期蹴上発電所が建てられた。第二蹴上発電所の発電量は1時間当たり4500kJを超える。当時の発電技術ですら必要な電気量を賄うことができるできている。そもそも第二蹴上発電所で使われていた疎水の水の量はざっくり瀬田川の1/10程度なので正直かなり余裕だ。

あれ?最初は悪ふざけで言い始めたが、思ったよりかは実現できそうに見えてきた。これなら京都人もちゃんと脅せそうだ。

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京都が好き。美味しいものを食べるのも好き。
でも実は一番好きなものは化学や物理学などの自然科学。
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