ヒトラーのやつが零戦欲しいとか言うから二機ほど届けてやった話
そのジャンルに無関心であっても、面白さが飛び越えてくる名作というのがたまにあるが、本作もそうだ。誰が読んでも面白いだろう。飛行機・ミリタリー・戦史、興味がなくともさして問題ないだろう。
他の本(ザリガニの鳴くところ)を紹介しようと思っていたのだが、すでに何人も感想をあげていたので、シミルボンではまだ目立ったレビューのないこちらに変えてみた。毎回そういう方針で書いているわけでもないのだが、天邪鬼のやることなので大目に見てもらいたい。
1940年、英国に苦戦を強いられるドイツ空軍は、日本に画期的な戦闘機が生まれたことを知る。いうまでもなくそれは零戦であるのだが、ヒトラーはそれを移送するよう日本に求める。その極秘任務に選ばれたのは、ふたりの問題児パイロットだった。二機の零戦に搭乗し、政治的事情により危険なルートを飛ぶことを余儀なくされる。表紙を眺めればまさにそのシーンが描かれている。二機の零戦が飛んでいる。
ほら、面白そうだ。実際面白い。
作者は警察小説で有名な方だし、直木賞作家でもある。自分にとっては最初に手を出したのが本書なので、架空戦記(?)の人という印象である。この本の印象がそれほどに強いせいだ。
架空戦記と書いたが厳密には違うジャンルであると思われる。なんだろうか。架空戦史か、冒険小説か、あるいはノンフィクション小説とかいうやつか。虚構と史実をかけあわせ、真に迫るドラマを描き出すという手法である。
それにしてもヒトラーが零戦を欲したなんていう荒唐無稽なアイデアを、本当にこんなことがあったのではないかと思えるほどの説得力を添えて書き切る手腕に舌を巻く。
この本は、炒め物に似ている気がする。
炒め物というのは無闇に加熱するものではないから、火が通り次第すぐに鍋から出す。だから火の通りにくい具材から投入していくことが、うまい炒め物のコツだ。いきおい調理時間の多くは下ごしらえに費やされる
この本もそれに似ていて、下準備に入念な手間暇をかけている。構成の妙が光るとはこのことだろうか。
物語は戦後、零戦の改良に携わってもいた空技廠の元技術将校、浅野のもとにクラウゼンという老人が訪ねてくるところからはじまる。老人は戦時中、ベルリンで零戦を見た、という話を浅野にする。
そんなことがあり得るだろうか?
疑問は浅野の中に残り続け、やがて本業に余裕が生まれると、独自に調査を開始する。この短い第一部だけでもスリリングで引き込まれる。
第二部に入ると、時代は1940年に巻き戻る。実在の人物もいれば、架空の人物もいる。彼らが入れ替わり立ち替わり、物語を紡いでいく。人間ドラマの章だ。長い第二部でも、まだ零戦は飛ばない。なぜ日本機を工業先進国であるドイツに飛ばすのか。誰がそれを行うのか。整備は。補給は。ルートは。
そういったことが、かかわる人物たちの立場や思いもまじえつつ丁寧に書き出されていく。私はこの第二部が一番好き。そして第二部でもまだ零戦は飛ばない。
表紙に描かれているような二機が飛び立つ場面は、すべての下ごしらえが終わってはじまる第三部になってからなのだ。この章は大方の読者にとってカタルシスをもたらす部分だと思うから、詳しくは書かないでおく。
本書は三部作の一冊目である。
気に入ったという方は、以下の3冊も当たられたし。
いずれも力作揃いであることは保証できる。
ところで本作を読んで時、ちょっと軍事に興味が出て何冊か集中して読んでみた。読んで行くごとに創作より兵器開発ドキュメント系に流れて、そちらに面白いものが何冊かあったのでこの機会にご紹介したい。
日本の軍用大型機開発についての記録。
巨大な飛行機を作るには、二乗三乗の法則というものが立ちはだかってくるのだそうだ。形そのままで機体を巨大化すると、揚力より重量の増大が大きくなり、最後は飛ぶこともできなくなるというもので、巨大ロボットや巨大生物を小説に登場させようとするといつも邪魔してくるアイツである。飛行機の世界にもあるのだ。そりゃあるわな。
そんな中、本書では20機の代表的巨人機をとりあげている。巨大ロボットや巨大怪獣ではなく現実の巨大兵器ロマンを堪能できて良かったし、良い短編集を読んだあとのような読後感があった。
大戦中、ドイツが世界に先駆けて実戦投入した世界初の実用ジェット戦闘機の開発・運用記録である。兵器開発ドキュメントとしては読んだ中でもっとも面白かった。
このMe262という戦闘機は最高時速870キロを誇るそうで、他国の主力プロペラ機と比べて200キロ近くの差をつけていたという。なるほど伝説の兵器というのもうなずける。完成にいたるまでに二転三転あり、ようやく実戦投入にこぎつけた時にはもはや戦争の趨勢は決まりつつあったという不遇の期待だ。
これだけの高性能機でありながら、燃料や整備、パイロットなどの悪条件に苦しみ、それでも最後まで奮闘する様は判官びいきの日本人には訴えるものがある。ドイツ空軍最後の輝きという副題が実に的確だ。
どっかでゲルググはこっからイメージ引っ張ってきてるという話を聞いたような気がするが、この本を読むとあーなるほどなーという感じになる。