第二百五十二話「三世vs二世+α」
だいぶ離れてしまった。
鬼神マルタの大暴れ。
木々をなぎ倒し、地面を掘り起こし、暴風のように暴れまわる巨大な鬼。
その余波に押し流されるように、戦場から離れてしまった。
奴の相手をしていたのは、ザノバとドーガ。
鬼神は単純にパワーの化け物だという話だから、相性はいい。
神子たるザノバにパワーで勝てる奴などいないし、ドーガも迫ってくる相手には強い。
だが、当然ながら。
俺も他人の心配をしている暇はない。
目の前に立つのは、七大列強第七位。
北神カールマン三世。
アレクサンダー・ライバック。
俺を谷に突き落とした二人の片割れでもある。
まして、今は一式も無く、二式改も不完全。
油断や手加減のできる相手ではない。
まずは先手必勝。
泥沼からの――。
「待った!」
と、思った瞬間、北神カールマン三世から待ったが掛かる。
だが、相手は北神流。
待ったと見せかけて奇襲をかけてきてもおかしくない相手である。
俺は無言で泥沼を設置。
続けざまに岩砲弾を放った。
「戦う前に、少し話をしましょう!」
岩砲弾はなんなく弾かれた。
いや、逸れた?
とにかく、岩砲弾は中空で軌道を変え、弾かれた。
奴の足元に泥沼が設置されているはずなのに、その足が沈んでいない。
これが北神の力!?
いや、違う。
確か、王竜剣の能力については聞いている。
「君の怒りはもっともです。
両腕を切り落とされ、谷に落とされて、すぐにでも戦いたい気持ちはあるでしょう。
しかし、少しまってください。
話が終わったら、すぐに相手をして上げますから。
君程度の雑魚でも、強者同士が話している間、少し待つ事ぐらいはできるでしょう?」
雑魚……だと!
なめやがって、バラバラにしてやる!
と、憤る気にはなれない。
確かに、七大列強から見れば雑魚であることは否定できない。
最近かなり持ち上げられてたせいか、逆に新鮮なぐらいだ。
「……」
俺としては待ちたくない。
時間稼ぎが目的かもしれないし、できるだけ早く勝って他のメンツの援護に回りたい。
そう思いつつも一歩下がり、シャンドルに目配せする。
アレクが動かないように、彼もまた動いていない。
彼が戦ってくれなければ、俺一人では、勝つ事はできない。
「仕方ない」
シャンドルは肩をすくめつつ、前に出た。
「……それで、何か用かな? 見知らぬ人よ」
「見知らぬ人? あなたの事を誰よりも知っている僕が、見知らぬ人?」
「初対面だと思うのですが?」
「僕とあなたの初対面は、僕が母さんの腹から出てきた時ですよ。父さん」
シャンドルはなにしらばっくれてんだろう。
「父さん、いい加減にしてください。
そんな不細工な兜をかぶっていたってわかる……」
俺がヒトガミに覗かれたというのなら、アレクだって知っているだろう。
「あなたは北神カールマン二世。アレックス・ライバックだ!」
「アレク君。そういうのは、私が兜を脱いだ時に言うものですよ」
そう言いつつ、シャンドルはため息をつきつつ、兜を脱いだ。
黒髪の中年。
アレクも黒髪だ。
改めて見てみると、二人はよく似ていた。
「君が私を倒し、強い相手だった、せめて最後に顔を拝んでおくかと兜を脱がした時に……」
「そんなことはいい! とっくに死んだと思っていたのに……今まで、何をしていたんですか!?」
「……弟子を取りつつ、気ままに武術を教えていました。
最近、アスラ王国のアリエル陛下に感銘を受けて、騎士になりましたが」
「弟子? この剣を僕に託し、北神流を捨てたあなたが、弟子を取っていたって!?」
アレク君の顔に、怒りが浮かんでいる。
二人の間に何があったのかわからないが、
シャンドルの言葉が、彼の何かに触れたらしい。
「アレク君、私は別に、北神流を捨てたわけではないよ」
「嘘だ、今だって剣すら持っていない!」
「うーん」
シャンドルは、己が持っている棒を持ち上げてみせた。
金属で出来た棒。
「こっちの方が、強くなると思うんですがね?」
「! 馬鹿にして! そんな棒きれが、この王竜剣よりも強いって!?」
「そうではないよ。アレク君。その剣は、この世界で一番強い。
それは、その剣を100年間振り続けた私が、一番よく知っている」
「じゃあ、なんで?」
「強すぎるんですよ。その剣は」
アレクサンダーの問いに、シャンドルは答える。
当然のように。
当たり前のように。
諭すように。
「その剣を手にすれば、どれだけ巨大な魔物も、どれだけ俊敏な怪物も、どれだけ堅固な戦士も、相手にならない。私は数々の戦いに勝利し、英雄となった」
「ただ、ふと、立ち止まった時に思ったのです。
私は英雄になった。けど、その剣を手に入れた前と後で、何も変わっていないのではないか。
はたして、北神カールマン二世アレックス・ライバックは、本当に強かったのだろうか、とね」
「そう、思ってしまえば、もう以前のようには戦えない。
無論、今までの自分の戦いや仲間たちを否定するつもりはないが……。
英雄としての私は、終わったのだと思ったよ。
だから、君に『英雄としての北神』を託し、私は『北神カールマン一世の教え』を広めようと思ったのです」
どうにも、かやの外な感じだ。
よくわからんが、親父であるアレックス(シャンドル)は、戦いに飽きて、象徴たる剣を手放して、流派を広めようとした。
対する子供アレクサンダーは、それを怒っているようだ。
まぁ、わからないでもない。
そんな重いものをいきなり託されて、父親がいなくなったとなれば、怒りもするだろう。
「その結果が、あのオーベール、あの奇抜派ですか?」
「あれも、北神カールマン一世が示した、一つの道ですよ」
「僕は、奇抜派は認めていません。あんなのは、北神流じゃない」
アレクサンダーは不機嫌さを隠しもせず、首を振った。
オーベールか……。
確かに、あれは剣士ではなかった。
あいつは忍者だった。
「大体、剣術ですらないじゃないか」
「北神カールマン一世は剣を使ったけど、剣にこだわる必要はない」
「だから、そんな棒きれを使っているっていうんですか?」
「そう、これなら、自分が強くなっていくのを実感できる。そして成長を実感することで、人はさらに強くなる」
「……意味がわからない」
アレク君は不満そうだ。
彼は、まだ若いのかもしれない。
自分のこうだと決めたものに対して、ノーと言えないのだ。
「それで、アレク君。逆に聞くけど、君はどうして、ここにいるのかな?」
「僕は、オルステッドを倒しにきた。龍神を倒して、七大列強第二位になるんだ」
「志が高いね。君の父親として誇らしいよ」
シャンドルは微笑みながら、アレクを讃えた。
シャンドルさん?
鼻高々で悪いけど、あなたはこっち側ですよね?
いきなり、「じゃあ手伝うよ」とかいって、敵に回るとかないですよね?
「今回、私が敵に回るわけだが、見事に打ち倒し、オルステッドに挑むといい」
「当然です。いかに父さんが相手と言えども、僕は北神カールマン三世として、恥ずかしくない名声を手に入れて見せます」
恥ずかしくない名声ってなんだよ。
と、思う部分もあるが、父親や家族が偉大だと、気にする所もあるのだろうな。
俺の立場として、応援は出来ないが。
「それだけじゃない。悪魔たるスペルド族を全滅させる!」
「ん? スペルド族は、悪魔ではないよ。君も村に一度来て、見たのでしょう?」
首をかしげるシャンドルに、アレクは当然とばかりに頷いた。
「そんなのは関係ない。スペルド族は悪魔として有名だ。それを滅ぼしたとなれば、僕の名前は未来永劫、英雄として語り継がれる」
「それは、英雄のすることじゃない」
「でしょうね。でも手段は選んでいられない。
じゃないと、父さんの偉業を超えられない。
北神カールマン二世の名を、超えられない」
「私の名を超えることが、英雄になることだと?」
「そうだ!」
シャンドルは、口を半開きにしたまま、こちらを向いた。
そして、頭を下げた。
「申し訳ありません。ルーデウス殿。説得できるかと思いましたが、この馬鹿息子は、私が思った以上に馬鹿だったようです」
「……そのようですね」
彼は、どうやら英雄という単語に踊らされているようだ。
英雄らしい行動を取って英雄になるわけではなく、ただ名声を得ることで、ちやほやされたいのだ。
そうじゃないだろう、と誰もが言いたくなる状態だ。
うまく言えないが、そうじゃない、と。
「止めましょう」
「はい」
シャンドルは兜をかぶり、棒を構えた。
俺はその後方、援護をするように、両手を広げる。
アレクはむすっとした顔のまま、俺達を睨みつけてきた。
自分のやり方を否定され、呆れ顔で小馬鹿にされ、行き場のない怒りが渦巻いているのだろう。
「……そんな棒きれと未熟者のお荷物を抱えて、王竜剣を持った僕に勝てるつもりですか?」
「ああ、もちろんだとも、お仕置きをしてやろう」
自信満々に言い放ったシャンドル。
お仕置きという言葉に、アレクの堪忍袋の緒が、ついに切れた。
「なめるな!」
北神二世と北神三世の戦いが始まった。
---
「たああぁぁぁ!」
先に仕掛けたのはアレクだった。
巨剣を軽々と片手にて振るい、袈裟懸けにシャンドルへと斬りかかった。
「おおおお!」
シャンドルはその圧倒的な質量を、棒を使って受け流した。
アレクの姿勢が崩れ、無防備に……ならない。
恐るべきバランス感覚で体の向きを変え、再度シャンドルへと打ちかかった。
シャンドルはそれを予期していたかのように動いた。
回転しながら暴風のように攻めてくるアレクを、再度いなす。
そして、いなしながら、てこの原理を利用して、アレクの足を払った。
アレクはたちまち体勢を崩……さない。
アレクの体はシャンドルを飛び越すように浮き、そして通常ではありえない速度で地面に降り立った。
めちゃくちゃな動きだ。
だが、知っている。
これが、魔剣・王竜剣カジャクトの能力。
……重力操作。
「うりゃあぁぁぁ!」
しかし、シャンドルはそれに対応している。
背を向けたまま、王竜剣の一撃をいなす、いなす、いなす。
そのうち、次第に向きを変えて、アレクに向き合った。
アレクの一撃は、そう簡単にいなせるものではない。
踏み込む毎に地面が抉れ、斬撃の衝撃波は周囲の大木を切り刻み、メシメシと音を立てて倒れ始めている。
発生した真空波が、やや離れた位置に立つ俺の頬を切り裂くほどだ。
だが、その一撃がシャンドルに届くことはない。
引退したとはいえ、仮にも北神か。
まったく危なげなく、アレクの斬撃をいなし続けている。
重力を操るアレクの動きはどこまでも自由で、アクロバティックで、予測が付かない。
その上、シャンドルも動かないわけではない。
一見するとまったく動かないが、ブレるように体を少しずつ移動させて、有利なポジションをとっている。
これが北神同士の戦いか。
スピードは、そう速いわけではない。
エリスやオルステッドと訓練を積んだ成果か、動きは見えている。
見えてはいるが、密度が高すぎて、予測が出来なさすぎて、援護が挟みにくい。
「なんのおおお!」
「とあああぁぁぁ!」
にしても、うるせぇなこいつら。
なんて考えている暇はない。
俺は呼吸を整えて、二人の動きを良く見る。
拮抗しているなら、俺の横槍次第で、戦況は傾く。
二人の動きは予見眼を持ってしても予測はしにくい。
だが、アレクはともかく、シャンドルの動きは分かる。
最小限で、アレクに比べて予測もしやすい。
パターンがある。
右にいき、左にいき。
相手が真後ろに回った時はこの流れで……。
「そこだ!」
岩砲弾を放つ。
岩砲弾はキュンと音を立ててまっすぐに飛んでいき、アレクに着弾した。
いや、まっすぐではない、直撃でもない。
曲げられた。
アレクの鎧をえぐりながら、森の奥へと消えていく。
だが、アレクの体勢は崩れた。
「ハァッ!」
その隙を見逃さず、シャンドルの一撃がアレクのみぞおちに叩きこまれた。
「ぐっ……!」
しかし、アレクはうめき声を上げつつ跳躍。
まっすぐにこちらに向かってきた。
速い!
「雑魚が邪魔をするな!」
<鋭い踏み込み。斜め上からの斬撃>
予見眼で見つつ、残った篭手で受け流す。
「うっ……」
受け止めた瞬間、すさまじい重量が足に掛かった。
篭手が砕け、膝を突く。
左手が切り飛ばされる……。
と、思ったが、黒い腕がギャリギャリと音をたてて剣を受け流した。
頑丈だ、アトーフェハンド。
「その腕……! まさかお祖母様の!?」
「『
もう片方の手にて、溜め込んだ魔力にて、電撃を放つ。
紫電がアレクの体を舐める。
続けて、至近距離から顔面に岩砲弾を叩き込むべく、左手に魔力を込める。
「とりゃあああぁぁ!!」
だが、アレクの動きは止まらない。
エビ反りになって俺の岩砲弾を回避しつつ、片足で回転しながら俺の足への斬撃を放つ。
とっさに飛んで回避。
しかし、その時、すでにアレクは体勢を立てなおしていた。
俺の首を両断する一撃が迫る。
「ハァァァッ!」
寸前、シャンドルがアレクの横から突っ込んできて、棒で突き貫いた。
アレクは錐揉みしながら真横へとぶっ飛んでいき……しかしふわりと、重力を無視した軌道で地面に降り立った。
「……ふぅ」
一見、ダメージは無いように見える。
電撃もあまり通じていないようだ。
剣の力か。
あるいは鎧の性能か。
はたまたやせ我慢か。
鍛え方が違うのか、はたまた体の構造からして違うのか。
何があってもおかしくない。
「手加減しすぎましたかね。もうちょっと本気出すか……」
アレクは負けが込んだ格ゲープレイヤーみたいな事を言ってるが、状況は悪くない。
この調子なら、勝てない事はない。
シャンドルが前衛で戦い、俺が援護する。
その度に一撃ずつ与えていけば、いずれ倒せる時は来るだろう。
北神カールマン三世。
手強い相手だが、しかしシャンドルも強かった。
そこが拮抗しているなら、俺の差で勝つ。
お荷物ではない!
「まずいですね」
と、思ったのだが、シャンドルの言葉は頼りない。
嘘だろ。
優勢じゃないか。
シャンドルにダメージは無い。
俺は今の攻防でザリフの義手を壊されたが、アトーフェハンドはそれと同等以上の性能を持っている。
まだ行ける。
「彼は、この後、オルステッド様と戦うべく、力を温存しています。
段々と、力を上げてくるでしょう」
ああ、くそ。
手加減されていたのか。
よっぽど俺を雑魚扱いしたいらしい。
「ロキシー殿は、あとどれほど掛かりますか?」
「わかりません」
準備ができたら知らせてくれるようだし、もう半日になる、そろそろいけると思うが。
エリスやザノバが突破されて、ロキシーのあたりが蹂躙でもされていない限りは。
「私の知る彼より、だいぶ強くなっているようです。これはちょっと、大口を叩きすぎたかもしれませんね」
シャンドルが自信なさそうに、そう言った。
そんな事言わず、頑張ってほしい。
援護、頑張るから。
「とにかく、時間を稼ぎましょう」
「りょ、了解です」
短い打ち合わせの後、シャンドルが突進した。
アレクもまた、呼応するかのように走ってくる。
「うおお!」
「どおりゃぁあ!」
そして、また打ち合いを始める。
だが、シャンドルの言葉通りだった。
一見、変わった所は見受けられない。
だがシャンドルが、斬撃を受け流しきれなくなった。
受ける毎に、少しずつ体勢を崩している。
アレクの放つ斬撃のレベルが変わっているのだ。
見た目は変わらないが、恐らく重さが。
シャンドルが劣勢になれば、俺の岩砲弾も直撃弾を得られない。
受け流されるか、弾かれるか、避けられるか。
そのどれかが多くなる。
「……」
俺は岩砲弾を放つのをやめた。
その代わりに、魔術を使い土を操る。
ひとまず、あの、ぴょんぴょん跳びまわる変則的な空中機動をやめさせる。
そうすれば、シャンドルも少し楽になり、取れる戦術の幅が増える。
結果、俺の岩砲弾も当たるようになるはずだ。
そのためには。
「『土槍』!」
二人の周囲を囲むよう、4方に土の柱を作り出す。
そして、さらにその上に。
「『土網』!」
シャンドルの頭上、約50センチほど上に、土の網を作り出す。
上を遮れば、あの変則的な跳躍は……。
「うっとおしい!」
一瞬で叩き壊された。
だめか。
「どうしました父さん! その程度ですか!」
いかん。
シャンドルがどんどん追い詰められていく。
技の差じゃない。間違いなく武器の差だ。
王竜剣が一撃加わる度に、シャンドルの棒がどんどんひん曲がっている。
慌てて岩砲弾で援護するが、やはり曲げられる。
しかも、俺のことを後回しにすると決めたのか、岩砲弾を無視しはじめた。
まずい、これじゃ時間稼ぎもままならない。
ジリ貧で負ける。
「ガアァァッ!」
その時だった。
アレクの横合いから、一つの影が彗星のように飛び込んできた。
赤い髪を持つその女は、両手に持った剣を、渾身の力でアレクへと叩きつけた。
アレクはそれを受け止めたものの、シャンドルの一撃を喰らい、後方へと吹っ飛ぶ。
そこに、赤い剣士が追撃を掛ける。
アレクが重力を無視した着地をした後、即座に巨剣を振るう。
赤い剣士はそれに対応出来ない。
「ふっ……!」
だがその後ろ。影のように付き従っていた緑の戦士が、斬撃を逸らした。
「ガァァァ!」
狂犬が吠える。
剣閃が走る。
首筋に向かった一撃は、しかし不可視の何かに曲げられた。
剣は肩口へと叩き込まれるも、存外に頑丈な鎧が一撃を止め、かすり傷で済ませた。
狂犬は深追いはしなかった。
攻撃に失敗とみるや、背後へと飛び退った。
直後、彼女のいた位置を巨剣が薙ぎ、髪を数本、切り飛ばした。
距離が離れる。
赤髪と緑髪が、俺に背中を向け、立った。
「ルーデウス、待たせたわね!」
エリスはチラリとこちらを見て、そう言った。
ルイジェルドは振り返らないが、第三の眼で俺の安否は確認してくれるだろう。
彼らが、助けにきてくれたのだ。
もし俺が乙女だったら、一瞬で一目惚れだろう。
抱いて! 滅茶苦茶にして!
「そんな……」
俺が乙女みたいになっている時、アレクは驚いた顔をしていた。
否、ショックを受けていた、というべきか。
「まさか、ガル・ファリオンがやられたんですか?」
どうなんだ、とルイジェルドを見ると、彼は頷いた。
マジか。
エリス、ルイジェルド、二人掛かりとはいえ、剣神を倒したのか。
「いくら、剣神の座を退いたとはいえ、こんな簡単にやられるなんて……どうやら、僕はあの人の事を過大評価していたようです」
アレクは傲岸にそう言いつつも、悲しそうな顔をしていた。
思えば、俺を谷に突き落とした時も、こいつはガルと仲が良さそうだった。
「短い間だったけど……いい人だったのに……」
アレクの気配が変わった。
今までとは違う。
手を抜いて勝とうという気配ではなくなった。
「こんな二人ぐらい、すぐに蹴散らして、一緒にオルステッドと戦おうと、そう思っていたのに……」
アレクが構え、腰を深く落とした。
何かが来る。
圧倒的な気配を察知して、エリスも、ルイジェルドも、警戒して腰を落とした。
だが、今になって本気を出そうというのなら、もう遅い。
俺とシャンドルに加えて、エリスに、ルイジェルド。
四対一だ。
いかに最強の剣を持つ列強といえども……。
「右手に剣を」
アレクの右手に持った剣が持ち上がり、先が天を向く。
「左手に剣を」
アレクの左手が、剣柄を持つ。
両手持ち。
今まで片手で扱っていたあの巨剣を、両手で持った。
それが、彼の本当の戦闘スタイルなのか。
「いけない! 逃げて!」
シャンドルが鋭く叫んで、真横へと跳躍した。
だが、遅かった。
「両の腕で齎さん、有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん」
王竜剣を大上段に構えたアレク。
「我が名は北神流アレクサンダー・ライバック」
気づいた時には、体が浮いていた。
俺だけではない。
エリスも、ルイジェルドも、真横に跳躍しようとしたシャンドルも。
全員の体が、宙に浮いていた。
無論、周囲に落ちる木の葉や、木の枝も、全てが空中に浮かんでいる。
王竜剣の重力操作。
降りることも、更に上へと移動することもできない。
手足をじたばたと動かしても、その場から退くことすら動く事は出来ない。
完全に無防備な状態。
アレクが全身に力を込めたのが見えた。
「今こそ盟友の仇を撃つ!」
やばい。
そう思った時には、体は勝手に動いていた。
両手に魔力を込めて、衝撃波。
エリス、ルイジェルド、シャンドルを遥か遠くへと吹っ飛ばす。
即座に、近くを漂っていたザリフの義手の残骸を手繰り寄せ、その先端についた吸魔石をアレクへと向ける。
剣と俺との間にあった何かが消滅し、地面へと着地。
俺は吸魔石をかなぐり捨てて、両手でありったけの魔力を、叩き込んだ。
今、まさに巨剣を振り下ろそうとしているアレクに向けて――。
「奥義『重力破断』」
爆音と閃光。
――――――意識が途切れる。
---
目覚めた時には、木の上にいた。
ふっとばされたのだ。
と、わかったのは、足が骨折していたからだ。
レッグパーツは粉々に砕け、足が変な方向に曲がっている。
足だけではない。
ボディパーツも大部分が砕け、胸のあたりに断続的な痛みが襲ってきている。
恐らく、肋骨が折れたのだろう。
「ケホッ……あー、あー」
咳き込むし、胸に痛みも走るが、声が出せない程ではない。
すぐに治癒魔術を唱えて、傷を治す。
「どこまで飛ばされ……うおっ!?」
体を起こそうとした時、俺を支えていた木の枝が折れた。
バキバキと音を立てて、結構な距離を転げ落ちる。
が、まだ地面には落ちなかった。
かなり高い所まで飛ばされたらしい。
と、思った時に、地上が見えた。
クレーターがあった。
直径にして20メートルはあろうかというクレーター。
そんなものが谷のすぐ側に出現していた。
前は、あんなものはなかった。
今しがた、出来たのだ。
おそらく、今の一撃で。
「マジかよ」
ふと、首を巡らせる。
スペルド族の村の方で、何かが光ったのが見えた。
見覚えのある光だ。
「あれは……うおっ!?」
また木の枝が折れた。
今度は地上まで、枝にぶつかりつつ、落とされた。
「いてぇ……」
治癒魔術を使ったばかりなのに、また怪我をしてしまった。
すぐに治癒魔術を唱え直し、怪我を治療する。
何はともあれ、状況を把握しなければならない。
エリスはどうなった、ルイジェルドは、シャンドルは。
アレクは?
「!」
そう思いつつ立ち上がり、すぐ目の前に人がいることに気づいた。
ビクリと身を震わせて構えを取る。
しかし、目の前の人物は、敵ではなかった。
「シャンドルさん!」
「……私にも、治癒魔術をいただけますか?」
彼は傷だらけだった。
鎧は半壊し、兜は砕け、頭から血を流している。
左腕もだらりと下に下げていた。
「ええ、もちろん」
俺は彼の体に手を触れて、治癒魔術にて傷を治した。
「どうも」
「エリスとルイジェルドは?」
お礼を言われるのもそこそこに、俺は二人のことを聞いた。
シャンドルですらこの傷だ。
エリスたちも、無事では済んでいないだろう。
「軽傷です。ルーデウス殿のおかげで距離をとれたのが良かった。
治癒魔術を使う必要もないでしょう。
もっとも、あちらの方で、まだ気絶していますが」
その報告にほっとする。
「それで、北神カールマン三世は?」
「我々を倒したと見て、先に進んだようです」
「トドメを刺そうとはしなかったんですか?」
「先ほどの技は、北神流最高の必殺技です。その必要もないと思ったのでしょう」
俺を谷に落とした時といい、どうも一つヌケているようだ。
お陰で助かったとも言えるが。
しかし、通してしまった。
オルステッドの所に、通してしまった。
オルステッドなら、恐らく、勝つだろう。
彼だって、今までのループで、王竜剣を持ったアレクサンダーと戦ったことぐらいはあるはずだ。
ルート上、必要なければ積極的に戦おうとはしなかったはずだが、
水神レイダを倒した時のように、あっさりと倒してくれるに違いない。
しかし、あの一撃。
スペルド族の村には、他のメンツもいる。
病気から立ち直ったばかりのスペルド族に、ジュリに、ノルン……。
もし、彼らを守るために、あの剣技を受け止めたり、受け流したりしたら。
オルステッドも、相応の魔力を使うことになってしまうのではないだろうか。
守る戦いは、攻める戦いよりも難しい。
もしオルステッドが皆を守ってくれないのなら、それは皆の死を意味する。
「シャンドルさん、まだ戦えますか?」
「行くつもりですか?」
「まだ、終わってません。今しがた森で光を見ました。召喚光です。ロキシーの準備が終わったのなら、ここからです」
と、言った時、
森の奥から、緑色の髪をした男が走ってきた。
二人。どちらもスペルド族の戦士だ。
ルイジェルドではない。
彼らは俺たちの姿を見ると、すぐに近づいてきた。
「ロキシーより、伝達。召喚成功です」
「よし」
頷く。
「では、私は先行して、足止めをさせていただきます」
「無理はしないように」
「わかっています」
短いやりとりの後、シャンドルが走りだした。
「そちらの方は、エリスとルイジェルドの介護を。
目が覚めたら、援護にくるように伝言を」
「はい!」
「あなたは案内をお願いします」
「はい!」
頷いたスペルド族にエリスとルイジェルドを任せ、俺はもう一人の戦士と共に、ロキシーの元へと走った。
木の根を飛び越え、茂みを突っ切り、まっすぐに向かう。
魔導鎧が砕かれたせいで、速度はあまり出ない。
ていうか、すでに機能を失っているのか、重い。
俺は途中で魔導鎧『二式改』を脱ぎ捨てた。
身軽になったまま走る。
北神カールマン三世は思いの他、強い。
だが、ここで引くわけにはいかない。
ここが正念場だ。
「ルーデウス……!」
目的地に到着。
そこに、ロキシーはいなかった。
残されていたのは、スペルド族の戦士とエリナリーゼだけ。
なら、
「ひどい格好ですわね……」
治癒魔術で怪我こそ治したものの、鎧も衣類もボロボロの俺を見て、エリナリーゼが目を丸くする。
だが、彼女はすぐに顔を引き締めた。
「用意は出来ていますわ」
彼女の後ろ。
そこには、即席で書いたと思わしき、魔法陣があった。
すでに光を失った魔法陣。
それは、地竜の谷底にて使い物にならなくなったスクロールの内の一つに描かれていたのと、同じものだ。
スクロールの製作者の名は、ロキシー・グレイラット。
その魔法陣は潰れていた。
魔法陣の上にある、巨大な鎧の重みで潰れていた。
その鎧は魔導鎧だ。
万が一、戦いの中で魔導鎧が破壊された事を想定し、複製しておいた魔導鎧。
事務所の武器庫に置き場がなく、仕方なく工房の方に置いた一機。
唯一、事務所の破壊から逃れた、切り札。
「魔導鎧『一式』ですわよ」
さぁ、第二ラウンドだ。