コラム

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未来にも残すべシ 個人的には超好ミ 初心者でも読めル

連載! 田中ロミオのクラウド書斎

犬をわんこと呼ぶことに抵抗ある人に薦めたい犬小説

ネタバレあり

犬は人類にとって最良のパートナーなんて言われますね。
 人なつこくて感情表現が豊か。忠誠心が強く、愛する主人が病気になればそばから離れようとしない。主人が死んだあとも、十年以上ずっと帰りを待ち続けたりするって話もよく聞きますね。
 いやあ。
 ……重いよ、君らの愛。
 自分のことをやっていて欲しい。こちらの一挙手一投足に完全反応しないで欲しい。距離感を保って欲しい。お互いに気が向いた時だけスキンシップ成立でいいだろ。とまあ、仮に病気になったとしたら、ひとりで闘病したい私です。
 そもそも犬がそんなに好きじゃない。嫌いというわけでもなく、犬を見かけたら、ああ犬だなって思うタイプです。
 ところが犬に無関心だからといって犬の出る小説を読まないのかといえばそんなこともなく、書店で犬小説を見かけるたびに食指が動く。
 犬小説(まんがでも)には大きくわけるとふたつのタイプがあってですな。

○Aタイプ「とにかく犬が好き!」
 キーワードは「わんこ」「わんこ愛」「飼い主とわんこの強い絆」「わんこ死ぬ系のお涙頂戴」「わんこの飼育を通じて人間的に成長」「ディーン・R・クーンツ(わんこ作家)」

○Bタイプ「犬とは食肉目イヌ科イヌである」
 「犬」「犬の生態」「恐ろしき犬」「誇り高き犬」「犬は飼い主の死体を食うことがあるが、動物なんだしそんなもんでしょ」「スティーヴン・キング(犬作家)」

 Bばかりを買います。
 もうこれは好みなので、理屈ではないですよ。これからご紹介する本も、Bタイプ向けのものとなります。

 古い版のようだが、安価な電子書籍版もあるのでご安心。
 この手の古典的名作と呼ばれる小説の中には、現代人が読むといまいちピンと来ない作品も多いわけですが、この本は大丈夫。いつ誰が読んでも実に面白い内容(ただしBタイプに限る)。

 舞台はゴールドラッシュ時代のカナダ。
 判事の大きな屋敷で飼われていた犬のバックは、開始数ページにして、博打でやらかしたアホの庭師に売り飛ばされてしまう。展開がすばらしく早い。
 そこから先も読者を退屈させない。売られたバックを襲う激しい暴力! Aタイプ者にはとうてい耐えられぬであろうその呵責なき動物虐待の果てに、バックは自らの血に流れる野性の原理とでもいうべきものを取り戻していく。
 バックは橇犬として売り飛ばされる。無闇な暴力からは解放されるのだが、かわりに飼い犬時代には考えられない、厳しい労役の日々が待っていた。最初の飼い主である判事とその家族をのぞき、基本的にすべての登場人物がならず者である。勝手に止まれば鞭で打たれるし、仕事が終わればすぐ別の誰かに売り飛ばされる。仕事は単に荷を運ぶことなのだが、おそろしく過酷で、橇を引きながら仲間が死ぬくらいのことは普通に起こる。力尽きた犬は連れて行けないから橇から外し、斧とかで頭を割って殺す。動物愛護主義者は卒倒ものだろう。
 物語はバックの目線で進行するので、犬が酷使されて可哀相というより、まるで自分が苦境に陥っているような気分になってくる。だがバックが橇犬を率いるリーダー犬としての資質に目覚め、飼い主を驚愕させるほどにもなると、Bタイプ者である自分のような人間でも我が事のように誇らしく思えたりする。
 途中、ある出来事があって、バックはモンスター飼い主からとある人物に引き取られる。
 ソーントンという男なのだが、これがぶっきらぼうなようでいて、実はAタイプ者なのである。出てくる大半のならず者が犬を道具としか見ていない中、ソーントンの愛犬家ぶりは際立つ。ここにいたるまで判事以外の全飼い主に殴られてきたバックだが、この男に対してだけは親密の情を懐かずにはいられなくなる。命をすり減らすような展開からの蜜月がなんとも染みる(シミルボン)。
 ここから先、物語はまた違った展開に流れはじめる。もうソーントンという最良の飼い主のもと、Aタイプ犬小説としてまとめちまえよ、タイトルも「わんちゃんご主人さまが呼んでるよ!」に変えちゃえよなどと思わないでもないが、最終的にバックがいかなる選択肢を選ぶかはあなた自身で確かめて欲しい。

 作者のジャック・ロンドンは短編が得意な作家だ。短編集がいくつも出ており、それらも薦めたいが、あいにく電子化されていなかった。

白い牙

白い牙 著者: ジャック・ロンドン/白石 佑光

出版社:新潮社

発行年:2006

 かわりに薦めておく。こちらもBタイプ犬小説の傑作である。
 これらを読んで気に入ったなら、是非短編集も読んでみよう。ジャック・ロンドンの短編は本当に面白いものである。たぶん電子化はされない気がするので、紙の本でも良いと思う。

 ところでAとB、どちらが多いのかといえば、だんぜんAが多いのがこの世界である。犬を見て「カワイイ!」と言わない者に人権が与えられぬこの世知辛い娑婆世界で、我々のような冷たいBタイプ者は残念ながら少数派だ。だからBタイプ犬小説は数が少ないのだと思う。あっても「ベルカ、吠えないのか?」みたいな豪腕スライダー作品ばかりで、選択肢が乏しい。

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか? 著者: 古川 日出男

出版社:文藝春秋

発行年:2008

 いやベルカ面白いよ。独特の文体さえ乗りこえれば、他にはない読書体験ができる唯一無二の本だよ。ただタイトルから連想した中身が「いつも吠えてばかりの犬を人に譲ったが、病気になったというので引き取ったら、吠える力すらなくなっていて悲C」みたいものだと思いこんでいたので面食らった。なんなんだよあの最強暗殺者の老いぼれは。

 結局のところ孤独なBタイプ者は、荒野めいた犬小説界を流浪し、最後は正道たるジャック・ロンドンに回帰するしかないのかもだ(よしうまいことまとまった)。


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