ラノベの中のSFいろいろ(その4)ラノベでSF作家青田買い
いまだにライトノベルに偏見を抱いてる人はよくいます。
たいてい、ライトノベルを読んだことのない人です。あるいは、たまたま何冊かラノベを読んで、「こんなしょーもない作品ばかりなのか」と思いこむ人たち。ラノベにどんな面白い作品があるのか知らない人たち。
そりゃあね、ひどい作品もありますよ。「スタージョンの法則」(何事も90パーセントはクズである)というやつで、ラノベの90パーセントは読む価値のない、読んで「損した!」と思ってしまう作品です。僕もよくそういうのにぶつかっちゃいます(笑)。
まさにクズです。
でも、それはラノベに限ったことじゃありません。すべての小説(小説以外のジャンルもみんな)の90パーセントはクズなんです。
中にクズがあるといって、小説すべてを否定する人はいません。クズじゃない作品が10パーセントあるということを、みんな知っているからです。
でも、ラノベを否定する人はたいてい、ラノベというジャンル全体を否定するんですよね。どんな作品があるかもろくに知らずに。
というか、ラノベを否定する人って、小説界というものをよく知らないんじゃないかという気がします。
現代の人気作家の中には、ライトノベルの新人賞でデビューした人や、デビュー後何年もライトノベルを書いてきた人がよくいます。
例えば有川浩さんは2004年、『塩の街』で電撃ゲーム小説大賞を受賞してデビューされました。
前にも書いたように、有川さんの原点ってやっぱり『妖精作戦』のようなライトノベルなんですよ。実際、有川さんの作品、たとえば『図書館戦争』とかを読むと、キャラクターの描き方などに、ラノベ的な手法を巧みに取り入れ、自家薬籠中のものにしていることが分かります。
設定もそうです。『図書館戦争』を読んだ人が、「こんな荒唐無稽な設定はついていけない」と憤慨していたのを見たことがあります。いや、ラノベではこれぐらい、当たり前なんですけど(笑)。『図書館戦争』における“パラレルワールド”のようなSF的概念にしても、『空の中』『海の底』における“怪獣”にしても、これまでの作家が書くのをためらっていたような題材を平然と書いてしまって、しかもそれが面白いというのが、有川さんの新しいところだという感じがします。
ちなみに『海の底』は、ちょうど『MM9』の連載をはじめた頃だったもんで、「ちくしょー、先越された!」と地団駄ふんだもんでした(笑)。
他にも、何年もライトノベルを書いてきた人が、ラノベ以外のジャンルで芽を出し、人気作家になるという例が、近年、増えています。冲方丁さん、三上延さん、長谷敏司さん、乙一さん、桜庭一樹さんなど。このあたりの人たちについては解説不要でしょう。
だからライトノベル作家の中でも、SF的な作品を書く人については、SFファンとして、どうしても注目しちゃうわけですよ。これから、この人がすごいSFを書くんじゃないかと。
近年で言うなら『裏世界ピクニック』でヒットを飛ばした宮澤伊織さん。
この作品自体、アルカジイ&ボリス・ストルガツキーの名作SF『ストーカー』をヒントにしていて、根っこはSFなんだけどもしっかりホラー。SFファンとしては見逃せない作品でした。
もっとも僕が『裏世界ピクニック』を読もうと思ったのは、その前に宮澤さんが書いていた『ウは宇宙ヤバイのウ! セカイが滅ぶ5秒前』というラノベを読んでいたからです。
この作品については、『君の知らない方程式』の中で紹介しましたけど、ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』やTVシリーズ『宇宙船レッド・ドワーフ号』のようなノリで、ありったけのSFアイデアを詰めこんだ、いわゆる「キッチン・シンク」と呼ばれる手法。はちゃめちゃでスケールの大きいコメディで、『ヒッチハイク・ガイド』も『レッド・ドワーフ』もバリントン・ベイリーも大好きな僕なんか、夢中になって読みふけったものです。
『裏世界ピクニック』、面白かったことは面白かったんですが、『ウは宇宙ヤバイのウ!』に比べると飛躍が少なくて、やや不満が残りました。いずれバリントン・ベイリー並みの「ワイドスクリーン・バロック」を書いてくれるものと期待しています。
もう一人、第8回えんため大賞小説部門で『声で魅せてよベイビー』でデビューした木本雅彦さん。
ハッカーの少年とアイドル声優少女志望の少女の恋を描いた話で、ファンタジー的な要素はあるけど、あんまりSFじゃありませんでした。ただ、作者の本職がエンジニアだそうで、ハッキングの描写が(もちろん嘘なんだけど)面白い。
この人がSF書いたら面白そうだなあ……と思ってたら、その3年後に、ハヤカワ文庫から出たんですよ。『星の舞台からみてる』という作品が。
「これ、『声で魅せてよベイビー』の人だ! やっぱりSF書いたのか!」と、急いで買いました。
舞台は近未来。ヒロインの荒井香南は、HCC社の社員。この会社、顧客の死後に、ウェブ上に死亡告知を載せ、顧客の加入していたサービスを解約するのを代行するんです。いかにもありそうな……というか今でも実現しそうな職業ですね。
今回、死亡したのはHCC社の創業者で、会員番号1番の野上正三郎。決められたマニュアル通りに処理を進めてゆく香南ですが、そこに死んだはずの野上からメールが届き……というミステリアスな展開になっていきます。
未来はこうなっていくのかもしれないなあ……というリアリティを感じさせる良質のSFでした。
こんな風に、ラノベ界でデビューする新人に注目しておくことには、これからSF界を背負って立つかもしれない若手作家を青田買いするという楽しみがあるんですよ。