ラノベの中のSFいろいろ(その5)こんなのもあった! 落ち穂拾い行きます!
先に書きましたけど、ライトノベルのSF作品はけっこうたくさんあります。ここまで紹介した作品にしても、あくまで僕の記憶に残った作品、しかもSFに限定したものだけです。SFじゃない作品や、SFなんだけどあんまり面白くなかった作品は無視しています。
落ち穂拾いの意味で、ここまでの解説で取りこぼした作品をいくつかご紹介します。これでもまだ語りきれないんですけどね。
ちなみに『這いよれ! ニャル子さん』や『人類は衰退しました』みたいなメジャーになった作品も省きました。
調べてみたらかなり古い作品でした。1989年、つまり平成元年! そんな前だったか。
銀河辺境のノンディル星系。かつて日本人が植民したあと、何世紀も他のコロニーとの交渉が途絶え、「江戸っ子」文化が独自の発展を遂げた世界。そこに銀河帝国の王女セルシアが悪人に追われて逃亡してきます。江戸っ子の少年バン・リディムは、愛用のマルチ・ムーバー「ダイザッパー」を駆って、セルシアを守って戦う……という江戸っ子スペースオペラ。
マルチ・ムーバーというのは万能宇宙服。ロボットと宇宙船を合わせたような全高3メートルぐらいのメカで、もともと作業用なので武装は最小限。戦闘時にはビームとか使わずに、ハンマーとかで物理的に殴り合うんです。本当に豪快です。楽しくて忘れがたい作品でした。
読み直してみたら、セルシアが裸にされるシーンがごく当然のように出てきて、「ああ、ラノベってこの頃からこういうのが普通だったんだな」と思いました。
イラストは伊東岳彦さん。よく合ってます。
『ハルヒ』のヒットの影響もあるんでしょうけど、ラノベの世界では21世紀に入ってからは学園ものが主流になったため、『銀河英雄伝説』みたいな壮大なスケールのスペースオペラが流行りにくくなってきた感があります。
そのスペースオペラ冬の時代のちょっと前の2001年、現代的な感覚のスペースオペラをやってのけたのがこのシリーズ。
時は西暦2300年。惑星国家キビがヘンリエッタ星域惑星国家同盟からいきなり攻撃を受けて敗北。同盟に降伏します。しかし新型宇宙戦艦アマテラスで試験航海中だった学生たちが降伏を拒否、たった1隻のアマテラスでヘンリエッタに立ち向かいます。
強大な敵にたった1隻の戦艦で立ち向かうという『宇宙戦艦ヤマト』みたいな一見ありきたりの設定ながら、政治的な駆け引きや宣伝工作など、裏舞台に重きを置いているのが特徴。かんじんの戦闘シーンがさらっと終わっちゃったりするのが、かえって面白かったです。
アニメ版は原作をものすごくダイジェストしちゃっててがっかりしましたが、それでも宇宙戦闘シーンは見応えがありました。それまでの宇宙ものの映像作品では、『スター・ウォーズ』みたいに有視界での戦闘が多かったんですが、お互いに相手が目視できない超遠距離からの砲撃戦をリアルに描いてみせたのは、評価できると思います。
スペースオペラというと、これを忘れるわけにいきません。考えてみりゃ、これも2001年か。
E・E・スミスの遺族の許可を得て書かれた『レンズマン』シリーズの新作! パロディや番外編じゃなく、本当にシリーズの一編として、『第二段階レンズマン』と『レンズの子供たち』の間にきちんと収まるように書かれてるんですよ。主人公のキムボール・キニスンはもちろん、ヴァンバスカーク、トレゴンシー、ナドレック、ウォーゼルなど原作のキャラクターが総登場。Q砲、負爆弾、誘導惑星など、原作に登場する超兵器も次々に登場。
でも、単なる原作の模倣に終わってなくて、原作のアレをはるかに上回る超兵器が太陽系に襲来し、キニスン率いる銀河パトロールの大艦隊と壮絶な攻防戦を繰り広げるんですよ。原作のスケールすら上回ってる! 作者の古橋秀之さんの『レンズマン』に対する深い愛を感じます。
あ、言うまでもないですけど、原作も読んでおきましょうね。原作の設定を知っていないと楽しめませんから。
古橋氏は他にも、SFマインドあふれるライトノベルを何作も書いています。特に僕が推すのがこれ。
「イモート・コントロール」というダジャレからすべてを発想したんじゃないかと思われる大バカ小説(褒め言葉)。世界中の妹が最強の座をかけてバトルを繰り広げる妹版『Gガンダム』です。
でも、これをただの妹ものだと思って読んだら大間違い。古橋氏氏が当たり前の萌えラノベなんて書くわけがない! 「次期主力型超音速航空妹」とか「主力陸戦妹」とか「超家百八妹」とか「ドリル妹」とか、しまいにゃ「世界最古の妹」なんてものまで出てきて、「妹」の定義がだんだん怪しくなってきます。
話の大風呂敷を広げまくった末に、2巻のクライマックスでは銀河の命運をかけた大宇宙戦争にまで発展してしまいます。ホラ話もここまでくれば言うことなし!
あと、カラー口絵や各妹の紹介ページなど、イラストが内容と上手く連携しているのが感心させられます。イラストが重視されるラノベですが、そのひとつの完成形と言えるのではないでしょうか。
ラノベSFにおけるスケールのデカさときたら、これも忘れるわけにいきません。
女子中学生・波濤学(マナブ)は、同じクラスの毬井ゆかりに恋をしてしまいます。ゆかりは自分以外のすべての人間がロボットに見えるという不思議な少女でした。彼女には人間とロボットの区別がついていません。写真に写る人間でさえ、すべてロボットに見えるんです。
ゆかりにしか見えないロボットのデザインは、その人間の隠れた特徴を表わしたものらしいんです。「すっごいセンサー装備している」とか「すっごいローラーとバーニアを装備している」とか「すごいドリルを持っている」とか。
ゆかりの目に映る学は、スーパーロボット系で、すごい換装システムを持っていて、汎用性は最強なのだそうです。
彼女はその能力で、警察に協力しています。殺人現場の写真(彼女にはロボットが壊れているようにしか見えないのでしょうが)を見てから容疑者の写真を見ると、「こんな壊し方ができるのはこの人」と指摘できるのです。
しかも、ただ幻覚でそう見えているだけではなく、どうやら彼女が認識している世界では、実際に人間はロボットであるらしいのです……。
これだけでもすごすぎる設定なんですが、この後がもっとすごい。量子力学と人間原理を応用したパラレルワールドものになってゆくんです。
なんと、ゆかりはあっさり死んでします。学はゆかりから授かった力を駆使し、歴史を改編することで、彼女の死をなかったことにしようとします。でも、いくら歴史をいじっても、必ず何らかの妨害が働き、ゆかりは死んでします。このへんはアルフレッド・ベスターの短編「マホメッドを殺した男たち」を連想します。
ちなみに、途中から出てくる秘密機関の名前が『ジョウント』で、そこから派遣されてきた女の子の名前がアリス・フォイル。明らかにベスターの『虎よ、虎よ!』からきたネーミングですね。
何度失敗してもあきらめず、ゆかりを死の運命から救おうとする学。その選択と行動が、平凡な女子中学生を、しだいに神のような超越的存在へと変貌させていきます。ページをめくるたびに、大風呂敷が広がり、広がり、さらに広がっていきます。「ええっ、まだ広げるの?」「ここまでやるの?」と驚きっぱなし。
いやー、まさか電撃文庫でイーガンばりの奇想SFが読めるとは!
しかも、「こんな大風呂敷、どうやって畳むんだ」と思ってたら、ちゃんとライトノベル的なさわやかな結末に着地するんですよね。すごいです。
同じ作者のこちらの作品も大傑作なのでおすすめです。
子供の多くが原因不明の共感覚障害を持って生まれてくる時代。若者たちは感情を制御するサプリを服用することで日常を送っています。しかし、ある種のサプリの組み合わせ(「ヴィークル」と呼ばれます)が特殊な共感覚を生み出すことが判明。若者たちはそれを使った非合法なゲームに熱中しています。
ヴィークルの生み出す共感覚とは、自分の肉体を乗り物(ヴィークル)として、自分の意識をその乗り手(ライダー)として認識するというもの。ライダーは自分の肉体という乗機を完璧に制御することが可能になり、肉体の限界が許す限り最大の運動能力と知覚力を発揮できるようになるのです。
ヴィークルを服用した者たちによる、街をサーキットに見立てた危険な障害物競走、それが《ヴィークルレース》です。
奇妙な青春ものであり、新手のスーパーマンもの。読んでいる途中で連想したのは、グレッグ・イーガンの「しあわせの理由」。あれのアクション版という感じです。
感心したのは、〈ヴィークルレース〉という設定が単なるカーレースのアナロジーに終わっておらず、そこからSF的な思索が展開すること。特に「サプリがないと感情を制御できないのは、『欠陥』なんかじゃない」と言い切るくだりは、心が震えました。価値観をひっくり返して新しい認識をもたらす、まさにSFの醍醐味というべき作品です。
ここから先は、もうちょっと軽い作品を2作ほど。
女子高生で人妻で小説家の主人公(名前不明)が、毎回、日常生活の中で、変な異星人や異生物に遭遇し、すれちがいだらけの問答をなんやかや繰り広げているうちに、地球侵略の危機やら惑星間戦争やらをうやむやのうちに回避したやらしないやら、活躍と言っていいかどうかよく分からないことをして、家に帰って旦那さんとビールを飲んだり飲まなかったりするという不条理SFコメディ。
駅前のクッキングスクールのオーブンから裸の美女が飛び出してきても、パチスロ屋に銀河刑事が張りこんでいても、スーパーの売り場に並ぶペットボトルの中に身長10センチの金髪美少女がいても、驚くでもなく慌てるでもなく、のほほんとボケをかましまくるヒロインが素敵です。吾妻ひでお作品が好きな人なら、絶対気に入るはず。
高校生・新井沢トオルの元に、南極にいる父から送られてきた黒っぽい玉虫色の塊。それをお湯で解凍してみると、何とメイドさんになりました。彼女の名前はテケリさん。南極のとある山脈で一億五五〇〇万年も眠っていた生命体だったのです。
ネクロノミコン、ニャルラトホテプ、クトゥグァに続いて、ショゴスまで萌えキャラ化です。しかもなかなか有能でかわいいんでありますよテケリさん。本来、主人にご奉仕するために創られた生命体だから、メイドにはうってつけ。不定形だから、腕を五本ぐらい生やしたり、12人のちびテケリさんに分裂して、効率よく家事をこなすこともできるのです。
ぜひ出版社の壁を超えて『ニャル子さん対テケリさん』をやっていただきたいものです。