コラム

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未来にも残すべシ 個人的には超好ミ 初心者でも読めル

連載! 田中ロミオのクラウド書斎

魔女~魔女っ娘ものマンガの最高傑作~

ネタバレあり

タイトルは賑やかにしろって教育されてるもんでね。

 『海獣の子供』が映画化されている。機を逸してしまい、まだ観ていない。
 ただ原作に忠実な映像化であるそうで、だとすれば素晴らしい映像体験を約束してくれる映画になっているはずだ。
 五十嵐大介の描き出す映像美には、そのくらい無条件の信頼がある。
 私はこの作家を『魔女』で知った。今日はこの本を紹介してみようと思う。

魔女 第1集

魔女 第1集 著者: 五十嵐 大介

出版社:小学館

発行年:2004

魔女 第2集

魔女 第2集 著者: 五十嵐 大介

出版社:小学館

発行年:2005

 ただこの『魔女』は知る人ぞ知る名作。ここでももう千回くらいレビューされていることだろう。そんな有名作を今更……全然レビューなかった。まじかよ。やるわ。

 やるにあたり、この作者が世間一般からどういう評価されているのか知らなかったので調べてみた。なんとなく予想していた通り、漫画読みからの評価はとても高かった。一方で、「難しい」「絵はすごいけどとっつきにくい」という声もいくつか見受けられた。
 ほとんどの作品を読んでいる私に言わせれば、実際のところさほど難解な作風とは言えない。特に『魔女』のような中編規模の作品は、どれもきっちり物語している。はじめて触れる人にもとっつきやすいと思われる。それに『魔女』は出会い頭にガツンとやられる系漫画でもあるので、ハマる人はハマるんじゃないかと予想している。

 五十嵐大介最大の武器、それは感受性の爆撃だ。
 はじめてこの作品を読んだ時、とにかく表現に驚いた。今まで読んだ中で三本指に入るくらい衝撃的な漫画だと思う。自分が創作物に触れる理由は衝撃を受けるためであるから、自ずと最大級の評価がつく。
 第一集に収録されている「SPINDLE」や「KUARUPU」のクライマックスに投入されている爆発的なビジュアルイメージ。これが五十嵐大介の必殺技だ。こいつで殺すのだ。兵器だ。
 凄まじい画才、表現力であることは誰もが認めるところである。
 この爆弾をかなり効果的に落とせる作家。それがビジュアルファンタジスタ、五十嵐大介なのである。

 だからこそ読者も「すごい表現であるからには、すごいメッセージ性もあるはずだ」と勘違いするのかもしれないし「そのすごいメッセージを自分は読み取れないから、この作品は難しい」という誤解に繋がるのかも。
 実際のところ、絵はともかくとしても、物語部分についてはかなりエンターテイメント色が強い。強い思想性を持っているわけではなく、啓蒙を目的として漫画を描いている作家でもない。多くの作品にニューエイジ、エコロジカルな傾向があるのも確かだが、モチーフを尊敬しない作家はいないと思うし野暮な指摘かと思う。
 思想性があるように見える他の一因としては「主要登場人物が全員悟りの境地に達している」ことも大きいように感じる。彼らは物語上の正解に到達している人々として、とても思わせぶりなことを述べる。この表現は長編になればなるほど繰り返し出てくるので、ある種のお説教臭さが出てしまい、抵抗感があるという意見もいくつか見たし、まあわかる。
 これらは、いっそのこと手癖と見なした方が気にならない。ある程度の尺をもった物語をまとめようとした時、なんとなく選択されやすい要素に過ぎない。どんな作家にもそういうものはあるものだよ。

 これらを踏まえて「SPINDLE」を読む。
 トルコを舞台に、遊牧民の少女が悪い魔女と対峙する話で、単純な善悪二元論的な筋書きである。思想性はないが物語として欠点のないものであり、自分の目には完全な漫画作品として映った。この作品でファンになったのだ。
 続く「KUARUPU」はもっとシンプルになる。森に裸で生きる呪術師と、強引な森林開発を進める白人帝国の対立。わかりやすい。ここまで単純だと陳腐化してしまいそうだが、それを画力で完全に阻止している。最後の一ページは、ハンバーガーの間から焼き払われた森の怨嗟があふれ出るというイメージだが、もし小説なら蛇足になりかねないシーンを絵の力でねじ伏せてしまっている。
 この両エピソードは基本的に同じストーリーだ。
 「身一つで世界を感じとれる」主人公が、そうではない「余計なもの」の中で生きる人々と対立する。
 第2集に収録されている「PETRA GENITALIX」も同様である。
 宇宙から飛来した万物を生命化させる石が、地上を蝕みはじめる。魔女のミラとその弟子、アリシアはこの災厄に挑む……という内容。この話にはそうと名言されてはいないがバチカンが出てくる。名言を避けた理由は、この話で主人公たちと対立する「余計なもの」にまみれた人々という役どころが聖職者たちに振り当てられているからだろう。彼らはミラとアリシアを「淫ら」「穢らわしい」などとさんざっぱら罵る。だが生命の石事件を解決するのはミラなのだ。
 もし作者に強い思想性があれば、敵対者をここまでステレオタイプに描くことはないだろう。要するにこれらのキャスティングは話の都合、ドラマツルギーであることがわかる。
 読んでいてわかりにくいな、と思う表現があった時でも、このように考えれば風通しはだいぶ良くなると思うのだがいかがだろうか?
 以上が、中編以上の作品についての補助線である。

 中編以上、というのは本来この作者が「短編の名手」だからである。
 ある程度の長さの漫画ではカッチリとドラマを作る傾向の作家だが、短編では一瞬の感覚を切り出したような作品を多く描く。
 本作にも収録されている「騎鳥魔女」や「ビーチ」のような作品から、その力量が読み取れる。特に「ビーチ」は良い。何が良いって……何が良いんだろう? 自分でもよくわからないが、とにかくいいもんはいいんだよ(らんぼう)。
 同意見の方は、以下の短編集も是非どうぞ。今まで解説してきたようなドラマツルギーから解き放たれた、感覚的小宇宙が味わえる。

ウムヴェルト 五十嵐大介作品集

ウムヴェルト 五十嵐大介作品集 著者: 五十嵐 大介

出版社:講談社

発行年:2017

はなしっぱなし 上 新装版

はなしっぱなし 上 新装版 著者: 五十嵐 大介

出版社:河出書房新社

発行年:2014


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