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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百四十八話「消失」

 魔法都市シャリーア。

 その郊外にある、一件の事務所。

 そこでは、一人の長耳族の少女が、通信石版に描かれたものを、紙へと書き写していた。


 彼女の名はファリアスティア。

 友人からはファリアあるいはティアと呼ばれているが、未だ会社の役員からは名前も憶えられていない。

 そんな彼女であるが、社長と会長が不在の今は、事務所の責任者である。

 そしてルーデウスが知らない事であるが、ファリアスティアこそが受付のエルフ子ちゃんの本名である。


「えっと、シルフィエットさんから……『剣神は、代替わりしていて、前剣神は消息不明。ニナさんは妊娠中で応援にはこれない。今からビヘイリル王国に向かう』……と、これは転送した方がいいのかな?」


 彼女の仕事は、各地から集められた情報を紙に書き写し、ルーデウスかオルステッドが戻ってきた時にまとめて渡す事である。

 しかしながら、緊急の情報を取得した場合は、独自の判断でそれを別の通信石版に転送することを許されていた。

 もっとも、情報として取得されるものには「神」だの「王」といった単語が多く、一般的な小市民であった彼女が重要性を判別するのは難しかった。


「剣神が代替わりして、前の剣神がいなくなったってことは、敵に回ってる可能性もあるってことだから、これは転送……」


 しかしながら、彼女を選んだのは、アイシャである。

 厳しい条件の中から、アイシャが厳選した人材である。

 オルステッドの事務という、一見して誰にでもできそうで、しかし漏らしてはいけない情報が大量にあるであろう役職につけられた人材である。


 ファリアの生まれはラノア王国の首都。

 両親は流れの冒険者だった長耳族の父と、町の豪商の娘だった人族の母。

 三人兄妹の一番下である。

 女児であったため、商人としての勉強はさせてもらえなかった。

 ゆえに商人になろうと思った事もなかった。だが、幼い頃から商館をうろちょろと走り回り、海千山千の商人たちを見て育った。

 そうした下地があったからだろう。

 魔法大学に入学し、ふと取ってみた情報屋の授業で好成績を収められたのは。


 そして、アイシャは目ざとくも、彼女のそんな所に目をつけた。

 彼女以上に情報の取り扱いが上手なものはいたが、そこはオルステッドの見立てである。

 オルステッドの経験上、彼女は敵に回る可能性が低い人物であった。


「これは、まずスペルド村の方に送ろう……あと、誰がいいだろう……。

 あ、エリスさんかな。剣王様だから、知れば何か察してくれるかも」


 などとブツブツと呟きつつ、社長室の隅で通信石版と向き合う。

 魔力結晶を片手に通信石版と格闘し、スペルド村、そして第三都市ヘイレルルへとメッセージを送るファリア。


 そんな彼女の背中に、ふと影が差した。


「ふぅ、これで……ん?」


 振り返るファリア。

 彼女の視界に入ってきたのは、視界をうめつくす巨体だった。


「…………あ……と、その、オルステッド様の、お客さま……ですか?」


 ドラム缶のような胴体に、丸太のような腕。

 真っ赤な肌に、巨大な角。

 そして、鍋のような下顎と、そこから生えた二本の長い牙。

 鬼族である。


「おめ、オルステッド、女か?」

「え?」

「……」


 ファリアが言いよどんだ瞬間、鬼族がブンと腕を振った。

 パガァンとでかい音がして、今しがたメッセージを送った通信石版が、吹っ飛んだ。

 社長室の壁ごと。


「おめ、おでの、敵か? 戦うか?」

「あ……う……」


 拳を握りしめてファリアへと突き出す鬼族。

 ファリアの視界には、拳がいっぱいに広がった。

 己の顔の2倍はありそうなでかい握り拳、手の甲と指に生えた毛は野卑で、指の付け根にある拳タコは暴力的だ。

 そして、その威力は自分の背後。

 消滅した壁を見れば、すぐに分かる。

 拳で殴られれば自分がどうなるか、すぐに分かる。


「ち、ちが、ちがいます」


 ファリアはへたり込みながら、やっとの思いでそう告げた。

 腰から下が消滅してしまったかのように力が入らず、逃げることもできない。

 ただ頭の中にあるのは、死にたくないという気持ちだけ。


「んだば、出てろ。おで、戦わない奴、戦わない」


 鬼族がニタリと渡って、ファリアへと手を伸ばした。


「ヒッ」


 開かれ、伸ばされた手に、ファリアは身を縮こまらせた。

 握りつぶされる、と思ったのはつかの間、鬼族は存外にやさしい手つきで、ファリアを持ち上げ、今しがた自分が開けた穴へ、ぽいっと放り投げた。


「あぁぁぁぁ!?」


 ファリアはすさまじい速度で飛び、事務所の外へと放り出され、二度バウンドし、ゴロゴロと転がって止まった。


「……っ!」


 全身に走る痛み。

 逃げないと、逃げないと殺されると訴える脳。

 死にたくない、死にたくないと悲鳴を上げる体。

 言葉にならず、ただ「ヒッ、ヒッ」と情けない音をたてる喉。


 地面に打ち付けられて活でもはいったのか、震えながらも動く足で、生まれたての山羊のように立ち上がる。

 数歩走り、転ぶ。

 それを三度ほど繰り返した時、後ろから轟音が響き渡った。

 振り返る。


「……あぁ」


 ファリアの目に飛び込んできたのは、破壊される事務所だった。

 赤い鬼が暴れ、木材が、石材が飛び散り、原型をなくしていく建物。

 いつしかファリアは逃げる事を忘れ、呆然とそれを見ていた。

 呆然と、ただ破壊され、瓦礫と変わるのを見ていた。


 何もできなかった。

 できるはずもなかった。

 無力感に苛まれながら、ただ、見ていた。

 あの赤い鬼が瓦礫から出てこない事を祈った。

 こちらに来ない事を祈った。

 音が消え、周囲が静まり返っても祈っていた。

 轟音を聞きつけて何事かと見に来た者に保護されるまで、ずっと、祈っていた。



 その日、ルーデウス・グレイラットの設置した全ての転移魔法陣は、光を失った。



---



 その頃、ロキシーとエリスは森にいた。


 第三都市ヘイレルルは港町である。

 この世界の海は、基本的に海人族か、あるいは海魚族、合わせて海族の物である。

 決められた海域を除き、地上に住む生き物は通行すらも禁じられている。

 一部の港町の近辺で魚を取ることぐらいは許されているが、その領域から出ようものなら、海族がすぐにその船を沈めるだろう。


 だが、このヘイレルルは、少々違う。

 この第三都市ヘイレルルと、鬼ヶ島の間にある海は、ビヘイリル王国の領海である。

 ビヘイリル王国の建国の際、このあたりの海魚族を一掃した事で、この海を手に入れたのだ。

 以来、この第三都市ヘイレルルは漁業が盛んで、他では入手できないような海の幸を手に入れることができる。

 ……その、はずだった。


「……最近、魚ばかりで飽きてきたわね」

「そうですか? 美味しいじゃないですか」


 そんな第三都市ヘイレルルの郊外には、柵に囲まれた森がある。

 侵入を禁止するというより、森から魔物が出てくるのを防ぐための柵である。

 その森の中を、二人は魚の干物を食べながら歩いていた。


「美味しいけど、しょっぱいわ。なんでこんなに塩を掛けるのかしら」

「保存をよくするためでしょう」

「保存なら、ルーデウスがやってるみたいに、氷魔術でやればいいじゃない」

「誰も彼もが氷魔術を使えるわけじゃないですからね」


 ぼやくエリスに、くすりと笑いながらロキシーが返した。

 エリスは基本的に食べ物に文句を言うタイプではない。

 だが、確かに塩漬けにした魚が多い。

 海の幸が豊富な町、と聞いていた割には、保存食ばかりだ。


 しかし、その原因はすでに解明している。 

 第三都市ヘイレルルから船で一日の距離にある、鬼ヶ島の存在だ。

 鬼ヶ島に住む男衆には、極めて優秀な漁師が揃っている。

 本来なら、その漁師が人族の漁師と協力して、鬼ヶ島近辺の魚を取る。

 だが現在、鬼族の男衆は漁をしていない。

 近い将来に戦争でも起こるのだ、と言わんばかりに、戦いの準備を進めている。

 その影響で、港町にはいつも以上に物資が少なくなっている。


 なぜ鬼族が戦いの準備をしているのか、という事についても、きちんと情報を取得済みだ。

 彼らは、討伐隊に参加するのだ。

 鬼族の長である、鬼神の号令で。

 そして、鬼族の長、鬼神マルタは第二都市イレルにいる。


 今はそれらの情報をルーデウスに伝えるべく、転移魔法陣を設置した洞窟へと向かっているのだ。

 情報の発信がやや遅れてしまったが、

 前に通信石版を見た時は、スペルド族は快復に向かっている、交渉もうまくいった、という朗報がきていた。

 あそこから、いきなり悪化しているという事は無いだろう。


「鬼族はビヘイリル王国を守る。その盟約は、今もまだ、生きているということなのでしょうが。

 しかし、それにしては首都でも、第三都市でもなく、第二都市というのが不可解ですね」

「どうせ、ギースが動いてるんでしょ」

「そうと決め付けるのは早いですよ。

 鬼神自らが、現地を視察しているだけかもしれません。

 まだ仲間になる可能性も残していますので、喧嘩腰はまずいでしょう」


 そう言いつつも、ロキシーも少し、違和感は感じている。

 普通ならこうしない。

 という所が、敵の策略なのか。

 それとも、単に状況が見えていないだけなのか……。


 少なくとも、今は順調だ。

 ルーデウスはスペルド族を救い。仲間とした。

 こちらも情報に関しては、ギースの事は入らないものの、鬼神の所在は掴んだ。

 もしかすると、首都のザノバが北神の情報を得ているかもしれない。

 根拠もなくそう考えられるほど、順調だ。


 しかし、それと関係なく、嫌な予感もしている。

 これまた根拠のない、嫌な予感だ。

 思えば、あの転移迷宮に閉じ込められた時も、こんな予感がしていた気がする。

 順調に見えて、何か大切なものが足りていない時の感じ。

 というより、ロキシーは経験上、自分が順調に何かをしていると必ずつまずくことを知っていた。


「ねぇ、ロキシー。今回の報告が終わったら、そろそろルーデウスと合流しない?」

「エリスはそればかりですね」

「だって、はやくルイジェルドにも会いたいもの。ロキシーにも紹介してあげるわ!」

「いえ、一応、一度は会っているんですよ?」


 ああ、嫌な予感はこのせいか、とロキシーは苦笑いした。

 ルーデウスもエリスも、スペルド族に対してなんの恐怖も抱いていない。

 自分も頭では、スペルド族が聞いていた通りの悪魔の種族ではないと知っている。

 だが、どうしても、どうしても、体がこわばってしまう。

 幼い頃に何度も聞かされた昔話のせいだろう。


 しかし、会わなければならないだろう。

 ルイジェルドはルーデウスとエリスの恩人で仲間。

 挨拶はしてしかるべき相手だ。


 とはいえ、おのずと気が重くなる。

 会って、話して、触れ合えば、また変わってくるのだろうが……。

 ならなかったら……と、思えばこそ、嫌な予感もするのだろう。


「でも、そうですね。せっかくなので、鬼神マルタが別の場所に移動しないように、私達が第二都市に移動し、確保するのもいいでしょう」


 ひとまず、第三都市で得られる情報は取得した。

 なら、少しぐらい持ち場を離れ、スペルド村を見に行ってもいいだろう。

 ロキシーはそう考えつつ、転移魔法陣を設置した洞窟の前で足を止めた。


 人が一人、屈んで通れる程度の大きさを持つ穴は、木の枝などでカモフラージュしてある。

 元の持ち主である熊は、穴に近づいた時に襲ってきたためにエリスに斬られ、食べられた。

 その時に、丁度いいとばかりに再利用したというわけだ。


 入り口を覆い隠す樹の枝をどかして、中に入る。

 奥行きは、20メートルほどで、広さもそこそこ。ただ、獣臭さが鼻につく。

 そして、最奥には、転移魔法陣と、通信石版が設置してある。


「……おや?」


 が、その転移魔法陣が、少々おかしかった。

 森の奥、魔力の濃い場所に作ったため、常時発動して青く光っているはずの転移魔法陣。

 その光が、なぜか消えていたのだ。


「どういうこと?」

「ちょっとまってください」


 ロキシーは落ち着いて、魔法陣を調べた。

 もしかすると、自分が何かミスをして、回路が不具合を起こしたのか……。

 そう思いながら調べていくものの、少なくとも魔法陣に悪い所は無いように見える。

 大体、ついこの間までは問題なく動いていたはずなのだ。

 入り口には、誰かが入った形跡もなかったし……。


「ねぇ、こっちも動いてないわ」


 エリスの声で、ロキシーは顔を上げた。

 エリスは、部屋の隅に設置した通信石版の前でしゃがみこんでいた。


 通信石版もまた、その光を失っていた。

 慌てて駆け寄り、適当な文字列と共に魔力を送り込んでみるが、反応が無い。


「……これは、一体どういう事でしょうか」


 ロキシーは呆然と立ち尽くした。

 おかしい、転移魔法陣はともかく、通信石版はオルステッドが作ったものである。

 複製は手伝ったが、まさか不良品というわけでもあるまいに、そう簡単に動作を止めるものか……と。


「決まってるわ」


 しかし、エリスは混乱していないようである。

 何か原因をしっているのか。

 答えを聞くような気持ちで、ロキシーはエリスを見た。

 エリスは腕を組み、足を広げて、通信石版を見下ろし、言った。


「何か起こったのよ!」

「そりゃ……何か起こらなければこんな……」


 と、言いかけた所で、ロキシーは気づいた。

 何か起こった。

 どこで?

 ここではない。

 ここに人が来た気配はない。入り口はきちんと隠しておいたし、人や魔物が入った気配はない。


 じゃあ、ここではない所。

 転移魔法陣と、通信石版は、一つでは作動しない。

 片方がなくなれば、もう片方は自動的に動作を停止する。


 ここにあるものは異常がない。

 じゃあ、もう片方は?


「魔法都市シャリーアで、何かが起こった……?」


 ロキシーの脳裏に浮かんだのは、ララの顔だった。

 そして、次々と浮かんでくるのは、他の子供たちの顔。

 ルーシーに、アルスに、ジーク。

 そして、彼らの世話をしてくれている、リーリャと、ゼニス。

 魔法都市シャリーアに異変があったとすれば、彼女らが……。


「……っ!」


 慌てて立ち上がり、洞窟の外へと走りだそうとする。

 ここの転移魔法陣が使えないとしても、他の魔法陣なら、と。

 しかし、数歩でその足を止めた。

 もし自分が、敵側で、魔法都市シャリーアの事務所を襲撃したとしたら。

 他の魔法陣をどうする?

 放っておくことはしないだろう。

 全て、破壊するはずだ。


「どうしよう……どうすれば……」


 誰かが対応しているのか。

 前の通信によると、今はオルステッドが魔法都市シャリーアにいない。

 何かが襲撃してきたとして、守る者はいるのか……。


「ロキシー!」


 エリスの叫ぶような声で、ロキシーはハッと我に帰る。


「状況を説明して!」

「……転移魔法陣と、通信石版が停止しています。

 こちら側に問題は無いので、魔法都市シャリーアにあるオルステッドの事務所が襲撃された可能性が高いです。

 同時に、私達の家も襲撃された可能性もあります。

 今、家には誰も……」

「そう」


 途中まで聞いて、エリスは立ち上がった。


「ルーデウスはこのことを知ってるの?」

「どうでしょう。知ってる可能性もありますし、知らない可能性もあります」


 そこで、エリスは一旦、動きを止めた。

 ポーズはそのまま。

 ただ、顎を引いて、口元だけをへの字の結んで。


 しかし、すぐに顎を上げた。

 答えを見つけたかのように。


「家の方は、シルフィがいるから大丈夫ね!」

「えっ……でも彼女は剣神の所に……」

「シルフィは言ったわ。ルーデウスが留守の時、家は自分が守るって。だから、大丈夫よ!」

「……」


 そんな馬鹿な。いくらなんでも……。

 と思い、ロキシーはふと、考えを改めた。

 転移魔法陣が使えなくなったのがどのタイミングかはわからない。

 だが、シルフィは、事務所の魔法陣を使用していない。

 古い転移遺跡を使っての移動だ。

 なら、ビヘイリル王国に来ることはできなくても、シャリーアに戻ってくることは可能だろう。

 彼女に任せる他ない。


「……そうですね」


 それと、ペルギウスの存在もある。

 魔族であるロキシーに対しては厳しいが、彼はルーデウスと親しく、ジークにも名前をつけてくれた。

 彼がどう動くかはわからないが、家にはペルギウスの配下を呼ぶための笛がある。

 リーリャも、もし何かあればそれを使うだろう。


 それだけじゃない。

 こういう事もあろうかと、ルーデウスはレオを召喚したのだ。

 これでレオが何もしないのであれば、召喚の意味が無くなる。


 安心材料はまだまだある。

 傭兵団の面々だってまだ残っているし、

 ザノバ商店の技師たちだっている、

 魔法大学の教師だって、いざとなれば助けてくれる。


 そう考えると、やや安心できた。

 するしかない。

 どのみち、今のロキシーとエリスにできることはないのだから。


「じゃあ、行きましょっ!」

「そうですね、行きましょうか」


 ここにいても、何もできない。

 今、自分たちが出来ることが何かなど、言われるまでもない。

 自分たちのもつ情報を、必要とする者に届けることだ。


 無論、魔法都市シャリーアに住む子供たちがどうなったのか、心配する気持ちはある。

 ロキシーだけでなく、エリスとて、出来ることなら、走ってでも家に帰りたい衝動にかられている。


 その衝動を飲み込んで、二人は移動を開始した。

 目的地はルーデウスがいるであろう場所。

 スペルド村である



---



 一方その頃。

 ザノバは焦っていた。


 ルーデウスが戻ってこない。

 討伐隊は着々とその準備を整え、出発は間近と迫っている。


 ルーデウスは、意気揚々とスペルド族の村に二人の兵士を連れて行った。

 師匠のことだ、あの手この手で二人の兵士を籠絡し、和平を結ぶだろうと思っていた。

 交渉は決裂してしまったのか。

 通信石版には確かに、「説得に成功した」と書いてあった。

 署名はオルステッドのものだったが、いまさら疑う余地はない。


 ならば、なぜ。

 もしや、途中で刺客に襲われたのか。


 そうでなくとも、道中でトラブルに見舞われて、足止めをくっているのか。

 まさか、安心感から第二都市を観光している、などということはあるまい。


 だが、このままでは、あと10日程度で討伐隊は出発してしまうだろう。

 待つべきか。

 それとも動くべきか。


 迷ったザノバは、動くことにした。

 転移魔法陣を使い、スペルド族の村へと行き、真相を確かめるのだ。


 そう決めたザノバの行動は早かった。

 ジンジャーとジュリを連れて宿を撤収。

 荷物を抱えて、転移魔法陣を設置した小屋へと急いだ。


「むぅ……これは……」


 しかし、転移魔法陣、そして通信石版は光を失っていた。


 ザノバはすぐに気付いた。

 これは、事務所に異変があったのだと。

 ザノバは数秒ほど考えた後、結論を出した。


「ジンジャー!」

「ハッ!」

「スペルド族の村へと向かう!」

「了解しました! …………第二都市イレルは?」

「経由せぬ。敵陣があるとすれば、恐らくそこだ」


 ザノバは、外に出た。

 そして、懐に手を入れ、即座にその中にあるものを取り出した。

 笛である。

 龍の文様が模られた、金色の笛。


 彼は間髪いれずに、その笛を吹き鳴らした。

 フーと、息が抜ける音。


 だが、何も起こらない。

 誰もこない。


「くっ、やはり遠いか。ジンジャー! ジュリ! 近くに七大列強の石碑はあったか!」

「覚えがありません」

「見ていません!」


 転移魔法陣を扱える人物は一人ではない。

 ペルギウスに連絡を取り、助力を願おうと思ったが……。


「仕方ない! 道中、見つけたら知らせよ! すぐにスペルド族の村へと向かう!」

「はい!」


 三人は移動を開始した。

 スペルド族の村へと。

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