ラノベの中のSFいろいろ(その1)
僕はデビュー当時の1980年代末から、ずっとライトノベルを書いていました。当時はまだ「ライトノベル」なんて言葉はなくて、「ヤングアダルト小説」とか言っていた時代だったんですが。
たとえば1990年にスニーカー文庫から出版した『時の果てのフェブラリー 赤方変移変移世界』。当時は「こんな本格SFがスニーカー文庫から出るとは」とSF界で驚かれたものです。後で一部を書き直して徳間書店からも出ました。
他にもスニーカー文庫では『サイバーナイト 漂流・銀河中心星域』とか『ギャラクシー・トリッパー美葉』といったSFを書いてました。歳下のライトノベル作家の方とお会いすると、よく「若い頃に『サイバーナイト』読んでました」と言われ、恐縮しつつも誇りに思うことがあります。
ちなみに『サイバーナイト』は現在では絶版なんですけど、『ギャラクシー・トリッパー美葉』は電子書籍で読めます。中学生の少女・美葉が、喋る巡航ミサイルのルーくんとともに、銀河を放浪するコメディです。
https://www.cmoa.jp/title/1101124284/
もう10年以上前になりますけど、『キノの旅』の作者の時雨沢恵一さんと初めてお会いした時に、「『美葉』読んでました。だからエルメスが喋るのはルーくんの影響なんです」と言われ、びっくりしたことがあります。僕も『キノの旅』を最初に読んだときに、「なんか『美葉』みたいな話だなあ」とはぼんやり思ってたんですが、まさか本当にルーツだったとは。
もちろん、他の作者の作品をヒントにして小説を書くのは何も悪いことじゃありませんよ。『美葉』にしても、ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』と吾妻ひでおさんの『スクラップ学園』がヒントですしね。
SFやライトノベルに限らず、作家はみんな、そうやって他人の作品をヒントとして吸収し、新たな作品を生み出しています。フィクションというジャンルはそうやって発展し、進化してきたんです。僕は『美葉』が『キノ』のルーツになったことを誇りに思っています。
僕の作品だけじゃありません。初期のライトノベルの中には、後に続くジャンルのルーツになった作品がたくさんあります。
特に注目したいのは朝日ソノラマが1975年に創刊したソノラマ文庫です。今では出版社ごと消滅しているんですが、後で他社から復刻された作品もけっこうあります。
最初のうちは、高木彬光、都筑道夫、山村正夫、横溝正史、野村胡堂などなど、一世代の前の作家の少年向け作品の再録が多かったんですが、辻真先さんの〈薩次&キリコ〉シリーズや〈株式学園の伝説〉シリーズあたりから、「新しい!」と感じるものが多くなってきた気がします。石津嵐さんの『宇宙戦艦ヤマト』、富野由悠季さんの小説版『機動戦士ガンダム』が出たのもここ。
その前後あたりからしだいに新しい世代の作家がデビューし、その感性によってレーベル全体のイメージを塗り替えていったんです。高千穂遙〈クラッシャージョウ〉、菊地秀行〈吸血鬼ハンターD 〉〈トレジャーハンター・八頭大〉、夢枕獏〈キマイラ・吼 〉、笹本祐一〈ARIEL〉などなど、ソノラマ文庫の人気シリーズにはきりがありません。
とりわけ僕が印象深かったのが、菊地秀行さんの『妖神グルメ』でした。1984年という時代にクトゥルー神話ものを書いていたというのも驚きですが、「目覚めたクトゥルーに料理を食べさせる料理人」という自由な発想には仰天したものです。
80年代のソノラマ文庫のSF作品の中で、とりわけ注目していただきたいのは、笹本祐一さんの初期作品〈妖精作戦〉シリーズです。超能力少女をめぐって高校生たちが繰り広げる地球的スケールの大冒険を描いていて、若い感性が爆発している作品でした。古いタイプの作家にはとても書けない話。それまでの「ヤング向け小説」とは一線を画していて、「ライトノベルの先祖」と位置づけている人もいます。今は創元SF文庫から復刊されています。
『妖精作戦』の何がすごいかというと、80年代以降にデビューしたSF作家やライトノベル作家の中には「若い頃に『妖精作戦』を読んでた」「『妖精作戦』を読んで小説家を志した」という人が何人もいることです。それだけ影響力が大きかったんですよ。
その一人は有川浩さん。なんと『レインツリーの国』はまるごと『妖精作戦』へのオマージュなんです。ヒロインが『フェアリーゲーム』という昔のライトノベルの感想をブログに書いたのがきっかけで、男女の恋が芽生えるという話。特に後半の(現実世界の)恋愛の展開が、『フェアリーゲーム』(『妖精作戦』)の展開と重ね合わされているのが泣けてきます。
ちなみに僕はというと、『レインツリーの国』から影響を受けてます。実在の小説のストーリー展開から、主人公が別の結論を導くという手法は、〈BISビブリオバトル部〉の第4作『君の知らない方程式』で使わせてもらいました。つまり『君の知らない方程式』は『妖精作戦』の孫作品と言えます。
創作というものはこんな風に進化してゆくものなのです。
ソノラマ文庫には他にも『星虫』『電脳天使』などの優れたSFが何冊もあったんですが、このへんの思い出話はまた別の機会に。