野球はお好き? 私はあんまり! おすすめの野球小説。
そろそろ野球の季節だが、あんまり興味がない。あまり、と言うかまったくない。選手の名前もよく知らない。
しかしまあ、野球には興味ないが野球小説は好きというヘンな輩が世の中にはいるもので、たとえば私がそうなのだ。こんな輩が、日本じゅうを探せば50人くらいはいると思うので、今回その全員に読んでもらいたい小説をご紹介する。
さて野球小説というと「バッテリー(あさのあつこ)」だとか「熱球(重松清)」だとか「ルーズヴェルトゲーム(池井戸潤)」あたりの直球的な作品群が勧めやすいが、今回は変化球を投げる。
ある若手スター投手がいて、もう少しで完全試合を達成しようとしている。
ありきたりのスター選手ではない。往年の名選手の息子でもあるという。父親の偉業は野球関係者なら誰もが熟知しているから、試合が熱気を帯びないはずはない。チームメイトや監督、観客が固唾を呑んで見守る中、当の若手スター投手は涼しい顔で見事に大記録を達成してのける。奇跡が起こった瞬間だった……という内容の、冴えない中年会計士ヘンリーによる妄想。それがこのユニヴァーサル野球協会という話だ。
ヘンリーは現実世界に重きを置いていない。自分の創造した架空の野球リーグこそが一大関心事だ。そしてヘンリーは重度の設定マニア。
ユニヴァーサル野球協会の各球団や選手ばかりか、リーグの試合日程から役員選挙の内幕からOBからゴシップ記事から、周辺の出来事についても徹底的に設定を作り込んでいる。その精緻さは一個の仮想世界として完成しつつある。
頭で考えるだけでなく、ヘンリーはこれらを記録につけている。試合結果を書き付けたスコアブック類はすでに40冊を越えている。各種の膨大な一覧表や選手名鑑、資料、事件史……大変なことだ。燃やして現実世界に立ち返ることなど、とうていできないと思える量だ。
架空リーグの結果を決めるのは、ダイスの目と各種の一覧表。ヘンリーはこのルールを決して曲げることはない。ダイスが決めたことは絶対なのだ。ヘンリー自身にも起こってしまった出来事は覆せない。選手のミスや、怪我や、死亡は。
全試合が夜毎に実際にプレイされる。一打席ごとに判定するから、現実の試合さながらに時間がかかる。そうして打席ごとに一喜一憂する。ヘンリーはこの架空野球世界の創造神であると同時に、運命に翻弄される一ファンでもあるわけだ。この厳密性が、後にヘンリーの精神世界に亀裂を入れることとなる。
しかしボードゲーマーや創作を行う人間なら、このヘンリーののめり具合に親近感を越えた危うさを感じてしまい、笑えなくなってくる。それでいて、否定しきることも難しい。この遊びがもの凄く上手にできれば、もしかすると永野護になれたりもするのだし。
しかしヘンリーの精神野球世界はある事件をきっかけに劇的変化を余儀なく強いられる。その場面の持つ凄み、衝撃は一言で説明することは難しい。あのシーンね。ヘンリーが吐くところ。あれは凄いシーン。いつかしれっとパクってしまうかもしれない。その時はごめんよロバート。
この本、野球小説に詳しい人には一言でこう説明してる。
「そんなに素晴らしくないアメリカ野球」。この説明は知人にけっこう好評だったから、ここにも書いた。
補足すると、似たような位置づけのポストモダン文学作品に「素晴らしいアメリカ野球」というものがあって、あちらはクドめの野球ギャグ文学(?)なのだが「ユニヴァーサル野球協会」はクドめのナイーヴかつ破滅的作品なのだ。両輪的な二作品。
両方読んでくれて構わないけど、どっちもクドい。多忙な現代人にはどちらか一冊しか読めないだろう。で、どっちかと言うなら、私は「ユニヴァーサル野球協会」を推す。
口直しにクドくない素晴らしい日本野球作品でも紹介しておこう。
なんだかどえらい草野球エッセイ漫画。作者は自称プロ草野球選手(!)。兼漫画家。
「最狂超プロレスファン烈伝」の作者と言うと伝わるだろうか。
マイナーな作品だし売れていないと思われ、完全に隠れた奇書と化している。だけど唯一無二の作品であることは間違いなく、野球小説読みはこれ読まないといけないんじゃないの?と常々感じていた次第。草野球で金品を得ることができるんだ、というのはちょっとした衝撃。それにしても野球漫画のオオゴショってのは、みんな自分の草野球チーム持っているものなんですなあ。すごいぜ。
ちなみに「最狂超プロレスファン烈伝」というのはプロレス漫画ならぬプロレスファン漫画なんだけど、3巻で終わったかと思っていたら続編が電子書籍版でのみ出ていて、読んでみたら驚きの展開になっていた。今回は野球小説なんであまり詳しく書かないが、こちらも強くオススメである。
この作者は大昔に月刊とりという同人誌を出していて、商業ではほぼ見せないシュールなSF短編を発表し続けていた人なんだけど、当時のテイストが完全に復活していて、ざわざわしてしまっている。
もう一冊はこちら。女子野球小説。
野球と、百合。見事なまでに二大「私が興味ないジャンル」である。
百合というのは本当にサッパリで。「ハードセックスなしのソフトレズビアンだろう?」と言ったら軽くキレられたこともあるほどで。何が間違っているのか今でもわからない。
なので本当にこれっぽっちも興味がないはずなのに、これは面白かった。たいしたものだ。
悪ふざけしているような設定や内容だが、妙な筆力があって引き込まれた。この本こそ今回紹介した中で「ストレートに一番面白い娯楽作品」かも知れない。
いつだか甲子園でバッテリーがキスをした出来事を思い出した。今までのキテレツ本の数々にはまったく興味持てない、という人にこそ読んで欲しい一冊。
今回は以上。
しかしまあ、野球とはいいものだ。
今年の夏もペナントレースや高校野球が盛り上がるに違いないが、たぶん観ない。