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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百四十六話「首都」

 静かな家屋。

 部屋の中央に置かれた囲炉裏では、鍋がコトコトと揺れている。

 その前に座るのは、緑色の髪をした男。

 ルイジェルド。

 俺は囲炉裏を挟んで、彼と向き合って座っていた。


「……」

「…………」


 会話は無い。

 俺とルイジェルドの間には、ただ沈黙だけがあった。

 話すことは無かった。

 否、話す隙は無かったというべきか。

 俺の神経は、今、全て、目の前にあるものに注がれていた。

 失敗は許されない。

 慎重に目の前のものを注視しつつ、俺は時が来るのを待った。


「!」


 そして、時は来た。

 俺はゆっくりと手を伸ばし……鍋の火を止めた。

 だが、まだだ。

 慌ててはいけない。

 俺はそのまま、10分ほど、動きを止めた。

 10分が経過し、俺はようやく、声を上げた。


「ルイジェルドさん、覚悟はいいですか」

「ああ、構わん」


 その言葉を受け、脇においてあるものに手を伸ばす。

 それは真っ白で、表面はザラザラとしていて、卵のような形をしていた。

 のようなも何も、鶏の卵である。


「……」


 卵を割る、お椀に明ける、箸で溶く。

 俺はその一連の動作を、流れるようにやってみせた。

 さながら、生まれた時から習得していたかのように。

 三つ子の魂百まで。

 一度自転車に乗れるように訓練をしたら、何年経っても乗り方を忘れない。それと同じ事だ。

 否、あるいは俺は訓練すらしなかったかもしれない。

 生まれた時から、この動作を習得していたのかもしれない。

 すなわち、本能である。

 卵は今、溶き放たれたのだ。


 それをさらにもう一度繰り返す。

 溶かれた卵の入ったお椀が二つ。

 ひとまずそれはそのまま、俺は鍋の蓋へと手を伸ばした。


「……よし」


 蓋を取り、中を見て、俺は頷いた。

 しっかりと蒸らされた白米が、そこでクツクツと音を立てていた。

 部屋の中に、むわりと炊きたてのお米の匂いが広がる。

 口の中に生唾がわいてきて、思わず唾を飲み込んだ。

 そのまま米を掻きこみたい衝動に駆られ、ぐっと我慢し、白米をかき混ぜた。


 茶碗を手に取る。

 炊きたての白米を盛り付ける。

 すりきり一杯である。

 多すぎても、少なすぎてもいけない。


 そして箸を取り、白米の真ん中に穴を開けた。

 その穴に、先ほど溶いたばかりの卵を流し込む。

 白米がしっとりとした黄金色に染まる。


 だが、これだけではない。

 ここから先。

 この行程こそ、俺がこの世界にきてから今に至るまで、求め止まないものだった。


 脇においた小瓶を取る。

 小さく絞った注ぎ口から、ゆっくりと、黄金色の白米へと掛ける。

 注ぎ口から出てきたのは、黒い液体だ。

 真っ黒で、一見すると毒にも見える液体。

 醤油だ。


 掛ける量は、一回り。

 二回りでもいいが、ひとまず一回り。

 それだけで、黄金色の白米の上が、黒く汚された。

 さながらプリンのような色合いに、俺の腹がグゥと鳴いた。


 慌てるな、もうすぐ食べられる。

 そのために、四合は炊いたのだ。

 それに、これから先も、好きなとき、食べたいときに食べられるのだ。

 1回目、この瞬間を大切にしよう。


「……こちらになります」

「ああ」


 ルイジェルドへと渡す。

 彼は茶碗を受け取り、俺を待った。

 俺はすぐに同じ動作を繰り返し、同じものを作った。


「では、頂きます」


 手をあわせ、一礼。

 茶碗を左手に、箸を右手に。

 口を大きくあけて、最初の一口を頬張った。


「――っ! ――ハフっ!」


 これだ。

 この味だ。

 完璧だ。

 最高ではないが、しかしこれだ。

 俺は、この味をずっと追い求めてきたのだ。


「んくっ……ハッ……ハム……!」


 一口、二口、三口。

 言葉は無い、食って、噛んで、飲み込んで、時に息を吐き出して、飯と一緒に息を吸い込んで。

 ただただ、食い続けた。


「…………ごちそうさまでした」


 気づけば、俺の茶碗は空になっていた。

 幸せな時間は一瞬で終わる。

 食った後には満足感もあるが、物足りなさもあった。


 だが、二杯目を食す前にと、目の前の男を見る。

 ルイジェルドもまた、無言で食べていた。

 昔から食事中に喋る男ではなかったが、普段にもまして無口な気がする。

 いや、この場には俺とルイジェルドしかいない。

 俺が話しかけないのだから、会話がないのも仕方がない。

 しかし、食べるペースは遅くはないだろうか。

 まだ半分も食べていないように見える。

 いや、俺が早すぎたのか。


「あの、兄さん」

「うおっ!」


 と、思ったら、いつの間にか、囲炉裏のすぐ側にノルンが座っていた。


「ノルン……いつのまに……」

「いつの間もなにも、今ですけど。なんか、兄さんが食べてる時……一応、声も掛けました」


 そうか、食ってる途中だったか。


「何を食べてるんですか?」

「御馳走だよ。ノルンも食べるか?」

「……じゃあ、もらいますけど」


 ノルンはルイジェルドをチラリと見てから頷いた。

 俺は即座に、茶碗にごはんをよそった。

 卵を溶いて、入れて、醤油を掛ける。

 全体の動作で10秒も掛からないが、味に違いは無いとハッキリ言える。

 職人の技である。


「たんとお食べ」

「なんですかそれ……」

「俺のソウルフードだよ」

「…………いただきます」


 ノルンは渡された茶碗を手に取ると、ゆっくりと食べ始めた。


「……」


 俺は待つ。

 二人が食べ終えるのを、待つ。

 座して待つ。

 まだかな。早く。

 感想がほしい。別になくてもいいけど、聞きたい。


「……」


 と、思っている所で、ルイジェルドが食べ終えた。


「これが、旅の間、お前が言っていたものか」

「はい。どうでしたか?」

「うまかった」


 感想は一言だけ。

 でも、俺は満足だった。

 あの懐かしい旅で求めたものを、旅の仲間と食べる事ができた。

 それが、満足だった。

 エリスがこの場にいない事だけが、残念だ。


「……ごちそうさまでした」


 と、ノルンも食べ終えた。

 先ほど食べ始めたばかりなのに、随分と早い。


「どうだいノルン。これが、俺が家で言ってたやつさ」

「……結構、美味しかったです。なんか、今まで食べたことない味で……この調味料のおかげなんですか?」

「そうさ。醤油はね、万能の調味料なんだよ。何に掛けても美味しいんだ」

「へぇ……」


 ノルンも絶賛してくれた。

 また家で作ったら、食べさせてやろう。


 今日は記念日だ。

 卵掛けご飯がこの世界に誕生した、記念日だ。


「ただ、生で卵を食べるとお腹を壊すからね、最後に解毒魔術を掛けておこう」

「解毒が必要なものを、病み上がりの人に食べさせないでください!」


 記念日に怒られてしまった。



---



 2日が経過した。

 スペルド族は順調に快復に向かっている。


 まだ横になっている者も多いが、症状の軽かった者は、普段通りの生活を送れるようになっている。

 俺もそれをうけて、村の端に暗室を作り、ソーカス草を植える事にした。

 疫病の原因が土にあったのか、それとも冥王ビタにあったのかは、未だわからない。

 だが、もし同じ症状になった時に、これがあると無いとでは、大きく違うだろう。

 もし、冥王ビタに原因があったのなら、同じ症例が出たとしても、効かないはずだ。

 その場合、スペルド族は住まいを変える必要があろう。

 もっと森の浅い位置に住居を移すか、あるいは、野菜類だけでも地竜谷の村から仕入れるか。

 どちらかになる。


 どちらにせよ、この国の承認が必要になる。

 アスラ王国に移住してもらうのもいいだろうが、スペルド族からは不安や反対が多かった。

 長く住み慣れた土地を離れるのは嫌なようだ。

 その上、アスラ王国はミリス教の影響が強い。

 クリフに対しては態度が緩和したスペルド族だが、

 ミリス教団に対する恐怖心は、いまだ根強く残っているのだろう。


 というわけで、俺はビヘイリル王国と交渉すべく、首都ビヘイリルへと向かう事にした。



 目的は2つ。

 スペルド族を受け入れてもらうこと。

 その上で、討伐隊も解散してもらうこと。


 スペルド族は、全体的にぶっきらぼうで、迫害が続いていたせいか少し閉鎖的ではあるが、気のいい種族だ。

 ビヘイリル王国も少し難色を示すかもしれないが、いくらでも交渉の方法はある。

 一番手っ取り早いのは、この村に来てもらう事か。

 実際に来て、多少不器用ながらも気のいい連中や、無邪気な子供を見れば、これは安全だ……と、考えてくれると思いたいけど、どうだろうな。

 ビヘイリル王国が子供を見て「子供まで生まれてるなんて、はやく駆除しないと!」と考えるかもしれない。

 さながらゴキブリのように。


 しかし、そうなったらスペルド族に移住を薦めるのがいいだろう。

 アスラ王国の北に住むとなれば、アリエルにまた負担を掛ける形になるが……いざとなったら俺が体で支払おう。


 ま、大丈夫だとは思う。

 スペルド族の子供たちは、なんだかんだ言って見目麗しく、可愛らしい。

 そんな子供が、無邪気に動物の革で作ったボールのようなもので遊んでいるのを見て、頬が緩まない奴ばかりだとは思いたくない。


「というわけで、俺はビヘイリル王国に行ってきます」

「ああ」

「クリフは経過を見ると言っていますし、エリナリーゼも彼につくでしょう。

 ノルンはルイジェルドの看護を続けるようです。

 オルステッド様はいかが致しますか?」

「ここに残ろう。クリフ・グリモルが疫病に関する調査を進めている。次回(・・)からは、治せるかもしれん」


 オルステッドはそう言いつつ、飛んできたボールを、ボンと打ち返した。

 一瞬だ。手の動きなんて、ほとんど見えない。

 しかし、ボールは緩やかな放物線を描いて、子供の手元にすぽっと収まった。


「交渉であれば、俺が行く必要はあるまい」

「ですね。いくら呪い封じのヘルメットがあるとはいっても……」


 ボンと、またボールが打ち返された。


「嫌悪の呪いが完全に消えたわけではないですからね」

「ああ」


 またボールが打ち返される。


「しかし、いざとなったらお出ましをお願いします。

 呪いがあるとしても、姿を見せれば畏怖させる事も可能かと思いますので」

「いいだろう」


 また、ボンと。


「やめさせますか?」


 ボールの飛んでくる方向を見ると、スペルド族の子供たちが、オルステッドに向かって次々とボールを投げている所だった。

 その目にあるのは敵意というより、好奇心だ。

 なんか変な奴がいるから、ボールをぶつけてみよう、みたいな。

 もしヘルメットがなければ、投げるのはボールじゃなくて石だろうが……。

 しかし、ボールが気持ちよく手元に帰ってくるせいか、いやに楽しそうだ。


「問題ない。この程度なら、攻撃にもならん」

「あ、さいですか」


 オルステッドも楽しいのだろうか。

 その表情はヘルメットでうかがい知れないが、不機嫌さは無い。


「楽しいですか?」

「…………悪くはない」


 悪くないならいいか。


「じゃあ、行って参ります」

「ああ」


 オルステッドに一言そう言って、俺はその場を離れた。

 すでに、転移魔法陣の方では、シャンドルとドーガが待っている。

 俺が首都に行っている間に、シャンドルが第二都市で情報屋と接触する形となった。

 予定と違う形ではあるが、二手にわかれた方が効率がいいという判断だ。

 俺には護衛としてドーガが付く。

 彼は今のところあまり役に立つ感じはしないが、いないよりはマシだろう。


「おっと」


 途中、ルイジェルドとすれ違った。

 彼はノルンに肩を貸してもらいつつ、フラフラと歩いていた。


「ルイジェルドさん、もう歩いてもいいんですか?」

「少しはな」


 ルイジェルドがそう言ったが、ノルンが厳しい顔をしている所を見ると、本当はまだダメなのだろう。


「ちょっと、ビヘイリル王国と交渉に行ってきます。

 もしかすると、国の兵士とかを連れてくるかもしれませんので、

 もしその時は、出来る限り、歓迎してくれると助かります」

「わかった、族長に伝えておこう」


 ルイジェルドはそう言いつつ、オルステッドの方を見ていた。

 壁際に追い詰められたオルステッドに、次々とボールを投げる子供たち。

 一見するとイジメの光景だが、なぜか微笑ましい。

 オルステッドがボールを的確に打ち返し、子どもたちが笑っているからだろう。


「見かけによらんな」

「でしょう?」


 俺は口元をにやけさせながらそう言って、その場を離れた。



---



 魔法陣を経由して、ビヘイリル王国へ。

 もちろん、事務所に寄った時に、通信石版の方も確認しておいた。


 ザノバの方は特に問題無し。

 アイシャ+傭兵団も問題無し。

 シルフィの方は、まだ連絡無し。転移魔法陣の位置から見ても、やや遠いから仕方ない。


 ロキシーの方からは、少し動きがあった。

 なんでも、鬼ヶ島の方を調べてみた所、鬼神が鬼ヶ島から外へと出ているらしい。

 鬼神の現在地はわからない。

 ただ、鬼ヶ島の方では、鬼族が戦闘の準備をしている、という情報がまことしやかに流れているらしい。

 あと、エリスがこちらの方に来たがっているそうだ。

 ルイジェルドに会いたいのだと。

 そうだろうとも。だが、もう少し我慢してもらおう。


 また、各地に対し、スペルド族の病気が快復に向かっているという旨を送っておいた。

 数日の出来事で解決したせいか、お騒がせしてしまった感があるが、これも仕方あるまい。


 それだけ済ませてから、俺はもう一度変装の指輪を装着し、ビヘイリル王国の首都へと繋がる魔法陣に飛び乗った。



---



 ザノバが転移魔法陣を設置したのは、首都から半日ほどの距離にある森の中にある廃村だった。


「師匠、お待ちしておりました」


 ザノバは俺が到着した瞬間、頭を下げてきた。

 ジュリとジンジャーも一緒だ。


「待ってたのか?」

「はい。師匠がおいでになると聞いて、すぐに」


 律儀な事だ。


「しかし、丁度いいでしょう。ここなら聞き耳を立てられる心配もなく、報告ができます」

「なるほど。じゃあ、報告を聞こうか」

「といっても、大した成果はありませんでしたが」


 ザノバはそう前置きをして、今までの行動を教えてくれた。


 まず、首都に到着した彼は、宿を取った後、この森に転移魔法陣を設置。

 その後、首都で情報収集を開始した。

 そこで『国が討伐隊を集めている』という情報を取得。

 この時点で、一旦通信石版にて報告した。これは俺も見ている。


 その後、その討伐隊に北神が参加した、という情報を得たという。

 ギースの情報を探りつつも、現在は北神を特定するための情報収集を続けている。

 そんな状態だ。


「要するに、何もわかっていない状況か」

「申し訳ありません。北神カールマン三世は目立つと聞いていたがゆえ、すぐに見つかるかとも思ったのですが、これが中々……」

「いや、謝る必要はないさ」


 まだビヘイリル王国に入ってから、そう日数が経過していない。

 街に入り、魔法陣を設置して、行動開始。

 実働時間にして、7日程度だろう。

 結果を求めるには、早い時期だ。


「ここからだ、がんばろうじゃないか」

「はい」


 しかし、北神か。

 本当に討伐隊に参加しているというのなら、是非とも接触したい。

 だが、目立つ人間が見つからないとなると、何か裏で動いている、と勘ぐってしまうな。

 北神は、すでにギースの仲間となっている、とか。

 ギースはビタが破れた時点で作戦失敗、形勢不利と見て、北神を連れて撤退を始めたとか。

 ビタ自体が陽動だった可能性もある。結構、あっさり倒せたし。

 そもそも、ビタの情報がギースまで届いていない可能性もあるが、それは楽観視しすぎだろうか。


 まあ、もしそうだとしても、ルイジェルドを仲間にすることはできたのだ。

 それだけでも、ビヘイリル王国にきたことは、無駄じゃない。


「では師匠、参りましょうか。首都まで案内致します」

「ああ、頼む」


 何にせよ、やるべき事は変わらない。

 そう思いつつ、俺は首都ビヘイリルへと向かった。



---



 ビヘイリル王国の首都は、なんとなく、シーローン王国に似ていた。

 中央大陸における、中小国家の雰囲気だ。

 木材の豊富なこの国では、ほとんどが建材に木を使用している。

 また、町の中にも木が多い。

 そのせいか、独特な雰囲気を醸し出している。


 俺が到着した時刻が夜だった、というのも関係しているだろう。

 この国では、夜になると道に大量の篝火を置くのだ。

 夜は馬車の通行は禁止しているらしい。


 もっとも、それ以外はなんら変わることはない。

 入り口付近には行商人と宿屋。

 町の中心に行くにつれて、町人、貴族と家が豪華になっていき、中央には城がある。


 城は、川の合流地点に建てられている。

 さながら、墨俣一夜城だ。

 シーローンのカロン砦と似たような立地だな。


 さらに、城の裏手、川の向こう側には貧民街がある。

 貧民街といっても、特別に貧しいというわけではないらしい。

 どこにでもある町の配置だ。


「さて、王様に会わないとな」

「しかし、謁見できますかな、このような地では、アリエル陛下のご威光も届きませぬが……」

「うーん」


 宿の一室にて、ザノバらと顔を合わせて考える。

 ザノバが泊まっていたのは、冒険者向けではない、地方都市に住む貴族向けの高級宿だった。

 さすが、稼いでいる奴は違うというべきか。

 それとも、目立つ事は慎めと言っておくべきか。

 言うほど目立ってはいないようだが。


「討伐隊に紛れ込む、というのはいかがですか? 出発式の時には挨拶もするでしょうし、そこで強引にでも近づけば、確実に謁見はできるかと」

「それじゃ遅い。国だって、準備が完全に終わって、さぁスタート、って所で待ったを掛けられたら、意地でも開始しようとするかもしれない」


 物事には流れがある。

 人を集めて、食料を集めて、武器を集めて。

 さぁ出発、という段階になって「ちょっとまって」と呼びかけても、止まらない可能性がある。

 こういうイベントの実行は国の威信にも繋がるだろうし、中止にはしにくい。


「今の段階でも遅いかもしれないけど、準備が終わるまでには、スペルド族を攻める必要が無いと説明したい」


 準備段階で内密にスペルド族の存在を教え、国側に安全を確かめさせ、討伐隊には、透明狼でも狩って帰ってもらう。

 経費の何割かは、こっちで持ってもいいだろう。

 オルステッドに言えば、ある程度は出してくれるはずだ。

 だから、討伐隊の出発前、できるだけ早い段階で王に会っておきたい。


 そんな風に説明しつつ、方法を考える。


「ひとまず、一度は真正面から行ってみよう。目立つかもしれないけど、龍神の配下を名乗り、アスラ王国や、場合によってはペルギウスの名前を出して……それでダメなら、もう一度別の方法を考えよう」


 が、名案は浮かばず、結局、普通に謁見を求める形となった。



---



 翌日。


 朝食を終えた後、王城の近くへと出向いてみた。

 この城も、やはりシーローンに似ている。

 大きさといい、雰囲気といい……でも木材のパーツが多い所は似ていないか。

 いや、火に弱そうな所はザノバに似てるとも言える。


「多分、門前払いになるだろうな」

「アリエル陛下の名前を出せば、会うぐらいはしてくれると思いますが」

「ここはアスラ王国と国交が無いからな……ちゃんと手順を踏まないと難しいだろう」

「踏まないのですか?」

「踏めないんだよ」


 一国の王に会うのは、案外大変だ。


 今まで謁見というと、段階をかなり飛ばしてきたが、

 本来なら、国の貴族(コネ)を通してアポイントメントを取って、

 服や馬車を用意して、身分も証明して、

 その上で城の文官に引き合わされ、

 信用出来る人間かどうかを確認され、

 その後に、改めて王様の予定を調整して、ようやく謁見の間に進める。

 普通に考えれば、そんな流れだろう。

 やはりコネがなければ難しいのだ。


 しかし、飛び入りでも絶対に無理ってことはない。

 唐突にやってきた人物でも、重要人物となれば、国王が会いたいと思えば、謁見は叶うだろう。

 もっとも、目立つとギースに見つかるから手段は限られる。

 もう、とっくの昔に見つかってるかもしれないけどな……。


「じゃあ、ザノバ、あまり一緒に行動して噂されてもアレだから、ここからは俺とドーガで」

「はい。ご武運を祈ります」


 人通りの多い所でザノバと別れ、ドーガと共に、水路の前にある、衛兵の詰め所のような所に近づいていく。

 まだ朝も早いというのに、兵士たちは忙しそうに動き回っている。

 いきなり謁見したいだなんて言って、不審者として捕まらないだろうか。

 一応、格好は貴族っぽいものを装備してるが……。

 大使館も無い国だと、どんなものが正装なのかわからん。


 あれ? 詰め所ではないのかな?

 なんか、受付のような所がある。


「失礼、よろしいですか?」

「何用だ?」


 受付には、立派なカイゼルひげを蓄えた男が座っていた。

 服装が文官っぽい貫頭衣である所を見ると、兵士ではないようだ。

 まずはひげを褒めるべきか。

 いや、何用だって言われてるんだから、用件を述べるべきだ。


「その、国王陛下への謁見を賜りたいのですが」

「いつだ?」

「え? ああ、今日か、できれば近い日付でお願いできると……」


 自分で言ってなんだが、これほど胡散臭い事もない気がする。

 まぁ、ダメ元だ。

 ダメなら、目立つ事を承知でちゃんと段階を踏もう。


「……」


 ヒゲの男は、俺をチラリと見てから、何やら紙の束のようなものをめくりだした。


「金貨一枚だ」

「え?」

「謁見には、金貨が一枚、必要だ」


 心づけという奴だろうか。


「どうぞ」

「確かに……ん?」


 ヒゲの男は、受け取った金貨を、しげしげと見た。

 そして、カチンと歯で噛んだ。

 何か問題があっただろうか。

 俺が気づいてないだけで、ニセ金貨だったとか……。


「これは、アスラ金貨だな?」

「あ、はい。私、実はこういう者でして」


 そう言いつつ、アリエルからもらった記章をチラリと見せてみる。


「……」


 反応が悪い。

 ヒゲの男の胡散臭そうな目。

 やはり、アスラ王国の威光は届いていないようだ。

 これはダメかな。


 と、思っていると、彼はしばらくして金貨を懐に入れた。

 その後、紙束をめくり何かを書き込み、紙を俺の方へと向けてきた。


「ここに名前と、謁見の内容を」

「あ、はい」

「本日、正午の鐘が鳴ったら、またここに来い」

「あ。はい。何卒、よろしくお願いします」


 反応は悪かったが、心づけが良かったのだろう。

 どうやら、取り次いではもらえるらしい。

 金の力は偉大だ。


 ひとまず、第一関門突破である。



---



 正午。

 俺は謁見の間の控室にいた。


「……」


 俺は緊張していた。


 今日中の謁見は無い。

 そう思って王城にやってきた所、受付にいたヒゲとは違う文官に案内され、控室に入れられ、気づいたら今の状態だ。

 次は俺の番、もう少ししたら謁見の間に呼ばれるだろう。

 第一関門を突破したと思ったらラスボスが待っていた、という雰囲気だ。

 急展開すぎて、頭が真っ白になりかけている。


 いや、落ち着こう。

 一応、控えの間で、別の謁見者から話は聞かせてもらった。

 

 この国の王様は、正午から二時間の間だけ、誰とでも謁見するのだ。

 無論、誰とでも、といっても条件はある。

 まず、謁見をしたければ国にビヘイリル金貨を1枚、支払わなければならない。

 その上、一人の持ち時間は15分。1日に8人だけだ。


 金さえ払えばだれでも、王に謁見し、意見や質問、お願いをする事が出来る。

 本当に問題がある、と思ったら、陳情してこい、という国の意向だ。

 金貨一枚というのは、村が総出で金をかき集めれば、ギリギリなんとかなる金額だそうだ。


 くだらない奴を弾きつつ、本当の問題を探す。

 ビヘイリル王国は、わりといい国に思える。

 もっとも、本当の問題ってのは、金貨一枚も払えない所にありそうなもんだがね。


 しかし、王に直接陳情できるとなれば、誰もが足を運ぶ。

 特に、王と接する機会の無い浅ましい商人や、都市部の富豪が、自分の利権を求めてくだらない事を王に陳情に行くのだ。

 とにかく、俺達が行った時は、当然ながら満員であったらしい。


 が、ちょうど運の良いことに、キャンセルが出たそうだ。

 本当に、運がいい。

 きっと、ビヘイリル金貨の10倍は価値のある、アスラ金貨を出した事が、俺の運気を上昇させたのだろう。


 何はともあれ、とにかくよしだ。


 謁見の時間は15分。

 あまり長くは無い。

 落ち着こうじゃないか。

 要求はたった二つだ。

 自分が誰かを明らかにし、明るくハキハキと喋れば、未来も明るいってもんだ。


「ルーデウス殿、謁見の間へとお進みください」


 なんて考えているうちに、呼ばれてしまった。


「じゃあ、行ってきます」

「……うす」


 俺はドーガに一声掛け、深呼吸をしてから立ち上がり、控室から出た。

 案内役の文官の指示にしたがって廊下を移動し、謁見の間へと進んだ。


 謁見の間は、まぁ、ランクCといった所だろう。

 さして広くもない間取り、飾り気のない絨毯、ややおざなりに立つ兵士8人。

 特に装飾らしいものも無い。

 威厳は皆無だ。

 もっとも、平民を毎日のように迎えていると考えれば、このぐらいが丁度いいのかもしれない。

 実務的と考えればおかしな所はない。星は三つで。


「陛下、お目にかかれて光栄です」


 俺は謁見の間を進み、丁度いい所で膝をついて、頭を垂れた。

 しばらくして、王から声がかかった。


「礼儀正しき者よ。面を上げ、そちが何者で、何用で来たかを申すがよい」


 言われるがまま、顔を上げる。

 王は老いた男だった。

 先は長くなさそうで、疲れた感じを受ける。

 もしかすると、病を患っているのかもしれない。


「私の名はルーデウス・グレイラット。

 七大列強が二位『龍神』オルステッド様の一の配下にございます」

「おぉ……龍神とは……!」


 王は驚きを隠せないようだった。

 珍しく、好感触だ。

 この王は、七大列強が何か、知っているらしい。

 鬼族が近くにいるからだろうか。


「七大列強に連なる者が、儂に……いや、この国に何用だ?」

「はい、この度、帰らずの森にいる悪魔を討伐しようとしていると、聞き及びました。

 それを、中止していただきたいのです」


 あっと、中止じゃなかったか。

 口が滑った。

 まあ、まあよし、まだ修正できる。


「中止だと?」

「はい」

「理由を言え」

「森に住んでいるのは、悪魔ではないからです」


 そこで、俺はスペルド族の事を話した。

 大昔、恐らくこの国が出来る前から、スペルド族が森に住んでいた事。

 スペルド族は世間一般的に言われている悪魔の種族ではないという事。

 当時、近くにあった村と契約し、透明な魔物を狩って、周囲に被害が出ないようにしていた事。

 しかし今回、村全体が疫病に掛かり、透明な魔物が森の外に出てしまった事。

 今は龍神オルステッドの尽力によって疫病から立ち直り、元通り、透明な魔物を狩り始めたという事。


 というのを、手短に、しかしいかにスペルド族が善良な種族かが伝わるように、説明する。


「かの悪魔の種族に、透明な魔物か……にわかには信じられん事だ」

「もちろん、そうおっしゃるだろうと思って、こちらにも用意があります。

 とはいえ、実際に見てもらわなければ説明のしようもありません。

 誰か、この国の方に実際に見てもらうというのは、いかがでしょうか」


 スペルド族の知られざる生態をお見せしよう。

 鍋で料理を作る女衆とか、

 透明な魔物を狩って生計を立てる男衆とか、

 龍神にボールをぶつけて遊ぶ子供たちとか。


「うーむ……」


 王は顎に手を当て、考えた。

 しかし、ゆっくりと首を振った。


「仮に本当だとしても、いまさら中止にはできん、すでに国中より猛者が集まっておる」

「なら、地竜谷の奥には『森の民』が住んでいて、それは悪魔ではないので攻撃しないように、と通達してくださるだけでも構いません。

 透明な魔物は確かに存在しますので、それを狩っていただくだけでもいいかと……。

 もし、金の問題であるなら、我々にも出せるものはございます」

「うーむ……」


 もう一息。


「スペルド族は、古来より、人知れずこの国を守ってきました。

 ですが、今になって優遇しろと言いたいわけではありません。

 ただ国の片隅、邪魔にならない森に置いておいてくださればいいのです。

 ……それでもダメだというのなら、陛下がスペルド族を国内において置きたくない、というのなら、私の方で移住先を手配します」

「……そなたは、ずいぶんと、スペルド族の肩を持つのだな」

「幼い頃、命を救われましたので」


 そう言うと、王は顎に手を当てた。

 ちらりと視界の端を見ると、文官が時間を気にしている。

 そろそろ、15分が経過するか。


「お時間です。謁見者の方は退出してください」

「何卒、ご一考を! 決して国に悪いようにはなりません!」


 最後にもう一息、俺は一歩前に出て、頭を下げる。


「……ガリクソン、サンドル!」


 王の号令で、二人の兵士が前に出る。

 カイゼルヒゲの兵士と、馬面の兵士。

 これはつまみ出される流れだ。

 うまくトーク出来たと思ったが、やはり唐突すぎたか……。

 今回は失敗だな。

 また改めて……。


「この者に付き、真実を確かめて参れ!」

「ハッ!」


 王の一声で、俺は目を丸くした。


「よろしいのですか!?」

「兵は派遣する。だが、そなたの言葉が嘘であれば、予定通り、討伐隊を向かわせる」


 ちょっと焦ったが、ひとまず兵士を派遣してくれる流れになっていたらしい。

 頭から否定しないで、自分の目で確かめてから結論を出す。

 いい王様じゃないか。

 やはり、毎日陳情を聞いているからだろうか。

 ビヘイリル王国に対するオルステッドコーポレーションの信頼度がグンと上がったよ。


「お心遣い、感謝いたします!」


 最後に、俺は頭を下げた。

 なんだかとても順調だ。

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