第二百五十六話「闘神の脅威」
敵襲の報告を受けて、歓喜の表情で立ち上がったのはアトーフェだ。
「敵はどこだ!」
「浜辺! 闘神バーディガーディです! 今はシャンドルさんが抑えています、今のうちに撤退して、距離を……」
「アーッハッハッハ! バーディが敵に回ったか! 相手にとって不足はない! 親衛隊! オレに続けぇ!」
アトーフェは俺の言葉を最後まで聞かず、親衛隊を引き連れて、浜辺へと駆けていった。
止める間もない。
無論、エリスやルイジェルドは素直に従ってくれたし、
クリフは積極的にみんなに解毒を掛けて回ってくれた。
その他、鬼族たちも積極的に避難に動いてくれた。
「おでも、戦う」
だが、鬼神は違った。
彼は今こそ約束を守るべき、とでも言わんばかりにアトーフェを追いかけたのだ。
アトーフェと、鬼神が戦闘に出てしまった。
その瞬間、俺の頭の中は「撤退」から「戦闘」へと切り替わった。
シャンドル、アトーフェ、鬼神マルタ。
三人に戦わせ、敗北した場合、多大な戦力を失う。
ここは、多少不利でも踏みとどまり、真正面から戦うべきだと結論づけた。
テンパっていたつもりはない。
俺に、エリスに、ルイジェルドにスペルド族の戦士、クリフ、エリナリーゼ、それからアトーフェとムーア、親衛隊十名、鬼神。
戦力は十二分すぎるほどにあった。
心のどこかで、勝てると思っていた。
俺は宴会場の端においておいた一式に乗り込んだ。
---
俺が撤退を指示し、一式に乗る。
その僅かな時間で、戦場は移動していた。
第三都市ヘイレルルにほど近い位置で、腰のあたりまで海に浸かりつつ、バーディガーディとアトーフェたちは戦っていた。
接近戦を仕掛けているのは、アトーフェと鬼神だ。
バーディガーディはギースを肩車にしたまま二人を相手取っている。
力の差は歴然だ。ギースを肩に載せたままだというのに、バーディガーディはアトーフェと鬼神を子供のようにあしらっている。
圧倒的だ。
シャンドルの姿は無い。
どこにも無い、やられてしまったのか?
親衛隊はバーディガーディを遠巻きに囲み、魔術を放っていた。
氷の矢が、炎の矢が、岩砲弾が、雨のようにバーディガーディへと降り注いでいる。
だが、寸前で掻き消えているように見える。
親衛隊の放つ魔術は、ギースに届いていない。
あれは闘神鎧の能力か?
それとも、ギースが何らかの魔力付与品を使っているのか?
後者だとするなら、あの肩の上にいるギースは早い段階で仕留めておきたい。
先ほど、シャンドルとバーディが戦っている隙にギースを倒しておくべきだったか。
いや、シャンドルが倒れたのは、俺が離れてすぐだったはずだ。
ギースを倒すのに少しでも手間取ったら、俺は宴会場にたどり着くことすらできず、死んでいた可能性が高い。
ギースは俺のことをよく調べているはず。
対策だって練ってきている。
俺を目の前にしても、余裕の立ち姿だった。
なら、岩砲弾一発で即死させられた、とは思わない方がいい。
でも、やらない理由もない。
考える暇もない。
アトーフェと鬼神、二人ともタフだが、傍目から見てもバーディガーディにパワー負けしている。
どのタイミングで前線が崩れてもおかしくはない。
「私も行くわ!」
「ストップ!」
俺は駆け出そうとしたエリスを制し、両手に魔力を込める。
幸いにして、アトーフェと鬼神のおかげで、距離はとれている。
アトーフェと鬼神。
二人が同時にふっ飛ばされた瞬間を狙う。
「先に魔術を叩き込む。クリフ先輩! 狙撃します。魔術で援護お願いします!」
「ああ、任せろ!」
アトーフェと鬼神を巻き込まないか、と一瞬だけ躊躇する。
だが、ギースがはっきりと見えている状態、通用するかどうかは分からないが、直撃させられる状態。
今はチャンスだ。失敗した時の事、巻き込んでしまった場合については考えない。
ただ、一撃を食らわせればいい。
使うのは……岩砲弾。
いや、落雷にしよう。
少なくとも、親衛隊の岩砲弾は、寸前で消されている。
俺の岩砲弾ならあるいは、と思うが、違う魔術を使う。
よし。
「すぅー」
深呼吸をして、左手を上に上げる。
体内にある血流を、左手へと送る。
そして、左手から空へ、魔力だけではなく、突風を使い、雲を作り出す。
焦る気持ちを抑え、時間を掛けて、雲をでかくする。
周囲に、雨が降り始める。
遠方では、雷も鳴り始める。
風がふき、海が荒れ始める。
本来なら、この術が完成する前に、圧縮し、落とす。
だが、俺は広げる。
竜巻と上昇気流を併用し、雷雲をどんどん大きくしていく。
浜辺に降る雨が強さを増す。
まだ。
強風でエリスが髪を押さえつけている。
まだだ。
波高くなり、戦いを続ける三人に水しぶきをかける。
もう少し。
空は一面の雲に覆われていた。
周囲は暗く、雨のせいで50m先も見通せない。
だが、俺には千里眼がある。
千里眼は、あいも変わらず、戦い続ける三人を捉えていた。
アトーフェと鬼神を、捉えていた。
右手。
溜め込み続けた魔力を放出する。
雲が一気に収縮する。
暴れる魔力を押さえつけて、一点に集中させる。
タイミングを測る。
アトーフェと鬼神が同時に仕掛け、同時に吹き飛ばされる。
その瞬間。
魔力を……落とした。
「『
それは稲妻ではなかった。
一本の光の柱だった。
それが出現した瞬間、周囲から音が消えた。
雨が一瞬にして途切れ、静寂と光が世界を覆った。
光の柱の下に巨大な水柱ができた。
轟音。
落雷音にも似た響きが、鼓膜を叩いた。
「……て、……を……土の……」
その轟音の中、クリフの呪文がとぎれとぎれに聞こえてくる。
俺もまた、その呪文から使おうとしている魔術を把握、補助に入る。
視界には、押し寄せる水の塊が入っていた。
全てを押し流さんと迫る、水の塊。
それは、みるみるうちにこちらへと迫ってきて――。
「『サンドスウォーム』」
砂の塊とかちあい、相殺した。
俺とクリフの魔術によって、水の塊は茶色の雨となって海と浜辺を汚した。
千里眼を切り、目を凝らして黄金を探す。
「…………」
目には、何も映らない。
千里眼は発動していないはずだが……。
ふと視線を巡らせると、他の面々もまた、俺と同じように目をこらしていた。
だが、やはり何もない。
何も見えない。
姿形も見当たらない。
「やったか?」
思わずそう呟いた。
呟いてしまった。
呟いた所で何が変わるわけでもないが、縁起の悪い一言だった。
「!」
気づいた時にはもう遅い。
エリスが、ルイジェルドが。
勘の良さそうな者が、全て上を見ていた。
次の瞬間、俺の目の前で、砂柱が立った。
何かが、空中から落ちてきた。
空を舞うそれは、泥の雨を浴びてなお、キラキラと輝いていた。
金色に。
「うっ」
思わず声が漏れる。
そいつは、俺の目の前に着地した。
黄金の鎧。
兜の下には、本当に見知った顔があるのか、無いのか。
「死ぬかと思ったぜ」
その声は鎧の肩。
泥にまみれて、そいつは乗っていた。
猿顔の魔族。
「我が名は闘神バーディガーディ! ヒトガミの盟友にして闘神の名を受け継ぎし者! ルーデウス・グレイラットに一騎打ちの決闘を申し込む!」
「こ、断る!」
「フハハハハ! 問答無用!」
俺は金色の鎧に殴られていた。
一撃。
たった一撃で鎧がバラバラになり、俺は朦朧とした意識で空を飛んだ。
意識が遠のいていく。
遠ざかる意識の中、俺は見た。
エリスが、ルイジェルドが、アトーフェが、鬼神が。
一斉に、闘神に襲いかかるのを。
――――その日、第三都市ヘイレルルは消滅した。
---
気づいた時には、いい匂いがした。
ちょっと汗臭いけど、しかしいい匂い。
嗅ぎ慣れた匂いだ。
そして、視界の端で赤い髪の毛が揺れていた。
同時に、頬に温かさを感じる。
俺の頬が、何かに触れているのだ。
「……気がついたの?」
頬に触れている何かから声がした。
エリスの声だ。
「!」
そこで、急速に意識が戻った。
俺は今、エリスに背負われている。
「……どうなってる?」
俺はとっさに体を起こして、周囲を見た。
周囲には、何人かが難民のように歩いている。
クリフ、エリナリーゼ、そして、ルイジェルド。
「負けたわ」
あの後、エリスたちは闘神に戦いを挑み、完膚なきまでに叩きのめされたらしい。
エリスは一撃で気絶し、エリナリーゼの盾は砕かれた。
アトーフェと鬼神は善戦したが、何度も何度も弾き飛ばされたそうだ。
気絶した俺に代わって、ムーアが撤退を指示。
ルイジェルドが俺やエリスを回収し、アトーフェと親衛隊、鬼神、そして気絶から回復したシャンドルが殿となることで、撤退は成功した。
「そっか」
ショックだった。
あんなにあっさりと敗北したのが、ショックだった。
別に、自分が最強だと思っていたわけではない。
一式なんて、一番最初に戦った時は、オルステッドに敗北している。
無敵じゃない。
最近、ちょっと勝利が続いていたのは確かだ。
アトーフェにも、アレクにも勝った。
アレクに関しては、一人ではなかったが、それでも勝ちは勝ちだ。
でも、負ける事は常に想定においていたはずだ。
でも、ワンパンは初めてだ。
一撃だ。
一撃でバラバラにされて、意識まで刈り取られた。
……俺は、バーディガーディをナメていたのだろうか。
闘神といっても、あの魔王様はどこかで手を抜いてくれるとでも、思っていたのだろうか。
「次は、どうするの?」
エリスに聞かれ、考える。
次。
次はどうしようか。
万策尽きたとは言わないが。
しかし、あの闘神に、俺が考えたちょこざいな策で勝てるものだろうか。
シャンドルも、鬼神も、アトーフェも親衛隊もいない。
死んだ可能性もある。
戦力は心もとない。
俺、エリス、ルイジェルド、クリフ、エリナリーゼ……あと、スペルド族の戦士の人もいるか。
といっても、俺は戦力に数えられまい、一式を失った俺は虫けらだ。
俺が出来る事なんて、せいぜい川を作ったり、山を作ったり、山を火事にしたりという程度。
三枚のお札だ。
闘神は川を飲み干し、山を飛び越え、飲み干した川の水で山火事を消火して、追ってくるはずだ。
今の戦力で、勝ち目はない。
「逃げる他ないだろう」
「……ルイジェルドさん」
ルイジェルドは、俺の目を見て、言った。
「あれは、本物の七大列強だ。
俺たちが束になっても、勝てる相手ではない」
逃げる、か。
このまま、スペルド族の村まで逃げて……。
それで……どうするんだ。
三枚の御札では、逃げ込んだ寺の和尚様が、とんちを使って山姥を退治した。
スペルド族の村には、
でも……闘神バーディガーディと、ギース。
奴らの目的は、俺の命とオルステッドの力をそぐことだ。
オルステッドも、闘神と戦えば、北神や剣神なんかと戦うのとは比べ物にならないレベルの魔力を消費するだろう。
実質的な敗北だ。
そして、奴らは目的を達成するまで、どこまでも追ってくるだろう。
世界中、どこにいったって、安全な場所などあるまい。
「……逃げても、勝てない」
「なら、玉砕覚悟で戦うしかあるまい」
玉砕覚悟で戦っても、負けは負けだ。
勝ちにはならない。
死ねば、そこで終わりなんだ。
「……ルーデウス、しっかりなさい」
ふと、エリスが俺の手を握っていた。
温かく、力強い手だ。
何度も、俺を助けてくれた手でもある。
俺の子供を抱いた手でもある。
「ああ」
少し、落ち着こう。
考えるんだ。
勝つ方法を。
まずはそう、情報が必要だ。
例えば闘神鎧の弱点とか。
だが、闘神鎧は、ラプラスが作った最強の鎧という話だ。
作った本人ですら、相打ちになったのだ。
弱点なんて無いのではなかろうか。
例え、弱点はなかったとしても、攻略法、戦いの方法はある。
そうした所から、何かしらのヒントは得られるかもしれない。
それを知っているのは誰か。
アトーフェ……は、いない。
オルステッドか。
そうだな、彼に聞かなければならない。
もし、それで何もわからなかったら……。
「……」
いや。
例えわからなくても、いつかは、戦わなければならない相手だ。
今、戦おう。
アトーフェも、鬼神も、シャンドルもいない。
だが、勝てる術はあるはずだ。
しかし、だとしても、被害は最小限に食い止めたい。
スペルド族の村を戦火に巻き込みたくはない。
あそこには、ノルンもいる。
勝ち目は、あるはずだ。
1%未満かもしれないが、それでも。
そうだ。
考えてみれば、俺にはまだ、奥の手が残っている。
本来なら、もっと早い段階で使おうと思っていた、奥の手が。
「…………森まで撤退し、そこで時間稼ぎをします」
それに、賭ける事にした。
「わかった」
全員が頷いた。
---
そして、俺はスペルド族の村に戻ってきた。
俺の奥の手は、まだのようだ。
本当に何が起きているのか。
待っていてもいいのか。
迷う心を押さえつけ、俺はオルステッドの前に正座をし、昨日までの出来事の報告を行った。
「以上です。鬼神とアトーフェ、シャンドルの行方は知れません」
「……」
オルステッドは、厳しい表情をしていた。
「闘神バーディガーディか」
「攻略法は、ありますか?」
「……無い。俺は、闘神鎧の事は知っているが、闘神鎧を身につけたバーディガーディと戦った事はない」
「そうですか」
予想はしていたことだが、落胆は隠せない。
しかし、表に出すことはない。
「では、闘神鎧の情報を教えてください」
「闘神鎧は、ラプラスが作った最強の鎧だ。
リングス海の中央、魔神窟の最奥に沈んでいる。
その表面は発する魔力で黄金に輝き、装着した者に最強の力を与える。しかし、そのあまりの魔力ゆえに自我を持ち、装着したものの意識を乗っ取る」
「バーディガーディは、意識を乗っ取られてはいないようでしたが?」
少なくとも、バーディガーディは操られているようには見えなかった。
俺の記憶の中にあるバーディそのものだった。
もっとも、見えないだけで、実際は操られているのかもしれない。
アトーフェに対しても、シャンドルに対しても、問答無用だったし。
「……完全に乗っ取られるまでは時間が掛かる。装着してから時間が経てば経つほど、意識を闘神鎧に支配され、善悪の判断がつかなくなり、戦いのみを求めるようになっていく。もっともバーディガーディは魔眼の通じない特殊な肉体の持ち主だ。あるいは闘神鎧に乗っ取られずに済むのかもしれん」
バーディガーディはそれほど長い時間は着込んでいないということか。
それにしても、どっかで聞いたような乗っ取られ方だな……。
「闘神鎧はお前の魔導鎧同様、身につけた者の魔力を糧に動くが、お前のものと違い、装着者の生命力が完全に尽きるまで、脱ぐことはできない。
バーディガーディが身につけているのなら、半永久的に動作するだろう。
鎧は身につけた瞬間、着用者にとって最適な形に変形する。その際、最適な武器もつくられる。
射程距離は武器次第だが、バーディガーディが装備したのであれば、遠距離はあるまい。
魔術は表面から発する黄金の光で、ほぼ無効化される……が、閾値はある。お前の全力で撃った岩砲弾なら、あるいは通用するかもしれん」
詳しい。
だが、そうか、雷撃より岩砲弾の方が有効だったか。
「以前、オルステッド様が戦った時は、誰が身につけていたんですか?」
「とある海人族だ。もっとも、すぐに魔力切れで死んだがな」
「他のケースは?」
「自分で身につけた事が数回、人族が身につけた事が1回、魔族が身につけた事が1回」
何回も装備経験があるのか。
まぁでも、何回も自分で乗らないと、詳しいことはわからないか。
「で、具体的には、どうすれば倒せるでしょうか」
「……わからん」
「わかりませんか?」
「闘神鎧を身につけると、疲れも痛みも感じず、常に最高の力で戦う事が可能だ。だが、あくまで無理やり動かしているだけで、装着者の怪我を回復する機能は無い。ゆえに、攻撃が通るのであれば、持久戦を仕掛けるのが効果的だが……」
バーディガーディが相手では、それも無理か。
闘神鎧は装着者が死ぬまで動き続ける。
バーディガーディは不死身。
つまり永久機関だ。
「ラプラスは、どうやって倒したんですか?」
「闘神鎧の防御の閾値を超える大出力の魔力を当て、中身を一時的に消滅させ、分離した。その結果、大陸に大穴が開いて、リングス海となった」
「……なるほど」
攻撃力次第では、ダメージを与えることは可能ということか。
ただ、その後に回復されるだけで。
でも、それなら一つ、策はある……。
「しかし、当時の装着者は死んだと聞いていたが、バーディガーディだったか」
「知らなかったのですか?」
「ラプラスも、当時の戦いで、誰が着込んでいたのかなど、知らなかったらしい。死んだと聞いて、俺もそれ以上興味は持たなかった。闘神が、こうして俺の前に敵として立ちふさがった事など今までになかったからな」
「それは……過去のループでラプラス本人に聞いたんですか?」
「そうだ。俺が初代龍神の息子であり、初代龍神が俺にこのような呪いを施したことも含めてな」
「……でも、ラプラスは殺さなければならない、と」
「そうだ。ヒトガミの場所に至るために、五龍将は全て殺し、秘宝を取り出さなければならない」
「……」
初めて、はっきりと、殺さなければならない、と聞いた気がする。
やはり、そうか。
じゃあ、やはりペルギウスの援軍は期待できないな。後で裏切るつもりの相手に助力を願うのは、俺だって嫌だ。
ここで、そのへんの問答をしても仕方がない。
「お前には、不愉快な話だろうがな」
「……いえ」
今は、目の前の事を考えよう。
ひとまず、バーディガーディ。
ヒトガミも、自分の未来を予知しながら行動しているなら、バーディガーディのような、自分勝手に動いてしまう駒を動かす事も多くはなさそうだ。
あるいはもしかすると、これがヒトガミの持つ、本当の切り札かもしれない。
先日ひさしぶりに見た時は、かなり切羽詰まっているようだったし。
闘神バーディガーディ。
バーディガーディは元々、ヒトガミの使徒だった。
今までのループでヒトガミがバーディを使わなかった理由はわからないが、今回は引きずりだせた、と見よう。
まぁ、今までのループで無いなら、どうせ俺が原因なのだろうけど。
「それで、どうするつもりだ?」
「戦います。逃げ場はありません」
「わかった。俺が出よう。やったことは無いが、勝てん事は無いはずだ」
オルステッドはそう言って、腰を上げた。
だが、俺はそれを制した。
「いえ、待ってください」
オルステッドは座り直した。
仮面のせいで顔は見えないが、しかし憮然とした表情をしているのは分かる。
「ここでオルステッド様が魔力を消耗してしまうのは、結果的に負けです、なんの意味もありません」
「ここでお前が死んでも、負けだろう。なんの意味もない」
「……まあ、それもそうですが」
今を取るか、後を取るか。
けど、ここまで頑張ってきたのだ。
せめて、本当にダメだと思える所まで粘りたい。
「でも、オルステッド様が戦わなければいけないのだとしても、その前に、闘神の力を弱める事ぐらいは出来るはずです」
「……死ぬぞ」
「その時は、俺の残った家族を頼みます」
死にたくない、生きて帰りたい。
けど、きっと、ここが正念場だろう。
闘神はギースとヒトガミの最後の手だ。
まだ手は残しているのかもしれないが、冥王、剣神、北神、鬼神、全部倒してこの状態。
使徒も最後の一枚。
伏せカードも全てオープンだ。
向こうの場に出ているカードはもう無い。
ここで闘神を倒せば、向こうも相当に辛いはずだ。
粘って、戦って、勝たなきゃいけない所だ。
「わかった。だが、勝てないとわかったら、すぐに撤退しろ。いいな」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げて、立ち上がった。
「それで……ロキシーからの連絡は?」
「まだだ」
「そうですか。もし来たら、すぐに、お願いします」
オルステッドが頷くのを見て、俺は家屋の外に出た。
戦士たちが待っていた。
鋭い眼光で殺気をまき散らすエリス。
玲瓏とした佇まいのルイジェルド。
やや興奮し、緊張し、そして恐怖した面持ちのクリフ。
そんなクリフを守ろうという表情のエリナリーゼ。
シャンドルが倒されたと聞いて、泣きそうなドーガ。
前回の戦いで身ぐるみが剥がれたため、スペルド族の民族衣装に身を包んだザノバ。
そして、スペルド族の村を守ろうという戦士たち。
このメンツ。
正直、心もとない。
シャンドルとアトーフェ、鬼神が抜けてしまった穴は大きい。
だが、鬼神と相性のよかったドーガとザノバは残っている。
バーディガーディは接近戦タイプだ。相性は悪くない。
鬼神相手に劣勢だった二人だ。相性が悪くないといっても、どれほどの意味があるのかわからないが。
このメンツでも、あるいは1日か、2日ぐらいは、足止めをすることは出来るかもしれない。
あと1日、2日で俺の切り札が戻ってくる可能性は少ない。
そして、切り札を使って勝てる保証もない。
いたずらに仲間を殺してしまうだけかもしれない。
「いこう」
けれども俺は歩き出す。
策はあるが、勝算もない。
俺の判断が正しい保証もない。
罠を仕掛ける暇だけはあるだろうが、それで勝てる相手でもない。
「……」
誰も、何も意見を言わず、俺の後に続いた。
俺は、闘神と戦う。