コラム

出版社:

評価0 最悪!

未来にも残すべシ 個人的には超好ミ 初心者でも読めル

連載! 田中ロミオのクラウド書斎

やっぱり作者はもう……死んでいる

ネタバレあり

前回「作者はもう死んでいる」というタイトルでコラムを書き出したのに、一冊目のDUNE話に夢中になってしまいそれだけで終わってしまったうっかりはんが私です。
 改めて続きを書きたい。今冷静に考えると世に数ある名著の作者は大半すでに死んでいるような気もするのだが、過ぎたことゆえ堪忍つかあさい。オッサンはね、細かいことにはもうこだわってはいられないのよ。

 三部作の第一作目。
 有名本でシミルボンでも何度か紹介されているようだ。でもこの本は何度紹介されてもいいと思うし、いろいろ感じるところがあった本なので書く。

 悪童日記は完璧な小説である。みんなそう言ってます(もちろんボクもそう思うヨ)。
 とはいっても減点式の評価に耐えうる強度が自慢なのではなく、作風を構成する諸要素の選択が適切だという意味での「完璧」だ。
 設定、人物、文体、結末。すべての部分でこれしかないというものが選択されている。見事すぎる小説。それが本書だ。

 ハンガリーの田舎町に戦時疎開した「ぼくら」は、幼くして過酷な運命にさらされる。
 過酷な運命……差別とか飢えとか貧困とか、そんなようなやつだ。ユダヤ人が連行されたりもしている。明確には書かれていないが時代背景はだいたい特定できるわけだ。
 「ぼくら」はそういった事象について嘆くでも悲しむでもなく受け容れ、必要があれば個別に対処していく。たとえばそれは苦痛に耐える力を養うため、互いに殴り合ったり罵倒しあったりする行為だ。学習の結果として、時には暴力や脅迫をする側にすら回り、たくましく生きていく。
 幼い「ぼくら」が書く日記という記述スタイルでは、心情描写というものは除外されている。事実のみが淡々と綴られていく。冷たい寓話を思わせる物語だ。
 私はこれを発売後かなり経ってから手に取ったのでリアルタイム読者ではないのだが、発売当時はかなり話題になっていたらしい。そりゃなるだろうという出来映えだ。
 これが二冊目の『ふたりの証拠』になると、作風が変わってくる。まず第一部では排除されていた情緒が、多少なりとも行間から滲み出てくるようになる。作品全体がある種の立体構造を帯びてきて……まあリクツはどうでもええねん。ただ一冊目の冷たい完成度を期待する読者に対し、二冊目が提供する衝撃はいささか異なる方向を向いているということだ。
 無敵だった悪童が青年になって人並みの自己欺瞞に囚われていく(と思われる)様は、読み手に不安感を抱かせる。
 そして三冊目に至っては虚構的総括とでも呼ぶべき壮大な……まあヤヤコシイ話はええねん。とにかく作者は一冊目の路線を継承するのではなく、物語全体を不確定状態に追いやることを選んだのだ。
 大事なことはひとつだ。この三部作に与えられた構造は、一冊目で読むのをやめるべき読者と、三冊全部読むべき読者を分別する。
 第一部の完成度を第二部以降にも求める読者(夢よもう一度派)は、一冊目で読むのをやめた方がいいし、全体を通しての大仕掛けを評価できる方(これはこれで派)は、三冊とも読むべきだ。『悪童日記』の完成度の高さが意味を持って浮かび上がる図式は実に見事なものだ。
 ちなみに小生が一番好きなのは『ふたりの証拠』で、ヤシミーヌ関連のアレには読後になってから気付いて愕然とさせられたものだ。

オリガ・モリソヴナの反語法

オリガ・モリソヴナの反語法 著者: 米原 万里

出版社:集英社

発行年:2005

 三冊紹介しようと思っていた最後の一冊。
 そういえばこれも舞台が中欧なのである。
 狙って選んだわけではないから、なんとも面白い偶然だ。大陸からの風が吹いているのかな? そういえば前回とりあげたDUNEも確か舞台はハンガリーだった気がする(^q^)
 さておき、文句なしにすごい本である。打ちのめされるようなすごい本なのである。
 この本はまず誰が読んでも面白いだろうから、内容についてはあまり熱く語る必要を感じない。ただただ面白いものであるとしか言うべきことがない。損はさせないというか本書を読むことには得しかないと思う。買いなよユー。

 タイトルから内容はイメージしにくいだろうが、これは素晴らしく感動的な表題なのだ。気になる方は冒頭だけでも試し読みをしてみると良い。すぐに意味はわかるはず。この反語法を実際に使ってみたいという誘惑に耐えるのはなかなかに自制がいることだ。
 それにしても縁もなければ興味もない異国の歴史をこうも間近のものとして感じさせるのだから、作者の力量おそるべしという他ない。早くに亡くなったことが惜しまれる。
 作者は2007年に亡くなっているそうだが、ジェフ・ベゾスの作ったあの通販サイトの購入履歴を見ると私の購入年は2011年だった。はじめて触れた時にはもうこの世の人ではなく、そのことを後に知った時には錯誤的な喪失感があった。もちろん既刊本をすぐに買い集め、大事に読んだ。もうこの作者の新作は読めなくなったが、読む度に新たな感動を与えてくれる懐の深さがありがたい。
 作者著作イッキ買い?
 よろしいんじゃないでしょうか!

 ところで「DUNE」「悪童日記」「オリガ・モリソヴナの反語法」の三冊に共通するものが、舞台がどれも中欧である(言い張る)という点以外にひとつあることに気付いた。

 それは手厳しい系ババアが出てくることだ。

 どうも小生は手厳しい系ババアが出てくる物語がいたく好みのようだ。今気付いた。
 もしこの書評をお読みになっている中で物書きの方がおられるなら、是非とも積極的に手厳しい系ババアを登場させ私の気をひいてみてください。読むよ!


未ログインでも大丈夫!匿名で書き手さんに「いいね通知」を送れます。

みんなで良い書き手さんを応援しよう!

※ランクアップや総いいね!数には反映されません。

いいね!(23)

コメント(0)

ログインするとコメントを投稿できます

ログイン or 新規登録

デューン砂の惑星 上
前の記事 作者はもう……死んでいる
魔女 第1集
次の記事 魔女~魔女っ娘ものマンガの最高傑作~

この記事が含まれる連載

デューン砂の惑星 上
前の連載記事 作者はもう……死んでいる
魔女 第1集
次の連載記事 魔女~魔女っ娘ものマンガの最高傑作~
この連載記事一覧をみる

大切に読みたい一冊

この読書人の連載

連載! 田中ロミオのクラウド書斎

書斎らしい書斎に憧れていたが、本は増えすぎると管理しきれないことに気付き、夢破れた。そこで一大事業として書斎のクラウド化に着手、見事に成功した(タブレットに電子書籍アプリをインストールした)。人類の知恵はリアル書斎さえも越えていく。 詳細を見る