サバイバーになりたいあなたへ
『SF核戦争後の未来・スレッズ』というドラマが大昔に放送された。
BBC制作のドキュメンタリー映画なのだが、深く静かな衝撃という点で追随する作品は皆無といっていい。凄みに満ち満ちた作品である。
意外とこういうものは日本からは出にくくて、どれほどの地獄を描いたとしても最後には救いが提示される傾向があるように思う。
対してスレッズには一切の希望がない。核戦争によって社会と倫理が瓦解する様が、容赦なく最後まで描かれる。
この映画には人がすがれるものが何もなく、最後まで観た者をただ呆然とさせる。救いのない話を書こうと思ったって、こんな振り切り方はそうそうできない。ラストシーンは見た者の記憶にいつまでもこびりつくものだ。現代では、ここまでの表現はたぶん許されない気がする。
こちらは最近ソフト化されたので、書籍ではないが強くおすすめしておく。
さて、文明社会に対する警鐘めいた本作から、我々現代人が学べるものとは何だろうか?
特に何も学べなかった。ただ衝撃を受け、この手の話が好きになっただけだった。脳が破壊されたのかもしれない。
子供の頃は、この種の空想によくふけった。世界がどう滅びるのか。滅びたあと、どう生き延びるのか。そんなことをよく考えていた。
ナウシカ、地球の長い午後、マッドマックス、復活の日、サバイバル、霊長類南へ、漂流教室……その手の妄想を補完する作品も山のようにあった。
だから私の同世代には、この一派はそれなりにいるはずである。とはいえ所詮は子供の空想遊びであって、実際に行動に出ることはなかった。
ところがいい大人になってさえ、来たるべく終末に向け、本格的に備えている人々が存在する。プレッパーという。
“準備する人”という意味がある。
彼らは終末世界をサバイヴ(ウに濁点表記としたい)できるよう、いい年こいても物資を蓄えたり地下シェルターを作ったり戦闘訓練に励んだりしている。準備しすぎでは? でもその気持ちがちょっとどころか理解できる自分がいる。
ある日、人間の大半が消え去るとする。
残されたわずかな人間は、生き残るためにどうすれば良いだろうか?
……という架空の人類滅亡シナリオをベースに、文明再建に向けて我々のすべきことを語るという、心躍る一冊だ。
サバイヴ系の本というのも最近はちょくちょく出ているのだが、これが最初に手をのばす一冊として最適だと思われる。
人類滅亡にもいろいろあるが、本書では全面核戦争による大破壊は想定されていない。パンデミックなどの理由で、人間だけが選択的に消失した状況をスタート地点に設定している。
人はこの状況でどう行動すべきか。
この問いに答えることはそう難しくない。
道具類、そして水・食料・医薬品の確保であることは誰にでもわかる。だがサバイバルマニュアルではない本書は、そうした事柄にほとんどページを費やしていない。
むしろ必要なものをかき集めたあとは、都市を永久的に離れるべきだとすらすすめている。人類滅亡後の都市には猶予期間があるためだ。
電気・水道・ガスはもちろん止まるし、残された死体は生成面での問題を引き起こすし、物資を独占する立てこもり集団も出てくるかもしれない。原発や浸水の問題もある。
発生した火事も誰かが消火しないかぎり被害が拡大していくし、なるほど確かに時間経過とともにデメリットが着実に増えていく。というか、都市の残された物資を使って数十年暮らすことは事実上不可能だと思えてくる。
では都市を出てどうするのか。
筆者は肥沃な耕作地の近い沿岸の土地に行けと言っている。そこで海産物にアクセスしつつ農業を復活させ、インフラを整えろと言う。ということで、事はもはや個人の話ではなくなってしまうのだった。
再起動させるべき項目は山ほどある。動力、医学、暦、単位、衣服……もたもたしていると、お手本となる旧科学文明ですら早けりゃ百年程度でジャングルに飲み込まれてしまう。子孫に読み書きや文明の概念も伝えねばならない。大変だ。文明崩壊後の百年は、慌ただしい一世紀になりそうだ。
あなたがプレッパーであり、なおかつ大勢の人間を指導できる器を持った大人物であるならば、本書をお守りとしてスマホに入れておく価値はじゅうぶんにある。
似たようなタイトルだが、設定はだいぶ異なる。
こちらではレンタルタイムマシンの故障で太古の世界に遭難してしまい、もう戻れないという設定のもと、あなたが文明を作り直しましょうという内容。
お手本すらなく、猶予時間すら与えられないが、危機感はゼロ。無料ソーダサーバ付きタイムマシンの図解まであるという、たいそう立派な悪ふざけ本である。
素晴らしいお知らせがあります! あなたは、史上最大の影響力を持つ人間になれるのです!
こういうセンス。
全編にわたってこういったノリが続く。ブラックジョークの仕入れ先として秀逸かもしれない。
この本を読んでいてひとつハッとしたのは、人類というのはせっかくパーツを集めてもそれを組み立てるまでにはやたら時間をかけてきたんだな、という鋭い指摘だ。
たとえば「話し言葉」は、紀元前5万年前に誕生したという有力な説があるが、ほんの少し頑張れば紀元前20万年前には得られた、とこの本はいう。
さらに文字……「書き言葉」も本気を出せば20万年前に獲得できたはずだが、紀元前3200年に発明されるまで我々は文書で記録を残すことができずにいた。
我々は存続期間の大半(数十万年)を、言語や文字なしでヨタヨタと過ごしてきたのだ。これさえあれば人類は、文化や情報の断絶とは無縁に、もっと効率良く発展できていたはずなのだ。
「数」についてもご同様。
我々の使う数は、アラビア数字・段取り記数法・十進法という三つの概念の組み合わせで成立するきわめて洗練されたものだ。
それを意識することは普段少ないが、確かにそうだ。我々が使っているのは完成品ばかり。そしてこの形になるまで人類は長い期間を足踏みしてきた。だからこれらをさっさと導入してしまえば、歴史的に数千年単位の時短ができる、という理屈だ。
といった具合で、内容は抜群に面白い。
が、値段がちと高めかなとは思う。ただこういうグラフィカルな本は文庫化されないことも多いし、アメコミを一冊買うとでも思って手に取ってほしい。
指導者向けではなく、いざという時に自分が生き残る技術も知りたい?
火の起こし方や、喫食可能な動植物についての知識が欲しいというわけだ。
だったらブッシュクラフトしかないぞ。貴志祐介の『クリムゾンの迷宮』で芋虫やトカゲをブッシュタッカーとか称してむさぼり食っていただろう、あの技術である。
こういった本の定番といったら昔から『冒険図鑑』と決まっているが、さすがに古い本なので電子版が見当たらなかった。今風のものはないかと探してみた。あった。
別冊らしく、調べると本誌はアウトドア雑誌だった。
だがこれはアウトドアという生やさしいものではなく、森林生活者になるための第一歩となるガイドブックだった。
国内の食べられる虫とキノコを紹介している時点で、本気度が違う。お守り性能は抜群ではないかと思う。昆虫の味ランキングなど狂気の企画も盛りだくさんで、自分が実食させられるのでなければ楽しめることうけあい(ちなみに優勝はセミだった)。他人事である限りは良書である。
越冬術、火床、蒸留……。こんなの活用するような目に遭いたくないという技術のオンパレードが、君を待っている。
砂糖太郎 さん
毎回思うけど、ロミオさんの文章好きすぎる... 更新楽しみにしてます!
返信 - 2021.01.10 11:16