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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百五十二話「三世vs二世+α」

 だいぶ離れてしまった。


 鬼神マルタの大暴れ。

 木々をなぎ倒し、地面を掘り起こし、暴風のように暴れまわる巨大な鬼。

 その余波に押し流されるように、戦場から離れてしまった。


 奴の相手をしていたのは、ザノバとドーガ。

 鬼神は単純にパワーの化け物だという話だから、相性はいい。

 神子たるザノバにパワーで勝てる奴などいないし、ドーガも迫ってくる相手には強い。


 だが、当然ながら。

 俺も他人の心配をしている暇はない。


 目の前に立つのは、七大列強第七位。

 北神カールマン三世。

 アレクサンダー・ライバック。

 俺を谷に突き落とした二人の片割れでもある。


 まして、今は一式も無く、二式改も不完全。

 油断や手加減のできる相手ではない。

 まずは先手必勝。

 泥沼からの――。


「待った!」


 と、思った瞬間、北神カールマン三世から待ったが掛かる。

 だが、相手は北神流。

 待ったと見せかけて奇襲をかけてきてもおかしくない相手である。


 俺は無言で泥沼を設置。

 続けざまに岩砲弾を放った。


「戦う前に、少し話をしましょう!」


 岩砲弾はなんなく弾かれた。

 いや、逸れた?

 とにかく、岩砲弾は中空で軌道を変え、弾かれた。

 奴の足元に泥沼が設置されているはずなのに、その足が沈んでいない。

 これが北神の力!?

 いや、違う。

 確か、王竜剣の能力については聞いている。


「君の怒りはもっともです。

 両腕を切り落とされ、谷に落とされて、すぐにでも戦いたい気持ちはあるでしょう。

 しかし、少しまってください。

 話が終わったら、すぐに相手をして上げますから。

 君程度の雑魚でも、強者同士が話している間、少し待つ事ぐらいはできるでしょう?」


 雑魚……だと!

 なめやがって、バラバラにしてやる!

 と、憤る気にはなれない。

 確かに、七大列強から見れば雑魚であることは否定できない。

 最近かなり持ち上げられてたせいか、逆に新鮮なぐらいだ。


「……」


 俺としては待ちたくない。

 時間稼ぎが目的かもしれないし、できるだけ早く勝って他のメンツの援護に回りたい。


 そう思いつつも一歩下がり、シャンドルに目配せする。

 アレクが動かないように、彼もまた動いていない。

 彼が戦ってくれなければ、俺一人では、勝つ事はできない。


「仕方ない」


 シャンドルは肩をすくめつつ、前に出た。


「……それで、何か用かな? 見知らぬ人よ」

「見知らぬ人? あなたの事を誰よりも知っている僕が、見知らぬ人?」

「初対面だと思うのですが?」

「僕とあなたの初対面は、僕が母さんの腹から出てきた時ですよ。父さん」


 シャンドルはなにしらばっくれてんだろう。


「父さん、いい加減にしてください。

 そんな不細工な兜をかぶっていたってわかる……」


 俺がヒトガミに覗かれたというのなら、アレクだって知っているだろう。


「あなたは北神カールマン二世。アレックス・ライバックだ!」

「アレク君。そういうのは、私が兜を脱いだ時に言うものですよ」


 そう言いつつ、シャンドルはため息をつきつつ、兜を脱いだ。

 黒髪の中年。

 アレクも黒髪だ。

 改めて見てみると、二人はよく似ていた。


「君が私を倒し、強い相手だった、せめて最後に顔を拝んでおくかと兜を脱がした時に……」

「そんなことはいい! とっくに死んだと思っていたのに……今まで、何をしていたんですか!?」

「……弟子を取りつつ、気ままに武術を教えていました。

 最近、アスラ王国のアリエル陛下に感銘を受けて、騎士になりましたが」

「弟子? この剣を僕に託し、北神流を捨てたあなたが、弟子を取っていたって!?」


 アレク君の顔に、怒りが浮かんでいる。

 二人の間に何があったのかわからないが、

 シャンドルの言葉が、彼の何かに触れたらしい。


「アレク君、私は別に、北神流を捨てたわけではないよ」

「嘘だ、今だって剣すら持っていない!」

「うーん」


 シャンドルは、己が持っている棒を持ち上げてみせた。

 金属で出来た棒。


「こっちの方が、強くなると思うんですがね?」

「! 馬鹿にして! そんな棒きれが、この王竜剣よりも強いって!?」

「そうではないよ。アレク君。その剣は、この世界で一番強い。

 それは、その剣を100年間振り続けた私が、一番よく知っている」

「じゃあ、なんで?」

「強すぎるんですよ。その剣は」


 アレクサンダーの問いに、シャンドルは答える。

 当然のように。

 当たり前のように。

 諭すように。


「その剣を手にすれば、どれだけ巨大な魔物も、どれだけ俊敏な怪物も、どれだけ堅固な戦士も、相手にならない。私は数々の戦いに勝利し、英雄となった」


「ただ、ふと、立ち止まった時に思ったのです。

 私は英雄になった。けど、その剣を手に入れた前と後で、何も変わっていないのではないか。

 はたして、北神カールマン二世アレックス・ライバックは、本当に強かったのだろうか、とね」


「そう、思ってしまえば、もう以前のようには戦えない。

 無論、今までの自分の戦いや仲間たちを否定するつもりはないが……。

 英雄としての私は、終わったのだと思ったよ。

 だから、君に『英雄としての北神』を託し、私は『北神カールマン一世の教え』を広めようと思ったのです」


 どうにも、かやの外な感じだ。

 よくわからんが、親父であるアレックス(シャンドル)は、戦いに飽きて、象徴たる剣を手放して、流派を広めようとした。

 対する子供アレクサンダーは、それを怒っているようだ。

 まぁ、わからないでもない。

 そんな重いものをいきなり託されて、父親がいなくなったとなれば、怒りもするだろう。


「その結果が、あのオーベール、あの奇抜派ですか?」

「あれも、北神カールマン一世が示した、一つの道ですよ」

「僕は、奇抜派は認めていません。あんなのは、北神流じゃない」


 アレクサンダーは不機嫌さを隠しもせず、首を振った。

 オーベールか……。

 確かに、あれは剣士ではなかった。

 あいつは忍者だった。


「大体、剣術ですらないじゃないか」

「北神カールマン一世は剣を使ったけど、剣にこだわる必要はない」

「だから、そんな棒きれを使っているっていうんですか?」

「そう、これなら、自分が強くなっていくのを実感できる。そして成長を実感することで、人はさらに強くなる」

「……意味がわからない」


 アレク君は不満そうだ。

 彼は、まだ若いのかもしれない。

 自分のこうだと決めたものに対して、ノーと言えないのだ。


「それで、アレク君。逆に聞くけど、君はどうして、ここにいるのかな?」

「僕は、オルステッドを倒しにきた。龍神を倒して、七大列強第二位になるんだ」

「志が高いね。君の父親として誇らしいよ」


 シャンドルは微笑みながら、アレクを讃えた。

 シャンドルさん?

 鼻高々で悪いけど、あなたはこっち側ですよね?

 いきなり、「じゃあ手伝うよ」とかいって、敵に回るとかないですよね?


「今回、私が敵に回るわけだが、見事に打ち倒し、オルステッドに挑むといい」

「当然です。いかに父さんが相手と言えども、僕は北神カールマン三世として、恥ずかしくない名声を手に入れて見せます」


 恥ずかしくない名声ってなんだよ。

 と、思う部分もあるが、父親や家族が偉大だと、気にする所もあるのだろうな。

 俺の立場として、応援は出来ないが。


「それだけじゃない。悪魔たるスペルド族を全滅させる!」

「ん? スペルド族は、悪魔ではないよ。君も村に一度来て、見たのでしょう?」


 首をかしげるシャンドルに、アレクは当然とばかりに頷いた。


「そんなのは関係ない。スペルド族は悪魔として有名だ。それを滅ぼしたとなれば、僕の名前は未来永劫、英雄として語り継がれる」

「それは、英雄のすることじゃない」

「でしょうね。でも手段は選んでいられない。

 じゃないと、父さんの偉業を超えられない。

 北神カールマン二世の名を、超えられない」

「私の名を超えることが、英雄になることだと?」

「そうだ!」


 シャンドルは、口を半開きにしたまま、こちらを向いた。

 そして、頭を下げた。


「申し訳ありません。ルーデウス殿。説得できるかと思いましたが、この馬鹿息子は、私が思った以上に馬鹿だったようです」

「……そのようですね」


 彼は、どうやら英雄という単語に踊らされているようだ。

 英雄らしい行動を取って英雄になるわけではなく、ただ名声を得ることで、ちやほやされたいのだ。

 そうじゃないだろう、と誰もが言いたくなる状態だ。

 うまく言えないが、そうじゃない、と。


「止めましょう」

「はい」


 シャンドルは兜をかぶり、棒を構えた。

 俺はその後方、援護をするように、両手を広げる。


 アレクはむすっとした顔のまま、俺達を睨みつけてきた。

 自分のやり方を否定され、呆れ顔で小馬鹿にされ、行き場のない怒りが渦巻いているのだろう。


「……そんな棒きれと未熟者のお荷物を抱えて、王竜剣を持った僕に勝てるつもりですか?」

「ああ、もちろんだとも、お仕置きをしてやろう」


 自信満々に言い放ったシャンドル。

 お仕置きという言葉に、アレクの堪忍袋の緒が、ついに切れた。


「なめるな!」


 北神二世と北神三世の戦いが始まった。



---



「たああぁぁぁ!」


 先に仕掛けたのはアレクだった。

 巨剣を軽々と片手にて振るい、袈裟懸けにシャンドルへと斬りかかった。


「おおおお!」


 シャンドルはその圧倒的な質量を、棒を使って受け流した。

 アレクの姿勢が崩れ、無防備に……ならない。

 恐るべきバランス感覚で体の向きを変え、再度シャンドルへと打ちかかった。


 シャンドルはそれを予期していたかのように動いた。

 回転しながら暴風のように攻めてくるアレクを、再度いなす。

 そして、いなしながら、てこの原理を利用して、アレクの足を払った。

 アレクはたちまち体勢を崩……さない。

 アレクの体はシャンドルを飛び越すように浮き、そして通常ではありえない速度で地面に降り立った。

 めちゃくちゃな動きだ。

 だが、知っている。

 これが、魔剣・王竜剣カジャクトの能力。

 ……重力操作。


「うりゃあぁぁぁ!」


 しかし、シャンドルはそれに対応している。

 背を向けたまま、王竜剣の一撃をいなす、いなす、いなす。

 そのうち、次第に向きを変えて、アレクに向き合った。


 アレクの一撃は、そう簡単にいなせるものではない。

 踏み込む毎に地面が抉れ、斬撃の衝撃波は周囲の大木を切り刻み、メシメシと音を立てて倒れ始めている。

 発生した真空波が、やや離れた位置に立つ俺の頬を切り裂くほどだ。


 だが、その一撃がシャンドルに届くことはない。

 引退したとはいえ、仮にも北神か。

 まったく危なげなく、アレクの斬撃をいなし続けている。


 重力を操るアレクの動きはどこまでも自由で、アクロバティックで、予測が付かない。

 その上、シャンドルも動かないわけではない。

 一見するとまったく動かないが、ブレるように体を少しずつ移動させて、有利なポジションをとっている。


 これが北神同士の戦いか。

 スピードは、そう速いわけではない。

 エリスやオルステッドと訓練を積んだ成果か、動きは見えている。

 見えてはいるが、密度が高すぎて、予測が出来なさすぎて、援護が挟みにくい。


「なんのおおお!」

「とあああぁぁぁ!」


 にしても、うるせぇなこいつら。


 なんて考えている暇はない。

 俺は呼吸を整えて、二人の動きを良く見る。

 拮抗しているなら、俺の横槍次第で、戦況は傾く。


 二人の動きは予見眼を持ってしても予測はしにくい。

 だが、アレクはともかく、シャンドルの動きは分かる。

 最小限で、アレクに比べて予測もしやすい。

 パターンがある。

 右にいき、左にいき。

 相手が真後ろに回った時はこの流れで……。


「そこだ!」


 岩砲弾を放つ。

 岩砲弾はキュンと音を立ててまっすぐに飛んでいき、アレクに着弾した。

 いや、まっすぐではない、直撃でもない。

 曲げられた。

 アレクの鎧をえぐりながら、森の奥へと消えていく。

 だが、アレクの体勢は崩れた。


「ハァッ!」


 その隙を見逃さず、シャンドルの一撃がアレクのみぞおちに叩きこまれた。


「ぐっ……!」


 しかし、アレクはうめき声を上げつつ跳躍。

 まっすぐにこちらに向かってきた。

 速い!


「雑魚が邪魔をするな!」


<鋭い踏み込み。斜め上からの斬撃>


 予見眼で見つつ、残った篭手で受け流す。


「うっ……」


 受け止めた瞬間、すさまじい重量が足に掛かった。

 篭手が砕け、膝を突く。


 左手が切り飛ばされる……。

 と、思ったが、黒い腕がギャリギャリと音をたてて剣を受け流した。

 頑丈だ、アトーフェハンド。


「その腕……! まさかお祖母様の!?」

「『電撃(エレクトリック)』!」


 もう片方の手にて、溜め込んだ魔力にて、電撃を放つ。

 紫電がアレクの体を舐める。

 続けて、至近距離から顔面に岩砲弾を叩き込むべく、左手に魔力を込める。


「とりゃあああぁぁ!!」


 だが、アレクの動きは止まらない。

 エビ反りになって俺の岩砲弾を回避しつつ、片足で回転しながら俺の足への斬撃を放つ。


 とっさに飛んで回避。

 しかし、その時、すでにアレクは体勢を立てなおしていた。

 俺の首を両断する一撃が迫る。


「ハァァァッ!」


 寸前、シャンドルがアレクの横から突っ込んできて、棒で突き貫いた。

 アレクは錐揉みしながら真横へとぶっ飛んでいき……しかしふわりと、重力を無視した軌道で地面に降り立った。


「……ふぅ」


 一見、ダメージは無いように見える。

 電撃もあまり通じていないようだ。

 剣の力か。

 あるいは鎧の性能か。

 はたまたやせ我慢か。

 鍛え方が違うのか、はたまた体の構造からして違うのか。

 何があってもおかしくない。


「手加減しすぎましたかね。もうちょっと本気出すか……」


 アレクは負けが込んだ格ゲープレイヤーみたいな事を言ってるが、状況は悪くない。

 この調子なら、勝てない事はない。

 シャンドルが前衛で戦い、俺が援護する。

 その度に一撃ずつ与えていけば、いずれ倒せる時は来るだろう。


 北神カールマン三世。

 手強い相手だが、しかしシャンドルも強かった。

 そこが拮抗しているなら、俺の差で勝つ。

 お荷物ではない!


「まずいですね」


 と、思ったのだが、シャンドルの言葉は頼りない。

 嘘だろ。

 優勢じゃないか。

 シャンドルにダメージは無い。

 俺は今の攻防でザリフの義手を壊されたが、アトーフェハンドはそれと同等以上の性能を持っている。

 まだ行ける。


「彼は、この後、オルステッド様と戦うべく、力を温存しています。

 段々と、力を上げてくるでしょう」


 ああ、くそ。

 手加減されていたのか。

 よっぽど俺を雑魚扱いしたいらしい。


「ロキシー殿は、あとどれほど掛かりますか?」

「わかりません」


 準備ができたら知らせてくれるようだし、もう半日になる、そろそろいけると思うが。

 エリスやザノバが突破されて、ロキシーのあたりが蹂躙でもされていない限りは。


「私の知る彼より、だいぶ強くなっているようです。これはちょっと、大口を叩きすぎたかもしれませんね」


 シャンドルが自信なさそうに、そう言った。

 そんな事言わず、頑張ってほしい。

 援護、頑張るから。


「とにかく、時間を稼ぎましょう」

「りょ、了解です」


 短い打ち合わせの後、シャンドルが突進した。

 アレクもまた、呼応するかのように走ってくる。


「うおお!」

「どおりゃぁあ!」


 そして、また打ち合いを始める。

 だが、シャンドルの言葉通りだった。


 一見、変わった所は見受けられない。

 だがシャンドルが、斬撃を受け流しきれなくなった。

 受ける毎に、少しずつ体勢を崩している。

 アレクの放つ斬撃のレベルが変わっているのだ。

 見た目は変わらないが、恐らく重さが。


 シャンドルが劣勢になれば、俺の岩砲弾も直撃弾を得られない。

 受け流されるか、弾かれるか、避けられるか。

 そのどれかが多くなる。


「……」


 俺は岩砲弾を放つのをやめた。

 その代わりに、魔術を使い土を操る。

 ひとまず、あの、ぴょんぴょん跳びまわる変則的な空中機動をやめさせる。

 そうすれば、シャンドルも少し楽になり、取れる戦術の幅が増える。

 結果、俺の岩砲弾も当たるようになるはずだ。

 そのためには。


「『土槍』!」


 二人の周囲を囲むよう、4方に土の柱を作り出す。

 そして、さらにその上に。


「『土網』!」


 シャンドルの頭上、約50センチほど上に、土の網を作り出す。

 上を遮れば、あの変則的な跳躍は……。


「うっとおしい!」


 一瞬で叩き壊された。

 だめか。


「どうしました父さん! その程度ですか!」


 いかん。

 シャンドルがどんどん追い詰められていく。

 技の差じゃない。間違いなく武器の差だ。

 王竜剣が一撃加わる度に、シャンドルの棒がどんどんひん曲がっている。


 慌てて岩砲弾で援護するが、やはり曲げられる。

 しかも、俺のことを後回しにすると決めたのか、岩砲弾を無視しはじめた。

 まずい、これじゃ時間稼ぎもままならない。

 ジリ貧で負ける。



「ガアァァッ!」



 その時だった。


 アレクの横合いから、一つの影が彗星のように飛び込んできた。

 赤い髪を持つその女は、両手に持った剣を、渾身の力でアレクへと叩きつけた。


 アレクはそれを受け止めたものの、シャンドルの一撃を喰らい、後方へと吹っ飛ぶ。

 そこに、赤い剣士が追撃を掛ける。

 アレクが重力を無視した着地をした後、即座に巨剣を振るう。

 赤い剣士はそれに対応出来ない。


「ふっ……!」


 だがその後ろ。影のように付き従っていた緑の戦士が、斬撃を逸らした。


「ガァァァ!」


 狂犬が吠える。

 剣閃が走る。

 首筋に向かった一撃は、しかし不可視の何かに曲げられた。

 剣は肩口へと叩き込まれるも、存外に頑丈な鎧が一撃を止め、かすり傷で済ませた。


 狂犬は深追いはしなかった。

 攻撃に失敗とみるや、背後へと飛び退った。

 直後、彼女のいた位置を巨剣が薙ぎ、髪を数本、切り飛ばした。


 距離が離れる。

 赤髪と緑髪が、俺に背中を向け、立った。


「ルーデウス、待たせたわね!」


 エリスはチラリとこちらを見て、そう言った。

 ルイジェルドは振り返らないが、第三の眼で俺の安否は確認してくれるだろう。

 彼らが、助けにきてくれたのだ。

 もし俺が乙女だったら、一瞬で一目惚れだろう。

 抱いて! 滅茶苦茶にして!


「そんな……」


 俺が乙女みたいになっている時、アレクは驚いた顔をしていた。

 否、ショックを受けていた、というべきか。


「まさか、ガル・ファリオンがやられたんですか?」


 どうなんだ、とルイジェルドを見ると、彼は頷いた。

 マジか。

 エリス、ルイジェルド、二人掛かりとはいえ、剣神を倒したのか。


「いくら、剣神の座を退いたとはいえ、こんな簡単にやられるなんて……どうやら、僕はあの人の事を過大評価していたようです」


 アレクは傲岸にそう言いつつも、悲しそうな顔をしていた。

 思えば、俺を谷に突き落とした時も、こいつはガルと仲が良さそうだった。


「短い間だったけど……いい人だったのに……」


 アレクの気配が変わった。

 今までとは違う。

 手を抜いて勝とうという気配ではなくなった。


「こんな二人ぐらい、すぐに蹴散らして、一緒にオルステッドと戦おうと、そう思っていたのに……」


 アレクが構え、腰を深く落とした。

 何かが来る。

 圧倒的な気配を察知して、エリスも、ルイジェルドも、警戒して腰を落とした。


 だが、今になって本気を出そうというのなら、もう遅い。

 俺とシャンドルに加えて、エリスに、ルイジェルド。

 四対一だ。

 いかに最強の剣を持つ列強といえども……。


「右手に剣を」


 アレクの右手に持った剣が持ち上がり、先が天を向く。


「左手に剣を」


 アレクの左手が、剣柄を持つ。

 両手持ち。

 今まで片手で扱っていたあの巨剣を、両手で持った。

 それが、彼の本当の戦闘スタイルなのか。


「いけない! 逃げて!」


 シャンドルが鋭く叫んで、真横へと跳躍した。

 だが、遅かった。


「両の腕で齎さん、有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん」


 王竜剣を大上段に構えたアレク。


「我が名は北神流アレクサンダー・ライバック」


 気づいた時には、体が浮いていた。

 俺だけではない。

 エリスも、ルイジェルドも、真横に跳躍しようとしたシャンドルも。

 全員の体が、宙に浮いていた。


 無論、周囲に落ちる木の葉や、木の枝も、全てが空中に浮かんでいる。

 王竜剣の重力操作。

 降りることも、更に上へと移動することもできない。

 手足をじたばたと動かしても、その場から退くことすら動く事は出来ない。

 完全に無防備な状態。

 アレクが全身に力を込めたのが見えた。


「今こそ盟友の仇を撃つ!」


 やばい。

 そう思った時には、体は勝手に動いていた。


 両手に魔力を込めて、衝撃波。

 エリス、ルイジェルド、シャンドルを遥か遠くへと吹っ飛ばす。

 即座に、近くを漂っていたザリフの義手の残骸を手繰り寄せ、その先端についた吸魔石をアレクへと向ける。

 剣と俺との間にあった何かが消滅し、地面へと着地。

 俺は吸魔石をかなぐり捨てて、両手でありったけの魔力を、叩き込んだ。

 今、まさに巨剣を振り下ろそうとしているアレクに向けて――。



「奥義『重力破断』」



 爆音と閃光。

 ――――――意識が途切れる。



---



 目覚めた時には、木の上にいた。


 ふっとばされたのだ。

 と、わかったのは、足が骨折していたからだ。

 レッグパーツは粉々に砕け、足が変な方向に曲がっている。

 足だけではない。

 ボディパーツも大部分が砕け、胸のあたりに断続的な痛みが襲ってきている。

 恐らく、肋骨が折れたのだろう。


「ケホッ……あー、あー」


 咳き込むし、胸に痛みも走るが、声が出せない程ではない。

 すぐに治癒魔術を唱えて、傷を治す。


「どこまで飛ばされ……うおっ!?」


 体を起こそうとした時、俺を支えていた木の枝が折れた。

 バキバキと音を立てて、結構な距離を転げ落ちる。


 が、まだ地面には落ちなかった。

 かなり高い所まで飛ばされたらしい。


 と、思った時に、地上が見えた。


 クレーターがあった。

 直径にして20メートルはあろうかというクレーター。

 そんなものが谷のすぐ側に出現していた。

 前は、あんなものはなかった。

 今しがた、出来たのだ。

 おそらく、今の一撃で。


「マジかよ」


 ふと、首を巡らせる。

 スペルド族の村の方で、何かが光ったのが見えた。

 見覚えのある光だ。


「あれは……うおっ!?」


 また木の枝が折れた。

 今度は地上まで、枝にぶつかりつつ、落とされた。


「いてぇ……」


 治癒魔術を使ったばかりなのに、また怪我をしてしまった。

 すぐに治癒魔術を唱え直し、怪我を治療する。

 何はともあれ、状況を把握しなければならない。

 エリスはどうなった、ルイジェルドは、シャンドルは。

 アレクは?


「!」


 そう思いつつ立ち上がり、すぐ目の前に人がいることに気づいた。

 ビクリと身を震わせて構えを取る。

 しかし、目の前の人物は、敵ではなかった。


「シャンドルさん!」

「……私にも、治癒魔術をいただけますか?」


 彼は傷だらけだった。

 鎧は半壊し、兜は砕け、頭から血を流している。

 左腕もだらりと下に下げていた。


「ええ、もちろん」


 俺は彼の体に手を触れて、治癒魔術にて傷を治した。


「どうも」

「エリスとルイジェルドは?」


 お礼を言われるのもそこそこに、俺は二人のことを聞いた。

 シャンドルですらこの傷だ。

 エリスたちも、無事では済んでいないだろう。


「軽傷です。ルーデウス殿のおかげで距離をとれたのが良かった。

 治癒魔術を使う必要もないでしょう。

 もっとも、あちらの方で、まだ気絶していますが」


 その報告にほっとする。


「それで、北神カールマン三世は?」

「我々を倒したと見て、先に進んだようです」

「トドメを刺そうとはしなかったんですか?」

「先ほどの技は、北神流最高の必殺技です。その必要もないと思ったのでしょう」


 俺を谷に落とした時といい、どうも一つヌケているようだ。

 お陰で助かったとも言えるが。


 しかし、通してしまった。

 オルステッドの所に、通してしまった。


 オルステッドなら、恐らく、勝つだろう。

 彼だって、今までのループで、王竜剣を持ったアレクサンダーと戦ったことぐらいはあるはずだ。

 ルート上、必要なければ積極的に戦おうとはしなかったはずだが、

 水神レイダを倒した時のように、あっさりと倒してくれるに違いない。


 しかし、あの一撃。

 スペルド族の村には、他のメンツもいる。

 病気から立ち直ったばかりのスペルド族に、ジュリに、ノルン……。


 もし、彼らを守るために、あの剣技を受け止めたり、受け流したりしたら。

 オルステッドも、相応の魔力を使うことになってしまうのではないだろうか。

 守る戦いは、攻める戦いよりも難しい。

 もしオルステッドが皆を守ってくれないのなら、それは皆の死を意味する。


「シャンドルさん、まだ戦えますか?」

「行くつもりですか?」

「まだ、終わってません。今しがた森で光を見ました。召喚光です。ロキシーの準備が終わったのなら、ここからです」


 と、言った時、

 森の奥から、緑色の髪をした男が走ってきた。

 二人。どちらもスペルド族の戦士だ。

 ルイジェルドではない。

 彼らは俺たちの姿を見ると、すぐに近づいてきた。


「ロキシーより、伝達。召喚成功です」

「よし」


 頷く。


「では、私は先行して、足止めをさせていただきます」

「無理はしないように」

「わかっています」


 短いやりとりの後、シャンドルが走りだした。


「そちらの方は、エリスとルイジェルドの介護を。

 目が覚めたら、援護にくるように伝言を」

「はい!」

「あなたは案内をお願いします」

「はい!」


 頷いたスペルド族にエリスとルイジェルドを任せ、俺はもう一人の戦士と共に、ロキシーの元へと走った。

 木の根を飛び越え、茂みを突っ切り、まっすぐに向かう。

 魔導鎧が砕かれたせいで、速度はあまり出ない。

 ていうか、すでに機能を失っているのか、重い。

 俺は途中で魔導鎧『二式改』を脱ぎ捨てた。

 身軽になったまま走る。


 北神カールマン三世は思いの他、強い。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 ここが正念場だ。


「ルーデウス……!」


 目的地に到着。

 そこに、ロキシーはいなかった。

 残されていたのは、スペルド族の戦士とエリナリーゼだけ。

 なら、予定通り(・・・・)だ。


「ひどい格好ですわね……」


 治癒魔術で怪我こそ治したものの、鎧も衣類もボロボロの俺を見て、エリナリーゼが目を丸くする。

 だが、彼女はすぐに顔を引き締めた。


「用意は出来ていますわ」


 彼女の後ろ。

 そこには、即席で書いたと思わしき、魔法陣があった。

 すでに光を失った魔法陣。

 それは、地竜の谷底にて使い物にならなくなったスクロールの内の一つに描かれていたのと、同じものだ。

 スクロールの製作者の名は、ロキシー・グレイラット。


 その魔法陣は潰れていた。

 魔法陣の上にある、巨大な鎧の重みで潰れていた。

 その鎧は魔導鎧だ。

 万が一、戦いの中で魔導鎧が破壊された事を想定し、複製しておいた魔導鎧。

 事務所の武器庫に置き場がなく、仕方なく工房の方に置いた一機。

 唯一、事務所の破壊から逃れた、切り札。


「魔導鎧『一式』ですわよ」


 さぁ、第二ラウンドだ。 

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