じゃあ、まあ、なろう系のおすすめでも
ご存じの方も多かろうが、小説家になろう産の小説群には強い癖があり、人を選ぶ。特にこのジャンル独特のテンプレートを多用した作品については、お約束を知らないで触れてしまうと混乱してしまうというのはわかる。実際のところ、テンプレそのままな作品は個人的には乗りにくいものも多い。
それでも探せば、自分に合うものもいくつか見つけられた。
良かった。
なろう系の人気作を読んでいると、VRMMOではない作品でも当然のようにステータス表示をはじめとするゲーム表現が出てきてちょっと戸惑うことがあるのだが(今はだいぶ慣れたが)、これはそういったことは一切ない。前提となる知識ゼロから読めるファンタジー小説、それもきわめて上質な部類の作品だ。そういう意味ではさほどなろうっぽくはない作品だろうか。ただまあ、なろうの大海にはさまざまな小説が泳ぎ回っているようだから、探せば探すだけ多様なものが出てくるとは思うが。
「なろう系って異世界で転生でスマホなんでしょ?」くらいの理解度しかない人にこそ、読んでもらいたい本だ。
表題の通り、主人公バルド・ローエンは老人だ。
若い頃は武勇でならした騎士だったが、引退を決める。この第一話のくだりが良い。主君のために財産を献上すると、残していっては食用に潰されてしまうだろう老馬と、安物の剣だけをさげ、あてもない旅路に就く。そのような旅は死出のものとなるはずだが、当然のことバルドはすべて承知の上である。泣いた。
「これでは売れませんよ!」と架空の編集者が叫ぶような出だしだが、「じゃあ毎朝セットに二時間かかるような髪型のキャラを並べてホストファンタジーでもやれとでも言うのか!」と言い返してやりたくなる。でもこんな野郎には真顔で「ええ、そうですよ。わかってるじゃないですか」と言われてしまいそうだな。くそ。
旅の仲間を加えながら、バルドは諸国を巡っていく。一話に一度は人助けをしながらの道行きだから、本人の気持ちとしてはいつ死んでも良いはずの旅なのに、行く先々でさまざまな縁を引き寄せる。バルドは渦中の人となる。やがて老騎士は、思い通りには動かない老いた体で、大きな脅威に立ち向かう。
本人が若い頃から積み上げてきたものと、旅で得た奇縁が、自然と物語に織り上げられていく様が読んでいて楽しい。旅の仲間を得る喜びを描いた話でもあると思う。
書籍版は三巻まで出てからしばらく間があいていたようだが、このたび四巻が刊行された。たぶん続刊も期待できるだろうから、この機会に是非どうぞ。Web版は今でも読めるから、金に自信のない方はこちらから。
後宮ものをあさっていて見つけた。
たいへん売れているそうなので、他に紹介している人はいくらでもいるだろうが、なろう系というくくりだと好みの作品はほとんど書籍化されていないので、数少ない書籍化作品である本作が外せない。
大昔、酒見賢一の後宮小説に感じ入って以来、このジャンルに手を出しはじめた。
とはいっても選択肢はそう多くない。今はそれなりの数が出ているが、一大ジャンルとは言い難い。そのため新作は自ずと視界に入ってくる。このような後宮もの小説難民はけっこういると思われる。私もそうだ。常に軽い飢餓状態にあるので、目の前に出てくればひとまずはいただくだけである。駄作にしろ傑作にしろ、本作を読むことは運命によって定められていたわけだが、これがまあありがたいことに面白かった。
さらわれて後宮に売り飛ばされた猫猫という少女が、薬学(毒物学)の知識をチョロ出ししながら後宮内で起きる事件を探偵役となって解決していくという物語。ジャンルとしてはライトミステリー寄りの中華風ファンタジーとなるか。
序盤の舞台が後宮なだけで、猫猫の立場も居場所もくるくると変わっていく。それでも主要な登場人物と人間関係はこの後宮編でおおむね固まり、以後もかかわりが続くので、舞台が変わっても読んでいてせわしないということはない。とても安定感のある作風だ。
登場人物がみな魅力的なことも、ライトノベルとして優れている部分だと感じる。色のついていない、作劇上いるだけのキャラクターというのはほとんど見られない。登場する皆さん生き生きとしておられる。個人的には、モノクル変態軍師の人物造形が気に入った。
ちなみに恋愛要素もあるのだが猫猫本人がラブコメ脳ではないため、とりたててラブコメを好むわけではない自分のような者でも胸焼けせず読める。主人公がいつでも理知的なところも好ましい。恋愛要素はドラゴンボールのクリリン程度で良い派におすすめだ。
例によってWeb版は今でも読める。財布の中身に自信のない方はそちらをどうぞ。
書籍版に手を出す場合、コミック版が二種類あって似た感じの表紙なので間違えないようご注意だ。
もちろんWeb版を読むだけでも作者は喜んでくれるはずだが、イキな江戸っ子である私(石川県生まれ)は気に入った作品の書籍版を購入し、作者の財布に印税をぶちこんでいる。諸君もそうしたまえ。