突然ですが、私はごく最近、病院で発達障害だと診断されました。軽い自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥多動障害(ADHD)だということです。
自閉症スペクトラム障害はコミュニケーションがうまくできず、特定のものに強いこだわりがある症状、注意欠陥多動障害は文字通り注意力散漫とか多動の症状を示す障害です。
自分から検査を受けに行ってわかったので、とくに驚きはなかったのですが、今回の連載ではいつもと少し趣向を変えて、この経験について書いてみたいと思います。「自分は発達障害なのでは?」と思っている人などに、多少なりとも情報を提供できると良いと思っているからです。
ちっちゃな頃から
私は小さい頃から友達がとても少なく、人と話すのも苦手でした。完全に信頼できると思ったごく少数の相手としか親しくならず、みんなと仲良くする必要はないと思っていました。
人の目を見て話せなかったので、十代の頃には肖像画に目を描かないアメデオ・モディリアーニの絵に夢中になりました(今でも大好きです)。挨拶をするとか、人の会話に入るとかもほとんどできませんでした。文字に強いこだわりがあり、書き方を覚えるとすぐに自分でノートにいろいろなことを書いて「お話」を作っていた覚えがあります。友達と遊ぶよりは本を読んだり、何か書いたり、映画を見たりするほうが好きな子どもでした。また、これは既に私の編著である『共感覚から見えるもの―アートと科学を彩る五感の世界』(勉誠出版、2016)を含めていろいろなところで書いているのでそちらを見て、文字と楽音に対する共感覚(ひとつの感覚に対する刺激から他の感覚が誘発される現象)がありました。
両親は私に何か変なところがあるとは思っていなかったのですが、高校に入ったくらいから、友だちに「自閉症なのでは?」と言われるようになりました。しかしながら、日常生活にとくに支障をきたさなかったので、病院に行ったほうがいいというようなことは全く考えていませんでした。
クイックシルバーのおかげで
自分にどうも発達障害があるのでは……ということを真面目に考え始めたのは、2010年代の後半くらいになってからです。まず、一緒に暮らしている連れ合いから、「周囲の人間をエミュレートしているサイボーグみたいだ」と言われました。どうも大変、思い当たるところがありました。たしかに私は機械みたいなペースで仕事をするのですが、他人の感情などがほとんどわからないので、人前に出ると周りの人を真似ることで乗り切っています。また、やはり連れ合いと一緒にイーロン・マスクに関するニュースを見ていた時、「どうも私の挙動不審な感じはイーロン・マスクに似ているのでは」という話になりました。
もうひとつ、私が発達障害の可能性を考えるきっかけになったのが、大学に就職したことです。私は大学教員の業務のうち、ほとんどはだいたい問題なくこなせるのですが(むしろ他の人より早く終わらせられることが多かったです)、ごく一部だけ、まったくできない業務がありました。こういう業務を割り振られると吐きそうなくらい疲弊するので、周りの人を真似てごまかしていたのですが、だんだん学内で責任ある仕事をまかせられるようになると、それでは乗り切れないのでは……と思うことも増えました。
こういう日常生活でのちょっとしたトラブルに加えてあれっと思うようになったのが、どうも発達障害らしいキャラクターというのが映画やテレビドラマにけっこう出てくるようになったことです。
私は『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014)に出てきたピーター・マキシモフことクイックシルバー(エヴァン・ピーターズ)がものすごくお気に入りなのですが、なぜかというと、このキャラクターはとにかく考えたり行動したりするスピードが速くて、ひとりでなんでもやってしまうからです。私は異常にせっかちで、ほとんどのことは即決し、周りの人の判断が遅すぎてイライラするというようなことがしょっちゅうあるので、そういう自分と同じようなスーパーヒーローが出てきたのはとても新鮮でした。
ところがクイックシルバーに関する批評とかファンアートを検索していると、Redditあたりで「クイックシルバーってなんかイラつく感じだよね」「自閉症スペクトラム障害なんだよ」みたいなことが言われているではないですか……私はクイックシルバーがイラつく振る舞いをしているということに全く気付いていなかったので、ここで(1)自分の振る舞いは他人をイラつかせているらしい (2)クイックシルバーも私も自閉症スペクトラム障害なのかも、ということに思い当たりました。
2016年には『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』にバリー・アレンことフラッシュ(エズラ・ミラー)が出てきましたが、フラッシュもかなり自分に近いと思えるキャラクターでした。やはり異常なスピードと不審な挙動が特徴です。フラッシュもやはり発達障害当事者を含めた多くの観客から発達障害では……などと言われています。
最近、エズラ・ミラーがおそらくメンタルヘルスの問題で何度も暴力沙汰を起こしてキャラクター自体の先行きがあやしくなってきています。私もこれに関してミラーはきちんと責任をとるべきだと思っているのですが、少なくともDCエクステンデッド・ユニバースに発達障害をリアルに表現したキャラクターが出てきたことは評価すべきだと思っています。
私の疑いをさらに強めたのは、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)でした。私は『ハリー・ポッター』シリーズよりもプリークェルの『ファンタスティック・ビースト』シリーズのほうがはるかに好きなのですが、これはニュートがとても自分に近いと思えるキャラクターだったからです。
これについて、私はニュートがいかにもな研究者タイプだからだと思っていたのですが、この自閉症啓発を目指して作られたファン動画とそこについたYouTubeコメントを見て、自分がニュートが好きなのは発達障害だからなのかも、クイックシルバーとフラッシュに続いてまたもや……と思いました。ニュートを演じるエディ・レッドメイン自身、ニュートは自閉症スペクトラム障害だろうと言っています。『ファンタスティック・ビースト』シリーズもJ・K・ローリングやエズラ・ミラーのスキャンダル、さらには脚本の迷走のせいで先行きが極めてあやしいのですが、ニュートじたいはとても魅力的なキャラクターだと思います。
このようなことが続いたのですが、一方でこういう映画に出てくるキャラクターはみんな男性です。もう少し情報はないだろうか……と思ったところ、サラ・ヘンドリックス『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界―幼児期から老年期まで』(堀越英美訳、河出書房新社、2021)が出ました。これを読んだところ、思い当たるところばかりでした。女性のASDは発見されにくいらしいのですが、「ASDの女性は、ASDの脳が得意とするシステム化によって他者の能力を研究・再現することで、普通の人に擬態して社会参加できるのではないか」(p. 33)という仮説は、まさに私が連れ合いに言われたことそのままです。
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